第4話 

 真っ暗な意識の中、うっすらと雫が溜まっていく。雫はどんどん大きくなっていき震えて限界を迎えたのか零れ落ち水面に落ちたのか真っ暗な空間に波紋が広がり続ける。


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 目を開くと見慣れない天井だった。細い岩の骨組みで真っ黒な布がかぶさっている。体の服に何か違和感を感じていると今まで着ていた服を着ておらず黒いローブのみを着せられていた。

 背中からは柔らかい敷布団の様な感触があり毛布が掛けられていた。寝具という抜け出したくない気持ちの良い快感の誘惑を抑え毛布を下げてゆっくりと体を起き上がらせる。


「驚いた。死後の世界でゲルのような建物の中で目覚めるなんてな」


「残念だが、死後の世界ではないよ」


 不意に聞こえた声の方を向くとフードで鼻根部まで隠しており偉人のように長い髭を垂らすいかにも怪しい男がそこ隣に高価そうな彫刻された木の椅子にすわっていた。


「目覚めはいかがかなご客人。結構上品質なベットを貸したんだが」


「とてもよかったよ。ところであんた誰だ」


「ここの集落の長を務めている。名をヴィジャスという」


「俺はサクマとこの子はカレハ…」


 周囲を見渡すがカレハの姿が見えなかった。いったいどこにと焦りながらキョロキョロ見渡すとヴィジャスが布団の中を指差していた。布団をめくるとカレハが猫のように丸まって眠っていた。


「その子は君より先に目覚めたが君の眠りを邪魔しないようベットの横で付き添ってたけど途中で安心したのか疲れたのかは知らないが床で眠っていたからベットの中に入れておいたよ。」


「そうか、それはありがとう感謝するよ。ところで俺はどのくらい眠っていたんだ」


「そうだな、五時間くらいじゃないか」


「五時間!?」


 サクマにとってその時間は異常だった。あれだけ傷を負い血を流し死に掛けていたのだ普通であれば数日間眠っていてもおかしくない。それよりも五時間で傷を完治しており全く体に痛みが無く傷跡が残っていない。まるでゴブリンたちとの戦いが無かったかのように…。


「俺の傷はあんたが治してくれたのか?」


「傷?何のことだ?怪我してたのか?私は森の中で眠っていた君たちをここまで運んだだけだが…服などは異様な匂いを発していたから新しい服を着せせておいたが」


 どういうことだ?この人が嘘ついているようには到底見えない。あれは夢だったのか?懐にある図鑑を開くと黒キ陽炎がちゃんと記録されている。地図を開くも道のりが記録されていた。夢だとしたら一体どこから夢だったんだ…。全く理解ができない。


「周囲には何かなかったか?」


「何かとは?」


「血だまりとかゴブリンの死体やオーガが歩いていたとか」


「いいや、そういった物は特に見当たらなかったが、そう言えば」


 懸命に考え込み何かを思い出したようなしぐさをする。


「何かあったのか?」


「あなたがたの周囲をうろちょろするのがいてだな」


 周囲をうろちょろ?何かにつけられていたのか?という疑問があったが、もしかしたらそれが何かしたのか又は俺たちに何かあったを見ていたのではないと謎の答えを持つ存在がいることは彼にとって今一番ありがたいことだ。


「それは今どこに」


「まあまあ、そんな焦らなくても今案内するから落ち着きなさい」


 興奮して勢い良く立ち上がろうとするサクマを制止するようにヴィジャスが肩に手をおく。全く力の入ってなく軽く置いたようにしか感じなかったのに体がピクリともしないというよりも力がちゃんと働いていないというのが正しそうだ。


「ふわぁ〜んぅ〜ママぁ?」


 眠っていたカレハがまだ眠そうに目をこすりあくびしながら起き上がる。どうやらヴィジャスは眠っていたカレハに気遣ってサクマを制止させたのだと気づく。


「起こしちゃったか。ごめんな、眠いならもう少し寝ててもいいんだぞ」


「んぅ~起きるぅ」


 ベットから立ち上がり建物を出ようとする。うとうとしながらもサクマのコートをつまみ少し遅れながらついて歩いてくる。

 建物を出てヴィジャスに案内される。道中当たりを見渡すとヴィジャスのように大人子供問わず皆同じようなローブを羽織った姿でフードで顔を隠してゲルを組み立てる作業をしている。最近ここに移動してきたのだろうか。


 すると何やら豚のような鳴き声が聞こえてくる。家畜でも飼っているのだろうかと思っているとその音の方にヴィジャスが向いて歩く。そこには何人かが何かを囲むようにそれを見て立っていた。


