第6話 なんか、すげえな。あんた!!

  



 隼人の父親のコンドミニアムは、イースト川とセントラルパークにはさまれたアッパーサイドという住宅街にあった。

 近くには小学校・中学校も多い。

 さほどの高層階でもないために、開けた窓からはスクール帰りの子供の高い声がわずかに聞こえる。


 部屋は5年ほど前の購入の際、改修したとのことで、秋絵が、都会に住むならこんな所に住みたいという思いが全面的に反映されていた。


 タイル状の木材の張られた壁、ピカピカにみがき上げられた焦げ茶色の床。大きく天井まで届く窓からはセントラルパークの緑がとびこんできた。

 木目の美しいアンティーク風の家具類はこの広い部屋をシックな統一感にまとめ上げている。


 ほとんど留守にし、定期的なハウスクリーニングが入っているとのことで、生活感のない部屋はみがき上げられ、まるでショールームの様相をみせている。


 隼人は、こんな自分の知らない別宅があった事に驚きを隠せないでいた。

 男と女の隠れ家に、隼人の知らない二人の世界に踏み入ってしまったような、いごこちの悪さを感じていた。


 あれから、様々な用事・手続き等を一週間ほどですませ、とりあえずこちらに居を移してきた。

 店舗の方も、明彦さんの判断で店を閉めることが決まり後のしまいは、秋絵とキャサリンが残り、店じまいを済ませしだい、こちらへと向かうとの事だった。

 最初は日本にこだわりを見せる秋絵だったが、小春の情報になりそうなものは、明彦の元へと集まると、説き伏せて共にこちらでの生活が決まってしまった。



 隼人にとって、ただの酒好きの父親は、すっかり謎めいた異世界の訪問者となってしまっていた。


(小春を連れ去った男、そして家の崩壊(ほうかい)から助けてくれた鎧(よろい)の女。そして、その世界で生きているかもしれない父親)


 明彦の話では、数年に一度こちらの世界へと来訪がかない、自分たち家族と会っていたそうだ。

 そして、明彦のすすめによってその分野の研究者、学者たちとも交流を持つという。

 異世界の異物を持ち帰り、更には自身の体さえも研究調査の対象として、躊躇(ちゅうちょ)なく提供していた。

 ひとえに、こちらで知り合った秋絵と子供たちと少しでも多くの時間を作りたいがために、その研究の結果を本人が欲しがったためだった。


 研究対象から、離れた異世界の品々は、明彦の作った会社をへて世界中のオーパーツを好むコレクターたちに、極秘裏に販売され研究者たちの資金の一部になっているという。

 隼人は、子供のころからこずかい稼ぎとして店舗の奥で家のアルバイトをしていた。

 配送業務の一つとして、箱詰め梱包(こんぽう)していたあの中身の出所を初めて知ったところだった。





 着いたばかりで、生活の準備もままならない有様ではあったが、明彦から会わせたい人達がいるとの事で迎えの車をよこすと聞いていた。

 場所を移して建物の入口近くの歩道で待つ。

 住宅街の夕方の近い往来は、買い物袋を提げ行き交う主婦の姿も見える。

 ほどなくして、黒いセダンアウディA7が目の前にすべりこんできた。

 ウインドウが下がり、イカツイ顔の男が顔を覗かせる。


「boy。君が、川端隼人かい? むかえに来た」


 隼人、

(うわ~、イカツイな! だいじょうぶかよ。ついて行って。こえ~。でも行くしかないよな)

 うなずくとロックが解除されたのを見て助手席へと乗り込んだ。

 東洋系の顔立ちだが、日本語を話さないところを見るとちがうのだろう。

 短く借り上げられた髪は逆立ち浅黒い顔、かけたレイバンのせいか隼人は恐々とあいさつをする。


「隼人です、よろしくお願いします。ここから会社までは遠いのですか?」


 緊張を気取られまいと当たり障りのない質問をしてみる。

 せまい空間で、初対面のイカツイ男を前に隼人は緊張していた。

 それを、感じ取ったのかサングラスを外すと、意外にも白い歯をのぞかせながら無理矢理に作った笑顔を見せてくれた。


「そうでもないさ、会社までバスでもそう時間はかからないはずだ。慣れるまでは車を使う。迷子はこまるからな」


 隼人、


(おろっ! 意外と親切でいい人か? 明彦さんが寄越してくれた人だし、見た目ほど怖い人じゃないのかもな。人を見かけで判断しちゃいけないよな~)


