第28話「会わせてあげる」



「友美、今日はサークルがあるから、そっちには行けないんだ」

「ごめんね」

「いいわよ。今日も一人で探してみる。サークル、頑張ってね」


 オカルト研究サークルに向かう祐知と花音と別れ、友美は自分のアパートへと帰っていった。朝と比べてだいぶ目が覚めてきたが、足取りはまだまだ重りをつけたようにおぼつかなかった。


「あの世界で直人を見つけるには、どうすれば……」


 友美の頭には、直人を探し出すこと以外何もなかった。ただ、彼に謝りたい気持ちだけに突き動かされ、大学の講義もまともに聞けなかった。講義中に考えるのは、常にどうやって彼を見つけ出すかということだけだ。




 ペラッ

 床を見つめていた友美の視界に、一枚のチラシが姿を現した。顔を上げると、チラシの束を持った男子学生が、友美にチラシを差し出していた。校門前でチラシを配っているようだ。


「今度、ライブやりまーす。ぜひ見ていってくださーい」


 彼は軽音楽サークルのメンバーのようだ。近々行うライブの宣伝だろう。友美はとりあえずチラシを受け取り、再び足を進めて大学を出ようとする。何となくチラシの内容を確認する。


「あっ、ドリプロ……」


 チラシには出演するサークルのバンド名と、曲目が並んでいた。とあるバンドの下に、『Sewing』という曲名が記されていた。この曲は、ドリームプロダクションの代表曲だ。友美は過去に直人におすすめされたことを思い出す。


「え!? 君、もしかしてドリプロのファン!?」

「へ?」


 先程友美にチラシを差し出した男子学生が、彼女に迫って尋ねる。突然のテンションの上がり様に、彼女は一瞬心臓をつつかれたような衝撃を受ける。二つのメガネがカタッと揺れる。男子学生の方もメガネをかけていた。


「まぁね」

「そうなんだ。僕も大ファンなんだよ。いいよね、ドリプロ!」

「そうね……」


 ドリームプロダクションのこととなると、沸いたお湯のように熱くなる男子学生。彼の吐息でメガネが曇りそうだ。


「あ、急にごめんね。僕は保科伊織ほしな いおり。軽音楽サークルにいるんだ」

「私は中川友美。保科って……結月さんと季俊さんと同じ名前ね」


 男子学生はドリームプロダクションの看板である二人と、名字が一致していた。偶然とは、何とも不思議なものだ。人間が意図的に引き起こす現象でないからこそ、興味深い。




「あぁ、実はあの二人、僕の父さんと母さんなんだ」





「……え?」


 今度は友美が伊織に顔を近づけた。今目の前にいる平凡な見た目の男子生徒が、あの超人気のロックバンドのボーカル&ギターの息子だという。

 あの二人に子供がいるということは知っていたが、まさか自分と同い年で、しかも同じ大学に通っているという事実。友美は地図には載っていない場所で宝を見つけたような驚きを感じた。


「ほんとに? マジで?」


 直人のような口調になってしまった友美。


「そ、そうだよ……。まぁ、自慢できることではないけど」

「いや、十分自慢できることだと思うわよ」


 両親がドリームプロダクションという大物なのだ。自分なら、所構わず自慢したくなる。友美はそう思った。


「とにかく、僕は小さい頃から二人の音楽に囲まれて生きてきた。父さんと母さんは、本当に偉大なアーティストなんだ。すごく尊敬するよ」


 伊織は青空に悠々と浮かぶ雲間を眺めて呟く。その瞳は、まるで水を注いだグラスのように潤い輝いていた。彼の瞳に抱いたものは、偉大な両親に対する憧れの意だ。


「それなのに、あんなことに……」


 そして、そんな大切な両親を失った底知れない悲しみも抱え、濁っているようにも見えた。


「あ、ごめんね。しんみりした話なんかしても、仕方ないよね」




「ねぇ、伊織君」

「ん?」


 友美はいたたまれなくなり、つい手を差し伸べた。彼もエリン先生と同じように、大切な人との死別という悲しみを背負って生きている。ここで彼と出会えたのは、一種の運命なのかもしれない。

