第23話「セブンツアー」



「みなさ~ん、ツアーの受け付けはこちらで~す。参加する方はぜひお集まりくださ~い」


 ふと、女神の石像の下で、呼び込みをしている男の天使を見つけた。彼が持ってるプラカードには「セブンズツアー イゼル地方行き」と記されていた。

 どうやら、セブンの有名な観光スポットを案内してもらうツアーらしい。セブンも複数の様々な地方に分けられているようだ。


「セブンツアーだって」

「行ってみましょ!」


 友美達はツアーに参加することにした。自分達はまだセブンに詳しくない。闇雲に探しても、直人は見つからない。有名所であれば、もしかしたら彼も来ているかもしれない。その可能性に賭け、セブンを案内してもらいながら直人を探すことにしよう。


「参加者は以上ですか~?」


 友美達は他の参加者に混ざり、ツアーに参加した。男の天使が右腕にガイドの腕章を付ける。彼がツアーの案内をしてくれるようだ。


「それでは……って、ユリア様! しれっと混ざらないでください!」

「え?」


 男の天使が指摘した先には、のほほんとした顔で立っている金髪の女性がいた。彼女は天使ではない。他の天使よりも遥かに位の高い女神だ。

 他の天使よりも美しく着飾り、大きな翼を携えている。金髪の髪は夜空に輝く銀河のようにきらびやかで、一目見て一番に目につく豊満な胸が特徴的だった。頭には彼女の美しさをより一層際立たせる草冠が乗せてある。


 そう、彼女はセブンを統治する女神、ユリアだった。


「私もツアーに参加したいわ~。案内、よろしくお願いしますね♪」


 女神にふさわしい大人びた容姿を持っていながら、言動はわがまま令嬢のような幼気が感じられた。


「ユリア様は既にセブンを知り尽くしてるでしょう……。ていうか、お仕事は大丈夫なんですか?」

「お仕事は終わらせましたよ。私にもセブンを案内してください。これは女神の命令です♪」

「うぅ……わかりました」


 男の女神が簡単に言いくるめられた。余程高い地位を持っているのだろうか。友美は彼女のことが気になった。男の天使は早速参加者を連れて歩き始めた。友美は天使に尋ねた。


「えっと、お金はいいんですか?」

「お金? お金なんていりませんよ?」


 友美達はセブンのことが気に入った。






 モー モー

 のどかな草原に、牛の鳴き声がこだまする。ツアー参加者は「ストロベリーファーム」という場所にやって来た。ここでは現世の牧場のように、牛や馬、羊やヤギなどを飼育している。

 ちなみに、名前に反してイチゴが食べられる場所というわけではないようだ。イチゴが食べられる場所と思い、心を踊らせた参加者は気を落とした。


 モー モー

 花音は目の前で牧草をむさぼる牛を呆然と眺める。


「羽が……生えてる……」


 牛は見た目は現世で普通に見かけるホルスタインと大差がなかった。たった一つの特徴を除いて。そう、広々とした背中にちょこんと、クリーム色の羽のような小さな突起物が生えていた。祐知も花音の隣に来て牛を眺める。


