第7話[旧都市東京 鬼ヶ城決戦]1

 砂漠を抜け、旧都市へと続く道路を砂煙あげて走行する輸送トレーラー3台。それに続く移動砲形態のT─10式が3機、そして輸送ヘリにワイヤー懸架されたアースセイヴァー。

 それぞれの内部では、米軍アッシュガル第54部隊や本多勝家隊長率いる緊急援軍、そしてアースセイヴァーに搭乗した日々乃が通信画面越しに顔を見合わせている。  

 《今日10時より、我々は別動隊らと共に、この道の先にある旧都市東京、そこに潜む鬼ヶ城を叩く!》

 この部隊の指揮長であるエモンが、引き締まった表情の彼らへ通信画面越しに発破をかける。


 「奴等を野放しにしては、煌露日町が、日本がこれからも襲われる……我々はこの島の出身でなく、血としての縁もない者達だ……だが同じ星に生きる家族だ。この地の民と我々は、共に宴をし、自然から採れたモノで食卓を囲み、この地球(ほし)の平和を愛する兄弟である」  

 

 エモンが画面に拳をかざす。その手には、彼の戦士としての誇りである日本刀“鬼切丸”が握られていた。


 「この刀は、我が武士道の師であるキュウゾウ・ジョースターより賜った日本刀である。師はこの星に生きる全ての命を守るべく、国を越えて鬼化と戦い、今の戦況の基盤を世界各地に築いてくれた……今、この星の文化、自然、兄弟が邪悪に脅かされようとするならば、我々もまたこの地にて、平和を愛する兄弟として、奴ら邪悪なる鬼化を討つ!!」


 エモンの刀を掲げる姿は、パイロットや支援班の士気を向上させた。

 コクピットで頷く勝家に、エモンがモニター通信を入れた。彼は勝家にバトンをわた

 

 「お前ら、エモン隊長の言う通りだ。この星は今一丸となっている。かつては人同士で戦い、互いに傷つけた時代があったという……俺の爺ちゃんいわく、人類は争いの歴史だと……だが、今こうして共に邪悪なる鬼化を討つことが、その歴史に終止符を打つときだ! 初めはウチの領土に踏み込むいけ好かねぇ連中だと思ったが、先刻まで俺らの町のために命を張ってくれた! こいつらはもうただの外国派遣じゃねぇ、この星に生きる俺たちの隣人であり、共に戦う兄弟だ!!」


 勝家は胸を張って声をあげ、この場にいる部隊達を鼓舞した。

 隊員達の胸の鼓動が高揚するなか、日々乃はアースセイヴァー内で、一人黙々として俯いていた。

 「地球か……」

 日々乃の背筋から、不安や緊張の固まりが消えていく。代わりに手には熱がこもり、力強い握り拳が出来ていた。

 神経は身体中からアースセイヴァーへと伝わり、目を見開き旧都市を見据え、アースセイヴァーの瞳が緑色に輝く。

 「俺は故郷しか分からねぇ……だからまずは故郷を守る、そして地球を、皆を護る!!」


──旧都市“トーキョー”。かつては首都であり巨大なビル郡やネオンライトで輝いていたこの地も、今ではオーガロイドに支配され、あちこちが崩れ去り砂と吹き抜け風の音しかない廃墟であった。

 その中心に位置するとされた地域がある。地球全土通信遮断塔“AECCT”。そこから発信されるEMPにより、ドローンなどでの偵察は困難であった。

 “AECCT”の地下に周辺都市を襲うオーガロイド群の巣がある。オーガロイドはその巣から現れ、そこを潰さない限り、オーガロイドは永遠に襲いかかり、日本全域が再びオーガロイドのもたらす焦土となる。

