第20話「天国へ」
梅田はユリウスに呼び出された。審判所にて、再び彼はユリウスの鋭い視線を浴びる。彼は死者の掟を破り、例のチケットを私的に利用し、現世へと行ってしまった。
「梅田、お前はセル行きだ」
「え!?」
梅田の頭が上がる。ユリウスは彼の罪を図ることもなく、判決を言い渡した。
「待ってください、ユリウス様! 現世の人間に見つかったわけでもありません。流石にセルに落とすのは……」
梅田を連れてきたヘルゼンが、ユリウスに言う。しかし、ユリウスは血相を変えることなく答える。
「一度罪を犯した者は、許してしまうと何度でも過ちを繰り返す。俺にはこいつが反省をするとは思えない。罪の重さを認識させるためにも、落とすべきだと判断した」
「そんな……」
梅田の顔は、夜の暗闇のように真っ黒に染まっていく。ユリウスは彼に手をかざす。足元に穴が出現し、彼は真っ逆さまに落ちていく。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
梅田の断末魔が遠ざかっていく。穴が塞がると、電源を落としたテレビのように声がプツリと途切れる。
「ユリウス様……」
「不正は正さねばならない」
ヘルゼンはユリウスの冷酷な態度に、恐れおののいた。そんな姿を、ユリアはジプシックミラーを通し、セブンから眺めていた。
「ユリウス……」
「ぐへっ!」
ザラザラした地面に落ちた梅田。起き上がって辺りを見渡す。至るところに鬼の角のように尖った岩が延びていて、ゴツゴツした岩山を形成していた。
「ここが……セル……」
上を見上げると、黒と赤の混じった色味のペンキをばらまいたような、不気味な空が広がっていた。岩山はどこまでも続いていて、奥が見えない。靴を履いていても痛むほど、地面に砂利が散乱している。歩く度に体力を削ってくる。
「お、また一人来たか」
「ひっ!?」
岩の影から、悪魔が飛び出してきた。梅田は道を塞がれ、その場に佇む。悪魔は槍やら棍棒やらを手に持ち、彼の行く手を隠す。全くもってありがたくはないが、歓迎の態度で近づいてくる。
「よく来たな。疲れたろ? 血の池にでも入って、疲れを癒せよぉ」
梅田は右側に血の池があることに気付く。湯気でうっすらとしか見えないが、悪魔に無理やり浸からされている死者達が見える。
湯気が立ち込めているということは、血の池は相当温度が高いようだ。浸からされている死者の断末魔が聞こえる。
「熱い! 嫌ぁ! やめてぇ!」
「あわわわわ……」
悪魔は温泉感覚で血の池を勧める。死者達の体をさらによく見ると、皮膚が赤く
「それとも、針山でマッサージでもしてくかぁ?」
続いて左に顔を向けると、そこには赤く鋭い針の山が無数にそびえ立っていた。赤く見えているのは、血の跡だった。
「あ……うぅ……あぁ……」
視線を上に向けると、天辺の針に腹を貫かれた死者がいた。その痛みは尋常ではなく、断末魔すら上げられないほど苦しいようだ。
貫かれた腹部の隙間から、果実の絞り汁のように血が流れ落ちる。これがマッサージだと、悪魔は言う。
「さぁ選べ。何でもいいぞ」
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
耐えられずに逃げ出す梅田。悪魔達は武器を持って追いかけ回す。
セルは現世の人間で言うところの、まさに地獄だった。ありとあらゆる拷問器具を取り揃え、罪を犯した死者にそれ相応の苦痛をもたらし、罪を償わせる。
逃げ場はなく、どこまでも永遠に続く肌を刺す大地が広がる。そこで悪魔達は死者を苦しめ、その悲鳴を聞いて楽しむ。
一番恐ろしいのは、苦痛が永遠に続くということだ。拷問を受けるのは永遠に死後の世界で暮らす死者であるため、その命が絶たれことはもう二度とない。
脳も心臓も肺も、体のありとあらゆる臓器は、この世界ではどれだけ破壊しようとも、働きを止めることが一切ない。しかし苦痛は当然感じるため、まさに生き地獄のような苦しみを永遠と味わわされるのだ。
「梅田……」
ヘルゼンはセブンに戻ってきた。クラリスと共に、ジプシックミラーで悪魔に追いかけられる梅田の姿を眺める。しかし、クラリスはあまりの残虐性に、目を背けずにはいられなかった。ヘルゼンの背中の裏で静かに泣いた。
どの世界でも、たった一つの罪が最悪な運命を招くことは、同様であった。
* * * * * * *
そのチケットは、中央に名前を書く空欄があって、その周りが茶色い枠線で囲まれていた。一目見ただけでは、遊園地のチケットや宝くじなどと混同してしまう。
ただの紙切れでしかないように思えるけど、これで死後の世界に行くことができるらしい。
「……」
私はチケットを裏返しながら観察する。あの光景が、手の込んだマジックなんかでなければ、これは本物だ。
「うーん……」
