第2章「死後の世界」
第14話「お迎え」
一体何が起こったのか。上手く思い出せない。何もない暗闇の中で、重力に逆らって空中にふわりと浮かんでいるのを感じる。
そして、天辺から一筋の光が差し込んでくる。それは瞬く間に視界全体へと広がっていき、俺の体を色のある世界へと
「……」
再び目を開けると、俺は広大な草原に横たわっていた。俺は上半身を起こし、どこまでも広がる花畑を眺める。どこを見渡しても花ばかりで、人の姿は見当たらない。何だか世界に俺だけが取り残されたみたいだ。
しかし、それが不思議と寂しさというか、孤独を感じさせない。まるで汚染された泥水の中で溺れていたところを、急に清涼な澄んだ川にワープさせられたような、心地よい爽快感が俺を包み込んでくれている。
ていうか、ここどこだ?
「よいしょっと」
少しばかり申し訳ないが、俺は花を踏みながら立ち上がる。辺り一面に赤、黄、青、緑……色とりどりの花が生い茂っている。足の踏み場を隠すように。俺はしばらく行く宛もなくさ迷う。ここは一体どこなんだ?
ササッ
「ん?」
俺はポケットに何か入っているのに気づく。
「あ、あの……ようこそ……」
「?」
突然目の前に少女が現れた。どういうことだ? 視界の隅から忍び寄るでもなく、透明だった体がうっすらと姿を現すでもなく、瞬く間に現れた。少女は微かな音も立てず、俺の目の前に姿を見せた。
少女は白髪のミディアムヘアーで、見た目が雫と同じくらいの小さな女の子だ。彼女は真っ白のシンプルな肩出しワンピースを身に
そして、頭上に黄色の輪がふわりと浮かんでいる。よく見ると、背中からちらりと羽のようなものが見える。
「お、おはようございます……。目は覚めましたか?」
「天使がいる……」
そう、彼女の姿は俗に言う“天使”だった。決して可愛らしさの表現などではない。彼女が一般的にイメージする天使の姿そのものなのだ。いや、彼女の顔立ちも一応天使と称することができるほど、可愛くはあるんだが。
「えっと……誰?」
単刀直入に聞いてみた。天使の姿をした少女は、もじもじしながら返答に迷っている。
「私は天使です。名前はクラリスと申します……」
言った……この子、堂々と自分のことを天使って言ったよ。それは自分自身の可愛さの表現か、それとも自分の種族的な何かのことを言っているのか。まぁ、恐らく後者だろう。
「俺は……」
「遠山直人さんですよね? 存じ上げております」
とりあえず俺も自己紹介しようと口を開くが、クラリスは俺のことを知っているようだった。なんで知ってるんだ? エスパーか? やはり天使らしい特別な力でも持ってるのか?
「私達天使は、生涯を終えた人々を、あちらの世界まで案内する役目を担っています。私は今回、直人さんの担当をさせていただきますね」
「……は?」
幼い見た目をしていながら、随分と俺の思考回路の先の先に達したようなことを口にするんだな。俺の脳の理解が追いついていないだけか?
いや、まさかな。俺は天才だから。今更ながら、この少女のコスプレなりきりごっこに付き合わされてる可能性も否めない。
ん? そういえばこの子、生涯を終えたとか言ってなかったか?
「えっと……あなたはもう死んでます」
「はい?」
いきなり何を言い出すんだ、この子は。急に「お前はもう死んでいる」とか、北斗の拳かよ。そんなことあるわけがない。この通り、俺はピンピンしている。意識まで残ってるんだぞ。
「やっぱり信じられないですよね。でも、よーく思い出してください。あなたはあの時……」
「俺は……あっ!」
俺は数時間前の記憶を思い出す。数時間前と言っても、体に残っている感覚でそう思っただけだ。実際はどれくらい経っているかなんて分からない。
そうか……俺、ネックレスを拾おうと歩道に飛び出して、それで車にはねられたのか。じゃあ、この少女の言っていることは紛れもない真実で、俺はあの車に跳ねられて死んだというのか。
俺の人生は……もう終わった?
