第53話「仲直り」



 退院した私は、すぐに現世に戻ることにした。治療はしてもらったものの、これ以上死後の世界に長く居すぎてしまうと、また生気を吸い取られてしまう。二度も死にかけたくはない。


「はいこれ、チケット」

「ありがとう、ヘルゼン君」


 ヘルゼン君が私達にワールドパスを配ってくれた。もちろん帰る分だけだ。もう二度と来ることはない。いや、次来るときは、本当に死ぬときかな?


「うぅぅ……友美さぁぁぁん、短い間でしたが……ありがとうございましたぁぁぁぁぁ!!!」


 クラリス、涙と鼻水がフライングしてるわよ。泣くのはまだ少し早いって。それでも胸に飛び込んでくるため、私はよしよしと頭を撫でてやる。彼女にも迷惑かけたわね。でも、いい友達ができた。


「私の方こそありがとう。色々とごめんね」

「いえ、こちらこそ!」

「頑張って立派な女神になってね」

「はい! 私も友美さんがいい人生を送れるよう、ここからずっと祈ってますから。直人さんのことは心配いりません! 私が責任を持ってお世話しますから!」


 あの、一応直人は私の彼氏なんだけど……。今の口振りだと、クラリスがこれから直人の恋人を務めるように聞こえるんだけど。

 まさか、本気で奪うつもりじゃないわよね? そんなわけないか(笑)。彼女は正式に直人の世話を任されている。ここは、私も直人のことを彼女に任せよう。再び私が死んで、セブンに来るまで。


「俺がそばで支えてやる。安心しろ」

「えへへ……ありがとう……///」


 ヘルゼン君がクラリスの肩に手を乗せる。連鎖反応のように赤く染まる彼女の頬。二人の仲は見るからに睦まじい。あぁ、そういうことか。


「私達も、支え合いながら生きていきましょ、先輩♪」

「あ、あぁ……」


 負けじと巨乳を押し付ける花音と、動揺する祐知君。ここにもカップルがいたわ。どこもかしこも、素敵な愛で溢れてるものね。


「お兄ちゃん、元気でね」

「あぁ、一人にしてしまって、本当にごめんな」

「ううん、もう一度お兄ちゃんに会えたからよかった。私、頑張って生きる」

「頑張れ、雫! それでこそ俺の妹だ!」


 涙目の雫ちゃんの頭を、直人は優しく撫でる。あそこでは美しい兄妹愛が花咲いていた。雫ちゃん、よかったわね。お兄ちゃんにもう一度会えて。少し変な形になったけど、とにかく彼女との約束は果たせたみたい。


 それと同時に、たくさん迷惑をかけたのも事実だけど。


「……あ」


 雫ちゃんは私に見つめられていることに気づく。


「ごめん、友美。ごゆっくり……」


 今度は雫ちゃんがみんなの背中を押し、その場を私と直人の二人きりにしてくれた。また気を遣わせてしまったわね。確かに、恋人同士積もる話は山ほどある。時間が無いため、話すべきことだけを話しておこう。




「……」

「……」


 どうしよう。話すべきことはたくさんあるはずなのに、思うように口が動いてくれない。対する直人も同じ。別れの時を前にして、何を開口一番に伝えればいいのだろうか。


「あぁ……その……よかったな。亡者歴典の内容も、既に書き換えられてるみたいだし、あとはもう現世に帰るだけだ」

「そうね……」


 違う。そんな事実は、わざわざ口にする内容でもない。でも、よかった。直人が先に声を発してくれたおかげで、ようやく思い出せた。私には、どうしても伝えないといけない言葉があったじゃないか。


「なぁ、本当にすま……」

「待って!」


 直人が先に言ってしまうのを防ぐため、私は彼の口を瞬時に手で塞いだ。これは、私が最初に伝えなければいけないことだ。私の身勝手で始まった罪なのだから。


 直人……






「ごめんなさい。私が浮気だの何だの勘違いしたばっかりに、直人を死なせてしまって、ごめんなさい。私がちゃんと直人の言うことを聞かなかったせいで、家族を引き裂いてしまって、ごめんなさい」


 言えた。私はようやく直人に一番に伝えたかったことを口にできた。元々このためにチケットを使ったのだ。宇宙や深海よりも遥かに遠い距離を越え、たった一つの謝罪を果たすために、生も死を繋げてやって来たのだ。


「自分勝手で……わがままで……本当にごめんなさい」


 私は直人に向けて頭を下げた。三つ編みがだらりと垂れ下がる。誰にでも言えるような、薄っぺらい台詞にしか聞こえないかもだけど、今の私ができる精一杯の謝罪だ。思いが込み上げ、涙が滝のように溢れ出る。