しかし、本当に死後の世界に行けるとしても、私が使ってもいいのだろうか。私は別に事故に遭って死んだわけではない。見ての通り、ピンピンとしている。ちゃんとした死と言うか……正式に死亡と認められるような目に遭っていない。
そんな生者が、死後の世界に行っても何も問題はないのだろうか。戻れなくなったりとか……。
いや、考えるのは後にしよう。チケットはまだこんなにたくさんあるんだ。戻る時はこれを使えばいいのだろう。まずは実際に使ってみて、死後の世界に行けることを確認しなければ。
「よし」
私はペンケースからサインペンを取り出し、空欄に「中川友美」と記入する。あの天使達は、チケットに自分の名前を書いた瞬間、どこかへ消えていった。
私も同じことをすれば、彼らと同じ場所へ行けるはずだ。私はその場所が直人のいるところ、つまり死後の世界であることを祈った。
スッ
美の字を書き終え、そっとサインペンを横に置く。残りのチケットの束をズボンのポケットにしまう。そして、机に置かれた名前を書いた方のチケットを、じっと見つめる。本当に死後の世界に行くことができるのか。本当に直人に会うことができるのか。
「……」
全く反応がない。返ってくるのは、落ち着けそうなくらいの静寂だけだった。チケットに名前を書き込んだものの、先程の天使のように体が光り出すことはなかった。
「……はぁ」
正気に戻った途端、今まで感じられなかった重みが、体にどっとのし掛かってきた。
期待しすぎただけ損か。やはり死後の世界など、空想の中でしか存在しないのだろうか。私は結局彼と仲直りできず、罪を背負ったまま生きていくことしかできないのか。
私はチケットをゴミ箱に捨てようと、拾い上げた。
カァァァァァァァ
「きゃっ!」
チケットを手に持った途端、突然足先が光り始めた。煙になって空気中に溶け込んでいくように、私の体は足から腰、腰から胸へと発光しながら消えていく。視界からは消失しているのに、そこにあるかのような感覚が気持ち悪い。
ついでに、私の手に握られた名前を書いたチケットも、そのチケットの束も光に飲み込まれて消えていく。
「うぅっ!」
チケットは手に持つことで、力を発動するのだろうか。様々な憶測が頭を過る。遂に光が顔にまで達した時、私を消し去った光は視界全体に広がる。思わず目を閉じてしまうくらいに眩しくなる。
* * * * * * *
ユリウスは亡者歴典を開いた。亡者歴典とは、死後の世界にやって来た死者達の名前、死因、セブンかセルのどちらか行き先、その他詳しいプロフィールなどを記載したものだ。彼は死者の審判をする際に、毎回書き入れている。
「うむ……」
今まで数えきれないほどの死者を、この手で裁いてきた。この仕事を始めたばかりの頃は、行き先がセルに決まった者の断末魔は、聞くに耐えなかった。それでも取り柄のない自分が唯一任せられた職務であるため、責任を持って全うした。
ユリウスは筆を手に取った。先程セルに落とした梅田の情報を書き換えるのだ。
「……あっ」
梅田の欄をよく見ると、既に行き先がセブンからセルに変わっていた。この亡者歴典は、わざわざ書き込まなくても自動に死者の情報が書き込まれるのだ。常に自分の手で書き込んでいたため、そのことを忘れていた。
「……」
だが、自分で書き込んだ方が、死者の犯した罪を脳裏に深く焼き付けることができる。罪を犯すこと、無能であることは許されないのだ。
罪を背負った者には、それ相応の罰を受けさせる必要がある。無能な死者共を更正させなければいけないのだ。
そして、ユリウスはそんな情けない死者の姿を、かつての自分と重ねる。自分が天使であった頃、自分はどうしようもないほどに、才能とはかけ離れた存在だった。
才能が無いのは罪だ。それではいけない。世界に生を受けた者として、高みを目指さなければいけない。
そのために、与えられた仕事は全力を尽くす。これ以上不名誉な真似はできない。彼は亡者歴典を強く握り締めた。
「……ん?」
ふと、目の前のページに、見覚えのない名前が飛び込んできた。
「中川……友美……?」
亡者歴典の一番最新のページに記載されている名前だ。しかし、ユリウスはこの人物に見覚えがない。自動で書き足された者だろうか。しかし、ここで裁いた死者の名前は、全員自分の手で書き込んできた。書き落としはないはずだ。
更に不可解なことに、中川友美には死因が書かれていなかった。死因の欄が真っ白になっている。
唯一書き込まれていたのは、中川友美という名前と、行き先がセブンであるということだけだった。なぜこんな中途半端な記載の仕方がされているのか。
「こいつは一体……」
突如死者のリストに現れた謎の人物。ユリウスはその存在に大きな不審感を抱いた。
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