第22話「協力」
祐知は眠気を引きずりながら、講義室にやって来た。先に来ていた花音が席を立ち、祐知に向けて敬礼をする。
「あぁ花音、おはよう」
「おはようございます! 祐知先輩!」
「だからその呼び方……はぁ、もういいや」
祐知はため息をつきながら隣に座る。花音の祐知に対する尊敬の眼差しは、程度というものを知らない。まるで神様の相手にするような態度に、彼も落ちつかない。高校生の頃からそうだった。花音は彼の勇姿に憧れ、生徒会長を志したのだ。
「みんな、直人君のこと、もう忘れちゃってますね」
「仕方ないよ。たった一ヶ月程度の付き合いだったんだもん」
「私達も、何だかんだで受け入れてしまってますもんね」
5組の生徒達は、相変わらず平凡な大学生活を送っていた。直人の事故死から一週間経ち、早くも彼らは、直人のいない生活にも慣れてしまっていた。ここに来ていない友美一人を除いて。
「友美は、今日も来てないんですかね?」
「みたいだね……」
祐知と花音は講義室を見渡した。
「失礼ね、ちゃんと来てるわよ」
「あ、ほんとだ」
「よかったぁ~」
『えぇっ!!!???』
祐知と花音は驚愕した。友美は二人のすぐそばにいた。トートバッグ片手に、花音の隣の席に腰を下ろした。
「友美、どうして急に……」
「いつまでも落ち込んでいられないし、やるべきことはやらなくちゃ」
「友美~! 偉い!」
花音は友美に抱きついた。二人のメガネがぶつかり合い、カチカチを音を鳴らす。こうして、メガネ三兄妹が無事揃った。そして、友美のトートバッグから、ワールドパスがちらりと密かに顔を出していた。
「それで、何かあったの?」
「いい薬でも見つけた?」
花音と祐知が、帰り際に友美に尋ねる。二人共疑問に感じていた。彼女は昨日まで悲しみに暮れ、長い間家に引きこもっていた。しかし、突然人が変わったように活気を取り戻し、笑顔で学校にやって来た。彼女の身に余程のことがあったと見て、探りを入れる。
「ここで話すのも何だし、うちに来て。ゆっくり話してあげる」
企み顔を崩さず、おとぎの国に連れていく案内人のように、二人を自宅に誘った。セブンはまさに、友美にとっておとぎの国のような場所だろう。
彼女は花音と祐知を自宅に入れ、カーテンを締め切り、外部からの視線を遮る。まるで秘密の集会を始めるかのように、三人は円になって床に座る。
「あんまり他の人に知られるとまずいかもしれないから、二人にだけ教えるね」
スッ
友美は闇取引のような素振りで、ワールドパスの束を二人の前に差し出す。
「フフフ……お主も
「花音違う! それお金じゃないから!」
「え? そうなの?」
当然のようにチケットの束を懐にしまおうとする花音。友美が慌てて止める。そもそも札束であるとしても、いきなり取って自分のものにしようとするなど、考えられない行動だ。
「これは何? お
祐知がメガネをカチカチ揺らしながら、友美に尋ねる。花音と祐知は、摩可不思議な存在感を放つチケットに興味津々だ。
「これね、死後の世界に行くことができるチケットなの」
「……友美、まだ無理して大学行かなくていいんじゃない? 疲れて思考が狂ってるよ」
「ちょっと!」
祐知が本気で心配する。友美にとってその気持ちはありがたいが、言い方を考えてほしい。しかし、いきなり紙切れを見せられて「これは死んだ人間の暮らす世界に行くことができるチケットだ」と言われたら、真っ先に疑うのも当然だろう。
「本物よ! これで本当に死後の世界に行けるの! セブンっていう天国みたいなところがあって、そこに直人がいるのよ!」
「死後の世界だなんて、そんなオカルトチックなことあるの?」
「そうだよ。そんなの漫画や小説の中だけの話なんじゃ……」
「アンタらオカルト研究サークルでしょう!?」
UFOやUMA、宇宙人や心霊、超常現象などのオカルトチックな話題を研究するサークル。そのメンバーから、何とも現実的な反応が返ってきた。友美の期待は、持久走で「一緒に走ろう」と言った友人との約束のように、秒で裏切られた。
「でも、よく考えたらフォーディルナイトだってあるし……」
「あぁ、そうだね。異世界があるなら、死後の世界くらいあってもおかしくないか」
花音と祐知は友美を置いて、謎の会話を始める。異世界とは何のことだろう。よく分からないが、二人で勝手に納得してくれたようだ。
「え? フォーディル……何? 何か言った?」
「ううん、何でもない!」
「それで、このチケットの存在を僕達に伝えて、どうしようって言うのさ」
祐知が早速本題に入ろうとする。彼はあえてこの質問をしたのだ。友美がいきなりこのような道具を差し出してきたことの意図を、彼は深く理解できた。恐らく花音もだ。
「私と一緒に死後の世界に行って、直人を探してほしいの」
