第37話「惨事」
私はボールペンを取り出し、チケットの空欄に名前を記入する。ペン先が紙に触れる。待っててね、雫ちゃん。あなたの悲しみは、私が晴らしてあげるから。
その時だった。
ズガァァァァァァン!!!!!
耳をつんざく激しい爆発音が、突如明智駅の前に響き渡る。同時に目の前を突風が吹き荒れる。行き交う人々は何事かとざわめき、音の正体へと瞬時に注目する。
「……え?」
私達は唖然とした。一台の大型トラックが、煙と炎を上げて大爆発したのだ。音の正体はこれだったのだ。トラックは衝撃で5,6メートルほど宙に舞い上がった。
そして、私達目掛けて勢いよく落下してきた。
「危ない!」
病弱な体でも、防衛本能だけはまともに働くようだ。私は雫ちゃんを抱きかかえ、落ちてくる鉄の塊をかわすために、横に倒れた。
ドォォォォォン!!!
幸いトラックの落下に押し潰されずに済んだ。トラックの落下の衝撃と勢いよく倒れたせいで、雫ちゃんが私の腕から離れてしまった。彼女は何事かと辺りを見渡す。
ドンッ ドンッ ドンッ
「あっ!」
ドォン!
「うぅっ!」
「雫ちゃん!」
気づいて声をあげた時には、もう遅かった。トラックが落下した衝撃でタイヤが外れ、私達の方へ転がってきた。最悪なことに、巨大なタイヤは起き上がった雫ちゃんに直撃した。タイヤは彼女にぶつかると、横向きに倒れてその動きを止めた。
「うぅ……あぁ……」
「雫ちゃん! しっかりして!」
私はすぐに雫ちゃんのそばに駆け寄る。彼女は辛うじて意識は保っているようだった。あんな巨大なタイヤに体を打ち付けられるなんて、ひとたまりもない。そもそも、なぜトラックは急に爆発したのか。一体何が起こっているのか。
「見つけたぜ……」
私は声の聞こえた方へ顔を上げた。
「え……」
「お前が中川友美かぁ~」
そこには漆黒の翼を羽ばたかせ、槍を握りながらニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべる悪魔がいた。悪魔というのは、恐ろしいものの例えではない。目の前にいる怪物が、悪魔の姿そのものなのだ。
牛のような角、筋肉質な体つき、よだれを纏った鋭い牙、覗き込むだけで恐怖に吸い込まれるような目。ゲームや漫画で見る悪魔のイメージを体現した怪物が、そのまま目の前に現れた。
「アンタ達……誰……?」
私は恐る恐る尋ねる。悪魔は数匹飛んでいた。平和な現世には似合わない醜い姿が、私達に聞かなくてもわかる事実を訴えていた。この騒ぎは悪魔達が起こしたのだ。
「俺達が誰かなんで、どうでもいいのさ。現世の人間が知る必要はねぇ」
「さぁ、今すぐその紙切れを渡せぇ」
悪魔達の言う紙切れとは、私の手に握られたワールドパスのことだった。雫ちゃんを抱きかかえる時も、決して握って離さなかった。雫ちゃんとの約束を守り通すように。
「天使のアイテムなんざ、正直どうでもいいが、ユリウス様の命令だからなぁ。そいつを回収しに来たんだ」
「大人しく渡してくれりゃあ、連行せずに見逃してやるよ」
クラリスから聞かされている。現世の人間がワールドパスを使うことは、セルに落とされることに値する罪だ。どうやら私がチケットを使っていたことが、既に悪魔達に知られているらしい。恐れていた事態が、早くも訪れてしまった。
「……嫌」
「何?」
「私にはまだ、やらないといけないことがある。今はまだ、これを渡すわけにはいかない」
私はスカートのポケットにワールドパスを入れる。これは雫ちゃんとの約束を果たすため、直人に会うために必要なのだ。たとえ許されない行為だとしても、せめてあと一回だけでも使わせてほしい。
「そうか、なら……」
ビリッ ビリッ
悪魔達が握っている槍の先端が、電撃を帯びる。奴らの笑みが更に不気味さを増す。
「力付くで奪ってやんよ!」
ガッ!
悪魔達は槍を振り下ろした。その瞬間、赤黒い電撃が私達目掛けて飛んできた。反射的に、私はそれをかわす。意識が朦朧としている雫ちゃんを抱きかかえ、悪魔達から全速力で逃げる。
「俺達から逃げられると思うなよ」
私は重い体を無理やり動かして逃げる。肺が壊れそうなほどに苦しい。元から病弱だった体は、走る度に激痛を伴う。私まで意識が朦朧としている。それに加え、雫ちゃんを抱きかかえながら走っているため、今にも死にそうだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「おら!」
ズガァァァン!!!
悪魔の電撃が、私の体をギリギリかすめる。そのまま駅前通りの植木に直撃する。植木は一瞬にして炎に包まれる。炎は勢いよく拡散されていき、人々は皆目の前に広がる地獄絵図を見て騒ぎ立てる。
「はぁ……はぁ……」
ズガァァァン!!! ドォォォン!!!
悪魔達はノロノロと走る私に、攻撃を続ける。何とか回避できてはいるけど、その度に駅前通りの建物がめちゃくちゃに破壊される。悪魔達は容赦なく追い詰めてくる。
バァァァン!!!
悪魔達が再び電撃を放つ。今度は路上に停車されていた自動車に直撃する。自動車は爆発を起こして大炎上する。
「あっ!」
爆風の勢いが強く、私の体は安易に飛ばされる。抱えていた雫ちゃんが腕から離れ、投げ飛ばされる。私は勢いよく路上に体を打ち付けられる。
「痛っ……」
走っている間にも感じられたが、止まってみて改めて、私の体を苦痛が襲ってきた。先程のとは比べ物にならないくらいの疲労感が、体を押し潰して離れない。もう腕も足もピクリと動かない。痛い。苦しい。
「はぁ……はぁ……」
薄れゆく視界の先に、倒れている雫ちゃんを見つける。彼女の体もボロボロだ。こんな惨事に巻き込まれたのだから、無理もない。全て私のせいだ。
「さてと、チケットを渡してもらおうか」
「嫌……だ……」
幸いにもまだ喉は生き残っていた。かすれた声で、私は抵抗する。
「連行しないでやるって言ってんのに。めんどくせぇ女だな」
「まぁいい、返してもらうぜ」
ブンッ
悪魔は槍を横に降った。
ザシュッ!
「ああっ!」
私の足に激痛が走る。悪魔が私の太もも辺りを、槍で切り裂いたのだ。視界がうっすらと赤みがかっている。痛みだけで大量に出血しているのがわかる。
「さてと……」
ビリッ
悪魔は大きな手で私の腰を掴み、スカートを引きちぎる。そしてポケットからチケットを奪い取った。布の切れ端を捨て、空へと飛んでいく。
「もう来んなよ。次来たら、セルにぶちこんでやるからな」
シュンッ
悪魔達は一瞬にして姿を消した。別次元へワープしたかのように、瞬きすると見逃してしまうほどのスピードで、どこかへ消えてしまった。
残されたのは炎で燃え盛る駅前通りと、体に染み付く激痛だけだった。人々は勢いよく燃える炎に釘付けになり、血だらけになって倒れている私に気がつかなかった。
「あぁ……あ……」
意識を保つのもままならず、私は燃える炎を最後に視界に映し、気絶した。結局、チケットは悪魔達に奪われてしまった。スカートもザックリと裂かれ、下着が露になっている。そんなことに恥ずかしさを感じる暇もなく、私は遥か彼方に意識を手離した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます