第34話「どうしても」
「~♪」
クラリスはスキップで自分の家に帰る。直人と一緒にいる時間は、実に楽しい。本来天使は自分の担当の死者の生活をある程度支え、死者がセブンでの生活に順応したと判断すれば、後は関わる必要はない。
しかし、次の死者の案内の仕事が来ないため、彼女はついつい直人の元へ通ってしまう。自分の家から彼の部屋へはかなり遠いのに、彼と一緒の時間を求めずにはいられない。
「……///」
まただ。直人のことを思うと、胸が熱くなる。他人に自分の心を動かされるというのは初めてだ。
自分が直人に対して恋心を抱いているのは、重々承知している。しかし、彼には友美がいる。それに、今自分が一番直人のそばにいる者であるからといって、天使である自分が関係に割って入っていいわけがない。当たり前だろう。
それでも、直人のことを思う気持ちが止められない。
「羨ましいなぁ……友美さん……」
ザッ ザッ ザッ
「ん?」
クラリスは静かな大通りに、人の気配を感じ取る。夜もだいぶ更けてきた。まだ誰かが外へ出歩いているのだろうか。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
目を凝らして見てみると、その人はメガネをかけた年上の女のようだ。死者だろうか。まるでゾンビのように上半身をぐったりと垂れ下げ、今にも倒れそうなほど不安定な足取りで歩いている。
「だ、大丈夫ですか!?」
クラリスは彼女に駆け寄る。女はだいぶ呼吸が荒れていて、意識もはっきりせず、疲労が溜まっているようだった。とても辛そうだ。
「はぁ……あ、あぁ……」
「しっかりしてください!」
クラリスが必死に声をかけるも、女はぱたりと意識を失う。彼女はひとまず自分の家に女を運んだ。命に関わる問題だ。自分の出せる最大の力を振り絞り、ベッドに寝かせた。
「んん……」
「あ、大丈夫ですか?」
その女が目覚めたのは、ベッドに寝かせてから20分ほど経った後だった。女は体を起こし、クラリスを見つめる。彼女はまだ少々疲れているように見える。
「あ、まだ疲れてるなら、無理しない方が……」
「大丈夫よ。ありがとう」
女は枕元に置かれたメガネを手に取り、かけて周りを見渡す。クラリスは彼女の様子を眺める。彼女の髪は、まるで妖精の住む湖のように綺麗な青色をしていて、細やかに施された三つ編みがとても可愛かった。
「あの、私は天使で……名前はクラリスっていいます!」
「私は……中川友美」
「友美さんですか、いい名前ですね♪
……え?」
しばらくの沈黙の後、クラリスは叫ぶ。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「な、何?」
クラリスは身を乗り出し、友美に顔を近づける。
「あなたが友美さん!?」
「私のこと知ってるの?」
「もちろんですよ! だって、直人さんの恋人で……」
「直人!? 直人も知ってるの!?」
今度は友美も負けじとクラリスに顔を近づけ、ベッドから起き上がる。部屋の隅まで彼女を追い詰める。
「う、動いたら体が痛みますよ!」
「直人はどこ? どこにいるの!? 知ってたら教えて!」
「教えますから! 落ち着いてください!」
クラリスは友美をなだめる。友美は冷静さを取り戻し、ベッドに腰をかける。
「ごめんなさい」
「教える前に、聞きたいことがあります。どうして友美さんがここにいるんですか? ま、まさか死んだんですか!?」
スッ……
友美はスカートのポケットから、残りわずかとなったワールドパスの束を取り出した。クラリスは落雷を受けたような衝撃を覚えた。
「それは!」
「知ってるんだ。やっぱりこれは、アナタ達の持ち物だったのね」
友美はこれを拾った時、クラリスがチケットを使ってセブンに行くところを見た。それから友美は、何度も何度も現世とセブンを往き来した。直人との再会を夢見て。
「それじゃあ、ワールドパスを使ってる現世の人間って……友美さん!?」
クラリスは自分のワールドパスが半分以上減っていた現象を、ようやく理解した。梅田を現世まで追いかけたあの時、彼から取り返したクラリスのワールドパスの束から、友美が半分抜き取ったのだ。
「このチケット、クラリスのもの?」
「はい。まさか友美さんが持っていたなんて……。それじゃあ、亡者歴典で名前が出てきたり消えたりしてる人も、友美さんだったんだ……」
「亡者歴典?」
話に付いていけない友美に、クラリスは死後の世界の知識を伝えた。
天使達は、死者をこの世界まで案内する役目があること。自分が直人の専属の天使であること。セルでは現世で犯した罪を、永遠の苦痛を味わわせて償い続ける場所であること。死者は亡者歴典に記録を記し、管理されていること。
日々ヘルゼンに教えられた知識が、ようやく他人に説明できるほど覚えることができていた。
「そこから名前が消えるってことは、現世に行ってるってことで、それはつまり、生き返ってるってことよね?」
友美はその中で、亡者歴典に深く食い付いた。
「そうですけど……」
「それじゃあ、そこから直人の名前を消せば、彼も生き返るの……?」
クラリスの目には、友美が一瞬不敵な笑みを浮かべたように見えた。
「まぁ、そういうことですね。……あ、いやダメですよ!? そんなことしたら!」
ユリウスの所有する亡者歴典は、記録用の書物であると同時に、人間の生死を
「冗談よ。そこまでしないわ」
「ワールドパスを使うのもダメですからね! 現世の人間がそれを使うのは、禁止されてるんです!」
クラリスは娘を叱る母親のように、友美に訴えかける。
「もし悪魔達に知られたら、たとえ現世の人間であっても、セルに落とされてしまいますよ! さぁ、チケットを渡してください!」
クラリスは友美に手を差し出す。現世の人間がワールドパスを使用すること。その行為も、当然セルに落とされる罪として成立する。友美は自覚していた。自分がセルへ落ちるような、許されない罪を犯していることも。
しかし、それでも直人に会いたい気持ちは止められなかった。
「……ごめん、できない」
「友美さん!」
「クラリス、お願い。次使うのを最後にするから。直人に会ったら、チケットは全部返すから。最後の一回だけ、直人に会うために使わせて」
「……」
クラリスはまたしても驚いた。自分の行為は罪であることを承知していながら、それでも直人のために行動する友美の愛に。この二人は世界で隔てられていても、見えない絆で繋がっているのだと実感した。
そして、自分がその間に入ることは、もっての他であることも。
「クラリス、お願い」
「うぅぅ……」
ここで友美を止めたらどうだろうか。彼女の罪は隠せるかもしれないが、同時に二人の絆を引き裂くことになる。直人も彼女と再会できて、さぞ喜ぶことだろう。
たとえ許されないことだと知っていても、彼女は決死の覚悟でセブンに来ているのだ。そんな彼女を止めることは、果たして正しいのだろうか。
クラリスは差し出した手を引っ込めた。
「分かりました。くれぐれも気をつけてくださいね」
「……ありがとう」
その後、クラリスは直人の住んでいる宿舎の住所を、密かに友美に教えた。もう夜も遅いため、彼女は一旦現世に戻った。彼女の温もりがまだ残っているベッドで、クラリスは彼女が直人と再開できることを祈った。
「……」
クラリスはバッグのチャックを開け、中に入れてある残りのワールドパスを眺めた。自分は直人の代わりに恋人になることはできない。友美は死んだ彼を、今でも愛しているからだ。
しかし、もしかしたら自分でも何かできることが、まだ残されているのかもしれない。あの二人のために、自分にしかできないことが。
「……よし!」
クラリスも決意を固めた。
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