「あぁ、やっぱり……」
祐知はあからさまに呆れ顔を見せる。いつまでも直人に執着している友美の気が、どうしても知れなかった。
「友美、いつまでも直人にしがみついているのはどうかと思うよ。前にも言ったでしょ? 折り合いをつけなきゃいけないって」
「でも……私は直人に会いたい。直接会って謝りたい」
友美はチケットの束を握り締める。自分の溢れ出す気持ちを、ただのわがままで片付けられたくなかった。
「直人が死んだのは、私のせいなの。彼に悲しみを背負わせたまま死なせてしまったことが、悔やんでも悔やみきれないのよ。このまま直人との関係を終わらせたくない。だから、お願い。私は二人みたいに頭よくないし、何かの才能がある人間でもない。でも、どうか力を貸して……」
友美は床に頭を付け、二人を土下座した。直人に会いたい一心で、軽く自暴自棄になっていた。祐知は慌てて制止させる。
「ちょっ!? 友美、落ち着いて! 土下座までしなくていいから! 分かった! 一緒に行くから!」
祐知は友美に協力することにした。花音は何も言わずとも、友美に手を貸すつもりのようだった。友美は二人の優しさに感謝した。
「それで? どうするの?」
「ここに名前を書いて」
友美は束からチケットを二枚切り取り、サインペンと共に二人に手渡す。名前を書いた二人は、無言でチケットを手に持って眺める。すぐさま光は二人の体を包み始めた。
「わ! 何だ?」
「何この感触!?」
友美も急いでチケットに名前を書く。三人の姿は、部屋の中から跡形もなく消え去った。
ユリウスは亡者歴典に再び友美の名前を見つけた。
「まただ……ん? こいつらは?」
今回は新たに二人の見知らぬ名前が追加されていた。「中川友美」の下に「村井花音」、「桜井祐知」という二人の名前があった。当然、ユリウスは記入した覚えがない。
「……」
ユリウスは亡者歴典を閉じた。
「はっ!」
友美は勢いよく目を覚ました。この場所は見覚えがある。この間、初めて死後の世界に来た時に、最初に寝転がっていた草原だ。辺りを見渡すと、遠くに近未来風の町が見えた。
「花音! 祐知君! 起きて!」
「むにゃむにゃ……まだ食べられるわよ……」
友美は隣で寝転がっている花音の体を揺さぶる。花音は寝言をぶつぶつと呟きながら、よだれを垂らして眠っている。一向に起きない。
「スリランカの首都は!?」
「スリジャヤワルダナプラコッテ!!!」
花音が叫びながら勢いよく飛び起きる。彼女大きな声で、祐知も目覚める。
「ここは……」
「死後の世界、セブンよ。早く行きましょ」
友美は眠気を引きずる二人の背中を押しながら、町へ向かう。
友美は右へ左へと顔を動かし、町行く人々の群れの中から直人の姿を探す。花音と祐知も同じように町を眺める。まだここが本物の死後の世界であることを疑問に思っているようだ。
「ここが死後の世界? どう見ても普通の町並みに見えるんだけど……」
「岐阜駅の前にある信長ゆめ広場みたいですね~」
セブンで暮らしている人々は、特に特別な格好をしているわけでもなく、現世で生きている頃と同じような私服姿だ。ちらほらと白装束を着ている者もいるが、どうもコスプレ臭い。
「あっ! 友美、あの人!」
「ん?」
花音が指差した先には、女性が歩いていた。その隣には、天使の格好をした少女がいる。女性の付き添いの天使だ。
「あの女の人、昨年ニュースで交通事故に遭って、亡くなったって報道されてた人じゃない!?」
「いや、知らないわよ」
友美は思わず花音にツッコミを入れてしまった。昨年に一度限り報道されたニュースなど、思い入れでもなければ覚えているはずがない。
彼女の記憶力は確かに凄まじいが、化け物じみていて正直気持ち悪い。そもそも、なぜ天使の格好をしている少女より、隣の女の人の方に気がつくのだろうか。
「ですよね? 祐知先輩」
「あぁ、確か横断歩道を歩いていて、信号無視した乗用車にひかれて、息子と死別したんだよね」
祐知も気持ち悪いほどに覚えていた。二人は特殊な訓練でも受けているのだろうか。保持している記憶が、平凡な人間のそれより常軌を逸している。友美は二人の記憶力に寒気を感じた。
「二人共、記憶力バグってない?」
「いやぁ~、最近物覚えが激しくて」
「花音、それは物忘れが激しい時に言う台詞だろ……」
しかし何はともあれ、二人はここが本物の死後の世界であると、勝手に納得してくれたようだった。
「さてと……」
三人で協力して直人を探す。しかし、この世界がどこまで続いているか定かではない。下手すれば、現世と同じ面積か、もしくはそれ以上かもしれない。友美達は
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