6、デートとペンダント(前編)

 長谷川さんとのデート当日、無駄に眩しい朝陽に目を眩ませながら、妹に追い出されるように家を出た。

 俺は昨日と全く同じ景色を眺めながら、少し軽いペダルを漕ぎ、昨日と同じ駐輪場へと向かい、空いている駐輪場の端っこに停めた。


 カバンからスマホを取り出し表示を確認すると、そこにはしっかりと9:28と表示されており少しホッとする。

 昨日と同じように待ち合わせのベンチに歩いて向かっていると、昨日の妹を思い出す。手を組んで、足を組んで、こっちを睨みつけながら待っていた、あの生意気な妹を。

 その姿を、ちょうど長谷川さんと置き換えてみるとその違和感の無さにちょっと笑えてくる。長谷川さんがそういうふうに待ってるなら、M属性に目覚められそうな気がしなくもない。


 しばらく歩き、ちょうど視界に入った待ち合わせのベンチを見てみると、髪の長い美人が手や足を組むことなく、ぴしっと背筋を伸ばしながらも、そわそわしながら俯いていた。

 これじゃあ、ドS女じゃなくて、面接前の就活生だ。

 

 俺は首を傾げ、目をしっかりとこすり、もう一度時計を確認すけれど、まだ集合時間30分前だった。早くない?

 

 でも、放っておくわけにもいかないから、一歩二歩と近づいて声をかける。


「長谷川さん?」


「きゃあっ! あ、有永くん、は、早いね……」

 急にベンチから飛び上がると、よほど驚いたのか、はあはあと息を乱していた。

 

「ごめん、とりあえず落ち着こうか」


「いえ、大丈夫だから……」


 そういうと手を胸に当て、ゆっくり深呼吸をする。


 深呼吸するたびに、長谷川さんがまとうふわっとした白い半袖のトップスが揺れる。白のトップスの下には落ち着いたピンク色のスカートがゆるっと床まで伸びていて、長谷川さんらしい、清潔で爽やかなイメージだった。


 だから、面と向かわずとも、つい「似合ってるね」なんて口からこぼれてしまったけど、多分聞こえていていない……


「あっ、あの、似合ってるなんて、そ、そんな……」

 長谷川さんが、酸素の足りない魚みたいに口をパクパクしていたけど、何を言ったかよく聞こえなかった。


* * *


 俺は、昨日妹と美香が回っていたところを思い出しながら、そのままのルートで回った。

 それが、長谷川さんには満足らしく、


「有永くんは女子を喜ばせることが上手だね」


 と、柄でもないこと言われたくらいだ。

 今日も家を出る前にあれこれ言われて、うざったい妹だったが、今だけは感謝しかない。


 落ち着いた雰囲気の雑貨や服など色々回り終えて、次にどこに行くか歩きながら考えていると、ふと隣から長谷川さんが消えていた。

 

「どこ行った?」と、辺りをぐるっと見渡すと、ペットショップの展示をガラスに張り付くかのように、覗き込んでいた。


「長谷川さん、どうしたの?」

 近づいて、声をかけるも全く無反応のままだったから、俺もガラスに近づいて、中を覗き込む。


 ガラス越しには小さな柴犬がいて、長谷川さんから熱視線を浴びる柴犬は、ずいぶん迷惑そうにそっぽを向いていた。


「犬が困ってるぞ」

 そう言って長谷川さんの方を向くと、美しい横顔がガラス一枚も隔てない距離で視界に映った。


 びっくりして一歩後ろへと下がるが、俺のバタバタとした動作には目もくれず、相変わらず犬に熱視線を送り続けていた。

 だからもう一度、今度は少し離れた距離から、美しい横顔を見つめた。

 これまで、「学校一の美少女」という字面でしか、彼女の美しさ、可愛さを認識していなかったから、初めてしっかりと横顔を見て衝撃を受けた。

 目や鼻、口や眉毛、そのパーツの配置もこの上ない完璧バランスを保っていて、見ているだけで心地よく、ずっと眺め続けていたいと思う美しさだった。


 だからだろうか、ずっと見続けているうちに、長谷川さんもこっちを見ていて、2人見つめあっていたのに気づかなかったのは。


「あ、あの、有永くん? その、そんな見られると恥ずかしいです……」

 遠くから聞こえた彼女の声が近くなった時、俺は慌てて目を逸らす。

「ごめん、ちょっと、えーと、ぼーっとしてた」

 

「謝らなくてもいいんだけどね……」

 なんとなく寂しそうな表情をする。


 その後、長谷川さんは店内の犬という犬を眺めまわしていたが、やっぱりさっきの恥ずかしさを引きずってるみたいだった。

 犬を見ていても、さっきみたいにゲージ内に熱中しているようには見えず、こっちをチラッと見ては、ゲージに目線を戻すを繰り返していた。

 明らかに俺が気になって犬に集中できなくなっている。


 長谷川さんの邪魔しているように感じたから、店の奥の方に居いた長谷川さんに黙って、店の外に出てから、そこらの適当なベンチに座り、一息つく。 

 そうすると、暫くもしないうちに、隣に誰かが腰を下ろす。  

 その時にひらりと舞った服や長い髪からは、とてもいい匂いが爽やかに香った。


「あれ? もう犬見るのやめたの?」


「だって有永くんが行っちゃったから」


「人目が気になって犬に集中できないかなと思って、離れたんだけど?」


「全然気になってないから! そういうの気にしなくていいから……」

 少し長谷川さんは俯き気味で、話す。


「そう? じゃあ、もう一回戻る?」


「いや、もういい。 次、行こ?」


「わかった……」

 長谷川さんは微妙に頬を膨らませながら、少し早足で歩いた。

 