「これ、飛べるんですかね?」

「いやぁ、流石にあんな小さな羽じゃ、重い体は浮かび上がらないよ」




 ヒョコヒョコ……


『飛んだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~!?』


 まるで二人の驚く反応を計算していたかのように、牛は羽をばたつかせ、悠々と空へと飛んでいった。流石セブン。生物学的常識や物理法則などを、徹底的に無視していく。


「すごい……なんかダンボみたい」


 取り残された二人は苦笑いしながら、空中で浮遊を楽しむ牛を眺める。


「みなさ~ん、とっておきの牧場スイーツを用意してあるみたいですよ~」

「え? スイーツ!? 食べる食べる~♪」


 花音がスキップしながら、休憩所へと駆けていく。落ち着きのない彼女に、祐知は呆れ顔だ。


「私も私も~♪」


 ユリアも花音の横を、スキップで並走していった。今の彼女には、セブンの長である威厳は全く感じられなかった。


「友美、行くよ」

「……」


 友美は先程からツアーの案内を全部無視しながら、多くの参加者や地元民溢れる群れの中で、直人を探している。祐知が友美の肩に手を乗せ、険しい顔を解く。


「直人のことが気になるのは分かるけど、せっかく来たんだからツアーを楽しもうよ」

「……えぇ」


 友美はとぼとぼと祐知の後を付いていった。




「これはフエナリブスです」

「ふたなりブス?」

「フエナリブス!」


 祐知が花音にツッコミを入れた。ツアーの参加者に、一人ずつプリンのようなスイーツが配られた。スプーンでつつくと、プルンプルンと踊るように揺れる。


「ロナウドっていう白蛇しろへびの卵から作ったプリンなんですよ」

「ヘ……ヘビ……」


 花音は恐る恐るスプーンで一口すくい、口へと運んだ。


「んん! 美味しい♪」

「ほんとだ。滑らかな舌触りがすごくいいね!」


 花音は次々とスプーンですくい、フエナリブスを口に運ぶ。


「ほら、友美も!」

「……」


 花音に勧められ、友美も一口頬張る。


「……美味しい」


 この瞬間、友美の瞳に潤いが戻ってきた。友美は花音の真似をして、スプーンでガツガツとフエナリブスを口にかきこんだ。


「うん、美味しい……すごく美味しい……」


 いつの間にか友美の瞳から涙が溢れ落ちていた。プリンの甘い味わいは、彼女の中の溜まった鬱憤を優しく包み込んだ。その感情は涙となり、満杯になったグラスの水のごとく、彼女の中から溢れ出す。その涙は白蛇の卵のように、とても綺麗で真っ白だったという。






「はぁ~、気持ちいぃ~♪」


 花音が伸びをしながら、堂々と大きな胸をアピールする。ここはセブンの中でも五本指に入るほどの有名な温泉「セブンズスプリング」だ。友美達は旅の疲れを癒すために、温泉に入って汗を流した。


「ふふふ♪ セブンに来てよかったですね~。こんな気持ちいい温泉に入れるんですから」

「いやぁ~、まったくです♪」

「きっと現世での行いがよかったんですね~」

「え? あっ、そ、そうですね! あはははは~♪」


 当然ながらユリアは、花音達のことを死者だと思っている。彼女達がワールドパスを使い、現世からセブンへ直接ワープしてきたことを知らない。花音は苦笑いで答える。


「ん? 友美、いくら私達が巨乳だからって、そんなに落ち込む必要ないわよ。友美のだって結構大き……」

「花音、今日はなんかごめんね」

「え?」


 友美は水面に写る自分の情けない顔を眺めながら呟く。彼女はまたもや責任を感じていた。

 自分の都合で、直人を探すことに付き合わせてしまったこと。ツアーそっちのけで直人の捜索に執着し、祐知や花音に心配をかけたこと。結局直人を見つけられなかったこと。彼女は改めて、自分の身勝手さが恥ずかしくなった。


「私って、ほんとにダメな人間ね……」

「……」




 ムニュッ


「んゃっ……///」


 友美の口から、甘ったるい声が発せられた。花音が彼女の胸をわし掴みにしたのだ。花音は彼女が体に巻いているタオルをひっぺがし、あらわになった胸をこれでもかと揉みまくる。


「くだらないことをいちいち気にしてるんじゃないの! こんにゃろこんにゃろ~♪」

「んんっ……わ、わかっt……から、あっ……やぁ……んっ……や、やめ……あぁん……///」

「あらあら~♪」


 花音の手の激しさはより一層増していき、友美は揉まれる度に静電気を流されたように、体を動かす力を奪われていく。ユリアは止めようとせず、ただ眺めて楽しんでいる。


「んんっ……こ、この……やめなさい!」


 バシッ!