 勝家が遠征手配を行うより前に、既に各地域の部隊が旧都市攻略に向けて動いていた。


 旧都市を囲むようにして、北、北西、南西より拡性兵の連隊が到着する。日本各地の駐屯地より出陣した、地球防衛連邦の有する拡性兵の大部隊である。

 作戦目的はオーガロイドのアジト“鬼ヶ城”の突入、その破壊。彼らは旧都市の設計図を元に突入経路と作戦を構築した。敵のアジトから発せられるEMPが強く、ドローン調査が難しいが、資料データから地下へと突入可能な地域を三ヶ所捉えた。

 突入経路となる目星のついた地帯へ3組に分かれた連隊は、それぞれの出身部隊ごとに、さらに拡性兵三機に分かれて捜索を開始する。

 《前衛はコール2、任せた!》

 《了解! コール2、準備完了!》

 《後衛はコール3、任せた!》

 《了解!  コール3、準備完了!》

 《第十一部三班、準備完了!》

 行動指揮者の送る編成データは拡性兵に搭載されたネットワーク管理システム“ULS”を通じて戦況を飛び交い、中継ドローンを通じて旧都市外の輸送トレーラー=作戦本部に送られた。

 《俺ら以外には、あと何部隊が来るんだ?》

 《我々含め、各駐屯地より出動したのが全16隊。北西連隊は元首都経済本部区域、北連隊は元民間居住区域を担当し、そこより旧都市中央部に位置するとされる鬼ヶ城を発見しそれを破壊する》

