第7話 出張費、増しましでお願いしま~す!!




 静かな夕闇(ゆうやみ)に染まり始めた寂(さび)しげな空間。

 だだっ広い、芝生だけが夜の美しさを煌々としたLEDの光を受けて広がっている。

 その中のひと際大きな建物の一つの駐車場に車を止めた。



 ジョニーさんに続いて入った部屋の右奥から明彦さんが声をかけてきた。


「隼人君、着いて早々に、またこんな遅い時間に呼び出してしまってすまない」


(あっ! 明彦さん。良かったよ~)


 場違いな場所と威圧感にかんじられ、隼人は、やっと知り合いの顔を見つけると安堵の表情を見せた。

 広い会議室の中央のコの字型に置かれたテーブルには15人ほどが席についている。

 スーツ姿の大人の男性が並ぶ中には白衣の男たちの姿も3人ほど目についた。


「突然で驚いただろう。良く来てくれた。その椅子(いす)に掛けなさい」


 正面の一人が声をかける。

 隼人は、言われるままにテーブルのないポツンと一脚だけ置かれた席に座った。


(…………誰だよ! 驚きすぎだよ。何処だよ此処! 状況が分からなすぎだよ。明彦さん)


 その人を始めに次々と紹介がされていく。

 この施設のこと、明彦さんや父親との繋がりそして救急な呼び出しに応じてくれたことへの言葉があった。

 最後に、ジョニーさんが改めて自らの名を名乗った。


 数週間前は高校生だった隼人は、混乱する。

 かまわずに話は進んでいく。


 照明を少し落とされ、スクリーンの前に白衣の男性が歩み寄ってきた。


「ここからは、私が少し説明をしよう」


 投影機から映し出される映像は映画で見るような怪物たち古代史でイメージされる化け物たちがリアルなCGで描かれていた。


「ひとつはインド北西部、中国とラオスの国境付近、そしてこれは太平洋上で目撃された怪物たちだ。太平洋の物は一部回収されて実物もある」


 写真が一つずつ詳細を映していく。


「これらは決して作られたCGでもないし、絵空事(えそらごと)の話でもない。 映像や記録は残されていないものを含めると30数か所もの目撃例もある。信憑性(しんぴょうせい)の高いものばかりだ。一部人的被害も報告されている。我々の管理しきれない、ウイルス、病原菌などの侵入も心配されている」


 顔をしかめ、声を高める。


「対策を急がなければならない!」


 画面が切りかわる。

 そこには、黒い皮膜のついた古代の翼竜のそばでせわしなく動き回る人たちの姿が、その対象でその大きさが尋常(じんじょう)でないことが分かる。


「これらは、約半年ほど前から現われだした物だ。私は、君のお父さんといろいろと話をした事がある。彼の話にはこれらによく似た怪物たちの話がよく出てきたよ」


 片眼をすぼめ何か思い出したのかもしれない


「あちらの世界、仮に日本の言葉を借りて異世界と表現しよう。彼、ガイアスは生身の体で、膨大なエネルギーを使って、この異世界わたりを成功させていると言う。異世界でもガイアスほどの者はいないそうだ」


 話は続く。


「現代の世界では、最近まで見つけられなかった未知のエネルギーだ。それを体に溜め込み、ほんのわずか一瞬だけ、身の回りを囲む少しばかりの空間を変化させて、時間・空間を超えて別の空間へ移転した際、元の姿の再構築(さいこうちく)を可能にしているという」


 「モノと生き物が移動できるという事の確認は取れている。こちらからは、実験に犬を連れて行ってもらった事もある。そして、また連れ帰って来てくれたよ」


「私たちには、過去永劫、積み重ねてきた物理・科学・様々な法則を検証してきた実績がある。それと同じように、異世界の人々も、全く別の原理ではたらく異世界での法則を永い年月と共に積み重ねたものを持っている」


「また、こちら側の法則をあてはめ、検証することは出来てはいない。ただ、出来るという事実のみがそこにある。研究者としては、積み重ねてきたモノが覆され、生かされない、非常に残念な話だよ」


 そこまで言うと、眼鏡を外し眼の周りを揉んで一息ついた。


「移動、転移と言い変えよう。転移に必要な設備は、ガイアスが残してくれている。その転移自体は頻繁(ひんぱん)にはできないが、いつでも、連絡は繋がる状態を保てている」


「今でもそうだ。ただ、ガイアスからの返信がない。出来ないのかもしれない。怪物たちがこちらの世界へ現れるようになった事と関連があると考えている」


 そこまで、話すと奥の人物を見る。


 変って、先ほど椅子を勧めてくれた人が切り出した。


「ああ、私が替わろう。そこでだ、怪物たちが入り込んでくる原因を突き止め、その入り口となっている所を封鎖する。其のための調査員を送り込みたい」


「エネルギーの問題があり二人しか送り込めないのだ。 ひとりは、そこのジョニアス・アンダースンだ。 彼は、ガイアスの協力の下に10年ほど前からその準備としての肉体の調整を行ってもらってきた」


