3、なんでもするって言ったよね
ベットに大の字になって横たわると、明るく白い天井が目に映る。
確かに一昨日までは、特になんでもない生活を送ってきたはずだ。
いつも通りに大輝と喋って、いつも通りに勉強して、いつも通りに帰宅して……
それなのに、これまで全ての告白を断ってきた長谷川さんと付き合うことになった。それも憎まれて……
俺は長谷川さんに何か憎まれることをしたのだろうか?
これまで面識は無かったはずだし、同じ委員会とか、同じ補習を受けたとかも無いから、そもそも関わりがない。
長谷川さんの友達を傷つけたとか?
それも、俺の友達にそもそも女子はいないから、傷つけようが無い。むしろその事実に傷ついているのは俺のほうだ。
どう考えても、俺が長谷川さんを傷つけることは不可能に等しかった。
「まあいっか」
あまりの眠さから、考えるのを諦めた。
* * *
うっすらとピピピピとアラームのなる音がする。
でも、その音も次第に遠くへ……
「クソ兄貴、起きろーーー!」
どうやったらその薄っぺらなドアで奏でることができるかわからないくらい、大きくて重厚感のあるバンッという音と共に、制服姿の妹が突入してきた。
愚妹は俺がまだ寝ているのを確認するなり、ベットまで駆け寄り、掛け布団をゴリラのような馬鹿力で引っ張り上げた。
そして、俺の腕を
「なんで、
肩にかからないくらいの少し巻き気味の黒い髪に、大きな瞳、体の輪郭としては細くて小さいのに、豪快な笑いかただったり、大胆な行動のせいで、か弱いとかそう言ったイメージはなく少し太い印象を抱いてしまう。
そんな普段笑ってばかりいる妹が真顔で、目覚まし時計を手に取った。
「はい、これ」
妹は、時計の針が回っている面をこちらに向けた。
「ああ、8時5分か…………はちじごふん?」
確か学校が始まるのが、8時30分で学校まで10分かかるから……
「やっば!! おい未来、ちょっと着替えるから出てけ!」
「言われなくても出ていくわこんな部屋! どうせ寝坊したのも美香さんにフラれて落ち込んでたんでしょ? 最近話して無いもんねぇ?」
そう言い残し、妹はドアをバンッと強く閉めた。
「ちげえよ、なんでみんな美香、美香ってなるんだよ。大体に、他の人で彼女できたからな……」
俺は独り言のつもりだったが、こういう時の妹の地獄耳をバカにしてはならなかった。
少し下の方から、「うっそぉ」と聞こえた。そして、ドタバタいった後に、部屋のドアがまたもやバンッと開く。
「おいこら、着替え中だ!」
「いいもん、兄貴のたるんだ裸なんて見飽きてるし」
「うるせえ、こっちが見られたく無いから出て行け!」
「兄貴、乙女かよ! そんなんじゃ彼女できない……」
妹は少し固まる。
そして、俺に詰め寄ってきて、
「どうやって彼女できたの!」
「聞き流してくれ」
「いーや、私には聞き捨てならないよ。言ってくれるまでこの部屋に籠城するから!」
「わかったわかった、帰ったらきっとたぶん話すから、今は勘弁してくれ」
「必ずだよ?」
俺は、そう言ってる愚妹の前にある目覚ましを手を伸ばした。
「というか、お前もこれいいのか?」
俺は、時計の針が回っている面を妹に向けた。
確かに妹はもう出る支度ができている、しかし妹の学校の開始時間は俺より10分早い。要するに……
「うっそ、やっば! こんなクソ兄貴に構ってる余裕なんて無かった」
物凄い勢いで、部屋を飛び出すと、階段をドタドタと下りる。そして、「行ってきます」の叫び声が聞こえる。
相変わらずの大音量スピーカーだった。
とまあ、俺も人のことを言えず、バンッとドアをあけ家を飛び出した。
* * *
俺は昇降口が見えるなり、最後の気力を振り絞って飛び込んだ。
靴箱の上に手をかけ、肩でゼェハァと荒く息をしながら、時計を確認した。
8時28分。
ギリギリで間に合った俺は、靴を履き替え、駆け足で教室へ向かった。
前の入り口から教室を覗くと、まだ先生は来ていなかったからほっとして、教室へと入る。
「…………?」
ふと教室に2、3歩足を踏み入れっところで、立ち止まってしまった。
なぜなら、教室へと足を踏み入れた瞬間、クラスのの視線が集まった気がしたから。もちろん先生と勘違いして振り向いた可能性はあるが、それにしては不自然だった。
気にしすぎだと、俺は首を横に振り、そのまま自身の席へと向かった。
机の中に教科書を入れつつ、教室の入口を確認していると、先生が入ってきた時、俺の時ほど注目されている様子は無かった。なんであの時、みんなこっちを向いたのだろう。
数学の授業は、釈然としない気持ちを待ってはくれなかった。
授業はいつも通りに進み、あれから特に何事もなく午前中は終わった。
チャイムが鳴ってカバンの中から弁当を取り出すも、大輝は自分自身の席でパンを取り出していた。普段なら自然と大輝がこちらに来るのに、今日は違うらしい。
「お邪魔していい?」
俺は弁当を抱えて大輝の席まで行った。
「まあ、いいけど。長谷川さんと一緒に食べるんじゃねえの?」
「あっ……と言っても、特に約束とかしてないし大丈夫」
「そうか」
大輝はそういうと、机の上を半分空けてくれた。俺はそこへ抱えていた弁当を置き、前の椅子を引っ張って向かい合った。
「そういえばさ…………」
「なに?」
