第5話 ヤベー 奴キター!!
夜遅くになって明彦さんは、一人ホテルの部屋を訪ねてきた。
秋絵が同じホテルに、予約を入れていたのですんなりと宿を確保出来ていた。
忙しい立場ながら、無理矢理に時間を作って来ていたために、明日はトンボ帰りに発つと言う。
その前に、話しておきたい事が在るとの事を帰りの車の中で聞いていた。
唐突に明彦さんは、切り出した。
「隼人、大変な状況なのは解る、まだ心の整理といったものもあるだろう。小春の事も聞いた。だが予定どおり、
隼人は、今回の事で先の事など、うやむやに成ってしまっていた事を切り出され、さらに明彦のなにか物を含んだ言い回しに思いついた言葉を繰り出した。
「それは、今回の事件。小春が居なくなった事、あの、おかしなことと何か関係が有るのですか? 何か明彦さんは、知っているのですか? ほかにも、あんな事が遭ったんですか?」
何かの事情を知っていそうな明彦の口ぶりに、隼人は今までの難解な事柄の解明の扉に、手を掛けられた想いで矢継ぎ早の質問を浴びせかけてしまった。
「すっ」と、スリッパを履きなおし隣に黙って座っていた秋絵が、席をたち電気ポットでお茶を入れるのか別のテーブルのティースタンドに向かった。
「ああ、話さなければならない。どうやら俺にその役目が回って来たらしいからな。お前が出会った不可解な奴ら、そのものでは無いかもしれないが俺も一度体験している。誰にも話してはいないが、そこの秋ちゃん以外はな」
夜も、深まりかけた静かな部屋にお茶を入れる音だけが、コポコポと響いている。
「まず、連れ去られた小春のことだが、探し出さなければならない。大まかだが、あてはある。其の為には隼人、お前にしか出来ない事があるんだ」
明彦の、そのあとの説明を続ける言葉は、隼人の18年間生きてきた常識を
数日前に体験したあの日と繋がってくるような予感がする。
世の中の人々がおとぎ話や映画の中の世界を現実の世界として生きてきたのが、目の前の明彦だった。
コトリと秋絵がテーブルに湯のみを置いた。
湯気が静かに立ちのぼる。
ひと際の
明彦は、一時その光景に目を落とし、そして茶を口に含む。
「最初から、話そう」
そう言うと、明彦さんは暗い窓に向き直り目を細め思い出すように、とうとうと語りだした。
「若いころ商社に勤めていた俺は、小さな出張所を任されてニューヨークに来ていた。ある街角で出会ったそいつは、昼に用意したサンドイッチの紙袋を指さして何か話しかけてきたんだ」
明彦は回想する。
もう、ふた昔も前20年ほども経つが、まるで昨日のように覚えている。
最初、見慣れない民族衣装の様な汚い身なりで、チリチリの頭で中南米あたりからの移民かと思った。
昼めしを取られては叶わないと付きまとわれて慌てて脇の小道につい逃げ込むように入ってしまった。
日本人の俺には治安の悪い場所の事などすっかり抜け落ちてしまっていた。
いきなり物陰から出てきた二人、嫌な予感がして引き返そうと振り向くといつの間にかもう二人、四人のヒスパニックに囲まれて退路を断たれていた。
一人は手にナイフさえ握っていた。
無言で肩にかけたカバンをむしり取る。
買った紙袋に笑顔で手を伸ばしてくる。
恐怖で、身動きの取れない俺の上着のポケットに、そのうちの一人が手を入れてきた時、大声がビルの間に響き渡った。
『Ⅴんふぁうgッ!! Gくぇげmhうっ!!』
耳慣れない大声と共に、先ほどの男が走り寄ってくるなり後ろの一人を思いきり蹴り飛ばした。
その背に鋭くナイフが振るわれる。
何でもないように「スッ」と避ける男。
といつの間に手にしたのか、バカでかい剣をナイフの男の鼻面に突き付けていた。
身じろぐナイフ男のその握った手首を「チョン」と片手で大剣を小さく振るうと切り落としてしまった。
大声で
そのまま、荷物を奪った二人に突き付けるように剣を上下にゆっくりと振ると、賊は荷物を捨て、けが人をひとり残して走り去ってしまった。
転がる血まみれの男を
たった今、一人の人間をカタワにしたというのに、まるで散歩の途中で野良犬でも追い払った様な気安さの顔をしている。
