第2話 妹デス、カ~ワイ~


 夕方からは天気の崩れるとの予報ではあった。

 高台の庭から見る街並みの向こうの薄雲は、夕陽に染められて朱色に染まっている。


「せぃや!」


 時間を惜しむように、せわしなく動き回り勇ましいい掛け声がする。

 藍色の道着・袴の小柄な女性が、空中へ身を躍らすと一回転して自ら芝生にその身をたたきつけた。同時に右手右足で地面をたたき衝撃を和らげる。

 ショートボブの金髪の髪が芝でまみれる事など構わずに激しい受け身をくりかえしている。

 そこへ上下緑のジャージを着たひょろりとした青年が裸足で縁側から降りてきた。


「遅い!女の子を待たせるなんてマナー違反やで。 それになにジャージい~?」


 腰に手を添え、下から見上げて怒ったような顔をみせるそぶりをするものの本気で怒っているわけだはない。いつもの挨拶の様なものだ。

 青年はぺこりと頭を下げる。


(あぁ~女の子って自分で言っちゃったよ。はず~、母さんと5歳ぐらいしか年変らないって聞いたんだけど、キャッシーてほんと歳解らんわ)


 思った事が見抜かれたのか「ムッ」と睨まれる

(おっ やっべっ!)目を逸らして体の筋を伸ばしていく。

 三年ほど前から母親と仕事をしているキャサリンさんは、日本の文化に興味を示し、日本の武道にもご熱心だ。 青年も、強引に勧められ一緒に習い始めたものの、忙しさを理由に道場へはすっかりご無沙汰している。

 仕事終わりの彼女が、家に立ち寄りこうして一緒に稽古をしてから帰っていった。

 体をほぐすと、女性の前に立った。


「キャッシーさん、お願いします」やる気のあるところを見せようと無駄に大声で挨拶をする。


「お願いします!」


 軽く前に構えた。 一瞬にして飛びこまれ右手の甲を「サッ」と取られる。その手首も片方の手で抑えられ手のひらを上にねじられると肘を伸ばされてしまった。

 同時に、胸元に引き付けると体重をかけて伸ばされた腕ごと押し倒しに来る。

 後ろに引こうとした右足に足まで掛けられてしまった。

(うっ! やばっ! まともな受け身を取らせてもらえない!)

 二人、絡まってもんどり打って倒れる。女性は青年の上に青年は二人分の体重を片手での受け身を取らざるを得なかった。


「おぶっ!」圧倒的な、すばしこさに付いていけなかった

 息を吐きだされて息が詰まる。大きく息を吸い込んだ。

(うおーっ 大人の女の色香が~~っ 純情な少年のこころを侵食する————っ!)

 顔の前のはだけた胸元から、湿度の籠った女の熱気が鼻をくすぐる。つい胸いっぱいの空気を吸ってしまった。


「うるさいわ!! 隼人! 独り言のつもりだろうけど、さっきから言葉に漏れているわよ。」

「ゴホ ゴホッ!」眼を逸らす。

 どいてくれないので、上の道着の背中を掴んで入れ替えるように体を回して起き上がった。隼人は一瞬の女の色香に眩暈を感じたことをごまかす様に抗議する。


「ひどいよ。キャッシー、いきなり危ない技を出すなんて。肘を痛める所だったよ」


「隼人くん、道場の練習にも来ないし、だいぶ動きが悪くなったんやないの。気い入れんとケガするで!」


「はぁ」と一息つくと、全く手加減なしで飛ばしてくるこの姉さんに改めて構えを取った。

 素早さスピードでは負けてしまう、しかし体格と力では負けない自信がある。

 少し、隼人も本気になってきた。負けてばかりでは悔しい。 誘いをかけてみる。


(腕をとらせて、スピードの止まった所でその腕を掴み返してやろう)


 上段からの手刀を飛び込んで打つ。


(よしっ、手首とひじを取りに来る!)


 手首は取られた。 が、女はそのままクルリと巻き込んで背中をみせる、掴むはずの相手の手がない! 体を泳がされた所を腰を入れて投げを打たれてしまった。


「うおぉ」 低い高さで転がされるように一回転する。仰向けになったところへ腕は地面と背中の間へねじり込まれ、首元へは腕を押し付けられた。

 その後、何とか二回ほどはやり込めたものの、やはり練習不足がたたり、 地面に転がされ続けてしまった。

 隼人、(くそ~っ なんでこんなに強くなってるの。OLのフィットネス代わりの美容の為くらいでいいでしょう~)

 二人ともジャージや道着、髪の毛にまで枯れた芝が汗でへばり付いている。

 肩で息をしている。

 縁側からキャサリンを呼ぶ元気な声が聞こえた。


「キャシー、着物着るのを手伝ってー。どうするのこれ?」


「そうやね。終わりにしよか。隼人くん」


 ふたり向かい合い。「「ありがとうございました!」」


 キャッシーさんは、パンッパンッと袴の枯れ草をはたくと縁側に座る妹のとなりに腰をおろした。 隼人もそれに続く、縁側には紅白の衣が無造作に投げ散らされている。


 隼人は、おもむろに縁側の少女の頭を胸に抱え込み抱きしめると長く伸び始めた髪に顔を押し付けると匂いを嗅いだ。

 子供特有のあまいミルクの様な香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

(う~んっ こはる~)歳の離れたこの妹が大好きなのだ。

「うっわ、何するっ!はなせっ、汗臭い!はなせ~」


 じたばたと、もがいて暴れるがいっこうに気にすることもなく隼人は、妹成分を吸収した。


「はい、はい。隼人くんも、もう止めな~」と妹を取り上げると、今度は私の番ねとばかりに枯れ草だらけの道着で抱きしめるキャサリン。


「やあ~っ汗くさい~、こんにゃろ~」


 こちらも離す気はないようで捕まえて「ん~っ」とぐりぐりと強引な頬ずりを繰り返す。


「隼人くん、また雨降りそうやから、今日はこれで帰るわ」


「春ちゃん、お風呂入ってから着せてあげよか?一緒に入ろか」


 やっと抜け出した妹は、何か「ぶつぶつ」と口の中で繰り返しながら衣を掴むと家の中へ走って行ってしまった。

 連日降り続いていた雨も、今日は一日もってくれて厚い雲の合間からはわずかな夕陽が、縁側に並ぶ二人を朱に染めている。

 何とはなしに、隼人は目を細めて隣のキャサリンをみる。キャサリンも、何も言わずにただ笑顔を見せた。

 吹き上がってきた強い風は湿気を含んではいたが、汗で火照った体には気持ちよく感じられる。

 何気ない、いつもの日常。

 たわいもない会話。

 当たり前のように振りまかれる笑顔が、どれほど大切な物なのか、この時の隼人にはまだ気づくことにさえ及ばなかった。


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