「いや……そういえば、昨日のサッカー見たか?」
「ああ、逆転のゴール良かったよね!あそこで決めきるのはさすがだと思うよ」
「だよな、カッコいいよな村上選手……」
大輝の濁した話が少し気になったが、全部サッカー談議で流れて行った。
「あっ! そういや、最近美香に会ったか?」
大輝は話の途中に、思い出したかのように問いかけた。
「そういえば最近見かけてもないね、休んでるの?」
「噂によれば、全然学校来てないって話らしいぜ、お見舞い行ってあげなよ」
「みんなにそう言われるけど、みんなが思っている程の仲じゃないんだよ?」
「みんな?」
「そう、みんな。今朝、妹にも言われたわ」
「どんな些細な恋バナでも徹底追及してくる未来ちゃんと同じくくりにまとめるな。俺の時も凄かったぞあいつ」
「その時は、うちの愚妹が迷惑をかけました」
以前、大輝に彼女がいたとき、話してもないのにそのことを嗅ぎつけてきて、うちに来るたびに様々聞かれてた気がする。
「でも昔を知っているやつだったら、お前らの仲を間違いなく勘違いしていると思うぞ」
「そんなに仲良く見えるかなあ?」
「だって、いまだにお揃いのシャーペン使ってんだろ?」
「あれは使い慣れているから使ってるだけだし、多分向こうはもう使ってないと思うよ」
俺はそのシャーペンを思い出し、筆箱を探しに、引き出しをガサガサと探す。
すると、奥で潰れた横向きの封筒が見つかる。
その封筒を奥から取り出して、引っ張ってシワを伸ばす。その白い封筒には、少し堅めの美文字で有永くんへと書いてある。
なんだろう?
俺が封筒を開け、便箋を取り出していると、大輝が思い出したように言った。
「あ、そういえば、今朝長谷川さんがこの教室に来てたぞ」
封筒の中に入っていた、事務用品みたいな便箋には、『今日お昼を一緒に食べませんか? 昨日の場所で待っています』と書いてあった。
俺はハッとしたと同時に、考える間もなく立ち上がっていた。
「ちょっと俺行ってくる!」
「えっ? どこに?」
「長谷川さんがご飯のお誘いの手紙置いてってくれたんだ」
大輝はすぐに差し出した手紙に目を通すと。
「待て、昼休み後10分もないぞ、もう帰ってるんじゃないか?」
「いや、それでも行ってみる!」
俺は何も持たずに、教室を飛び出した。
ゆっくり階段を登る生徒をうまく交わそうとして、つまずきながらも、急いで階段を駆け下りた。
すれ違う人にからは、校内を全力疾走している変なやつと怪訝な視線を感じながらもスピードを落とさず駆け抜ける。
なんとか校舎を抜けて校庭まで出てくると、いまだベンチに座り、目の前の弁当に手をつけず待っている長谷川さんがいた。
長谷川さんは怒ったような顔も悲しいような顔もせずに黙っている。
「……………………」
「ご……ハァハァ……ごめん……」
俺は息が整わず、ゼェハァ言いながら、言葉にならない言葉で謝った。
長谷川さんはこれから俺に対してどうするのだろう。なんでも、俺を憎んでいる人だから、何をされるかわからない。
俺は息を整え、手を合わせてもう一度謝った。
「ほんとにごめん! なんでもするから許して」
「……いえ、こちらこそごめんなさい。私もちゃんと手渡しするすべきだった」
長谷川さんは一息ついた。
「でも…………来てくれないと思ったてたから」
そう言うと、長谷川さんは曇り顔を晴らしてこう続けた。
「ちゃんと来てくれてとっても嬉しかった!」
その彼女の純粋な明るい笑顔に、失ってしまった二人の時間がひどく惜しいものに感じた。
「ごめんなさい……」
「だから、怒ってないから」
そう言った後、
「あ、で、でも……なんでもしてくれるなら、何かこの時間の一人の寂しさの埋め合わせをしてほしいかな……」
小さな声で控え目に言った。
自分で言った手前でもあったが、その長谷川さの上目遣いなお願い事を断るのはあまりにも不可能だった。
* * *
埋め合わせか……
今日は長谷川さんが委員会がないから、一緒に帰ろうと誘ってくれたけど、俺は用事があると断ってきた。
そう、埋め合わせをどうするか考えるという重要な用事があった。
俺の足りない脳をフル稼働して考えた結果、何かプレゼントをしようと、さっきまで帰り道にあるショッピングモールを散策していた。
探してみてわかったことは、女子の喜びそうなものを入手するには、近づき難い、難解である、高価であるの三拍子揃った高難易度クエストだということだけだった。
あのキラキラだけではとても形容しきれない、おしゃれな雑貨屋のあの雰囲気はなんなんだろう、そして何処がいいのかわからない小物に、桁一つ間違えてそうな値札が貼ってあり、それをさも当然のようにレジへ持っていく。
俺はその光景と女子の難解さに頭が痛くなり、家へと逃げ帰った。
まあ、今日はとりあえず休んで明日また考えよう。
そう思って開けた玄関のドアの先には……
妹が仁王立ちして待っていた。
「ようやく帰ってきたなクソ兄貴、さあ、しっかり聞かせてもらうからね」
「あっ……」
俺は完全に忘れていた——難解の最上級とも言えよう女子が身近にいることを。
「女子って意味わかんねえ……」
そう言い残して、俺は玄関で倒れた。
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