第11話「亀裂」



「一ヶ月……かぁ……」


 直人と交際が続いて、もうすぐ一ヶ月……。そんな実感は全くしないけど、彼のおかげで大学生活が楽しくなっているのは事実だ。


“大切な人の別れは、とても辛いことよ。友美さんは好きな人のことは、大事にしてあげてね”


 エリン先生の言葉が心に響く。大切な人と当たり前のように一緒にいられるのは、何物にも変えがたい幸せなのだ。先生の話を聞いて、誠にそう思った。

 ならば私は直人を、彼との思い出を大切にすべきなのだ。私は家の方向に向けていた足を、逆方向に転換した。


「よし!」


 明智駅の駅前通りに行こう。そこには確か、いろんな店が並んでいたはず。何がいいかは分からないけど、直人にプレゼントを贈ろう。付き合ってから一ヶ月記念ということで。私は適当なお店がないか、ぶらぶら駅前通りを歩いて探してみた。


「綺麗……」


 駅前通りは街灯や店舗の灯りで、見事な金色に輝いていた。まるでイルミネーションのようだ。こんな道を直人と二人で歩けたら、どれだけ幸せなことだろう。今度また二人でここに来てみようか。




 直人に……会いたい……。








「……!?」


 その時、私の視界に彼が飛び込んできた。直人が数メートル先にいる。私が先程出入りしたのとは、別のアクセサリーショップに入ろうとしている。

 どういうことか……私は無意識に彼を求めるあまりに、幻覚でも見ているのだろうか。すぐに頬をつねったが、現実であることを知る。


 しかし、それでも信じがたい理由がまだある。




「花音……?」


 はっきりと見えたわけではないけど、直人の隣に花音らしき人物の姿が見えた。陽キャオーラ満載の紫髪姿が、うっすらと彼の奥にいたような気がした。

 どうして花音が直人と一緒にいるのだろうか。別に一緒にいてもおかしくないかもしれない。しかし、それは大学の中での話だ。


「……!」


 私は二人が入ったアクセサリーショップの入り口に飛び込む。気になる。なぜ二人でこんなところに来ているのか。




「どれがいいかな……」

「素敵なのを選んでよね♪」


 私は商品の棚の影に隠れながら、二人の様子を伺う。ここからではよく聞こえないが、何やら楽しげに話している様子だ。思い返せば、二人は同じ高校出身なのだから、こうして二人で出かけることも、まれにあったりすると考えられる。

 いやしかし、それは高校の頃の話だろう。今は私という彼女がいるのに、どうして花音と二人きりで会っているのか。しかも私に内緒でお出かけなんて……。


“まさか、浮気……!?”


 いや、まさか……そんなことあるはずがない。きっとアレだ。直人も私に何かプレゼントでも買おうとしているんだろう。それでも、二人の距離が無駄に近いように感じられる。あんなにくっつく必要がどこにあるのか。


「なぁ花音、ちょっとこれ付けてみてくれよ」

「え?」

「!?」


 直人がリボンのような髪飾りを、花音の頭に付け始めた。リボンを付けた花音は、頬を赤らめる。何なのあの乙女の反応は……不覚にも可愛いと思ってしまった。


「花音、似合ってるな。これいいかも」

「そうかな……えへへ……///」


 ちょっと待ってよ。何が「えへへ……」よ。何頬を染めてんのよ。んで、直人はなんで彼女に髪飾りなんか選んであげてるのよ。何なのこの光景……。




「……」


 その時、私の中の何かが吹っ切れる音がした。








「じゃあね~、直人君」

「いつか金返せよ~。そんじゃあな~」


 二人は別れた。私はそのタイミングで、直人の曲がる角に先回りし、待ち伏せた。


「……っうわ! 友美!?」

「直人」


 私は直人を睨み付けながら歩み寄る。直人は追い詰められた草食動物のように、ゆっくりと後退りする。


「どうしたんだ、こんなところで。ていうか、怖いぞ……」

「さっき、どこで何してた?」

「何って……ただの買い物だよ」

「これがただの買い物?」

 

 サッ

 私は直人にスマフォを突きつける。そこには、先程直人が花音にリボンを選んであげていた光景が、はっきりと激写された写真が表示されている。あの時、思わずカメラのシャッターを押してしまった。


