第44話「彼女の思い」



 12月24日 月曜日

 クリスマスイブ。お母さんから手あみのセーターをもらった。お母さんありがとう。そのあと、お母さんとお父さんといっしょに、クリスマス会をした。とても幸せだった。


 多分、直人がいたら、もっと幸せだったと思う。




     *   *   *




「……」




     *   *   *




 4月5日 金曜日

 五年生になった。あと二年で小学校終わるのに、今さらお父さんが新しいランドセルを買ってきた。面白いお父さん、直人みたい。


 直人なら、きっと自まんするよね。「おれのランドセル、カッコいいだろ~?」って。それで私は「バカじゃないの」とか言って、直人がムキになって……そんな毎日だった。一年前までは。


 直人とはなればなれになって、もう一年。早すぎるよ。




     *   *   *




「友美……」




     *   *   *




 6月24日 水曜日

 衣替え期間に入った。夏服はやっぱり涼しい。直人が見たら、どう思うだろうか。ここの中学のセーラー服は妙に色っぽいから、直人も鼻の下を伸ばすかもしれない。そしたら、彼の頬を思い切り引っ叩いてやりたい。


 でも、似合ってるとも言ってほしいな。自分の制服姿を、誰よりも直人に見てほしい。きっと直人以外の男の前では、私の価値なんて無に等しいと思うから。




 12月13日 火曜日

 もうこんなに寒くなったんだ。手袋をしないと、手がすごく赤くなる。家に帰った後は、こたつでみかんを頬張った。せっかくなので、昔直人に教えてもらった、和歌山剥きという剥き方を試した。本当に綺麗に剥けた。

 教えてくれてありがとう、直人。もし次会えたら、一緒にこたつで暖まりたい。一緒にこたつに入って、暖まって、きっとすごく幸せ。


 きっと直人がそばにいたら、みかんもすごく美味しい。きっとそうだ。




 8月19日 日曜日

 そろそろ夏休みが終わりに近づく頃。新しい水着も買ったし、高校の友達と一緒に、海に遊びに行った。みんな胸が大きくてムカつく。私だって、Dくらいあるんだから。

 でも、ビーチボールでバレーしたり、ビーチフラッグ取りで競い合うのが、とても面白かった。


 私の水着姿を見たら、直人はどう思うかな。純粋に誉めるかな。それとも性的な目で見てくるかな。

 どっちでもいい。直人と一緒に海水浴できれば、それでいい。アイツと海で遊びたい。きっとこれから、海を見る度にそう思う。




 12月7日 月曜日

 大学入試まで残り一ヶ月。明智大学は岐阜県の中でも、特に偏差値がトップレベルの名門校だ。だが、高三になってから、学力がガタンと落ちてきたような気がする。とにかく、毎日の努力の積み重ねで頑張るしかない。


 そう、結局一番大事なのは、努力だ。それを直人が教えてくれた。たとえ出来が悪くても、努力を重ねれば人は変われると、彼が身をもって証明してくれた。その恩に答えるためにも、私は絶対に合格してみせる。


 直人……私、頑張るよ。




     *   *   *




「友美……お前……」


 なんて奴だ。小四から高三までの友美の思い出を読んできたが、俺の名前が出なかった日は一日もなかった。俺のことを、いつまでも忘れなかった。そう、アイツは信じていたのだ。俺との約束を、いつか必ずまた会おうと誓ったことを。


 溢れ出そうな涙をこらえ、更に読み進める。いよいよ俺達が大学生になった日々を巡る。




     *   *   *




 3月21日 日曜日

 明智大学の合格発表。わざわざ大学まで行った甲斐があった。直人に会えたのだ。私も直人も、大学を合格していた。信じられない。直人と同じ学校に通えるのだ。きっと私は、この瞬間のために生きていたのだと思うくらい、嬉しかった。

 ずっと真っ暗だった映画館のスクリーンに、ようやく光が映し出された。聞こえなかったスマフォの音楽が、ようやく音を拾えるまでに賑やかになった。


 直人、約束を守ってくれてありがとう。




    *   *   *




“俺の方こそ、ありがとう……”


 俺は友美ともう一度会うために、必死に勉強した。友美が明智大学に来ることを知って、名門校に合格するだけの力を付けようと、死に物狂いで頭脳を鍛えた。

 だが、それは友美も同じだったんだ。アイツも同じように苦労して、成長していったんだ。全ては再会の約束を守るために。




    *   *   *




 4月5日 月曜日

 実力確認試験の結果が返ってきた。花音は95点、祐知君は100点、直人は90点。そして……私は55点。


 あの時と同じだ。直人に負けた。しかし、こんな点数差が開くなんて思わなかった。一体いつからこうなってしまったんだろう。何をするにしても完璧だった私は、どこに行ってしまったんだろう。もう直人と肩を並べることなんて、私にはできないのかもしれない。


 私達は変わってしまった。最悪な形で。




    *   *   *




「……」


 そういえば、こんなこともあったな。日記に書くくらいに、友美は自分の不甲斐なさに打ちのめされていたのか。そんなこと思わなくてもいい。頭が良くても悪くても、どんな友美でも俺は受け止めてやるよ。




    *   *   *




 4月17日 土曜日

 直人が私に告白してきた。私はもう天才ではないと言ったが、そんなことは関係ないと言ってくれた。私は彼の手を取り、彼との交際を受け入れた。


 やっぱり敵わない。直人は頭のよさだけでなく、人への気遣いや優しさ、人間性までもが私を遥かに凌駕している。あの時とは完全に立場が逆転してしまったけれど、彼はそんなことを気にせず私を愛してくれると約束した。


