第15話「セルアンドセブン」
「着いたよ」
俺はまた気を失っていたようだ。目を開けると、雲の上のような場所にいた。先程の宇宙空間が、空一面に広がっている。そして、自分が白装束を着ていることに気がついた。いつの間に着替えたんだ?
「審判所はあっちですよ」
クラリスが指差した方には、寺院のような建物がそびえ立っていた。入り口では、アリの行列のように並ぶ白装束姿の死者達の列を成して並んでいる。一人一人付き添いの天使が、死者の隣に立っている。
「え~っと……あ、いたいた」
ヘルゼンは雲の端に腰かけている男の元へと走っていく。クラリスの手助けをしていた間は、自分の担当の死者をここで待たせていたようだ。何人か別の天使がそばで見張っている。
「大人しく待ってたみたいだな」
「嫌だ……嫌だ……死ぬのは嫌だよ……」
「だからお前はもう死んでるんだって」
「家族を残して死ねるかよぉ…」
「気持ちは分かるが、諦めろ。お前の人生はもう終わったんだ」
ヘルゼンはよろめく男を支える。慰めてるのか貶しているのか、よく分からないな。死者の男は余程死んでしまったことを後悔しているのか、ぐったりとしてまともに歩けない様子だ。二人は列の最後尾へと歩いていく。
「それじゃあ、私達も並びましょう」
「あぁ」
俺とクラリスもヘルゼンの後を追い、審判所なるものに向かう。
「すごい列だな……」
並び始めてから約一時間経ち、ようやく審判所の入り口の門を潜り抜けたところだ。遠くに目を凝らすと、審判をしている長らしき人物の姿が見える。そして、うっすらと声も聞こえる。
「お前はセブンだ。さっさと行け」
「は、はい……」
「次」
彼が閻魔大王だろうか。にしては見た目が外国人っぽいな。髪も黄緑色だし。でも
「あれがユリウス様です。この審判所で死者の生前の罪の重さを量り、今後の行き先を決めているんです。セルの統治もしてます」
「ほう……」
セルの一番偉い奴ってわけか。それにしても、死者の罪の重さを量るって、どうやって裁いてるんだ? 見たところ特別なことをしていないように思われるが。
「んん?」
「はい?」
「お前はセルだな」
「えぇ!?」
太った体型の中年の男が、セルを行き先として宣告された。つまり地獄行きだ。ユリウスは静かに男に手をかざす。すると男の足元に大きな黒い穴が出現し、男は異空間へと真っ逆さまに落下していった。あの穴から直接セルに落とされたようだ。
「わぁぁぁぁ!!!」
男の断末魔はすぐに遠ざかっていき、黒い穴は口を閉じた。並んでいた死者達は、唾を飲み込む。もし生前に何かしら大きな罪を犯していれば、自分もあの男と同じ運命を辿ると悟った。
「次」
ユリウスが次の死者を呼ぶ。こうして一人一人裁いていくんだ。背筋が氷になってしまったかのように凍える。なんで一目見ただけで、罪を犯した人間だって見抜いたんだ?
