第17話「死後の世界」
「あら、ヘルゼンにクラリスじゃないですか」
後ろから女性の声が聞こえた。呼ばれたたヘルゼンとクラリスは、後ろを振り向いた途端にびくついた。
「ユリア様!?」
「こ、こんにちは!」
「あらあら、二人共、別にそんなにかしこまらなくても……」
ユリア様と呼ぶ女性に向け、二人は慌てて地面に跪く。
「どうしてここにいるんですか?」
「ちょっとお散歩よ。今日の分のお仕事も、全部終わったし」
「流石ユリア様!」
女性はレースの入った白い衣装で、金髪ストレートの上には大きな草の冠、背中には大きな翼を生やしている。まさに絵に描いたような“女神”の姿だった。
「誰だ?」
「知らないんですか!? 失礼ですよ、直人さん! この方こそ、セブンを統治する女神、ユリア様です!」
ユリアを崇め奉るクラリス。ユリアは赤く頬を染め、照れながら髪先をいじる。彼女はセブンの最高権力者のようだった。直人は死んだばかりであるため、知らなくて当然なのだが。
「どうも、ユリアです。ただのしがない女神ですけど」
「女神のどこがしがないんですか……」
確かに容姿は女神そのものだが、神々しい雰囲気というか、オーラがあまり感じられなかった。ただの背の高い天使と思われても、おかしくはない。直人はユリアに尋ねる。
「しがないってことは、そんなに階級の高くない女神ってことですか?」
「何を言ってるんですか!? このセブンを統治する全能の女神ですよ!? ユリア様こそ神の中の神! この世にユリア様より偉い神様なんて存在しません!!!」
「死後の世界であの世とかこの世とか言われても……どの世だよ」
クラリスはこれでもかとユリアの魅力を熱弁する。ただの死人であるために、直人には女神の神々しい存在感が伝わらない。
「とにかくユリア様は偉いんです! 最強最高の女神様なんです! プリチーでビューティフルでチャーミーなんです! みんなのお母さんなんです! 巨乳なんです!」
ユリアを褒めちぎりたいがために、過度に興奮するクラリス。直人に顔を近づけ、更に力説する。
「最後の巨乳、必要か?」
「必要に決まってるじゃないですか! あのふくよかなおっぱい! とっても素敵でしょう!? きっと美味しい母乳が出ます」
「本人の前でそういうこと言うなよ」
「とにかくユリア様はすごいんです~!」
「あらあら、ありがとね」
ユリアは二人を微笑ましく眺める。ヘルゼンはクラリスを押さえ込み、説明を続ける。元々自分達はジプシックミラーを見に来たのだ。
「とにかく、何か見たい時は、ここに来るといい。いつもは人が集まって見られないだろうけどな」
「すごいもんがあるんだな。何でも映し出す鏡って」
「この鏡はセルにもあるんですよ」
「そうなんですか」
今度はユリアが説明を始めた。彼女の声は落ち着いており、子守唄を聞いているように耳が心地よく感じられた。
「ユリウスが持ってるの。いつもそれで、罪人が現世で犯した大罪を確認してるんですって」
ユリウスはセルに落ちた者の罪を、自前のジプシックミラーで観測しているらしい。自身の罪を目で見る能力と鏡を合わせ、死者を裁いている。
セルは現世で法に触れるような大罪を犯した者が落とされる場所で、永遠に地獄の苦しみを味わわせられる。罪人の罪にあった苦しみを、鏡を使って程度を図るようだ。
「大罪か……」
「どうかしました?」
「何でもないです」
セルのことを思うと、いつも“あの男”の存在が頭を過る直人。今は気にする必要はない。彼はなんとか過去の記憶を頭の底へと沈み込ませた。
「さぁ、鏡の説明はこれくらいにして、そろそろ宿舎に行こう」
「宿舎?」
「セブンで暮らす死者は、住む場所が決まってるんだ。今から案内するよ」
ヘルゼンは直人を更に奥へと誘う。クラリスはもはや尻込みになっていて、ただヘルゼンの後を付いていくだけだった。
「おい梅田、さっさと来い」
「さっきから俺の扱い酷くね?」
いつまでも鏡の周りをウロウロしていた梅田。ヘルゼンに言われ、仕方なしに付いていく。ユリアは天使達の背中を見つめる。
「頑張ってくださいね~」
その後、ヘルゼンは梅田の宿舎へ、クラリスは直人の宿舎へと案内した。クラリスは途中直人の部屋の番号を忘れ、わざわざ役所へ聞きに行った。ヘルゼンは「セブンに死者を連れてきたら一番最初に役所に聞きに行くもんだろ」と注意した。