「ブーッ!!」


「これがあなたがたの周囲をうろちょろしてたやつなんだが心当たりが?」


「こいつが…」


 そこに居たのは御札をはられた小さな木で作られた牢屋に入れられたボウリングの玉サイズの黒い豆のような四足でたっている動物が鳴きながら暴れ回っていた。


 サクマは謎が解けると期待していたのでこの光景に頭を抱えていた。「うろちょろしている」と言っただけで確かに人物とは言ってないもんな嘘はついてないよ。真相は闇に消えちゃったな。


「ぷぅぷぅ」


「かぁいい〜」


 その黒い物体はこちらに気づいてから大人しくなりお座りして可愛らしく鳴く。それをしゃがんで目をキラキラと輝かせ見つめるカレハ。


「これは一体どういう状況なんだ?」


「とりあえず保管といった形だな。あなた達のものであれば返すが、そうでなければ神への供物にしようかと」


「神への供物ね…」


 こんな世界に神なんているのか後で聞いとくべきか。想像しても邪神しか思い浮かばない。


「で、こいつはあんた達のなのか?」


「いや、まぁ」


 俺達のものでは無いが眠っていた時周囲をうろちょろしていたっていうのが気になるしかと言って喋られるようには見えないしなぁ。かと言って俺達のって嘘をつくのもそう考えていた。


「ママ〜この子うちの子だよね」


「ぷぅ〜」


 カレハが柵の中手を突っ込んで撫でていた。その黒い物体はカレハに懐いているのか嬉しそうに鳴いている。


「ああ、そうだな。こいつはうちの子なんだ。悪いが神様のお供え物にするのはやめてくれ」


 親切な人に嘘を付くのは申し訳ないが、それでもカレハの為そして異様に懐いているのだから何かしら俺達に関連しそうだからとりあえず自分たちの物としておくのが今はいいだろう。


「そうか、なら仕方ないな。お前らそいつを出してやれ」


 ヴィジャスが手を叩くなり二人の人が前に出てきて牢屋についた御札を取る。すると御札は崩れるように開いて行く。御札を使うところから見て妖術の類なのかよく分からない。


 牢が、開くなり黒い豆の生物はカレハの頭に飛び乗る。重くないのだろうか心配になるがカレハは特に気にしていないようだった。


「さぁ皆の者作業に戻るように」


 そう言うと一斉に皆が離れていき組み立て荷降ろしの作業をし始める。荷車の近くにはそれを引っ張たであろう牛や馬が数匹餌箱のようなものに頭を突っ込み食事をしていた。


「さて、サクマくんちょっと話さないか?」


「ああ、わかった」


 先ほどまで眠っていた建物に戻り、真ん中には囲炉裏のついたテーブルがありヴィジャスは二つの椅子を用意する。カレハは付近にいた子供たちとあの黒豆と一緒に外で遊んでいる。ヴィジャスがすぐに用事を済ましてくると出ていきサクマは椅子に座り室内を見渡す。周囲を囲むように円状に並ぶ四つのベット。間々に置かれた岩又は木で出来たタンスのような物入れ。天井には建物内全体を明るくさせるランタン。水道や炊事をするようなものや道具のような物、建物の中も外にも機械製品のようなものは一切見当たらなかった。


「待たせたね」


 ヴィジャスが戻ってきて向かいの席に座る。相も変わらずフードで顔を隠していた。コートには特に装飾のようなものはなくただただ黒くボロボロな古布なのだが匂いなどはそう感じない。体つきはそこまでいいようには見えない。両肘をテーブルにつき手を組むとコートの袖がズレていき腕と手を露にする。手と腕は老人というよりも魔女のようなものに近い、かなりシワシワで肉が無いのか骨と皮で出来ているようにしか見えない。そんな腕に歴戦の傷というような大きな傷跡が沢山残っていた。


「すまない客人を前に顔を隠すのは失礼だったな。君なら特に気にならないか」


 そう言って顔を隠していたフードを両手で捲り上げる。そこから現れるその顔はとても酷く口より上は大きく横に肉が削られたように抉れ皮一枚のなのか骨がくっきりと浮かんで見え場所によっては白い骨がはみ出ていた。髪は白髪というよりも灰色で胸に届く位の長さで綺麗とは言えない手入れのされていないぼさぼさの髪の毛。それを見ているとヴィジャスは長い髭を引っ張るとなんの抵抗もなく髭が取れた。付け髭だったようで彼の顔がよく見える。傷のない顔の部分にしわは無く先程まで五十から七十位のかと思っていたが二十から三十ほどにも見える。


