『主人公』と『天才』

「『主人公』?」


「そうさ!お前の野球センスはずば抜けてる。まさに『天才』さ。」


そんなことはないと言いたかったが、悪魔はその暇を与えず喋り出す。


「でも『天才』ってのは勝利を掴む『主人公』にはなれない。」


「『主人公』とはな、壁をよじ登り、絶望から這い上がる、諦めの悪い奴のことだ。」


「そしてそういう『主人公』には『補正』が付いてる。」


「落ちこぼれだったのに突然すごい能力に目覚めたり、大ピンチから予想外の逆転を引き起こしたり。神様に愛されてるんだよな。そういう贔屓こそが『補正』であり、それがあるから『主人公』だとも言える。」


「でもお前はどうだ。お前の薔薇色の人生には諦め、苦しみ、惨敗、そういうネガティブな経験は無かった、違うか?」


「諦めないとか、這い上がるとか。それには前提となる挫折や敗北が必要だ。だけどお前はそういう目に会ったことがない。『主人公』になる資格が欠けている、といったとこかな。」


俺は黙っていた。言われてみれば大した挫折も敗北も覚えがなく、言葉が出てこなかった。もしやこいつは本当に悪魔で、未来を読めるのか?俺は負けるのか?いや、そんなことあるはずがないだろ。


「ってことで残念ながら『天才』のお前には、最終的な勝ちはやってこない。ここぞって時には負けてしまう。今まで勝てたのは全部ここぞって時じゃなかっただけ。でも高校最後の夏となれば話は別。野球人生の大一番、そりゃ負けるよな~。」


「まあこんな感じかな。もう理解できた?」


「要するに、俺に技術と自信があるから負けてしまう、のか?」


理解はできた、だが負けるなんて認められない。技術は結果が証明しているし、自信は結果に裏付けされている。


「俺は油断も慢心もしていない、むしろ人生で一番追い込めている。」


なのにそんなこと言われては――。


「いや油断のせいでも慢心のせいでもないよ?」


「……どういうことだよ。」


「これは先天的な人の性質の話、つまり後からは変えられない。過去の勝利も未来の敗北も最初から決められているのさ。諦めるのも手だよね、なーんて(笑)」


ここまで馬鹿にされてはイライラする。付き合い切れなくて俺は悪魔を追い出した。


「まあ僕は思い付きで人をからかっているだけだから。せいぜい頑張ってくれ~。」


何が『主人公』だ、真面目に聞いて損した。でたらめだ、現実になるわけが無い。そう思った。

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