第3話 どーすんだよ!! ホームレスだよ。
居間にある大型の有機ELからは、ネットから配信されるダンス系ユーチューバーがアニメのアップテンポにあわせ、早送りの独楽鼠のような映像を映し出している。
その前では、頭にピンクの鉢巻きを長く垂らした小さな巫女さんが、息を弾ませ、テンポに合わせて踊っている。
肩を左右に振り小さなおしりを振りながらひざを曲げセクシーなポーズのつもりなのか一瞬のポーズを決め、あごを突き出すとドヤ顔で静止した。
眺めていた隼人は、小さく息を吐いた。
(…………はるちゃん、何のオモシロ動画を作るつもり?)
何かに取り付かれたかの様に必死で小さな体でクルクルと回る。
たすきで締め上げた着物.袴を振り回す。
一心不乱に、汗ばむ前髪は乱れまくりかわいらしい額を覗かせる。
時々ソファの角に足をぶつけて、「うぉっ!」とか小さく叫んでいる。
頃合いを見計らうと、晩飯が届いたと一声かけた。
「はるーっ、ジャージャ麺届いてるぞ。早くたべなー。お前の好きな奴だろ」
「やたっ! ジャージャー麺」
振り回した腕が、ぴたりと止まると真剣な顔はそのままに横をすり抜け隣の台所へと飛び込んで行った。
「ガチャーン! イヤーーァ!! おっ お兄!」
「ジャジャ麵! ジャジャ麺があ~!」
(んっ! 何か聞こえたかな? いや聞こえてない。)
横目に、ため息を吐いた隼人は、届いていた店屋物のドンぶりを大事そうに抱えると、その大騒ぎを背に階段を上がった。
年の離れた妹、小春は今年の春、中学にあがる。中身も背丈も「ちびっ子」だ。お友達と動画をアップすべく絶賛練習中といったところだ。
仕事で、店舗からの帰りが遅い母親の秋絵がいない事でやりたい放題である。もっとも、娘にあまあまの母であるから、いてもあまり変わりないかもしれない。
俺の名前は、川端隼人。
この春高校を卒業し、只今、春の休暇を満喫中?だ。実家のある南関東 某県の一地方都市に、古物商を構える母親と先ほどの、ちっこい妹小春の実質三人家族だ。
父親は一応いる。この古物店の本社があるニューヨークに社長である父の弟、俺のおじさんだな。こちらを手伝い、しかも世界中の古美術品を探し回って、日本にはほとんどいない。自称、名うてのバイヤーさんだ。
小春など、生まれてから三度ほどしか顔を合わせていないほどだ。その貴重な面会の今年の正月など、真っ黒に日焼けし、頭のチリチリしたおっさんが、コタツで焼酎を飲んでいる所へ、知らずに外出先から、鼻歌まじりに帰ってきた小春とばったりとご対面してしまった。
家で寛ぐ見知らぬおっさんに、びっくりすると同時に恐怖する小春。
対し、何年かぶりの再開と大きく?育った我が子に酒も入り胸いっぱいの父親。
母親の秋絵が止めるまで、ハグし無精ひげを押し付ける父親と、泣いて喚き散らす小春の阿鼻叫喚の胸温まる親子の再開シーンは続けられた。
泣き顔のついでとばかりに、せがんだ効果がテキメンだったのだろう。 父親からのお年玉11年分だと言って大金をせしめて、ほくほくと悪い顔で札を数える小学生がいた。
あの涙は何だったのか。
母親は、仕事の関係でたまに本社へ出向くことがあり、頻繁とはいえないまでも、父親と顔を合わせているらしい。なかなかの仲睦まじさを見せつけてくれる。そんなわけで、隠れ家族が、やや一人。
跡取りであるこの俺は、この春から言語習得も兼ね、あちらの大学に進み、ほとんど留守にしている父親の部屋へ同居と共に、丁稚奉公さながら本社で下積み、使いパシリの仕事が待っている。
(どんぶり物を落とした様子だったけど、はるちゃん、冷蔵庫の造りおきの惣菜でも食べたかな?)