「嘘だろ……」
「もしかして、異世界転生してなくておかしいとか思ってます?」
「は?」
「直人さんくらいの歳に死んだ男の人って、みんな同じこと言うんですよね~。死んだら異世界に転生して、チート能力を手に入れた勇者になって、ハーレムの人生を送るはずだろ~って……」
やけに二次元の文化に詳しそうな天使だな。死んだら異世界に転生って……ラノベじゃないんだから、あるわけないよな。俺もそれなりに異世界系のラノベをたしなんではいるが、現実に二次元の理屈など求めていない。
「詳しいんだな」
「みんなそう言うから、嫌でも覚えちゃうんですよ。とにかく、あなた達死者が行くのは、剣と魔法の世界なんかじゃありません。セブンかセルです」
「セブン? セル?」
セブンって何だ? 一瞬セブンイレブンの愛称かと思ったが、恐らく違う。俺の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「何だそれ?」
「あぁ、分からないですよね。えっと、セブンはあなた達の世界で言う天国で、セルは地獄……って言えば分かりますかね?」
非常に分かりやすい説明をありがとう。死んだら天国か地獄に行くってのは、本当なんだな。閻魔大王が罪の重さを量って、地獄行きかどうかを決めるとか、ガキの頃によく年寄りから聞いたなぁ。やべぇ、早速不安になってきたぞ。
「俺はどっちに行くんだ?」
「それはこれからユリウス様が決めるんです」
「ユリウス様?」
「あ、えっと、ユリウス様っていうのは……」
「おーーーーーい!!!」
突然空から大声が降り注いできた。顔を上げると、青空から別の天使が羽を羽ばたかせながら降りてきた。クラリスと同じく白い衣装を着た緑髪の男の天使だ。
「まだここにいたのか。俺の担当の死者は、もうとっくに審判所に連れてったぞ」
「あっ、そうだった! 私ったらまた……」
緑髪の天使がクラリスに呆れている。俺は何となく察した。彼女はいわゆるドジっ娘系天使で、この緑髪は呆れながら世話焼きタイプの天使ってわけだ。
天使にも、こんな漫画みたいなキャラ付けがあるんだな。彼女はよく長話をして、死者の案内を忘れてしまうらしい。
「ごめんな、クラリスはまだ新人なんだ」
「そ、そうか……」
「俺はヘルゼン、よろしくな」
「よろしく……」
差し出されたヘルゼンの手を取り、俺は彼と握手する。天使にも新人とかベテランとかいるのか。一つの企業みたいだな。
「じゃあ直人さん、行きましょう」
「お、おう……」
クラリスは羽をばたつかせ、俺の背中に回り込んだ。俺の脇に腕を持ってきて、俺の体を掴んで上に引き上げた。何してるんだ。
「ふんっ! んんんんんん~!」
クラリスは力を込め、俺の体を持ち上げる。どうやら俺達の行き先は、あの青空の上にあるらしい。俺を支えて飛んでいこうってか。
しかし、俺の体は地面から十数センチ上がるだけで、全く空へと飛び上がらない。彼女の細くて華奢な腕では、70kg近くある俺の体重は支えられない。ヒヨコの鳴き声のような彼女の羽の音が、無慈悲に弱々しく鳴り続ける。
「やっぱりな。クラリス、そっち持て」
「う、うん……」
見かねたヘルゼンが、隣に飛んでくる。二人がかりで俺の両腕を掴む。
「いいか、一気に力を解放させるんだぞ」
「うん……」
『せ~っの!!!』
ブフォーン!!!
凄まじい轟音が鳴り響いたかと思いきや、俺の視界から花畑があっという間に遠ざかっていく。一瞬にして俺の体は、空に浮かぶ雲の隣まで飛び上がった。
その雲も一度瞬きした後に、すぐに遥か下へと遠ざかっていた。突風を身に
「え? えぇ!?」
二度目の瞬きをした時には、俺の体は宇宙空間を進んでいた。不思議だ。宇宙空間なのに息ができる。だんだんスピードが落ちていき、遊園地のアトラクションに乗っているような爽快感に包まれる。
「もうすぐですよ」
「我慢しててね」
クラリスとヘルゼンは必死に俺を支えながら、宇宙空間を飛んでいる。俺は二人に引っ張られながら、広大な星屑が散りばめられた空間に泳ぐ。
すると、所々丸い形の黄色い光が、俺の周辺を通り過ぎていった。まるでシャボン玉のようなその光には、よく見ると何かが映し出されていた。
「俺?」
生まれたばかりの俺だった。ベビーカーに乗り、母さんの笑顔に応えるように、微笑みかける赤ちゃんの俺がいた。別の光の中には、幼稚園児まで成長してはしゃいでいる俺。さらに別の光には、小学校に上がって勉強に苦しむ俺。
そして、友美に勉強を教えてもらっている小学4年生の俺の姿を見つけた。その時、光が映し出しているものが、自分の人生の中のかけがえのない思い出であることに気がついた。
これは、生前俺の記憶の中に思い出として残されているものを、一つ一つ回想しているんだ。第三者の目線で見ていると、何とも不思議な気分だな。
「……」
最後の思い出は、友美と喧嘩した時に見た彼女の泣き顔だった。それを最後に、光は流れてこなくなった。あんな後味の悪い出来事も、俺の中では大切な思い出として記憶されているのか。尚更仲直りができず終いで死んでしまったことが、心底悔やまれる。
そして、宇宙空間はやがて白い光に包まれた。
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