「やはり、この顔を見ても気にしないのだな」


「俺もこんな意味の分からない頭しているからな」


「さて、いろいろ話したそうではあるがまずこれについてだが」


 ヴィジャスは懐から綺麗に折りたたまれた服を差し出す。それはサクマが今まで着ていた衣類だった。

 服を広げてみてみるナイフで刺されたであろう箇所に穴などなかった。やはりあれは夢または幻術のものだったのだろうか。


「その服なのだが君は感じないだろうが微かに匂いを発し始めている。その匂いは周囲の化物どもに感じ取られることもあるからそのまま着続けることはお勧めしない。処分するのであればこちらで燃やして処分するが」


「この服は一応自身にの思入れのあるものなんだできれば手放したくはないのだが」


「そうか」


 そういうと立上り物入れから液体の入っているであろうあの陶器と盥の様なものを取り出し液体を垂らす。陶器から垂れるその液体は透き通る水色で油のように滑らかに落ちていく。自身が持っていた陶器の液体の様な匂いは無く、薄いミントの様な爽やかな匂いを漂わせる。


「これに浸しておくといい」


「それは?」


「ただの匂い消しだ一時的に匂いを消して匂い発散を抑える。君の持っているケースに入れ外気に当てなければ一,二年程は匂いを発し始めないだろう」


「ありがとう助かるよ」


 サクマは早速服をその盥の中に入れ液体に浸す。すると汚れか何かは分かれないが液体の中に黒い靄、煙のようなものが漂うが服には何の変化は起きない。あれが匂いその正体だたのかは分からないが今はそこまで気にすることではないだろう。二人は席に戻る。


「そしてもう一つあるのだが」


「まだ何かあるのか?」


「私達はとある神に仕える者の集まりだ」


「唐突だな。宗教勧誘か?」


「そうではない。これを前提に二つの選択を君に問う」


「選択っていうのは」


「一つ、この集落の一員になり神に仕えること。二つ、この集落を去ること」


「どういうことなんだ」


「この選択の重要な点は情報を得るか得ないの選択だ。もし情報を得たいのであればこの集落に置いておくことはできない。それに何でも答えられるわけでもない」


「一つ聞きたいのだが」


「何だい?」


「なんであんたは俺の質問に答えられる情報を持っているんだ?」


「いい質問だ。当然私が情報を持っているならば、ここを去らなければならない。だが去らなくていい。それはなぜか。私は何も知らないからな」


「それじゃあ答えられないんじゃ」


「そう私は答えられない。答えるのは神だよ」


「まともそうな人だと思っていたのだが…」


「まあ、待て」


 呆れて立ち上がるサクマを呼び止める。それを無視したいのは山々だが足が地面とつながっているような不思議な力で止められて足が動かなく諦め深いため息を吐き捨て席に戻る。魔法か何か分からないがまじで何者なんだこいつは。


「こんな世界だ。神の一人や二人がいてもおかしくないだろう」


「こんな世界だからだ。それにいたとしても邪神だろう」


「言われてみると確かに邪神だな」


「で、どうやって俺の質問に答えるんだよ」


「君が私に問いを投げると一時的にその問いについての情報を得る。次の質問に映るとその前の情報は消え去る。もし問いを掛けられ情報が来ないのであれば答えてはならないこと。神だから本当に何でもありさ」


「神に仕えるならどうなるんだ?」


「特に何もないが二つ制限が与えられる」


「制限?」


「一つこの集団から一定距離離れると神罰が与えられる」


「神罰って雷でも落ちてくんのか?」


「二つ自身の過去を全て捨て去ること」


「は?」


「そのままの意味さ。君と同じように、ここにいるものは皆、過去の記憶が無い。名前以外な。捨て去るということはその記憶を一切思い出せなくなるということだ」


「それに対するメリットは?」


「化物どもの襲撃を事前に知らされる。君たちがここに訪れる前に廃墟とした所があったろあれが私達の前の拠点だ。そのため私達は一度も化物からの被害を受けたことはない。君宛の預言書のようなものがあっただろうそれも神からのお告げだよ。つまりこんな世界で自身を守るために過去を捨て神に仕えるか、危険を顧みづ戻ってくるか分からない過去の記憶を思い出す又、世界を知るかということだ。君はどうする?」


「もしだが情報を得てこの集落に滞在しようとするとどうなるんだ?」


「一度、君のようなその考えをしたのがいたよ。そのものは気を失い外に放り出される。そしてここに戻ろうとも不思議な力で出会うことなどできない」


 その答えに異様な気配を感じる。先ほどは何か違う圧力を発してオーラの様なものがヴィジャスの背中からにじみ出ており雰囲気が変わった。


「それが神ってやつか…ということは俺の答えがわかっていたみたいだな」


「察しがいいな人間。勿論わかったとも。諦められないのだろう過去の記憶を。それとあと一つ勘違いしている私は神ではない。君たちからしたら神のような存在なのだろうがな」