夕食を済ませたのか、静かだった一階のリビングルームからの音楽が又相変わらずの賑やかさを隼人の部屋まで伝わって来る。
日中は持ちこたえていた天気も、日が落ちてから強い雨降りに変わってしまった。
隼人はふと八宝菜をはこぶ蓮華(れんげ)の手を止めた。
(雨音が強くなっている? いや違う。リビングから響くアニメの音楽がぱったり消えたな。建物が静かだ。おかしいな)
見晴らしの良い、崖の上に立っているこの屋敷は、雨も強く当たりガラス窓をたたく。叩く雨音が、なおさら静けさを強調した。
床に置いたバランスボールが静かに部屋の隅に転がっていく。
次の瞬間、「ガシャッ!ガッシャッ! ダーン!!」
静けさを破り崩壊の音が響く中、部屋の隅の床が抜けるとバランスボールが吸い込まれていった。
(なんだ!床が傾いている、がけ崩れ?)
隼人は一瞬呆けるが、飛び起きるようにして、一階のリビングを目指し駆けだした。
建物は傾き物が散乱し、数秒まえの面影もない。体にいろんなモノが、ぶつかってくる。
「はるーっ!」
飛び降りる様にして階段を駆け下りると、隼人は、信じられない光景を目にする。
薄明りの下、リビングだったところは、切り取られたように丸い球状に建物の残骸をのこして広がっていた。
電源の残った有機ELの青いだけの画像が、その前に立つ異様な男を
照らし出す。
知らない男だ。外国人のようにも見える。
すべてが混乱の中にある。隼人は声を荒げる。
「誰だ! 此処で何をしてる!」
長い衣服の下に、だらりとした小春を片手で抱え込む見知らぬフードを被った男が、表情のない顔で、なにか隼人に向かって話しかけてきた聞いた事もない言葉だ。
「ガイアスに伝えろ! 手を引けと。 私もこのような事は本望ではない。」
壊れはてた室内と、大切な小春を拉致しようとしている姿は、悪党そのものに見える。
「家を壊したのか!! 小春に触るな!」隼人は、怒りが一気に腹の底から湧き上がった。
「うおおっ!!」感情の高まりに体が勝手に動く。猛烈にタックルをぶちかませようと、男の腹めがけて全力で飛び込んでいく。
さほどの体躯もない男、明らかに180センチある隼人のほうが体格的にも勝ることは目に見えた。
だが荒事に慣れているのかわずかに片足を引き、隼人の突進を躱す。
隼人は、肩先と衣の感触を感じて派手に瓦礫(がれき)に頭から突っ込んだ。
すぐさま、立ち上がり体制も整えぬまま、躍りかかろうとする隼人の前に、剣が突き出される。
「おまえがげ@kれ! むすめいおhんgれ!」「手を引けば、娘は返す」
「なに言ってやがんだ! コノヤロー」
いつの間に抜いたのか刃渡り40センチほどの剣を鼻先に突き付け、なにか話しかけてくるが、隼人にはまるで通じない。
次の瞬間、 隼人は素手で剣先を打ち払い掴みかかろうとするも、巧(たくみ)みに剣をまわし、突きが胸に突き立てられた。
(そう思った。切っ先がわずかに胸を突いている?……)
剣が止まった。一瞬、時間さえ止まってしまったように隼人は感じた。
隼人と賊との間に現れた大剣が、賊の剣先一点を捉(とら)えると、剣の先端同士で押し合いながら、信じられないほどのバランスを持って、押し戻していく。
(?! なんだ! 何が起きているんだよ。)隼人の混乱は加速する。
空中に現れた大剣が、賊の剣を絡めとるようにぐるりと回すと弾き飛ばしてしまった。異常すぎる光景に立ちすくむ隼人。
二人の間の空間から、剣の使い手らしき金の甲冑の手が、腕が、そして全身が隼人の前に立ちふさがるように現れてくる。
ゴールドのメタリック、圧倒する存在感。「!!」でかい、崩れかける天井に届くほどの金の偉丈夫(いじょうぶ)。隼人は、混乱の極致(きょくち)に思考が停止し全く動けない。
こちらに背を向け、大剣を賊に突き付けた。
巨人の見た目と違い少女の様な声。激しい口調で、男へ言葉を投げつけている。
変って賊は落ち着いた声で、巨人に不思議な物でも見るかのように何かを問うている。
隼人を置き去りにして、突然現れた二人が対決している。
(何処から出てきたんだ。人か? こいつら知り合いなのか?)