 区画ごとに入れかわる一方通行を横切りながらセカンドアベニューを右折し、その流れに乗った。

 更に川を渡り40分ほども走る、もう郊外を走っていた。

 明彦さんの会社へ向かうには遠すぎるような気がする。

 街の渋滞も無くなり、街頭すら少なくなった。

 信号が赤になる、その薄暗い交差点に止まった。


 最近の隼人は、運がわるい。

 悪いことは、まとめてやってくる。

 あとから思い返すこととなる。


 隼人は何気に運転する男の横顔を見る、とたん、その向こう側、物陰から男が飛びこんで来るように運転席側の窓に取りついた。


「あっ! 危ない!」


 薄汚れた物取りが、銃を突きつけわめきつける。


「Money!! 金をだせ!ハンドルから手を放せ! 早くしろおっ!」


 狂ったように興奮している。

 薬でもやっているのか目の色が違う。

 ドライバーの男は、ゆっくり胸元から厚手の財布を取り出す。

 襲撃者の目に黄色い喜びの火がともった。

「ぱっ」と、取り出した手は開かれて、渡されることなく運転席の足元に落ちていく。

 一緒に、ごろつきの目線が財布を追った。

 と、その隙を見過ごさず、すかさず銃を突きつけた手首を上にひねり上げた。

 

「ドン! ドン!」

「うわー!!」

 室内にひびき渡る大音響!

 怯みもせず構わず、握り込んだ拳がごろつきの目に叩き込まれた。

 銃をもぎ取るとセイフティをロックし隼人に放り投げる。

 車外へ飛び出し、くずれ去っている男の頭を思いきり、蹴(け)り飛ばした。

 勢いで、ぼろ雑巾のような男が吹き飛び転がる。

 追撃し念を入れるようにもう一度、蹴りをいれる。

 隼人は、眼を見開いてその光景に釘付けになった。


(うわっ! こっ殺したよな。 絶対死んだよな。今の蹴り!)


「……fuuッ……」


 動きを止めた足元のゴミくずを、しばらく見降ろしていたが直ぐに車に乗り込んできた。


「大丈夫だったか? ケガはしていないか?」


「ヒッ!」

 ひざの上に投げ込まれた拳銃に固まり、どう猛すぎる随伴者(ずいはんしゃ)に恐れおののく隼人に声をかける。

 慌てるように、隼人の頭を触り右に左とみる、上着を開くとケガのない事を確認した。

 半眼で、恐ろしく冷静な撃退法をみせた男が、隼人の無事であった事への安堵の表情を見せていた。


 信号が、青に変わった。


 車を出しながら、硬直する隼人の膝の上の拳銃をつかむと窓の外へと放り投げる。

 そのまま、放っていくらしい。


 隼人、

(うわー! 優しいひとじゃないか? なんて思ったのは大間違いじゃないか。見た目通り。いやそれ以上にやばいよ、この人!)


 硬直が解け、やっと隼人は言葉を発した。


「ケガはないです。それより今の強盗、あのままで大丈夫なのですか? 死んではいないですよね?」


「ああっ、気にするな。此れが俺たちの日常だ。 金を渡してもよかったんだが、今月は何かと物入りでな。野郎も運がなかったんだろうよ。今、警察にかまっている時間も惜しいんだ。着いたら、詳しい話が聞けるだろう」


「まだ、名乗っていなかったな。ジョニアス・アンダースンだ。ジョニーと呼べばいい。しばらくは付き合うことになる」


 隼人、

(ええええっ! この人としばらく、お付き合い―い? ……死んだ。……絶対死ぬな……俺…………)


 走るアウディA7の室内は、しずかなクラシックが落ち着きを促(うなが)すようにながれている。

 隼人は、脱力の溜息を吐き背もたれに体重をかけると天井をながめた。

 二つのちいさな穴があいていた。


 車は、高い塀を有する施設のなかにすべりこんでいく。

 広大な敷地のあちらこちらに2・3階建ての大きな建物が点在している。

 その建物の間は手入れの行き届いた芝生の広場がLEDにあかあかと照らし出されていた。








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