 サクマの答えは決まっていた。夢かはまだ分からないがゴブリンや飢餓鬼に襲われる、あんな危険な目に合うのは勿論散々なのだがそれでも自身の過去もそうだが、それよりもカレハとのことを諦めることなどできない。


「神じゃないのか…ならなんなんだ」


「さぁ、なんなんだろうな私にも分からないよ」


「ここは…この世界は何なんだ」


「残念だがそれは答えられないが、お前なら世界の名前くらいなら今知ることができるだろう」


「どうやって知るんだ」


「簡単だ。手のひらを前に突き出してこの世界、空間を意識して【分析者】を使えばいい」


「こうか?」


 サクマは手のひらをヴィジャスに向け突き出し念じる。すると自身を調べた時のノイズのようなものが鳴り響く色んな文字や映像…記憶というよりも歴史の断片の様なものが脳内を駆け暴れ回る。痛み頭を抑えようとするがヴィジャスが「手のひらを下すな耐えろ」というので必死にこらえる。するとノイズが徐々に納まり文字が落ち着き並んでいく。



『 アナヴィスティス **************************************************************************************************************************************************************************************』


 文字化けがかなりひどいく横線で塗りつぶされたようなのもちらほらしていた。


「アナヴィスティス…」


「ほう、名前を読み取れるとこまでには至っていたか」


 ヴィジャスの姿をしたそれは顎に手をニヤニヤと異様な笑みをうかべていた。


「やつらはあんたを神と言っていたが神だとして善と悪ならどちらの神なんだ」


「それも詳しく言えないが安心するといい。私は善良なる神でもなければ邪悪な邪神でもないさ」


「何も安心できないんだが」


「私から君たちになにかすることは無いだから安心しな」


「この世界にどうやって俺たちは来たんだ」


「そうさな、この世界に呼ばれるのは三つ。一つ目は答えられんな。二つこの世界に巻き込まれた者と言えばいいかな。世界に巻き込まれた者に決まりはあるかだがそんなものは無く人間以外の犬や猫といった動物、君が知っているようなゴブリン等の化物どもがこの世界に、不条理に巻き込まれる。三つ自身の意志で来た者。誰も彼もが望んでこれる訳では無いがまぁそう言うのもあるということだ」


「それじゃあ…」


「待て」


 彼の言葉で喋ろうしていた口を指先で抑えられたのを感じ声が出なくなった。


「この世界に朝もなければ夜も無い。そしてそれ以上の質問には答えられん。自身は三つのうちのどれで来たのか、なぜ頭が頭蓋骨なのか。記憶が無いのはなぜか、カレハは何なのか。この世界の化物、自身の力そのた諸々今から君がする全ての質問は答えてはならないものだ」


「そうか、わかったもう質問はない。大人しくここを去るよ」


「潔いな。だが心配するなすぐには追い出さない十分に体を休めてから出立するといい」


「それはありがたい。なんか優しいな」


「神みたいな存在だからなそのくらいの慈悲はやるさ」


「神のような存在だからか…」


「最後に」


「なんだ?」


「おのの為に、知ろうとすること知ろうとしないことは同時に罪ではない。諦めなければきっと過去を思い出せるだろう。まぁ頑張れ」


「ああ」


「それと真っ白なのっぺらぼうには気を付けろ」


「ああ、ってちょっと待て。それはなんだよ」


「な、なんだ!?」


 神らしき存在がそれを最後に言い残したその言葉の意味を聞こうと肩を抑えるもヴィジャスは何が何だが分からない表情で異様な雰囲気は既に無くなっていた。あいつ不安な一言残しすだけしやがってそれなら言うなよ…


「い、いや。なんでもないすまない」


「あぁ、気にするな。腹が減ったのであろう食事をすぐに用意しよう」


「え?いや、そう意味でもなー」


 そう否定しようとするも不意に自身の腹の音がなる。おかしなことだったのだあれだけ走ったりしてきたのに食欲がなかったのは、不安や必死さでそんな事気にしてる場合じゃなかったのだ。だが、少し情報が得られはち切れそうな不安の糸が少し緩んだのだろう。


「無理しなくていい、食べれる時に食べとくのが一番だ。ほら言うだろ腹が減っては戦は出来ぬってな」


「あぁ、そうだな。有難くちょうだいするよ」

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