巨人は、賊の男から小春を取り戻そうと動くが、其れよりも早く男の呪文の声が響き渡る。
男と小春をオレンジ色の光が包む。
男の影が薄くなっていく、脇に抱えられた小春も同時にテレビの3D画像が消え入るようなエフェクトを残し、消えていく。
「小春、 待ってくれ! いくな!―っ」
やっと、絞り出した言葉も映像に話しかけるように空しくすり抜ける
隼人は叫び続ける。
男の立っていた所に駆け寄っても完全に消えてしまって、周りを見回しても小春の姿も消えてしまった。
「最後の巨人族………。…待っている。…は大事に……。安心する………」
なにか、言葉ではない脳内に響く意識が謎かけのように小さく流れ込んで途切れてしまった。
エフェクトも完全に消え去ると同時に、沈黙していたモニター画面から一転、ダンスを終えたばかりのユーチューバーが映し出された。
「ありがとうございました!……またね……ブオンッ」
隼人の混乱など無視するように、むだに明るい声が響いた。
電源が落ち一瞬だけ現れた鮮やかさは、姿を消しさり完全な沈黙が支配する。
しかし、 どこからか漏れ出る明かりが目の前のゴールドに反射し、まだ悪夢の終わりを否定し続けている。
「ドーン! ガシャガシャン!」
支えを失っていた建物が、思い出したのかのように一斉に崩壊(ほうかい)をはじめた。
落ちてきた構造物で、頭をしたたかに打ち隼人は倒れこんだ。意識もなにか薄らいでいく。
其の意識の中でも見た。巨人が隼人を庇う様に覆いかぶさっている。
ゴールドの腕に抱えられながら、二人這いずるように残骸の中を進んでいく。
片手で隼人を抱え、片手に持った剣で建物の太い構造物を振りはらい、蹴り散らす。
落ちてくる残骸は、ガンガンと容赦なくその背に肩に兜に、降り注ぐ。
そのたびに「ウグッ」とくぐもった呻きが聞こえるが、その甲冑の背で受け止めるようにして隼人を懐に抱え、這いずり進んでいく。
薄れる意識の中で隼人は、まるで夢を見ているようにその身をまかせた。
気が付くと冷たい雨が頬をたたく。
崩壊した家があったはずの前の道路に仰向けに寝ていた。
崖の上に立っていた隼人たちの家は、この雨の土砂崩れで道路の半分と共に崩れ去ってしまったらしい。
雨に煙る街頭の明かりを背負い、兜を脱いだ巨人が立ったまま、隼人を見下ろしている。
助けてくれたらしい。
(あんた達は何者だ、小春を何処に連れて行った。なぜ俺のうちに来たんだ。なぜ? 小春を何処に連れ去った)
隼人の思いは言葉にならずに、ただ雨に打たれ続ける。
倒れこんだまま見上げるその姿はさらに大きく見える。
2メートル半はありそうだ。
まだ年若い少女の顔をしている。
兜に隠されていたのか長い金髪が胸元辺りまで雨に濡れ張り付いている。
どこまでもすらりとした長い脚、目を見張るほどの臀部(でんぶ)、くびれたウエスト、全体からすればほっそりとした上半身。
そこへ流れ落ちる夜目にも美しい金髪の髪。
スン尺を問題にしなければ、すばらしく均整の取れた美人であるとみてとれた。
見上げる隼人の側に屈むと、鎧の胸元から小さな紫色の小瓶を取り出すと流血が赤黒くこびりついた隼人の頭に振りかける。
「ジュワッ!」「ううっ」
嗅いだことのない匂いと共に紫の蒸気が上がる。
動けない隼人は、毒か薬か判らぬままに、されるがままを見ているしかない。賊の剣を振り払った掌にも同じように振りかける。
不思議に、すべての痛みが和らいだように感じた。
遠くには、いくつかのサイレンの音が聞こえる。
兜を小脇に抱えるその姿を透かして、その先の道路標識と家々がうすぼんやり見えだした。
徐々にその姿が薄まってゆく。
消えゆく間際に、車のライトがその人の顔を映し出してくれた。
細長く切れ長の目じりは下がり、薄く微笑んでいるように見える。
何か言いたげに開きかけた、ぽってりとしたくちびる
愛しむ者に投げかけるようなその表情を、隼人の心に植え付けるとその人は消えてしまった………………。
夢を、かき消すかの様なサイレンの音。近所の人々の集まりだす声も聞こえる。
救急隊員だろうか、小走りに駆け寄った男が声をかけてくる。
その後ろには「ガシャ ガシャ」とストレッチャーを押す音も聞こえてくる。
雨は降り続いている。
今までのことが流され、消え去ってしまいそうな思いがして隼人は、応えずに目をとじた。
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