第47話「復讐」
「すごい……天国ってこんなに素敵なところなんだね」
「そうよ。すごくいいところなの!」
「二人共、呑気に観光してないで行くよ!」
祐知が花音と雫の襟を引っ張る。雫は初めて見るセブンの景色に、一秒毎に目を奪われていく。
「この先を行けば、審判所に続くエスカレーターがあるわ」
ユリアは先頭に立ち、三人を導く。天使や女神にはセブンとセルを往き来する能力はない。
しかし、悪魔は自身の能力で自由に世界を往き来することが可能だ。したがって、セルにたどり着くには、まず審判所にいるユリウスに会いに行き、彼の能力でセルに続く穴を開けてもらうしかない。
皮肉ながら、彼もまた悪魔なのだ。
「ユリウスを説得して、セルに行かせてもらえるよう頼んでみましょ」
「できるんですか?」
「……何とか言ってみる」
ユリアの顔は、決意を込めてきりりと引き締まっていた。
「おっと、その先は行かせねぇぞ!」
ダンッ
空中から悪魔が降ってきた。ユリウスが遣わせた手下の悪魔だ。槍と斧で行く手を塞ぎ、ユリア達の足を止める。
「お前らもチケットを使ったみたいだな」
「こりゃまた、何度も何度も。重罪だ」
悪魔は既に、祐知達がチケットを使ってやって来たことを承知済みなようだ。ユリウスは駒を動かすのが早い。
「あ、えっと……ちょっと待っててくださいね、悪魔さん達」
花音と祐知は背を向け、悪魔達に聞こえない声で密談を始めた。
「ねぇ、チャンスなんじゃないですか? このまま奴らに捕まれば、セルまで連れてってもらえるし、直人と合流して友美を探しに行けますよ!」
「そ、そうだね。でも……」
二人はそっと悪魔達の方へ振り返る。悪魔の悪魔じみたものすごい面に、背筋が震えた。わざわざ捕まりに行くなど危険すぎる。腰に肉の塊をぶら下げ、ワニの潜む川に飛び込むような真似をする勇気は、二人には起こらなかった。
「おら! さっさとその生者共を差し出せ!」
「
悪魔はユリアにも刃先を向ける。彼女は一切動揺を見せず、怯える雫を背中に隠して立っている。
「もちろん匿ったりなんかしませんよ。さぁ、この子達をセルに連行します」
「えぇぇ!?」
ユリアの発言に、髪を逆立てて驚愕する祐知と花音、雫の三人。すっかり一緒に悪魔と戦うムードを
「その代わり、アナタ達は今すぐセルに戻りなさい。審判所へは私が連れていきます」
「は、はぁ? 何言ってんだ! それは俺らの仕事だろ!」
「これはセブンの主神、女神ユリアの命令です。アナタ達の長であるユリウスからの命令と同等です。従いなさい」
「チッ、女神だからって調子に乗りやがって……」
悪魔達はしぶしぶ武器を下げた。何度も舌打ちをしながら背を向ける。恐らく心の中では百万回は優に舌打ちしているだろう。いくら悪魔でも、セブンを統治する最高権威の女神からの命令には逆らえないみたいだ。
「絶対に裏切んじゃねぇぞ」
シュンッ
悪魔達は背を向け、能力で空間に穴を開けた。
「今よ!!!」
ユリアが思いきり叫んだ。悪魔が振り向くと、祐知が拳で殴りかかり、花音が刀で切りかかってきた。
「何っ……ぐふぉあ!」
悪魔達は地面に叩きつけられた。その隙に、祐知達は悪魔が出現させた穴に飛び込む。ユリアも大きな翼を羽ばたかせ、ハヤブサのように勇ましく突っ込んでいく。とてつもなく早い裏切りだ。
「あ、こら待て! 畜生!」
「クソッ! やれれた!」
慌てて起き上がり、四人の後を追う悪魔達。ユリア達は何とかセルに侵入することができた。
セル。そこは現世で重罪を犯した死者が集められ、痛みを持って罪を償う場所。人間の憎悪、嫉妬、怨念、その他諸々の黒い感情が渦巻いている深き場所。悪魔達が巣食う地獄だ。
ここに落ちた死者達は、既に正式な死を迎えているため、永遠の時をセルで過ごすことになる。そして永遠の時には、拷問という地獄の苦しみが付きまとう。
脳髄は握り潰され、腸は
そのため、拷問の恐怖に耐えられずに逃げ出す死者が続出している。ほとんどが悪魔に再度捕らえられるのだが、無駄に広い空間のおかげで、無事逃げ切っている者も少なからず存在する。
「クソが……」
それがこの男、遠山久志だ。
久志はいつものようにセルの大地を歩いていた。久志は現世で妻の純、直人の母親を殺した後、刑務所に入れられた。彼は一年後に獄中で病死し、その生涯を終えた。当然判決はセル行きとなり、地獄の深淵へと落とされた。
「俺の人生をメチャクチャにしやがって……」
しかし、心に憎しみの火を炎々と燃やし、悪達の強靭な力を振り切って逃げ出した。セルに落とされてから約8年。あれからずっと逃げ続けている。行き場のない怒りを抱えながら。
「俺の完璧だった人生を……畜生……」
失敗という言葉とは無縁だった自分。しかし、純と結婚し、直人と雫が生まれ、家庭を持ち始めた頃から、少しずつ歯車が狂っていった。
出来の悪い妻と子供に、心の底から怒りを抱いた。家族のことを、まるで自分の人生を腐らせるためにやって来た害虫のように感じた。