 言葉を区切り、彼はちらりと明彦さんの顔をみる。

 明彦さんは、瞼(まぶた)を閉じてしまった。


「そして、もう一人は君に頼みたい。君は、ガイアスの息子だ、その体質・能力・資質を受け継いでいる可能性は高い。私たちと違い、ガイアスには、エネルギーの元とも取れる物質をため込んで置ける器官が発達していた」

 隼人、

(ええええっ! おっ俺?!)


「検査し物質の注入で大量のエネルギーの保有が、ガイアスと同じ状態を保てるようであれば、ジョニアスと共に参加してほしい。彼一人の力では到底(転移)は、むつかしいところなのだ。 ガイアスほどのエネルギーの蓄積(ちくせき)が足りない」


 隼人は困惑(こんわく)する。

 途方もない話だった。

 日本での明彦さんから打ち明けられた父親の話が、ここまで大事に自分に降りかかって来ることなど思いもしなかった。


 矢継ぎ早に起こる出来事は、あの日を境に大きなうねりとなって、18歳の隼人を巻き込み容赦なく転がしていく。


 相談の相手のいない隼人は自分自身へ問いかける。


(……そんな事が、出来るだろうか?)


(俺の体の中にそんな力があるとは信じられない……みんなと違う人間ではないというのかよ? ……俺は普通の男だぞ!)

(どうする......どうしたらいい?……判らない)


(他に方法があるんじゃないか? ……でも小春は?)


(小春はどうする? )


(たった一人、知らない世界で訳も分からず連れ去られ、母さんとも会えない友達とだって、どんな酷(ひど)い事をされているかもしれない。 どんな淋しい思いをして居るかもしれない)

(小春……同じ世界に居るとはいえ親父はこの事を知らないのだろう。小春を助けてやれるのは……)


 隼人は胸が痛くなる。


 忘れていた訳ではけっして無い。

 母秋絵の姿も見てきた。


 あまりにも超常的に居なくなっていた為に理解の放置と共に触れられずにいた。

 そこに来て、救出の明かりが灯ったのだ、たった一つ自分の判断に託されて。


 重い沈黙。


 静まり返り、隼人の言葉が待たれる。


 明彦さんが隼人に語り掛けてきた。


「隼人、若い今のお前には荷の重たい頼みだ。だが、お前にしか出来ない仕事なんだ。何よりも、小春を助けられるのはお前しかいない。私からも頼む」




「…………やります。いや、僕にやらせてください。父さんと同じ力を受け継いでいるのなら、僕を、異世界へ行かせてください!! そして、こちらからも、お願いがあります。妹が行方不明なんです! その異世界へ連れ去られていると思うんです。見つけ、連れ帰る協力をしてください! お願いします!」


 正面の二・三人が、顔を合わせて少しの間話し合った。

 そして、そのうちの一人、初老の男性が立ち上がるとおもむろに此方(こちら)へ深々と頭を下げてきた。


「よく、決心してくれた。ありがとう。代表して礼を言わせていただく。日本での感謝の作法はこれでいいかね。もちろんガイアスのお子さん、君の妹の捜索には、尽力を惜しまない。これは約束しよう。ただ優先すべきは、先ほども述べた怪物どもの侵入経路を絶つこれを第一の目標とする。いいね」


 隼人はうなずく。


 さきほどの白衣の男性が、話しかけてくる。

 

「隼人、早々で悪いのだが明日からこの研究所に通って来てもらう。調べることや、やる事が山積みだからね」

 

 続いて、話し合っていたもう一人の男性が声をかける。


「隼人・川端、君を(ドレスティン・N・エネルギー開発機構・研究開発業務部)への入社を認める。肩書と待遇・その他の条件等は後程(のちほど)話し合う事としよう。入社をおめでとう。歓迎しよう。新しい我々の仲間だ」


 そして最後に付け加えられた。


「隼人・川端 早速(さっそく)だが、辞令を発令する。これから約三か月の肉体調整・訓練の後、異世界『 セラ 』での調査及び怪物の侵入経路の封鎖(ふうさ)を主体とした活動を命じる。活動の主導権、命令権は同行するジョニアス・アンダースンにある。君には彼のサポートを命じる」


「……頑張ってくれたまえ……」



 隼人は、その日思いがけず就職(しゅうしょく)が決まった。

 初めての仕事は、異世界への出張だった。





 補足   「研究所の名称」

   架空のものであり「実在する各研究所機関」とは一切の関係は

  ありません。




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