「ユリウス様は人の罪を目で見ることができるんです。詳しくは分からないですけど、セルに落ちるか落ちないかの基準があるみたいですよ」
それは大した能力だな。だからセルの統治を任されているのか。
「嫌だ……嫌だ……セルは嫌だぁ……」
「落ち着けよ」
「次」
「ひぃぃぃ……」
そうこうしているうちに、俺の前に並んでいる男が呼ばれた。ヘルゼンが担当している男の番が回ってきたんだ。いよいよ近づいてきたな。ヘルゼンが男の背中を押し出す。
「
「は、はい……」
梅田さん……か。ユリウスは彼の名前を、手元の分厚い書物のようなものに書き記す。一応死者の名前も見ただけでわかるのか。彼は動揺を隠せずに怯えている。ユリウスは彼をじっと見つめる。彼の罪の重さが目に映ってるんだ。
「お前の行き先はセブンだ」
「ほんとですか!? よかった……」
「さっさと行け」
「は、はい!!!」
梅田さんとヘルゼンは、先へと進む。彼も何とかセブンに行くことを認められたようだ。ユリウスは彼の行き先を、黙々と書物に書き込む。
「次」
「はい」
そして、いよいよ俺の番だ。俺はユリウスの前に立つ。
「遠山直人……だな」
「そうです」
ユリウスは早速俺を見つめる。そんな睨み付けるような目付きで、見なくたっていいだろ。俺は生前の行いを振り替える。何か地獄に落とされるような罪深いことをしただろうか。自分の中では、善良な人間として生きてきたつもりだが。
「……チッ、お前はセブンだ」
「はぁ……」
よかった、俺はセブン行きのようだ。ていうか、今舌打ちしなかったか? もしかして、基準がギリギリセーフだったのか? 何だか締まらないなぁ。
「よかったですね、直人さん」
「あぁ」
「セブンはこっちです」
俺はクラリスに付いていく。ユリウスは遠ざかる俺の背中を見つめながら、俺の行き先を書物に書き込んだ。
「次、前に出ろ」
「何だこれ……」
審判所を出た先には、宇宙空間の遥か彼方へと続くエスカレーターが設置されていた。長すぎるだろこれ。天辺が見えないぞ。俺と同じく行き先をセブンと言い渡された人達が、付き添いの天使に連れられ、どんどんエスカレーターに乗っていく。
「この上にセブンがあるんですよ」
「まだまだ道のりは続くってか……」
こんなところで止まっていても仕方ない。俺はクラリスと共に、エスカレーターに乗った。たどり着くまで、無駄話でもして時間を潰すか。
「ここにいない人達は、みんなセルに落ちたんだよな……」
「えぇ、現世で犯した罪を償わせるために、悪魔達が罪人に火あぶりや串刺し、
現世で犯した罪……俺にとって決して他人事ではなかった。罪という言葉を聞くと、一番に“あの男”のことを思い浮かべるのだ。
いや、今はやめよう。追々話すことにする。
「セブンはその逆で、とっても快適に暮らせるんですよ。美味しい食べ物も美しい景色も、面白い場所もたくさん。まさに何不自由なく暮らせる天国のような場所です」
「そうか……」
「本当によかったですね、セブンに行けて。きっと生前の行いがよかったんですね♪」
クラリスは俺を勇気づけるために、ニコッと笑いかけてくれる。しかし、俺はどうしても後ろめたさを拭えきれない。
脳裏に友美の泣き顔がちらつくのだ。彼女
に悲しみを背負わせたまま死んでしまい、何の罪滅ぼしもなしに現世に置いていってしまったことが、酷く悔やまれるのだ。
「友美……」
次に友美に会うのは、彼女が死んだ時だろうか。アイツは時にわがままになったり、全然素直になれない時があるが、何だかんだで他人思いのいい奴だ。きっと死んだら、セブンに行くことになるだろう。
それでも、彼女に再会できるのは、遥か先の未来。そんなの、待ちきれるわけがない。今すぐ友美に会いたい。彼女も同じことを思ってくれるだろうか。俺のことを見放して忘れている可能性もある。
それでも、もしかしたら死別したことを悲しんで、今も泣いているかもしれない。だとしたら、本当に申し訳ない。
やっぱ、後悔というのは、生きているうちにしておくものだな。いつか来るであろう死後の世界での再会の時を、俺達は永遠とも感じられる時の中で、後悔と共に生きなくてはいけない。
それくらいなら、生きている間にアイツをもっと愛してやればよかった。
「直人さん、着きましたよ」
エスカレーターが最上階に着いた。まるで最初にいた花畑と似たような景色が、そこには広がっていた。視界の奥には、町のような場所が見える。
「ここがセブン……」
これから俺は、永遠の時をこの場所で暮らすことになる。何不自由なく快適に暮らせるのだ。しかし、快適に暮らせたとしても、俺の心は満たされることはないだろう。友美のいない世界なんて、俺にはとても天国と呼べそうにないのだから。
ひとまず、俺を手招きするクラリスの元へ行こうと、俺はセブンへ足を踏み入れた。
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