「友美」


 頭の上に優しい感触が乗っかる。


「言っただろ、お前の罪は全部許してやるって。でも、嬉しいよ。お前がそこまで俺のために、必死に謝りに来てくれたことが。流石、俺の彼女だ。ありがとう、友美……」




 ザッ

 心の中で、何かがはち切れた音がした。




「うぉっ!」

「私の方こそ、ありがとう……こんな私を彼女に選んでくれて……ありがとう。ごめんね、本当にごめんね……こんなことになっちゃって……本当にごめんなさい……」


 私は思いきり直人に抱き付いた。勢い余って、草原に二人で倒れてしまった。それでも、直人は私を優しく抱き締め返してくれた。彼の腕の中はとても温かくて、どんな世界よりも眩しく輝いていた。


「俺の方こそ、ごめん。勝手に死んで……お前にこんな辛い運命を背負わせて……ごめんな……」


 直人の目も、数世紀先も乾きそうにないくらいに、涙でいっぱいになっていた。彼もまた罪悪感を背負い、後悔に苦しみながらセブンで暮らしていたようだ。

 いつ何時も私のことを忘れず、どれだけ遠く離れていても、私のことを思ってくれていた。いつまでも愛してくれていた。本当に直人は優しい人だ。素敵な人だ。


「帰りたくない……ずっとこのままでいたい……直人と一緒にいたい……ずっと一緒にいたいよ……」

「俺もいたいなぁ……このままずっと、友美のこと……いつまでも抱き締めてやりたい……そうしたい……」


 私達の涙がセブンの大地を潤す。




「……でもな」


 最後に死というものの恐ろしさを知った。死ぬという概念は、生きてる間は想像もできないほど恐ろしいことだ。死別の悲しみは、生者の心ではとても耐えられない。


 それでも……


「これは、永遠の別れじゃない。人は生きている限り、いつか死ぬ。その時が来たら、俺達はまた会えるさ。それまでここで待ってる。お前のこと、ずっと見守ってるから」

「うぅ……ほんと?」

「あぁ、また会えるさ。俺達の愛に、終わりはないんだから。死んだらここで会おう。いつまでも待ってるからな」


 直人は私を励ましてくれる。涙が止まることはないと知っていても、何度も涙を拭ってくれる。だから私は、彼を信じられる。もう二度と疑いはしない。


「……約束ね」


 約束は私と直人を繋ぐ絆だ。私達は何度も何度も大切な約束を重ね、お互いの愛を固く繋ぎ止めておくのだ。


「絶対に守りなさいよ! 破ったらセブンで勝手に相手見つけて、今度は私が浮気してやるからね!」

「いや、そんな悲しいこと言うなよ! ていうか、俺は浮気してねぇって!」


 高らかな声で言い争い。結局、私達はこれに行き着いてしまうのね。でも、これが何よりの幸せなんだと思う。いつまでもこうしていたいとも願ってしまう。


「安心しろ。現世にも死後の世界にも、どこにもお前より魅力的な女はいねぇから」

「……ありがとう。ほんとに信じていいのね」

「あぁ、馬鹿にすんなよ。俺は天才だぞ」

「そうね……」


 思う存分抱き合った後で、私はワールドパスに名前を書く。正真正銘、これが最後のワープだ。そう思うだけで、やけにペンが重く感じる。私はゆっくりとペンを走らせ、チケットに名前を記入する。



 カァァァ……

 私の体は、爪先から光を放って消えていく。


「みんなバイバイ、また会いましょう!」

「お世話になりました」

「元気でね」


 花音達が天使に向けて手を降る。クラリスやヘルゼンは、必死に手を振り返す。


「友美、ありがとう。向こうでも元気にやるんだぞ」

「私の方こそ、ありがとうございました! またいつか会いましょう!」


 いよいよ別れの時だ。私は直人に手を振る。直人も私達に向けて、手を振り返す。本当に彼は魅力的な人だ。彼と出会えて、本当によかった。




「……!」


 すると、直人がもう一度私を抱き締めてくれた。私も優しく抱き締め返す。体を消す光が私達の身を包み、美しく輝いていた。愛が一つに重なった。


「大好きだ、友美。世界で一番愛してるよ……」

「私も、直人のことが大好き。世界で一番愛してるわ……」




 私達は、お互いの唇を重ねた。最後に尊いキスを交わし、私は死後の世界から消え去った。






「……」


 友美は俺の前で跡形もなく消えてしまった。アイツは、本来いるべき現世に帰ったのだ。アイツいなくなると、そこには静かに風に揺れる草原だけが広がっていた。


「直人さん……」


 クラリスが心配そうに俺のそばに歩み寄る。


「……」


 俺は涙を拭って振り向いた。気を取り直して、セブンを楽しむとするか。


「クラリス、何か作ってくれないか。お前の旨い料理が食べたいな」

「は、はい!」


 友美と再び出会えるまで、あとどれくらい時間がかかるのだろうか。今からとても楽しみだ。俺は心を踊らせながら、草原を後にした。


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