大剣をすっと背中に回すとどこに収めたのか身軽になった男は、落ちていたカバンと紙袋を拾い手渡してきた。
助けてくれたらしい。
カバンは渡してくれた、しかし紙袋を中々放してくれない。
二人の間を紙袋がこちら・あちらへと引っ張りあいが続いている。
喋らないが、どうやら腹が空いている様で少し悲し気に目を細めては横目で見てくる。
はっと!気がついて手を放し、手のひらを向ける。
「あっ! ありがとう、食べてくれ」
つい日本語で話しかけてしまった。
手首のない男が、まだ汚い路地裏をのた打ち回っている
その視線に気が付いたのか、俺の袖を引くと元の通りへと歩き出した。
前を向き歩きながら、片手の手のひらで口の周りをもぞもぞと撫でながら何か「モゴモゴ・ウーウー」と独り言をしゃべり出した相変わらず気味が悪い。
「おおおおっ」
男は、行き成り立ち止まると目を見開き、口を開いた。
「おいっ! お前! 俺の言葉、わかるか?」
慌てて、くびを縦にふる。
全く、俺のほうが驚きだった。
外国人で他国の人種だとばかり思っていた、このチリチリ頭からいきなり、りゅうちょうな日本語が飛び出してきたからだ。
黒髪の頭に日焼けした浅黒い顔、言葉を話すと日本人の顔に見えてきた。
「今、俺はお前を助けたよな。この食料は正当な報酬の一部と考えていいよな!言葉が通じなくて金策にも困っていたところだ。今度は、お前が俺を助けろ! すこし、付き合ってくれ!」
通りのど真ん中で、大声で喚きちらすように喋るこの男との出会いが奇妙な物語の始まりだった。
近くの公園に引っ張られ場所を移すと唐突に交渉がはじまった、
「残りの報酬だが、2万ルダでどうだ? それから手持ちの物を換金したいんだ」
どこの国の通貨単位の話をしているのか考えあぐねていると。
続けざまに言葉が続いた。
「あああ、そうか、安い宿に二日ほど泊まれるほどの賃金でいいぞ。」
100ドル札を4枚ほど渡す。
男は、じろじろと俺の顔と紙幣を繰り返し眺めると。
「信用しよう」
握りつぶすようにポケットにねじ込み、その手で小さな皮の小袋をとりだした。
手のひらに、こぼし広げたそれは美しい宝石の粒だった。
薄い青、緑、血の様な真っ赤なそれらはカットの施されていないサファイア・ルビーと思わしき10粒ほどのそれらは、原石にもかかわらず日の光をうけて輝いている。
なんの因果か、その換金に困るような代物も、その時の俺には仕事で知り合った伝手があった。
この男はツイている。
そして、この俺もツイていた。
いつも、少しグレーな取引を持ち掛けてくる宝石商に連絡をとると快く応じてやってきた。
路上でのやり取りも何でもないと、わずかな時間で後も残さない取引にしてくれた。
男と握手を交わすと、いい品物を紹介してくれたと喜んで帰っていった。
男も、見た目の汚さ胡散臭さと違い、口は悪いが意外とビジネスライクな対応をしようとする姿に好感を覚えた。
助けてもらった礼も兼ねて服の買い物に付き合い出張所でシャワーまで貸してやった。
着替えたスーツで商談室のソファで、アルバイトの女の子にコーヒーをもらい先ほどのサンドイッチをぱくつく男。
コーヒーに、しかめっ面をしながらも、うんうんと一人うなずいている。
見ようによっては、スーツで向かい合う商談中の二人だ。
サンドイッチをコーヒーで流し込むと男が口を開いた。
「おまえ、商人なのか、この店も品物はないが何を扱っている?」
幅広い取引内容と、一人でここを任されていることを説明すると男は、しばし考え込んだ。
「よし、取引だ! お前を儲けさせてやる! まだ名乗っていなかったな。俺の名は、ガイアス、姓はないただのガイアスだ」
「カチャリ」
と、秋絵がホテルの窓をすこし開ける、夜の風が吹き込み空気が入れ替わっていく。
明彦さんは、ぬるくなった茶でのどを潤すとこう言った。
「……隼人……お前の父親、川端
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