第45話「仲間がいる」



 友美をセルに落としてきたユリウス。審判所に戻ると、そこにはユリアがいた。


「どういうこと? ユリウス」


 ユリアがユリウスを問い詰める。ユリアは友美の一件を聞きつけ、審判所に出向いたのだ。正死を迎えていない状態で、友美をセルに落としたことに反論する。


「いくら何でも、あそこまですることないわよ!」

「……」


 ユリウスは亡者歴典を読みながら、黙り込んでいる。ユリアは彼が抱えてきた苦労や後悔を、常にそばから見てきた。天使だった頃からそうだ。しかし、今回は彼の行為に反対し、声を大にして反対している。


「……お前は甘いんだよ」


 パタッ

 ユリウスが亡者歴典を閉じる。冊子を閉じる音はとても小さいはずが、まるで急所を突かれたようにユリアは驚く。


「お前がそんなに甘いせいで、犯罪者が生まれた。天使の中からも協力者が出てきた」


 ユリウスはユリアに歩み寄る。悪魔にふさわしい恐ろしい形相を浮かべて。


「人間は醜い生き物だ。一度罪を犯すと、中毒になったかのように、次々と罪を重ねる。あの女もそうだった。弁解の余地なんてねぇだろ。それに、決まりは決まりだ。許されない行為をした者は、罰を受ける義務がある。俺のしたことは何か間違ってるか?」

「うっ……」


 ユリアは反論の言葉を見失った。こうも正しさを列挙されてしまえば、開く口も開かない。


「お前、友美と会ったことあるだろ。あの時、アイツはチケットを使ってセブンに来ていた。本来ならそれを見逃していたお前も、セル行きだぞ。自身の甘さに気づいたなら、さっさとセブンに帰って、天使共を教育し直してこい。お前は俺と違って優秀なんだ。それくらいできるだろ」


 ユリウスは再び祭壇に戻り、亡者歴典に目を通す。ユリアはセブンに続くエスカレーターの方へ、よろよろと歩いていく。


「……」


 足を踏みとどめたユリアは、もう一度ユリウスの方へ顔を向ける。自分の責務を全うする姿は、確かに立派だ。しかし、果たすべきことに固執しすぎていて、細かい感情や周りの意見を拒み、耳を塞いでしまっている。


 そして、必ず自分を卑下する。天使の頃から変わらない。ユリアは彼を助けたかった。彼の歪んだ正しさを、修正してやりたかった。彼と同期の“天使”として。




「アナタが自分の正しさを貫くなら、私だって……」




   * * * * * * *




 俺は自室で頭を抱える。どうすればいい。友美を助けたい気持ちは、有り余るほどある。決して余らせはしないが、助けに行く手段がないという現実が、目の前に立ち塞がっている。友美が持っていたワールドパスがあれば、それを使ってセブンに行けるはずだ。


 だが、そんなに都合よくチケットがあるわけではない。


「友美、どうすればいいんだよ……」


 現実が俺を焦らせる。焦らされる俺の足は、部屋をバタバタと駆け巡らす。助けたいのに助けられない。現実が現実であるため仕方ないが、それがまるで俺の無能さを証明しているようで、心底腹が立つ。俺は友美一人も守ってやれない役立たずなのか……。




 ピンポーン

 インターフォンが鳴った。俺は玄関へ駆けていく。


「直人」

「こんな夜中に何?」


 祐知と花音だ。俺が家に呼んだ。






「それじゃあ、本来死んだのは直人で、友美が事実を変えたってこと?」

「そういうことだ」

「にわかには信じられないけど、信じないと話が進みそうにないみたいだね」

「二人共、ありがとう」


 俺は二人に事情を説明した。本来自分は死人であって、生きているはすの死んだ恋人と、立場が入れ替わっている。そんな頭がぶっ飛んだ奴の妄想みたいな話を、二人は驚くほどすんなりと信じてくれた。友達ってすげぇな。


「とにかく、友美を助けに行けばいいのよね?」


 スチャッ

 花音が背中に背負った刀の束を握る。なんで刀なんか持ってんだ……。


「あぁ、だがあのチケットがないと、セブンに行けない」

「もう直人は持ってないの? 何枚も持ってたじゃない」

「持ってないよ。それに、持っていたのは友美の方だって」

「あ、そうか。あぁぁ……直人君と友美がごっちゃになるわぁ~」


 髪をぐしゃぐしゃにしながら、うなだれる花音。所詮俺達は現世の人間だ。セブンへの移動手段がないと、八方塞がりになる。


 ごめんな、友美。俺はいつだって、お前のことを置いていってしまう。勝手に引っ越して、勝手に賢くなって、勝手に死別させてしまう。そして、地獄に一人置き去りにしてしまう。考えてみれば、俺もお前に謝らないといけないことでいっぱいだ。


「花音と祐知は持ってないのか? チケット……」

「持ってないわね……」


 今もお前を助けたいのに助けられなくて、こんなところに突っ立たままでいる。ごめん、本当にごめん。


“友美……”






「……持ってるよ」

「え?」


 祐知は絞り出すように口にした。そして、ポケットから数枚のワールドパスを見せる。


「祐知、なんで……」

「あの時、直人と……いや、直人の世界線だと、友美としたことになってるのかな? とにかく、友美とチケットの取り合いをした時だよ。あの時に僕が持っていったチケット、まだ残ってるんだ」