 * * *


 次と言っても、時間がちょうどお昼だったので、フードコートへと向かった。

 向かい合って座るテーブルには二つのこってりラーメンではなく、二つの爽やかでおしゃれなオムライスが並んでいた。

 長谷川さんの手元では、一口二口とオムライスをつついていて、黄色い卵から、赤いご飯が中を覗かせていた。


「でも、長谷川さんは本当に犬好きなんだね」


「さっきは見苦しいところを……」

 そういうと、スプーンを落とし、長谷川さんは恥ずかしそうに手で顔を覆う。

「でも、本当に犬には目がなくて」


「それは可愛いから?」


「うーん、可愛いっていうのもあるけど。どちらかと言うと親近感を覚えるから」


「親近感?」


「なんか不器用なところに親近感を感じてね」

 長谷川さんは、好きなものを語る、楽しそうな表情で続ける。


「昔飼ってた犬が、私が落ち込んで帰った時に、何をしてくれる訳ではないけど、ひたすらそばにいてくれたの。その時不器用ながらに私のことを励ましてくれてるんだって分かってから、犬のことがすごく好きになったの」


「そうなんだ。でも、長谷川さんのイメージ的に勝手に猫好きだと思い込んでた」


「確かに猫も可愛いんだけど、あのズルい所とかが苦手かな、だから……」

 そして、ため息混じりに吐き出すように呟いた。


「私はみんなが好きなズルい猫にはなれない、不器用に黙る犬にしかなれないんだよ」


「…………」

 ここで一言気が利いたことでも言えたらよかったんだろうけど、こういう場面に出くわしたことがなく、言葉のひとつさえ出てこなかった。


「変なこと、言っちゃってごめんね……」

 そういうと、長谷川さんはカバンの中をがさがさと整理し始めたから、俺は空になった食器をがちゃがちゃとまとめた。

 

「あれ? おかしいな?」

 長谷川さんは焦ったような動作で、カバンを半ば乱雑に探っている。


「どうしたの?」


「ちょっと落とし物、さっき犬見たときに落としと思うからペットショップ探してくる!」

 そういうと、カバンを持たず小走りで駆けてった。


 走っていく長谷川さんを見送って、一人になった俺はさっきの言葉を思い出す。


『私はみんなが好きなズルい猫にはなれない、不器用に黙る犬にしかなれないんだよ』


 こんなことを言ったら、怒るかもしれないけど、見た目のイメージは、みんなの好きな美しい猫だと思う。

 それに、あれだけ告白されているなら、多くの人から好きを得ているということであって、好きな猫になれている気がする。考えてもますます意味が分からなくなってくる。


 長谷川さんのペットボトルの高さくらいのベージュのトートバックを見ながら考えていると、息を切らした長谷川さんが戻ってきた。


「見つからなかった……店員さんに聞いても見てないって……」


「そう、じゃあ探しに……」


「だから、諦める。これ以上時間かけても仕方ないよ」

 長谷川さんは、息を切らして苦しそうなところ以外、平然とした 顔で言い放つ。


「ちなみになにを探しているの?」


「黄緑色の小さなペンダント」


「それって大切なものじゃ無いの?」

 無くした時にあれだけ焦って、あんなに必死に探しに行ったんだから大切じゃないわけがない。


「大切は大切だけど、今はそれよりもデートの方が大切かな……」


「はっ?」

 全くの意味にわからなさに、つい口から出てしまった。

 すぐに口を押さたが、思ったよりもはっきりと、強い語尾で発せられたようで、長谷川さんは怖いものに驚いたような目をする。


「え、あ、ごめんなさい! 本当変なこと言ってごめんなさい! 許して……お願いだから……」

 泣きそうな顔で、過剰にも謝る長谷川さんを前に、引くに引けなくなった俺は、覚悟を決めて口を開く。


「怒ってないよ。 でも、大切なものを人の顔色伺って諦めるのが俺には全く理解できない! デートなんていつでもするから、一緒にペンダントを探そうよ」


 できるだけ怖がらないように、情が入らないように、すごく意識しながら話した。でないと、イライラが言葉の隅々に入りそうだったから。なんで、俺こんなにイライラしているんだろう。

 一瞬頭をよぎった昔の記憶も、思い出せはしなかった。


「うん……でも……」

 長谷川さんは半泣きのまま、俯いてもじもじ言っている。

 だから俺は引っ張った、


「いいから、行くよ」

 俺はその戸惑ってさまよってる長谷川さんの腕をしっかり掴み、引っ張って駆け出した、どこを探すあてもないのに。

 右手につかんだ長谷川さんの腕からは心地よい暖かさと、微かに早い心臓の鼓動が伝わってきた。







 



 

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