第三章

 二人の女の主は、二人をして自らを将監と呼ばしめていた。この、左右近衛府の判官に与えられた官名が何を示しているのか、それが果たしてかの男の過去と何かしら関わりがあるのか否か、このような将監に関わる根本的な問いも、二人にはまったくもって判然としなかった。二年前のある夜、男が率いる匪賊の一団に突如として襲撃された荘園領家の邸から連れ去られた二人の女は、何を知るでもなく、何を聞くでもなく、ずっと将監のなすがままであった。

 また、上臈と桐葉は、現在の自分たちの命運を一手に握りたる将監の素性をあえて尋ね出だすようなことはしなかった。無論、尋ねようと思えば訳なく尋ねることができるといった雰囲気は、すでに二人の女と将監との関係の中でいくらでも見つけることが可能であった。しかし、いつも男の背を怯懦と倚藉の混ざり合った眼差しで見る二人の側女に対して、男が着る贓品の着物の毘沙門亀甲文様が、聞くことを許さないといった睨みを利かせているように思わせるのであった。そして、将監の背を見つめる二人の側女は決まって口を可愛らしくつぐんで肚にある問いを封じてしまい、やがて酔いに任せて陶然と戯れくる将監にそれぞれ肌を許すのであった。

 平生遠慮がちに暮らさざるを得なかった二人の女にも、時として、絶対的な存在である将監に対して物申すことができる一場面が到来することがある。それは寝屋においてであり、閨房の語らいと呼ばれる場面においてであった。なかんずく閨房での将監の欲求が畢んぬる後、たゆたうような安息が対の体を中心にして房中に瀰漫した時こそが、将監に何らかの事物をこいねがう一大好機であった。

 上臈と桐葉が領家の館からかどわかされて一年も経たない時分、すなわち、将監が群盗を率いてはいたがまだこの廃寺へは足を踏み入れてはいなかった頃、こんな事があった。

 その頃、上臈と桐葉はともに将監とも閨を介してようよう慣れ始めていたのだが、桐葉が持ち前の宮仕えの精神もて比較的容易に環境に順応していったのに対し、上臈はいよいよ旧家を懐かしむ情募り、憐れ、何をするにつけても鬱鬱たる形貌をのぞかせていた。そして、それはとうとう将監に対しても露骨になり始めていた。これを見かね、かつ自らの保身のためをも見越して、ある日桐葉は上臈をひそかに諫めた。ところが、その時、上臈は桐葉に、自らの父母を痛切に偲ぶ心情を正直に吐露し、こらえ切れなくなって泣き崩れたのだった。上臈は将監からあの闇夜の寇盗以後も上臈の父母が生き長らえているということを夜の慰めに聞かされていた。しかし、その言葉を鵜呑みにして信用することもできず、しかるにその脆い一縷の希望にも心のどこかではすがらずにはいられないでいるといった、まことに撞着した思いに身が潰えそうになっていたのだった。さらに、父母が生きていると聞けばこそ、よりいっそう思慕の情に堪えることが難しくなったのであろう、上臈はその美しき容貌に日ごと明らかに憔悴の色を濃くしていった。

 そんななか、この上臈の様子を目の当たりにした侍女桐葉が、次の将監との閨房の語らいにて、上臈と父母との消息のやり取りを逐一将監の検閲と許可が必要であるという条件付きながらも許してもらうという手柄を立てたのであった。これによって上臈の気色もわずかに復し、何よりも父母の手を見るたびごとに得られる安堵が一番の良薬になった。

 だが、この可憐な、年齢のわりに童顔な二人の女は、将監と名のる男こそが元凶であることを悟るのに十二分であるほど聡明だったにもかかわらず、巍峩として眼前に矗える現実に対しては、夢にもそれを糺そうと勇み立つことはなかった。ただ、その身を大河の流れのまにまに委ねて現在に到っていた。

 それが知りながらか、知らずながらかは、二人にしか分からない。ことによると、上臈と桐葉のあいだですら見解に背馳が見られるかもしれない。とにかく、二人が厳しい現実において主体的な行動を極力避けていたことは、まがうべうもない事実である。よって件の消息の約定における桐葉の功が、ますます汀優って来るのだった。

 そして、消息のやり取りのたびごとに上臈の父母から蓄えの金品を代価として巻き上げ、帰りきたれば閨にて見境ない谿壑の欲望の狗なる将監に、この二人の女人はただ、自家の財と自己の操を損耗するばかりなのであった。

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