 友美とやったチケットの取り合い? 俺にはよく分からないが、祐知が奇跡的にチケットを持ち合わせていて助かった。思わぬタイミングで、助け船が現れた。信じられない奇跡だ。ありがとう、祐知。


「でかした! 祐知!」


 チケットは全部で三枚のようだ。よし、人数分揃ってるな。俺は一枚を手に取る。


「でも、本当に行くの?」

「え?」


 祐知のメガネの奥に光る瞳は、俺の心を鋭く突き刺すように視線を向けてきた。


「チケットを使うのは、許されないことなんでしょ? もし救出が失敗したら、君まで地獄に落とされるよ」

「祐知……」


 祐知の発言ももっともだ。実際に友美はチケットを私物化した罪で、セルに落とされた。自分も使えば、同じ運命をたどる。同じく友美のいる場所に落とされるなら好都合かもしれないが、同時に地獄の苦しみを味わうことになる。


 心配すべきことは、まだある。同じセルに落とされるからといって、友美を見つけられる保証はどこにもない。アイツだって、俺に会うのに何十回とセブンと現世の往き来を繰り返した。

 たった一度のワープで、永遠に広がる地獄の中で、友美というたった一人の人間を見つけることが、果たしてできるだろうか。


「僕達の世界線では、今までチケットを乱用したのは、直人ってことになってるんだ。僕は……これ以上君が死後の世界に行くところを見ると、君が二度と帰ってこられなくなるんじゃないかと思えて……怖いよ……」


 心配することは限りがない。祐知達に不安を抱かせることになる。彼が弱々しく眉を垂れる。友美は今までチケットを乱用し、死んだ人間に執着してきたことで、こいつらにたくさんの迷惑をかけたことだろう。


 そして、今は俺と友美の立場が入れ替わっている。今までアイツが抱かせた祐知達の不安は、今の世界線では俺の責任になっているわけだ。二人も心身共に疲労を抱えているだろう。




「祐知、心配かけてごめんな。花音もごめん」


 俺は二人の頭にぽんと手を乗せる。


「でもな、俺は何が何でも、友美を助けに行かなくちゃいけないんだ。なぜなら、俺は友美と出会ってしまったから。好きになってしまったからな。俺には友美を助けて、元の正しい世界に戻す責任があるんだ」

「直人……」

「それに、友美に会って伝えるんだ。お前は死んでまで罪を償わなくてもいいんだって。俺もアイツと一緒に、罪を背負わなきゃ」


 どれだけ二人に迷惑をかけようとも、俺はやらなければいけない。友美が現世で幸せに生きる未来を掴むために、俺は罪を犯さなければいけない。

 アイツは俺の一番大切な人だ。アイツの命を取り返すためなら、俺は喜んで地獄でもどこへでも行ってやる。


「本当にごめん。でも……頼む。二人共、手を貸してくれ」


 スッ

 勉強机からサインペンを取り出す。使い方は、友美の行動を見て何となく分かる。チケットの空欄に名前を書いて手で握れば、先程のように体が光に包まれて、セブンまで行けるんだよな。


 俺は二人に、一緒に死後の世界に行くように頼んだ。




「直人、いつ私達が行かないなんて言った?」


 花音がチケットを掲げ、自慢気に言った。


「友美は私にとっても、大切な友達なんだから。助けに行かない理由なんてないでしょ!」

「さっきは不安にさせるようなこと言って、ごめん。直人だけに背負わせないよ。僕も行く」


 祐知と花音は立ち上がった。二人は真っ直ぐ俺を見てくれた。なんて素敵な人達なんだ。俺はかつてないほど美しい友情に感動した。


「生徒会長として、見過ごすわけにはいかないわ! いっちょ地獄まで行って、友美を助けてやりましょう!」

「だから生徒会長関係ないって! あと、花音はもう生徒会長じゃないでしょ!」

「てへっ♪」


 感動のあまり涙が出てきた。二人の優しさには、感謝してもしきれない。


「二人共、ありがとう……」




「お兄ちゃん、私も連れてって」

「雫!」


 妹の雫が、パジャマ姿で居間までやって来た。久しぶりの可愛い妹の姿だ。この世界では、毎日普通に一緒に暮らしていることになっているが。


「起きてたのか」

「うん、さっきから話も聞いてたよ。私もセブンに連れてって」


 いつの間にか話を聞かれていたらしい。雫はこちらに手を差し出し、チケットを求める。


「本当はお兄ちゃんは死ぬはずだった。でも、友美がお兄ちゃんを生き返らせたんでしょ? そんな馬鹿みたいなことしたの、叱ってやらなきゃ」

「お前なぁ」


 相変わらず生意気な妹だ。兄が生き返ったのが、そんなに嫌だってのか。でも、雫も友美のこと、大好きだったもんな。短い間だったが、一緒に遊んだりもした。雫なりに友美を心配しているのだろう。


「……分かった。ほら」


 俺は自分のチケットとサインペンを差し出す。雫は勇ましい顔を崩さず、自分の名前を記入する。


「え、ちょっと、直人!」

「チケットは三枚しかないんだよ?」


 祐知が友美から没収したチケットは三枚だ。雫が加われば、当然一枚足りなくなる。だが、もはや今の俺は全然気にしない。


「あぁ、だからこの三枚は、みんなで使ってくれ」

「直人はどうするの?」

「自分でどうにかする」

「え?」


 俺はとある賭けに出ることにした。少々危険な賭けだが、こんなに素敵な仲間が死後の世界まで付いてきてくれるってだけで、俺は不思議と勇気が湧いてくる。


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