第25話「厄介事」



 ブンッ ブンッ ブンッ


「はっ! はっ! はっ!」


 花音は自宅の庭で刀を振っていた。握っているのは、本物の日本刀である。花音が自作したものだ。休日で暇な時はこれで素振りをしたり、竹を裂いて振り回している。

 当然、外部に知られれば銃刀法違反で逮捕されるため、高い塀で囲った庭で、誰にも見つからない練習場を作って行っている。


 ちなみになぜ刀を作り、振っているのかは聞かないでほしい。加えて、密かに通報もやめてほしい。


「花音」


 祐知がやって来た。今日は友美も交え、三人で勉強会だ。二週間前に迫った前期単位認定試験に備えてのことだった。祐知は花音を探し、庭に来た。彼女は刀を振る腕を止める。


「あっ、祐知先輩、来ましたか」

「今日も素振りしt……えぇ!?///」


 祐知は思わず手で顔を覆った。花音は上半身裸で、祐知の方へ振り向いた。つまり胸があらわになっている。ブラジャーも何も付けていない。完全に胸をむき出しにしていた。祐知の頬は瞬く間に赤く染められる。


「花音! なんで半裸なんだよ! 服着てよ!///」

「ごめんなさい……汗かいちゃってて。祐知先輩のえっち♪///」

「早く着なさい!!!///」


 縁側にかけてあった花音の脱ぎ捨てた服を、祐知は彼女目掛けて投げつけた。




「もう……裸くらい、高校生の時に見たことあるじゃないですか」

「あれはハプニングだろ? 故意で見たことは一度もない!」


 花音の過度なスキンシップに、理性を揺さぶられる祐知。高校生の頃からそうだ。二人はお互いに対して恋心を抱いている。

 しかし、祐知の方がそれを認めようとしない。自分と彼女はただの先輩と後輩という関係だと信じ、彼女の気持ちには応えないでいた。


「……いつになったら応えてくれるんですか///」


 彼女は赤面しながらボソリと呟いた。祐知は聞こえないふりをして、大広間へ向かう。


「ほら、友美が待ってるよ」

「友美ももう来てるんですか」


 友美は大広間で二人を待っていた。二人の姿が見えると、バッグから堂々とワールドパスの束を取り出し、テーブルに叩きつける。


「さぁ、行きましょう」

「勉強終わってから!!!」


 友美は縮こまった。






「ふぅ、今日はここまでにしようか」

「それじゃあ、早速行きましょう!」

「わかったわかった! 落ち着いて!」


 尻尾を振る犬のように急かす友美を、祐知は飼い主になったつもりでなだめる。今日集まったのは勉強会のこともあるが、先日のように再びセブンに向かい、直人の捜索をするためだった。

 あれから数回祐知と花音を連れ、三人で協力して直人の捜索を続けている。しかし、未だに発見には至っていない。


「それにしても友美、一体どうやってこのチケットを手に入れたの?」


 祐知は単純に疑問に思ったことを尋ねた。平凡な日常で平凡に生きていて、死後の世界へ行くことができるアイテムを手に入れることなど、まずあり得ない。


「別にいいじゃない。細かくないことは気にしなくて」

「細かくなかったら普通気にするでしょ!」


 友美は華麗にスルーしながら、チケットに名前を書いた。祐知と花音もそれ以上追及するのを諦め、同じように名前を書く。三人の体は光り出し、一瞬にしてセブンへとワープした。








「はぁ……」

「ダメだ……」

「見つからない……」


 三人は共に頭を垂れる。3時間近く探したが、一向に見つからない。

 そもそも人が多すぎるのだ。セルに落ちた者を除いたとしても、今までに地球上で死んだ者が全員この世界に来ているのだとしたら、非常に莫大な人数となる。現世にいる人間の数より遥かに多い。


