第52話「贈り物」



「……んん」

「友美!」


 友美は病室で目を覚ました。直人は身を乗り出し、彼女に呼び掛ける。


「……直人?」

「友美……よかった……本当によかった……」


 あれから友美はセブンの病院に運ばれ、緊急手術を受けた。手術は無事成功した。あと数分遅れていれば、正死を迎えていたであろうと考えられるほどの、危険な状態だった。

 ナイフで背中を滅多刺しにされたのだ。もし現世で同じ程度の傷を受けたら、間違いなく生き絶えていただろう。こうして目覚めたのは、まさに奇跡だ。


「ここは……」

「セブンの病院だ」


 友美は周りを見渡す。祐知、花音、雫、クラリス、ヘルゼン、共に戦った多くの仲間が見守っていた。誰もが友美が目覚めたことに安心し、胸を撫で下ろした。彼女は何とか一命を取り留めたのだ。セブンの医療技術は凄まじい。


「私、生きてるんだ……」

「あぁ、もう大丈夫だぜ♪」


 まるで「自分が治してやったんだぞ」と言わんばかりに、胸を張る直人。友美にかけた言葉の功績が薄れてしまうくらいに、彼女の目には彼の姿が幼稚に見えた。

 しかし、伝えることは伝えなければいけない。彼も何もしなかったわけではないのだ。むしろ彼が地獄から救い出してくれたと言っても、過言ではない。二度目にセルに落ちる中で、彼が叫んだ言葉を忘れてはいない。


「……ありがとう」

「ん? なんだ? お礼が聞こえねぇなぁ~。もっとはっきり言ってもらわないと分かんねぇなぁ~」

「アンタはいつも一言余計なのよ! 馬鹿!」

「馬鹿とは何だ! 俺は天才だぞ!」


 懐かしいノリで言い争いを始める二人。クラリスは慌てふためくが、祐知と花音は微笑ましく眺める。あれが二人の日常だからだ。大きく声を張り上げる様子から、友美は完治しているらしい。


「助けてやったのに何だ、その態度は……」

「別に助けてもらわなくて結構よ」

「まぁまぁ二人共……この後しばらくしたら、身体検査がある。それが終わったら退院できるから」


 ヘルゼンが二人をなだめる。驚くほどスムーズに退院させてもらえるらしい。彼女が元々現世の人間であることを考慮し、迅速な処置を施しているようだ。

 ワールドパスを私的に利用した者であるにも関わらず、それを咎めもしない心優しい対応だった。改めて、友美は自分が助けてもらってばかりであることを思い知らされる。


「……」

「そう落ち込むなって。言っただろ、お前の罪は許してやるって。ユリア様も許すって言ってたぞ。もう気にする必要はないんだ」


 直人は友美の目線に敏感だ。彼女が頭を垂らせば、気付いてすぐさま励ましの一声をかける。こまめに物の汚れを落とす清掃員のように。

 それでも、友美の罪悪感は全て拭いきれたわけではなかった。言葉だけで許してもらうには、あまりにも胸が苦しすぎる。自分で自分に罰を与えてやりたくなるほど申し訳ない。


「……」


 直人はズボンのポケットから、ある物を取り出そうとした。




「みんな、ちょっと外出てましょ。周りに大勢いたら、友美も落ち着いて休めないでしょ」


 花音は咄嗟にヘルゼン達の背中を押し、病室の外へと誘導する。祐知も花音の意図を察し、共に一同を外へ連れていく。


「それじゃあ、ごゆっくり」


 そして病室のドアを閉める。病室には直人と友美の二人だけになった。




「……ありがとう、みんな」


 直人は花音達の気遣いに感謝し、ポケットから箱を取り出す。これだけは、どうしても友美に渡したかった。全ての始まりとなった彼女へのプレゼントだ。彼女を慰めてやれる一番の方法は、やはり誠実な愛しかない。


「友美」

「これ……」


 直人は箱を開け、中のネックレスを見せる。友美は驚いた。彼がネックレスを贈ろうとしていたのは、花音から聞いて知っていた。しかし、ネックレスは直人の遺体を火葬する時に、副葬品として棺に入れたと、葬式に参加した者から聞いていた。


 燃えてなくなったはずのネックレスが、形を成して再び現れた。どういう原理だろうか。だが、そんな疑問はどうでもよかった。友美はすぐさま余計な思考を捨て、彼の優しさに目を向ける。


「お前と付き合って一ヶ月経った記念に、プレゼントしようと思ってたんだ。お前に似合うと思ってな」


 友美は、直人が花音と共にプレゼントを選んでいた現場を発見し、浮気だと勘違いした。しかし、あの時に彼が友美のためを思い、一番に友美の喜ぶ顔を願って選んだ品物が、このネックレスだった。これは、彼の優しさがぎゅっと込められた宝物だ。


「直人……」


 直人はゆっくりと手を伸ばし、友美の患者服の胸元を緩める。彼女は少々ドキッとした。まるで結婚式のチャペルで、ウェディングベールを上げられる瞬間のようだ。高鳴る鼓動が止まらないが、彼女は恥ずかしさを圧し殺して身を任せる。

 直人は彼女の首元に手を回し、ネックレスをかけた。彼女の色気溢れる首元を、ネックレスは更に美しく飾っていた。ちらりと見える白い肌が、何度も直人の心を揺さぶる。


「……どう?///」


 友美は直人に感想を求めた。彼は真剣な眼差しで彼女の首元を眺める。あまりに真剣すぎる表情だったため、ここからいきなり「あ、やっぱ似合ってねぇな(笑)」と落とされるのではないか不安になった。

 冗談好きの彼なら、やりかねない。そうなった場合のために、彼女はいつでも直人の頬をぶん殴れるよう、心の準備をした。


「あぁ……」


 直人は口を開いた。友美は拳を握り締めた。




「すげぇ似合ってる。可愛いよ」

「えっ……///」


 一秒も満たないうちに、友美の頬は赤く染められた。真剣な表情からの「可愛い」の一言が、綺麗に引き出されたために彼女は戸惑った。直人のことだから、てっきりいつものように貶すと思っていた。


「……ほんと?///」

「あぁ、お前は世界で一番可愛い女だよ。流石は俺の彼女だ」


 直人は赤く染まった友美の頬を、優しく撫でた。優しさが感触として肌に届き、彼女の心の底から幸せが込み上げてくる。


 それは一筋の小さな光となって溢れ出た。


「ありがとう……ありがとう……直人……」

「おいおい、泣いてんのか。普段はあれだけ強がってるくせに、案外泣き虫だなぁ」

「だからアンタは……一言……余計……だってばぁ……うぅぅ……」

「ははっ、本当に……仕方ねぇ奴だな……お前は……」


 友美を馬鹿する直人の瞳にも、思わず涙がにじみ出でていた。喜ばせて、苛つかせて、泣かせる。彼の前では、どんな感情もされるがままに操られる。それは彼も同じだったようだ。


 二人は様々な感情を受け渡し合いながら心を濡らした。


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