 友美はショルダーバッグに入れてあるワールドパスに、微かな重みを感じる。今の自分なら、彼を救える。


「一緒に来て。お父さんとお母さんに会わせてあげる」




   * * * * * * *




「その荷物は何?」

「僕が書いている詩だよ。父さんと母さんの影響で書き始めたんだ」


 私は伊織君を自分のアパートに招き入れた。彼の屈託ない笑顔に、何となくミュージシャンの血を感じた。彼が軽音楽サークルに所属しているのも納得できる。

 彼はどこまでも素直で、真っ直ぐな好青年という印象だ。顔立ちも直人ほどではないにしろ、イケメンの部類に入ると思う。


「ねぇ、さっきの父さんと母さんに会わせるって、一体どういうことなの?」


 伊織君は遠慮気味に突っ立っている。いきなり死んだ人に会わせるなんて言われたら、戸惑い以外の反応をする者はまずいないだろう。しかし、私は敢えて何も詳しいことは語らない。


「ちょっと待っててね」


 私はいつもの要領で、ワールドパスを千切る。一枚を伊織に手渡す。


「伊織君、これに自分の名前を書いて」

「これは……何?」

「いいから」


 伊織君は戸惑いながらも、渡されたチケットの空欄に、ボールペンで自分の名前を書き入れる。


「しっかり持ってて」

「一体何を……」




 カァァァァァ


「え!?」


 突然自分の体が光に包まれ、伊織君は驚きの声をあげる。生きている間には、決して体感することのないであろう超常現象だ。光は即座に私達を死後の世界へと誘う。








「着いた」

「何ここ? 一体どこなの!?」


 私達はセブンにたどり着いた。いつもの町外れにある草原だ。私は何度も来たことがあるために慣れたものの、伊織君は手品を見せられた男児のように戸惑う。突然私の部屋から、見覚えのない草原に瞬間移動させられたため、無理はない。


「来て」


 私は伊織君を手招きし、町の方へと案内する。彼は目を丸くしながら、私の後ろを付いていく。何だか迷子の子犬みたいだ。




「イエ~イ、今日もドリプロのライブ~♪」

「急いで! チケット無くなるわよ!」


 ドリームプロダクションのライブに急ぐファンの死者達。ドリプロは毎日のように、町のどこかでライブを行っている。直人よりも遥かに見つけやすい。彼も有名人であれば見つけやすかったのだろうか。


「え? ドリプロのライブ……?」

「この先みたいね。行きましょう」


 私達は走り去っていくファン達の後を追った。




「チケットは完売致しました~」

「えぇぇぇぇ……」


 落胆する後方の参列者達。伊織君はチケットを片手に、売り場のテントから走ってきた。


「買えた?」

「うん、ギリギリだったけど。タダでもらえるなんてすごいね」

「それじゃあ行きましょう」


 私達は会場の入り口へと足を運ぶ。伊織君は先程から、辺りへ顔をキョロキョロさせている。


「本当にこれドリプロのライブなの? そもそも、この世界は一体……」

「詳しいことは、実際に見てから話すわ」


 会場の入り口に集まる観客の列の最後尾に、私達は並ぶ。ゆっくりと列が進んでいき、私達はチケットの座席へとたどり着く。腰を下ろして開演を待つ。


「本当に父さんと母さんに会えるの?」

「そうよ」



 バッ

 照明が消えた。


「ほら、あそこ」






「あぁ……」


 伊織は思わず席から立ち上がった。遥か斜め下方のステージが光り輝き、そこに数人の洒落込んだ男女が、楽器を持って現れた。




「みんな! 夢を見る準備はいい?」

『オォォォォォォォォ!!!!!』


 結月さんの勇ましい呼び掛け。いつものように肩出しの黒いゴシック調のドレスを身に纏い、マイクで美しい声を拡散する。彼女の呼び掛けに、観客もテンションマックスで答える。


「母さん……」


 呆然と立ち尽くす伊織をよそに、季俊がギターをかき鳴らし、軽快のいい音を会場に響かせる。


「父さん……すごい、本物だ。二人がいる……なんで……」

「さっき部屋で渡したチケットはね、死後の世界に行くことができるの」

「死後の世界? ここが?」

「そうよ」


 伊織君は両親が生きて動いていて、しかも目の前で演奏をしてくれているという奇跡に圧巻する。その後、私達は彼らの素晴らしいパフォーマンスを楽しみ、時間を忘れて見惚れた。


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