第3話
果てなき夜闇を一頭の白龍が行く。
それはまるで、闇を切り裂く光の矢のよう
その背には、一人の少女が立っている。
鮮血のドレスの上に、漆黒の外套を羽織った少女。外套の裾が風に靡いて《なびいて》いる。
その少女は、既に人間ではなかった。
そもそも、人間の少女は龍の背中に乗ってなどはいない。
でも、その少女は、人ならざる魔女であるから。
「う~ん、どうしようかしら」
そんな『天堕としの魔女』リュウナは、天翔る龍の背で、これからどこに行くかを悩んでいた。
なにせ、生まれてから帝都以外どこにも出かけてない生粋のお姫様である。周囲の国なども、知識としては知っているが、見たことはない。
故郷を想うと涙が滲む《にじむ》。
『GUUUUU?』
心配の気配を帯びた龍の声。それを聞くと、まだ独りじゃないと思える。
リュウナは微かな笑みを浮かべる。
唯一の仲間を心配させてはいけないから。そして、その優しさが嬉しかったから。
「大丈夫よ。少し、眼にゴミが入っただけだから」
私は、もう人ではない。魔女なのだから、ならば。
「しっかりしなきゃ」
決意が声になって零れ落ちた。
リュウナが、住処を見つけたのは、東の空が白み始めたころだった。
帝国とその隣国の国境付近。空白地帯にある深緑の山。その中腹にある洞窟。
それは、自然が幾千年もかけて作り上げたのだろう、そう思わせる、人では永久に届かない美しさを持っていた。
「よしっ! 此処にしようかな」
おそらく、終の住処になるだろうことをどことなく感じながら、リュウナは山に降り立つ。
この場所を誰にも知られないように、己の記憶を誰にも残さないように。
そうして、人知れず、魔女は住処を決めたのだった。
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そうして、幾年かの月日が経った。
世界で二番目の魔女、リュウナのもとにその報せがきたのは、灼熱の陽光が大地を焦がすような夏の日だった。
その報せは、鳥の使い魔の耳を通しリュウナに伝わる。
『帝国、魔女討伐に動く』
それが、その内容であった。
「そうなの。
なら、潰すべきかしらね」
血の温かさの感じられぬ、冷淡な声でリュウナが己が故国の滅亡を口にする。
幾年か前、魔女になる前のリュウナでは考えられないほどの冷酷さを、それは宿していた。
リュウナ、いや『天堕としの魔女』の住処であるその洞窟の壁には数多の小瓶が所狭しと並んでいる。その全てが、一国を滅ぼせるほどの力を秘めた魔法薬である。魔女の存在意義である「世界の災厄にして、必要悪」。その体現のような狂気の光景であった。
その狂気の中、天堕としの魔女が壮絶に嗤っていた。
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