「なっ……見てたのか?」

「どういうこと? なんで花音と一緒にいるの?」

「誤解だよ! 俺はただ花音に買い物に付き合ってもらって……」

「どうして花音なのよ? 彼女の方が可愛いから? 優しいから?」


 私は直人を問い詰める。そして、直人が花音と仲睦まじそうにしている光景を見て、ふと心に浮かんだことを口にしてしまう。




「花音の方が……私より頭がいいから?」

「……!」


 直人は口ごもる。何も言い返せないということは、どうやら図星のようだ。


「そうなんでしょ? どうせ私みたいな馬鹿より、花音みたいな天才と付き合う方がいいんでしょ」

「友美……」

「聞きたくない! 言い訳なんて聞きたくない! どうせ私なんか、アンタ達みたいな天才となんて、分かり合えることなんてできないし! それに私、可愛くもないし優しくもない。いいところなんて一つもないクズだし……どうせ私みたいな馬鹿と一緒にいても、つまらないんでしょ!!!」

「……」


 私は手当たり次第に思いをぶちまけた。こんなに思いをぶちまけたのは、生まれて初めてかもしれない。小学生の頃に直人にテストで負けた時よりも、一ヶ月前に直人に告白された時よりも、私は激しく自分の内をさらけ出した。




「……なぁ、お前いつからそうなったんだよ」


 ようやく直人が口を開いた。今までに聞いたことのない暗いトーンで。


「お前は俺の憧れの存在だった。俺はお前みたいになりたかったんだよ。だから……そんなに自分のことを馬鹿馬鹿言うんじゃねぇよ! 俺が憧れてたお前は、どこに行っちまったんだよ! どうしてそんなに自分に自虐的になれるんだよ! 自分で自分を壊すなよ! 頼むから、俺の憧れのお前を消さないでくれよ!」


 怒り、悲しみ、願い、期待……様々な感情を刷り込んだ直人の言葉が、私の耳に突き刺さる。それでも、彼の言葉は口から吐いた息のように、自然と私の心も体もすり抜けてしまう。


「言ったでしょ。アンタの憧れてた中川友美なんて、もうこの世にいないのよ。こんな生きる価値のない凡人なんかといても、どうせつまんないわよ」

「……はぁ」


 直人はため息をついて脱落する。もはや思いを口にする力もなくなってしまったようだ。




「みたいだな。もういいよ、お前といるの……疲れた」


 直人は背中を向けて去っていく。後ろ姿がまるで幽霊のように、生気が感じられない。私はその背中を見ることもせず、ただ思いをぶちまけた疲れを抱えながら、家へと帰った。






 花音はすごい。頭がよくて記憶力がある。私の進路を特定してきたのは正直引くけど、何かに集中できる気力を持っているところは尊敬する。それに可愛いし、笑顔が素敵だ。


 祐知君もすごい。頭がいいのはもちろん、一緒にして安心できる雰囲気を持っている。花音がすごく慕ってたし、きっと高校生の頃は生徒会長の仕事を完璧にこなし、良き指導者として学校に大変貢献していたのだろう。


 エリン先生もすごい。先程話してくれた彼との思い出話。とても辛い過去だったけど、それを乗り越えて今を生きている。

 それに、一度好きになった人への愛は絶対に曲げていない。今も変わらずに愛し続けている切実さは、私も見習わなければならないくらい素晴らしいものだ。


 直人も……何だかんだですごい。性格は明るいし、イケメンだし、自慢してくるけど、頭いいのは事実だし。

 浮気してたのは最低だけど、それでも私よりかは人間性が格段に優れている。きっと目には見えない力が、まだまだ隠されている。




 私は……何だろう。私は何を持っている? ただ嫉妬していて、泣きわめいて、怒り散らして、感情を振り撒いているだけじゃないの。私には力が、才能が、人間性がない。私は……空っぽの私だ。


「なんで……なんで……私はこんなんになっちゃったの……」


 また泣いた。泣いても意味がない。この瞳から溢れる涙には、何の価値もない。ただ私の情けなさを体現するだけの汚水だ。透明ではない。ひたすら醜く、汚らわしい。私の生み出すものには、何の意味も込められていない。


「うぅぅ……」


 嗚咽が溢れる。その度に、私の吐く息で世界が汚れていくと考えてしまう。直人を追いかける力も出てこない。




 ごめんなさい……エリン先生。私はあなたから何も学んでいなかった。私は大事にできなかった。大好きなはずの彼との“今”を。


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