7、デートとペンダント(後編)
あてもなく走り出した二人は、とりあえずこれまで回ってきた道を辿ってくまなく探していったが見つからず、そこから二人で手分けして聞き込みを行った。
そして、行った店すべてを回り終えて適当なエスカレーター前で合流した。この時すでに3時は回っていたと思う。
「どうだった?」
俺は長谷川さんに問いかけるも、結果は表情を見るだけで分かった。
「見つからなかったか……俺もダメだった」
「やっぱ、もういいよ。これ以上時間を無駄にする必要ないよ」
下を向いている俺に、すこし強い口調で言った。
「だから、デートはまたいつでもするから」
「違うの! 有永くんは違うかもしれないけど、私にとって初デートは今回しかないの! そんな初デートを探し物で終わらせたくないよ……」
最後消え入りそうな声で願うように言い、顔を赤くして俯く。そんな長谷川さんに『まだ諦めないでよ』なんて言えなかった。
「分かった、いったんそこに入って落ち着こう」
長谷川さんは返事こそしなかったものの、たてに頷いた。
俺たちは、近くにあったカフェの一番奥の席に座った。
揺れる二つの湯気に、俯き合うふたり。
手にとって口をつけると、ほろ苦いけど落ち着く、そんな匂いがした。
「ごめんね、こんなことになって……」
長谷川さんは俯いたまま、呟くように話した。
「…………」
また、こんな時に気が利いたことが思いつかなかった俺は、話題を変えてごまかす。
「そのペンダントって、どんなペンダントだったの?」
そう言うと、涙を溜めながらも透き通った目でこっちをじっと見た。まるで吸い込まれそうな輝きだった。
「そのペンダントはね、私が前仲良くしいていた友達から貰ったペンダントだったんだ」
長谷川さんはそのまま続ける。
「昔と言っても、幼稚園の頃だから、大昔なんだけどね。その友達はプレゼントとかしそうにない人で、多分親に
「やっぱり、大切な宝物じゃん。そんなすぐにあきらめるなんて……」
そう言うと長谷川さんはすこしの間瞳を閉じてから、ゆっくり開いた。その瞳は寂しげだった。
「でもね、私はそのペンダントにはもう過去しかないと思ってる。さっき言ったその友達も変わってるし、私も変わっていってる。だから、ペンダントに閉じ込められた関係性も、感情も、もうどこにも無い。でも……」
長谷川さんは、溜まった涙を手で拭った。
「これからの有永くんとの時間はここに確かにあるの。だから私は、過去よりこれからを選びたい。だから、もうペンダントは気にしないで」
長谷川さんはそう言うと、笑顔でニコッとした。
学校一の美人が放つ最高に眩しい笑顔なはずだし、実際にその表情に曇り一つ見受けられなかった。
でも、どうしても笑顔を作って、この話を流そうとしている風にしか見えなかった。
「わかった」
俺はできるだけその不安を感じさせないように、しっかりとした声で言った。
でも、なくしたものを諦める精神は何一つわかっていなかった。
「あっ……」
長谷川さんは急に顔を真っ赤にして、耳まで真っ赤にし俯いた。
「どうしたの!?」
「あ、あの、今自分で言ったことが恥ずかしくて、恥ずかしくて、私なに言ってんだって感じだよね……もう恥ずかしいっ」
顔に手を当てても隠し切れないくらい真っ赤な長谷川さんを見ているとなんだかこっちも恥ずかしくなってくる。
「穴があったら入りたい、なんなら穴がなかったら作りたい……」
「あ、あのちょっとごめん、俺トイレ行ってくるわ」
「え、この状態の私を1人にするの? 有永くんはそんな残酷なことする人だったの、この育児なし!」
自分で言ったことに、恥ずかしがるのは、自業自得だと思う。
「ごゆっくり〜」
俺はそう言うと席を外した。
* * *
戻ってくると、長谷川さんの頬は多く膨れて、しかもこっちを睨んで威嚇してくる。
いつからうちの彼女はフグになったのだろうと思いつつも一応なだめてみる。
「ごめん」
「真っ赤な私を置いていくなんて、本当やめてよ」
「そんなこと言われても」
「もう知らない! 行く」
そう言うと彼女は勢いよく立ち上がる。
「えっどこに?」
「クレープを食べに!」
その後、伝票の取り合いをして、建物の外へと向かった。
スマホを確認すると、もう5時前になっていて、店から一歩出ると、眩しい夕陽に目が眩む。前を見ると、辺りはオレンジに染まっていた。とはいえ、目の前には駐車場なので、オレンジに輝く車しか見えないからロマンティックとは程遠い。
「大将、クレープを二つ!」
長谷川さんはそう、キッチンカーに叫ぶけど、おしゃれな制服の店員さんに大将呼ばわりはおかしい。
