拡醒戦記アースセイヴァー:エピローグ

──「以上が日本で展開された戦闘の記録です。コールド指令」

 荘厳な壁模様の室内で、壮年の男性──コールドはエモンより報告書を承った。通信画面を開き、エモンと顔を合わせている。

 「その後、日本国内で新たなオーガロイドの反応は確認されず、現在は残存した群れの制圧に取りかかっています」

 「地球で初めて、オーガロイドの一掃を成し得た国か……これは武功だな」

 コールドは眼鏡をかけ直し、報告書を一文ずつ読み込んだ。

 「それと共に懸念だな……水中を移動するオーガロイド。我々の気づかぬところで、その驚異はすぐそこに迫っているかもしれない」

 コールドからも、エモンへ計画書を送信した。

 「海を越えた遠征。現在は自国だけでは足らない戦力を埋めるため、及び国家同士の友好と取引に用いられてるそれだが、今後はオーガロイド討伐に必要な措置となるだろうな」

 コールドは最後に、アースセイヴァ―が撮られた資料写真に目を細めた。

 「海外遠征の真の要がこの機体であります。この機体無くして、今回のオーガロイド侵略危機は未然に防げなかったといえるでしょう。この機体こそ、我々防衛連邦の切り札です」

 エモンは背筋を立て、コールドに送信した報告書の内容に思いを馳せた。

 「フッ……エモン、そんな評価をくだすなら、こんな写真など載せず、そのアースセイヴァ―とやらだけを見せればいいだろう」

 「近況報告です、コールド指令」

 エモンの快活な笑みに、コールド指令も厳しい顔だちを綻ばせた。

 報告書の写真には、エモンらアッシュガル第54部隊、勝家率いる煌露日町自衛隊が、ボロボロとなったアースセイヴァーの前に集合し、勝利と平和のvサインを笑顔でしていた。


──“和町宿”の二階にある部屋で、日々乃は壁に背をつけて外を眺めていた。

 街では再び復興が始まった全部を直すのには1年以上かかるというが、街には重い空気はない。

 もう新しいオーガロイドが侵攻することはない。22年ぶりの平穏な気持ちに、街は今まで以上の活気と明るさで溢れていた。

 日々乃はそんな光景をぼんやりした表情で眺めた。

 自分達が守ったこの街には、平和が取り戻された。皆が、本来あるべき暮らしに戻ったのだ。

 日々乃は誰よりもその実感を抱いていた。激戦に次ぐ激戦を経験し、戦う必要のない暮らしがどれほど尊いものか、彼は分かっていた。


 「日々乃くん、邪魔するよ」

 部屋のドアが開き、望が入ってきた。

 数日ぶりに望が見た日々乃の顔は、頭に包帯を被り、腕にガーゼを貼っていた。

 「怪我、大丈夫なの……?」

 「見た目だけさ、大した怪我じゃないよ」

 日々乃は目元の傷をかいた。

 「大変な戦いだったんでしょ、本当は大丈夫じゃない?」


 ──遠征連隊の4分の1が重症、そして戦死であった。

  勝家の部隊は後方支援だったもの、1機がアズロポッド・マリーンの尻尾により全壊、パイロットは現在も眠っている。

 アッシュガル第54部隊はパイロット二人が重症、エモンによれば、本部へ帰還後に退役すらありえるという。


 そしてこれは日々乃の知らないことであるが、勝家の戦友であった箙兵衛率いる特殊任務部隊は隊長を残して全滅。箙兵衛も重症を負い、パイロットを退かなければならなくなった──


 ──「平和が戻ったんだ、もう大丈夫だろ」

 日々乃は窓の外をぼんやり眺め続ける。

 「日々乃くん、帰ってからあまり笑ってないからさ、ゴメンね、心配になっちゃって……」

 笑ってない? 日々乃は思わず自分の口をさすった。

 「私ね、街に平和が戻って凄く嬉しいし、子供たちが安心して暮らせると思うと、とてもホッとするの……日々乃は? ようやく元の街に帰れて、幸せじゃない?」

 「……覚えてないんだ、俺」

 日々乃は天井を見上げた。

 望が見た日々乃の表情は、水中からもがき苦しみ這い上がろうとしているようだった。

 「子供の頃だからとかじゃない、本当に思い出せないんだ……俺にとって故郷は崩れた風景で、今はアースで戦うことに慣れて普通になったんだ」

 「日々乃……!」

 身体を起こす気力のない日々乃。望は胸がしめつけられ、手でおさえた。

 「悪いな、こんな暗い感じでさ。望に迷惑だった──」

 望は日々乃の手を持ち上げ、ぎゅっと握りしめた。

 「望っ!?」

 「日々乃、震えてるね」

 望は顔を真っ赤にしながら、手から彼の震えと心臓の鼓動を感じた。

 「私ね、ずっと怖かった……日々乃がもう帰らないんじゃないかって。昔から日々乃、弱虫なのに意地張って頑張って……」

 日々乃をの手を握りしめる力が、徐々に弱まってくる。

 「島を離れたとき、日々乃は自分に凄い怒ってたように感じたよ。どうして何も出来なかったんだっていう。私には分からなかったけど……今の日々乃、それを引きずってるんじゃないかって」