「クソが……クソが……」
久志と遠山家の間には、もはや愛は存在していなかった。結局自分は独房で生き耐えて人生を最後にした。だが、久志は憎しみの対象をずらすことはなかった。全ての責任を、自分の人生を崩壊させた者にぶつけ、死後尚も憎しみの念を膨らませていった。
「クソがっ!」
今すぐ復讐したかった。自分と家族を引き裂いた何かに。
「……見つけた」
「あぁ?」
頭上から声が聞こえた。見上げると、ユリウスが漆黒の翼を広げ、舞い降りてきた。
「テメェは、あの時の……」
久志は判決の時のユリウスの顔を思い出した。8年前に審判所で自分に下した時の、冷酷無比な鋭い表情は、今でも忘れることはなかった。
「何の用だ」
ドサッ
ユリウスは腕に抱えていたものを、地面に放り捨てた。それは今にも事切れそうなほど、衰弱しきった友美だった。
「コイツが、お前の人生を破壊した元凶だ」
「あぁ? 何だこの女」
久志はゴミを見るような薄汚い目付きで、友美を眺める。
「見ろ」
ユリウスはジプシックミラーを取り出し、久志に遠山家の過去を見せた。
時は今に至る。映像を見終わった久志は、悪魔も恐れるほどの、シワだらけの形相をしていた。浮き出た血管の隅々にまで憎しみが満たされ、理性が徐々に崩壊の音を鳴らしていった。
「この女の髪の毛を見つけた純が、俺の浮気した証拠だと思って問い詰めた……」
ユリウスは既にジプシックミラーを抱え、セルから立ち去っていった。そんなことに気づかず、久志は怒りに支配され、憎しみの対象を友美に向けた。
「じゃあ、この女が髪の毛なんか落とさなければ、俺と純が言い争うこともなかった……俺が犯罪者になることも……」
友美は微かに残っている意識を揺さぶり、目を動かした。久志がゆっくりとこちらに近づいてくる。
「つまり、全部この女が悪いってことだよなぁ」
久志は倒れている友美の横に、ナイフが置かれてあるのを発見した。ユリウスが意図的に置いたものだろう。久志は深く考えず、ナイフを手に取って刃を光らせた。
「この女が悪い……この女が俺の人生をメチャクチャにした……中川友美……絶対に許さねぇ……」
スチャッ
ナイフを構え、友美を見下ろす久志。友美はうつぶせのまま動けない。長時間死後の世界に身を置いたことにより、ほとんどの生気を吸い取られている。放っておけば死んでしまうだろう。
そして、すぐそばにナイフを握った男が、憎しみに満ちた表情で佇んでいる。
「あ、あ……やっ……」
「殺してやる……殺してやる!」
久志は高くナイフを振りかざした。
「うぉらっ!」
グサッ
「あぁっ!!!」
久志は友美の背中にナイフを突き刺した。続けて何度も何度も刺しては引き抜き、再び突き刺す。
「はははっ、ザマァねぇな。俺の人生をぶっ壊した報いだ。存分に苦しめ!」
「痛! やっ! あ! あぁっ! 痛いっ! あぁぁぁ!」
グサッ グサッ グサッ グサッ
何度も同じ箇所を執拗に突き刺す。その度に刺し口から血が吹き出てくる。血の量が激しくなり、友美の断末魔も一層悲壮なものになっていく。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ねぇ!!!」
グサッ グサッ グサッ グサッ
「嫌ぁ! 許し……っで、あぁっ、あ……あぁ! ぐっ……あ、がっ……あ、あぁっ!」
やがて口からも吐血し、叫び声が詰まったように小さくなっていく。友美の青い髪が、血の赤と混じり、紫に変わっていく。腕が疲れた久志は、一旦動きを止める。そして、高らかに笑い声をあげる。
「はははははっ、どうだ……痛いか? 苦しいか? こうなって当然だよなぁ? お前は許されない罪を犯したんだから。だが、その程度の屈辱じゃ足りねぇぜ」
“痛い……苦しい……息ができない……私……死ぬんだ……”
ナイフにこびりついた友美の血を舐める久志。再びナイフを高らかに掲げる。
“でも、死んで当然だよね……私はたくさんの罪を犯したんだから……こうなって当然なんだ……これから私は……永遠に償わなきゃいけないんだ……この地獄で……”
「死んでもお前の償いは終わらねぇ。これから俺が永遠に殺し続けてやる。気が済むまで刺して、蹴って、殴って、痛め付けてやる。いや、二度と気が済むことはねぇ」
“ごめん……みんな……直人もごめん……本当にごめん……私が馬鹿なせいで……迷惑かけたよね……”
「死んで償え。その後も償え。永遠に苦しんで詫びれ!!!」
“二度と許されることはないと思うけど……頑張って償うよ……それじゃあ……”
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
久志は勢いよくナイフを振り下ろした。
“さようなら……直人……”
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