 その中で、遠山直人というたった一人の人間を探し出すのは、至難の技だ。


「直人の行きそうな場所はないの?」

「うーん……」


 友美は必死になって考えた。しかし、直人とは一ヶ月程度の付き合いでしかなかったため、彼の好みなど把握していない。

 小学生の頃を思い出しても、彼は何事にも興味津々といった様子で、特にこれといった関心のあるものは思い浮かばない。そこまで浅はかな関係しか築けなかったことを、友美は今になって後悔した。


「ごめんなさい。特に思い付かないわ……」

「とりあえず、ゆっくり落ち着いて考えようか」


 三人は偶然見つけた喫茶店に入り、しばらく休息を取ることにした。






 ガッ


「わっ!」

「うぉ!?」


 バシャッ


「熱っ!」


 突然ホットコーヒーを溢した男が、濡れたズボンを押さえて飛び跳ねる。コヒーをトレーに乗せて歩いていた男の客と、入店した友美がぶつかってしまったのだ。彼女は直人のことで頭がいっぱいで、周りをしっかり見ていなかった。


「熱ぃ……おいコラ! ちゃんと前見て歩きやがれ!」

「ご、ごめんなさい……」

「あぁ? 声が小ぇよ! もっとしっかり謝れ!」

「ごめんなさい……」


 かなり強面な男の威圧感に、友美は萎縮する。店内に響き渡る男の罵声が、元々落ち込んでいた彼女の心に、更に追い討ちをかける。


「土下座しろよ、土下座。このズボン高級ブランドなんだぞ!」

「え……」

「え? じゃねぇよ! 俺の高級ズボンを汚したことに対しての、誠心誠意の謝罪を見せろよ! このクソ女が!」


 周りの客は事態に巻き込まれるのを恐れ、助けにくる様子はない。店員もあまりの男の威勢に、怖がって近づけないようだ。友美は心の中で直人に助けを求める。


「どうせタダでもらったんだから、別にいいじゃない。また買いに行けばいいでしょう? この世界の買い物にお金はいらないんだから、またタダでもらえるわよ」

「あ?」


 花音が間に割って入ってきた。完全に男を見下した態度で。友美を庇うつもりだろうが、非常に危険だ。男の眉間のシワが、彼女の声に呼応するように増える。


「あ、でもタダってことは、もう高級でも何でもないわね♪」

「何だと……」


 男の背中にメラメラと炎が燃え上がる。男はポケットに手を突っ込み、ある物を取り出す。


 スチャッ


「わっ!」

「ふざげやがって……このクソ女共が!」


 男が取り出したのは小型ナイフだった。すぐさま横一文字に振る。しかし、花音は慣れた様子で瞬時に後ろに下がって回避した。同時に動きの鈍い友美の首もとを引っ張り、彼女にナイフが当たるのも防いだ。


「死ね!!!」


 ダッ

 男はナイフを握り、花音目掛けて駆け出す。彼女はフッと笑う。こういった格闘には慣れているのだ。素手で構え、攻撃を防ぐ準備をする。




 グサッ


「うぐっ!?」


 突然花音の目の前に、別の男が飛び出してきた。彼女の前に出てきた男は、自らの腹でナイフを受け止めた。


「祐知先輩……?」


 花音はとっさに祐知が庇ったのだと思った。しかし、彼は祐知よりも少々背が高く、灰色髪の男だった。知らない顔だが、祐知と同じくメガネをかけていた。


 バタッ

 ナイフを刺されたメガネの男は、腹を抱えて気絶した。店内にいた客は、驚いて席を立つ。襲ってきた男のナイフは、真っ赤な血に染まっていた。


「こら! 何やってんだ!」


 店の出入口から、天使が数人入ってきた。彼らはすぐさま弓で矢を放ち、ナイフを持った男の胸に命中させた。


「がはっ……」


 男は静かに腰を下ろし、意識を手放して倒れた。どうやら眠りについたようだ。友美と花音はとっさに我に返り、ナイフで刺された男に駆け寄る。床には生々しく血が垂れていた。強面の男が溢したコーヒーのように。


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