 でも、私は本当に彼と付き合っていいのだろうか。彼は本当に約束を守ってくれるだろうか。私には不安で仕方ない。恋愛なんて初めてだから。


 まだまだ私には知らないことが多すぎる。私の知らない全てを、直人は知っていたりするのだろうか。




    *   *   *




「友美……」


 この日だった。俺と友美が付き合うことになったのは。ここでもアイツは劣等感を抱いているのか。大丈夫だ。俺は友美じゃないとダメなんだから。確かに告白のきっかけは罰ゲームだ。


 でも、俺は本気で友美のことを……


 ペラッ

 ページをめくって気づいた。次のページが、最後の日付だ。その先のページから先は、日記が書き込まれていない。何があったかは知らないが、俺は熱くなった目頭で、友美の最後の言葉を見届ける。


 その日は、俺が死んだ日の前日だった。




    *   *   *




 5月10日 月曜日

 今日は何だか、たくさん書きたい気分。なんでだろう。直人との付き合いが長く続いて、心がソワソワしてるのかな。


 私は直人の前だと、どうしても素直になれない。直人と恋人になれて嬉しいはずなのに、どうしても心無いことを彼に言ってしまう。好きな気持ちが恥ずかしくて、つい隠してしまう。私には悪いところがたくさんあるけど、一番悪いのは素直になれないところだ。


 でも、こんな悪いところだらけの私でも、一つだけ揺るがないものがある。



 私は、直人が好きだということだ。



 私は直人が好き。彼のことを、世界で一番愛している。彼への愛は、誰にも負けない。それだけは絶対に自信を持って思える。直人がいないと、私は生きていけない。

 もし彼が死んでしまったら、私も後を追って死んでしまうかもしれない。とにかく、それくらい好き。理由なんてなくていい。あっても日記なんかじゃ、とても書き切れないから。


 直人、私を選んでくれて、ありがとう。約束を守ってくれて、ありがとう。勉強を教えてくれて、ありがとう。いつも私のそばにいてくれて、ありがとう。愛してくれて、ありがとう。


 頭が悪くて、わがままで、意地っ張りで、素直になれなくて、つまらない女だけど、こんな私を恋人にしてくれた直人のことが、私は大好き。誰よりもカッコよくて、天才で、優しいアナタが大好き。


 いつか私は、私の本音を彼に直接伝えたい。直人が私を愛してくれるように、私もあなたのことが好きだと伝えたい。今は無理でも、いつか必ず伝えたい。待っててね、直人。何度でも言うから。




 私は直人が大好きです。世界で一番愛しています。いつまでも一緒にいてください。




    *   *   *




「……うっ、うぅ……」


 馬鹿……ほんとにアイツは馬鹿野郎だよ。こんなの残しておくなんて、ズルイだろ……。俺の瞳からは、今までに流したことがないほどの量の涙が、執拗に溢れ出てきた。


「友美、俺もお前のことが大好きだ。世界で一番大好きだ」


 俺は滝のような涙を流しながら呟く。それはやがて、大きな叫び声となる。


「好きだ、好きだ、大好きだ!」


 死後の世界にいる友美にも聞こえるくらいの大声で、俺は叫ぶ。普段の彼女からは聞こえない本音が、俺の涙腺を強く刺激する。


 俺も友美のことが大好きだ。お前の優しい瞳も、美しく白い肌も、肩にかかる可愛い三つ編みも、真っ直ぐな性格も、素直になれない不器用さも、全部大好きだ。中川友美という人間を作り上げる事柄全てが、俺の心を魅了している。


 友美、ありがとう。お前も心の底から、俺のことを好きでいてくれたんだな。そして、ごめん。お前のしてきたことを、一方的に許されないことだと叱り付けたけど、間違ってるのは俺も同じかもしれない。


 許されることかどうかなんて、考えてられないよな。好きな人と離ればなれになるのは辛くて、苦しくて、悲しいことだよな。

 アイツが俺に会いに来てくれたのは、俺のことを愛してくれていたからこそなんだ。俺に会いたくて、謝りたくて、必死に必死に俺の姿を探してくれたんだ。


 それなのに俺は、チケットを使うのが許されないからって、友美を突き離そうとした。俺の気持ちを一方的に押し付けて、アイツの愛を踏みにじってしまった。アイツはどんなに傷付いたことだろう。俺がアイツの立場なら、きっと同じことをしていただろうに。


「友美……うぅ……」


 友美、辛かっただろ。苦しかっただろ。悲しかっただろ。そんな思いをしてまで、俺に会いに来てくれたんだよな。本当にありがとう。そして、本当にごめん。


 パタンッ

 俺は友美の日記を箱にしまう。涙を拭い、窓から夜空を見上げる。まだ月は白く照り輝いていた。友美の命がまだ繋がれているのを証明するように。


「俺も背負うか」


 友美は俺に浮気を勘違いしたことを、謝りたいと言っていた。俺の家族を崩壊させてしまったことにも、申し訳なく思っていることだろう。俺は彼女の罪を受け止める。

 そのためには、まずは彼女をセルから助け出さなくてはいけない。きっと彼女は今頃、悪魔達から地獄の苦しみを味わっているだろう。早く行かなければ、手遅れになる。


 これ以上、彼女を傷付けさせはしない。友美は俺が守る。彼女は俺の大切な恋人なんだ。


「待ってろ友美、俺が必ず助けてやる」


 俺は遥か彼方の次元にいる友美に誓う。彼女は絶対に死なせない。俺は彼女が本当は誰よりも心が強くて、切実で、優しくて、可愛くて、女らしい一面を持った素敵な人間だということを知っている。

 そんな彼女が死んでいいわけがない。彼女は地獄に落とされるべきではない。俺が間違った世界から連れ出してやる。今度は俺の番だ。




 ダンッ

 俺は立ち上がった。


「そんじゃまぁ、いっちょ死んでやりますか」


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