直人は少々肌寒い宿舎の入り口で、立って待たされていた。
「すみません。お待たせしました。207号室です」
「おう……」
直人とクラリスは入室し、一旦ベッドに腰を下ろした。冷蔵庫に洗濯機、ベッドなどの家具はもちろん、居間に台所、風呂場などの基本的な生活空間は揃っている。ごく一般的のありふれたアパートの一室という印象だ。
窓を開けて外を覗き込むと、山影に日が沈みかけていた。太陽は死後の世界にまで存在しているらしい。当たり前に朝昼夜が訪れる。これも、死者が生前となるべく同じ生活を送れるようにとのことだろう。
「直人さん、すみません。色々ヘルゼンに任せっぱなしで。いざ私がやるとなると、失敗ばかりなんです……」
「別に俺は気にしてないぞ」
何となくクラリスの悩みを聞かなくてはいけない雰囲気を察し、直人は彼女の声に耳を傾けた。
「私は天使として、全然ダメダメです。直人さんを上手く案内できませんでした。私もユリア様みたいな、立派な女神になりたいのに……」
クラリスの瞳からは、今にも涙が溢れそうだった。この世もあの世も、直人の周りには涙腺の弱い女ばかりだ。彼はクラリスの頭に手を乗せ、優しく撫でる。
「お前ならなれるさ。お前は誰かを目標にしている。ユリア様みたいになりたいっていう思いがあるんだ。その思いがあれば、きっと実現できる」
「あ、ありがとうございます……///」
直人はクラリスを励ますと同時に、友美のことを思い浮かべる。友美は直人にとっての憧れの存在だった。いつか彼女のような天才になりたいと願い、必死に勉強に
いつしか彼女の生意気なところや弱気なところ、不器用な優しさという性格面にも惹かれ、彼女に恋をした。学力だけで言えば、彼女を追い越したと言える。しかし、まだまだ人間性として、自分と彼女には差を感じる。友美は直人にとって、いつまでも憧れの存在だ。
「私、頑張ります!」
「おう、気をつけて帰れよ」
「また明日も来ますね。それじゃあ、おやすみなさい!」
「おやすみ」
だからこそ、友美とあんな形での望まぬ別れは、心底辛かった。直人は後悔の中でクラリスを送り出し、ポケットのネックレスを握る。どこにいても、いつでも友美のことを思う。
「友美……」
クラリスは玄関のドアの裏にもたれかかり、高鳴る鼓動を必死に抑える。
「直人さんには友美さんがいる。私が間に入っちゃいけないのに……///」
「クラリス……」
ユリアは自室で自前のジプシックミラーを見ていた。鏡面には、胸を押さえるクラリスの姿が映し出されている。ユリアはある決心をした。
キー
「待たせたな」
ドアを開け、ユリウスがユリアの部屋に訪れる。ユリアは明るく迎え入れた。鏡の映像を一旦消し、テーブルの上にお茶とお菓子を用意した。
「今日の分の審判は終わった」
「お疲れ様。疲れたでしょう? お菓子あるわよ♪」
ユリアはユリウスを座らせると、今日あったことを愉快に話し始める。彼は紅茶をすすりながら、ユリアの話を聞く。二人はいつも仕事を終えた後、夜に秘密のお茶会を開いている。他愛もない話で盛り上がる。
「今日、アデスとお話したんだ~」
「テレパシーでか?」
「うん! フォーディルナイト、ますますいい世界になってるらしいよ」
「いいよな、優秀な神様達は」
「え?」
ユリアの視界には、紫色の尻尾が見える。ユリウスの背中からチラチラと姿を表す尻尾は、先端が鉤爪のように尖っていた。ユリウスは悪魔だったのだ。
「俺はいつまでもダメなまんまだ」
「そんなことないわよ。セルの管理を任されてるんだよ。そんな大事な仕事を任されるなんて、光栄なことじゃない」
「この仕事のどこが光栄なんだよ……」
ユリウスは死者を裁く審判の仕事を、誇りに思っていない様子だった。日々の精神的負担は、計り知れないほどに大きいのだろう。
「……」
「ごちそうさま」
ユリウスは紅茶を飲み終えると、お菓子には手を付けずに部屋を出ていった。ユリアは神学校時代の自分達を思い返す。窓から彼の姿が見える。たくましくもあり、どこか弱々しい背中を、ユリアは寂しそうな顔で見送る。
あの世にもこの世にも、世界は多くの迷える人で溢れていた。
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