 友美は力を振り絞り、花音の脳天にチョップした。


「痛ててて……」

「やりすぎにも程があるわよ! 直人にだって、こんなに揉まれたことないのに……」

「え? ここまでではないにしろ、揉まれたことはあるの?」

「あっ……べ、別にどうでもいいでしょ!///」


 友美は顔を真っ赤にしながら、体にタオルを巻く。花音は彼女を眺めてニヤニヤ笑っている。


「フフッ♪ そう、友美はそれでいいの」


 今度は友美の頭を撫で始めた花音。友美は再びびくついた。


「友美に落ち込んだ顔は似合わない。きっと、直人君もそう思ってる。友美らしく胸張って生きなよ」

「私らしく……」

「直人君が言ってたわ。友美はすごい奴だって。ちょっとわがままだけど、自信に満ち溢れていて、すごく頼りになってカッコよくて、でもたまに見せる女の子らしさがすごく可愛い人だってさ。私はまだあなたの頼もしいところは見たことないけど、でもきっと直人君の言う通りの素晴らしい女の子だって、信じてるわ」

「花音……」

「これからも直人君を探すのに協力する。だから、元気出して」


 メガネを外した彼女は、普段のお転婆娘の気質を感じるのが失礼なほどに綺麗だった。女である友美も思わず見惚れてしまうくらいに。

 自分の進路を突き止めたり、学生達の個人情報を収集していたり、散々な奇行ばかり目立っていた花音。だが、今の彼女からは歴戦の戦士のような、勇ましい風格が感じられた。そんな彼女から放たれる励ましの言葉は、友美の暗い気持ちを嘘のように暖めていった。


「花音……ありがとう」

「返事が小さいわね。まだ元気ないの?」

「フフッ、もう大丈夫よ」

「ほんとに? もう一回揉んでおく?」

「なんでまた!?」

「さっきみたいにえっちな気分になれば、悩みなんて無くなるわよ。あとほら、もう一回お色気シーンやっとけば、読者も喜ぶし」

「何言ってんのよ! あっ、こらやめ……やっ……///」


 花音は再び友美のタオルをひっぺがして、胸を揉み始めた。ユリアは仲睦まじい二人を、満面の笑顔で見守っていた。


“フフッ、面白い人達ねぇ~♪”






 友美、花音、祐知は、チケットで現世に戻ってきた。結局直人は見つけられなかったが、友美は見つけ出す絶対的な自信が湧いた。彼女は二人に尋ねる。


「二人共、これから勝手なこと言うかもしれない。いっぱい迷惑かけるかもしれない。それでも……協力してくれる?」

「もちろんよ! 親友だもん♪」

「あぁ、僕達にできることだったらね」

「花音……祐知君……ありがとう」


 二人は笑顔で返した。こんな優しい友人に出会えたのも、きっと直人のおかげだろう。だからこそ、彼に謝りたい。このまま後悔を抱えて生きていくなんて、耐えられない。

 今、こうして手の平に、今後二度とないチャンスが舞い降りてきたのだ。死後の世界でも何でもいい。直人への謝罪が叶うのであれば、友美は何でもすがり付く。彼女は直人への謝罪の決意を一層固め、チケットの束を握り締める。


「待っててね、直人……」








「やっぱりおかしい」


 ユリウスは再び友美の名前が消えるのを目撃した。新たに現れた二人の名前も、一緒に消えている。先日から続いている謎の現象に、ユリウスは困惑していた。


 キー


「ただいま~」

「ユリア」

「ひっ!?」


 ユリアが入ってきた。ここは彼女の部屋だ。彼女はなぜユリウスが自分の部屋にいるのか理解できなかった。


「仕事サボって、どこまで行ってたんだ」

「だ、大丈夫よ~。今からやって終わらせるから~」

「まぁ、お前ならすぐ終わるか。俺と違って優秀だからな」

「もう……すぐそんなこと言う」


 ユリアはユリウスの足元に、お土産のフエナリブスが山ほど入った袋を置く。テーブルに積まれた書類の山に目を通す。


「なぁ、ちょっといいか?」

「なぁに?」


 ユリウスは亡者歴典の件をユリアに話した。


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