 望は嗚咽をあげはじめる。

 「えぐっ、日々乃、これが日々乃がずっと暮らしてた街なんだよ。もうオーガロイドの心配をすることはないの。だからね、この街でもう一度やり直そう。一から慣れてこう、私も叔父さんもいるし……もう自分に意地にならないで、ずっと平和に暮らしていけるんだよ」

 望は涙の溢れる目を拭った。

 「望、ありがとう。お前のことは思い出せてるよ」

 望は涙で真っ赤になった顔を日々乃からそらした。

 日々乃は優しく微笑んでいて、しかし険しい表情へとなった。

 「……だけどな、行かなくちゃいけねぇ」

 「……どこに? ずっとここにいていいんだよ」

 望は日々乃の肩を掴み、必死に握った。

 「なんで!? なんでそんなに戦いたいの!? もう、もう日々乃に戦う理由なんてないんだよあとはもう、駐屯地の皆に任せれば……」

 望はあふれでる涙が止まらなくなった。

 「次は海外なの!? どうして、どうして日々乃がそこまで行って戦わなきゃいけないの!?」

 「ある。俺はアースセイヴァーっていうヒーローなんだから」

 望の手から力が抜けた。日々乃はその手を掴み、ゆっくり肩から離す。

 「オーガロイド全部ぶっ倒して、今度は地球に平和を取り戻す。俺の役目は、きっとそれなんだと思う」

 日々乃望の手を握ったまま、泣き顔の彼女と向き合う。

 「ちゃんとここには帰ってくるよ。望もいるし、皆もいる。俺にとっての原動力は、平和になったこの街なんだ。俺はそれを守り続ける、そう誓ったんだ」

 日々乃はそう言い、望から手を離す。

 望は迷った後、彼に背を向け、部屋から出ていった。

 日々乃はため息をついた。すると望が再び部屋に戻り、彼に紙を手渡した。

 「ん!」

 日々乃はそれを受け取り、描かれてるものを見た。

 それは、子供たちが描いたアースセイヴァーであった。足は小さく、腕が大きすぎる、元のアースセイヴァーよりもバランスが歪んで不格好だった。

 だけど色鉛筆で描かれたそれは、子供たちのアースセイヴァーへの好意がこもった、温かく楽しげな絵だった。

 「皆、日々乃のことを応援してるし、感謝もしてる……だけど日々乃がどうして選ばれたのか、私には分からない。日々乃は普通の男の子、私にとって大切な同級生なんだよ。怪我してほしくないし、危険な場所には行かせたくない!!」

 そして絵の空白は、子供の書いた大きな「ありがとう」で埋まっていた。

 「昔から日々乃は強情だし、一度決めたことを曲げないのは分かってる。私がこれだけ言っても、アースセイヴァーに乗って次の戦場に行くんでしょ……だったら、せめて忘れないで! ここで私や子供たち、街の皆が帰りを待ってる。怪我しないでね、ちゃんと生きて、ここに帰ってきてね……」

 望は日々乃の肩に手を置き、そして緊張しながらも彼を抱き寄せた。

「日々乃は一人じゃない、いつも私たちが応援してる……応援してるから、怪我しないで日々乃の本当の故郷はここなんだから、いつでも絶対に帰ってきて……勝手だけど、私は日々乃がいないと苦しいんだから、疲れたらすぐにここへ帰るんだよ……」

 望の手が日々乃の頭をさすり、彼の心に安らぎが戻った。

 部屋に嗚咽が響く。それは日々乃のあげた声であり、望から伝わった心の平穏と共に、このとき日々乃はと等身大の少年へと戻っていた。


 ──アノ鎧ガ動キ出シタカ──

 ──コノ地点ノ我々ハ一掃サレタ─

 ──危険ダ。ダカラコソ破壊スベキダッタノダ、“デスタ”ハソレヲシナカッタ──

 ──同胞ノ鎧ヲ破壊シナカッタコトガ失敗ダ。ダガ所詮鎧ハ鎧、我々“サピエンス”ノ力、“地球(アース)”二再ビ侵略ヲ開始シヨウ──


 [オーガロイドは未だ地球を侵略している。彼らの生態は未だ未解明のものが多く、更なる脅威の存在もあるやもしれない]

 コールドとの通信を切り、煌露日町の駐屯地で開かれる宴にエモンは戻る。

 [しかし、人類の意思、絆、戦意がある限り、我々はオーガロイドに敗北しない。我々地球防衛連邦は、“アースセイヴァ―”と共に、これからも地球全土を守り続ける]


──拡醒戦記アースセイヴァー 第一部『英雄起動』 完──


──第二部「鬼化人編──戦士のめざめ」へ続く──

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