無駄にハイテンションなのは、照れ隠しだろうか。それでも、お店の人は困ったような笑顔で対応していた。
2人は外にあるベンチにちょうど人1人分の距離を空けて並んで座った。
「わ、わたしは……」
そう声に横を向くと、夕陽に照らされた美しい横顔が視界に入る。
長谷川は、前を向いたまま話を続けた。
「今日いろいろあったけど、とっても楽しかったよ」
長谷川さんはそのまま話を続けた。
「最初は、どうなるか不安だったけど、しっかり有永くんがエスコートしてくれたから、迷うことなく楽しめたし。オムライス美味しかったし、午後からだって、必死に探してくれたこと、とっても嬉しかったよ、見つからなかったけど」
長谷川さんが口にした『見つからなかった』の言葉の部分には、落ち込んだイントネーショなんてどこにも無かった。でも、俺の心の引っ掛かりは消えなかった。
俺は、鞄から包みを取り出し、声を出す。
「あのっ……」
ただ、その声は届かずに、長谷川さんはさらに続ける。
「私にとって、おかげさまで最高の初デートになったよ!有永くんはどうだった、今回の初デート? もしかして初じゃない?」
タイミングを逃した俺は、その包みをカバンに戻す。
「いや初デートだとおも……」
その時、昨日のことを思い出す。
昨日妹とほとんんど同じことをしていたし……
まさか、俺の初デートってあれ?
「え、デートしたことあるの?」
「今思返せば、初デート妹だったぁ! なんてことだ!」
「ま〜あ、それはラブラブな兄妹だね」
「言うな!」
「妹なんて、待ち合わせ場所で、足組みながら、上から目線で文句言ってたから……」
あれ?そういえば探したっけ、あそこ。
「どうしたの?」
話に続きがないのを気にして、不思議そうな顔をしてこっちを向いた。
「ちょっと行ってくる」
俺は食べ終えた、クレープの包紙をそこら辺のゴミ箱にすて、駆け出した。
「え、ちょっ、待ってよ〜」
長谷川さんは食べかけを包み紙で包んで、追いかけた。
俺はそのベンチに着くと、かがんで下を探す。
ベンチのすぐ下にはなかったから、辺りの床を見渡すと、自販機の下に光るものがあった。
すぐに、自販機の下に手を伸ばして探ると小さな冷たいものが手に当たる。それをみて、俺は目を疑った。
「えっ?」
このペンダントって……
追いついた長谷川さんが俺の持っているペンダントを見て、アッとした顔になり、そして嬉し涙を添えた満開の笑顔になる。
「それっ、私のだ!」
「…………」
「ここで落としたんだ、まあ一時間も待っていれば落としちゃうこともあるか。ごめんねお騒がせして」
「一時間も待っていたの?」
「あっ! いや、その楽しみすぎて……」
長谷川さんはまたもや耳まで真っ赤にする。
でも俺は、考え事で頭がいっぱいで気にする余裕もなかった。。
そして、俺はすれ違う記憶に対して思い違いだと確信して、口を開いた。
「ペンダントが見つかったから良かったんだけど、実は見つからないと思っていたから、代わりのペンダントを買っていたんだ」
俺は、茶色い包みをカバンから取り出し、長谷川さんに手渡す。
「えっ、いつの間に? でも、貰っていいの?」
「いいよ」
「これも嬉しい!! こんなの一生物の宝物だ……」
長谷川さんは、包みから取り出し姿が見えたところで、口を止める。
「えっ、えっ…………え?」
長谷川さんは目を大きく見開き、口に手を当てた、あまり声になってない声で、驚く。
「おれもビックリだよ、まさか”ペンダント“が被るとは」
長谷川さんは両手に瓜二つの、黄緑色のペンダントを持っている。
俺がトイレに行くと言った時に買ったペンダントは長谷川さんの宝物と全く同じものだった。
黄緑のペンダントなんて、形や配色が違うものが山ほどあったのに、同じものを手にしていた。
長谷川さんは、口に手を当てたまま固まっていた。
「長谷川さん?」
と呼ぶと、急に俺に近寄ってきて、興奮したような声で聴いていきた。
「ねえ、昔のこと何か思い出さない??」
俺はあまりの近さに一歩後退りした。
「昔のこと?」
俺も、偶然の一致の不自然さに記憶を探ってみたが、長谷川さんとの記憶はないし、俺がプレゼントをあげていたとしても多分違う人だ。
「そう! このペンダントから、何か昔のこと思いださない?」
「ないかな……」
「そう……」
長谷川さんは落ち込むそぶりを見せた。
でも表情はすぐ明るくなった。
「これからだもんね、うん、これからだよ!」
「うん……?」
この後少し店内を回った後、初デートは解散した。
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