 エモンの開いた通信画面に地形マップが表示される。マップの3隅には本部である大きな赤丸マークが、さらに赤丸より一回り小さい青丸が別れて現れた。

 《我々の任務範囲は都市部のハイウェイ運河地帯。地形データを随時共有しつつ、最も熱源が感知される区域を鬼ヶ城へのと通路と定めて攻める》

 エモンが隊員達の機体にマップデータを送信し、彼らの乗るコクピットのモニターに地形が映し出される。

 ジャンがそのデータを見て怪訝な顔をする。

 《俺ら南西連隊は沿岸部担当か? 確か海には寄りつかないハズだぜ、オーガロイドはよ。そこに巣穴はあるのか》

 アシェリーは狙撃仕様のアッシュガルの中から、モニターに映された青い海を睨む。

 《奴らの潜伏場所は旧都市全域だ。沿岸も例外じゃない。奴らは奇襲に長けている。俺らの決めつけた常識は通用しない》

 アシェリーは冷静に地形データから狙撃に適した場所を割り出しながら、ジャンに注意を入れた。

 《ジャン、敵を舐めるな。確実にそこにいると思って叩き込め》

 風副長はコクピット内で手首をストレッチする。彼女のアッシュガルは腰にナイフを数本携え、臨戦体勢に入っていた。

 《フッ、舐めてるつもりはねぇからお気遣いいらないぜ……だがホントにこの空気、どこから敵が来るか分からねぇな》

 ジャンは額に汗を滲ませ、操縦レバーを握った。

 《故に我々も強襲し、奴らの戦力を削り取り進路を作る……各自、作戦開始5分前だ》

 エモンは鬼切丸をコクピットの脇に置く。その動作に、自分の抱く武士道を込めて。

 エモンの引き締まった表情に、楽観的な感情はなかった。


 「俺ら以外も作戦準備は整ったか……ん?」 

 勝家の機体に通信が届く。通信回線を開くと、武者のような造形のマスクを装着した人物がコクピットのモニターに写し出された。

 《久しぶりだな、勝家!》

 「あぁ久しいな、箙兵衛(ふくべえ)」

 勝家に通信を入れた人物──箙兵衛は、低い声色だが軽い調子の男である。緊張感はないが侮りもない、戦場馴れした声だ。

 《第一次鬼ヶ島攻略以来じゃねぇか。ずっと故郷を守ってたんだってな、こんな戦場は久し振りか?》

 「そうだな、お前のように連日戦闘はなかった。そっちは首都直轄の部隊長だろ、忙しくないのか?」

 《俺は今しがた隊列を組み終わったところさ。何、作戦開始10分前に旧友と挨拶でもしたくてな》

 箙兵衛は笑い、勝家は真面目で固い表情のままである。

 「同窓会気分か? 指揮官なら俺に構わず目の前に集中ねぇか?」

 箙兵衛は顔を少し右に振った。機体と身体の動きが連動させ、機体のカメラアイを横に向けたのだろう。

 《指揮官だからな、他の部隊の士気も確かめねぇと……なんて言い訳はどうだ?》

 「箙兵衛、お前は相変わらずノリが軽いままだな。そこを隊長に散々叱られただろ」

 勝家は、箙兵衛と共にかつての戦場を思い出す。本多勝家と半蔵金箙兵衛、二人はかつて同じ部隊として共に戦っていた。

 《へっ、相変わらずだぜ……俺とお前は相変わらず鬼化と戦い続けている》

 勝家と箙兵衛、二人の脳裏にかつて共に所属していた部隊が思い出される。

 「もう10年も前か、いつまでたってもオーガロイドはいなくならねぇ」

 勝家は口を一文字に締めた。出す言葉が見当たらなかった。

 《今回の攻略で一掃出来ればなと俺は思う。奴らは群れを強化し、拠点を固め今に至る……今日までに様々な資源、兵を浪費した》

 箙兵衛の視線は、己らが担当する元首都経済本部区域に向けられ細めている。

 《勝家、お前の部隊にワケわからん機体が現れたってな。ULSを通じて戦闘データを読んだぜ》

 「なるほど、したいのはその話なのか」

 《そうだな……“アースセイヴァー”、あれこそが今回の戦闘で、オーガロイドを倒す最も大きな戦力だと俺は思う》

 「間近で見たが、あの力は強大だ、必ずお前ら“特任”の力になる」

 《ハハッ俺らの力というよりはな……俺らがアースセイヴァー、そしてこの遠征連軍の力となる》

 箙兵衛の操縦桿を握る手が覚悟と共に力が強まる。

 《勝機が俺らに向いてきてる……勝家、この戦い、終わらせるぞ》

 「あぁ分かっている。今度こそ終わらせるぞ、箙兵衛」

 勝家の視線もまた、目の前の戦場であるハイウェイ地帯に向けられていた。


 《聞こえるか、アースセイヴァー》

 エモンからの通信が、アースセイヴァーのコクピットに備え付けられた通信機器に届く。

 日々乃はヘルメットを通して通信を繋げた。 

 「はい、エモン隊長!」

 ヘリのワイヤーが外れ、アースセイヴァーがアッシュガル部隊の戦闘に降り立つ。地面はアースセイヴァーも重みがある着地音をあげ、砂ぼこりを高く舞い上げた。

 《調子はどうだ?》

 「前回の戦闘の傷は……何故だか回復しました」

 左掌の指を稼動させ、アースセイヴァーは左手の状態を確認する。

 日々乃は改めて自身の搭乗するこの機体に不安を寄せた。謎めいたこの機体が、果たして皆の味方として役立てるか……

 《よし。ならばいつも通りだ。覚悟と気概を持って、敵と当たれ。ただし今回は数が非常に多い。私たちがサブアタッカーとして君を援護する。主力は君だ、我々と共に、あの鬼化共を滅するぞ!》

 エモンの鼓舞に、日々乃は震える気持ちを拳に込めて、両手を打ち合わせる。迷いは消え、闘志と正義感が彼を奮い立たせた。

 「はい! 行くぞ、アースセイヴァー!!!」

 ガントレットジェネレーターが稼動し、咆哮のような駆動音をあげた。

 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 『グルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』

 日々乃とアースセイヴァーは雄叫びをあげる。


──「日々乃君、本多さん、エモンさん、皆……」

望が両手を握りしめる。

煌露日市では市民達と、ここに残った駐屯地の隊員達が駐屯地の格納庫で、ラジオを囲っていた。

「本多隊長……」

「そろそろ始まるな、開戦が」

明の言葉に、皆は固唾を呑んでラジオをじっと見つめる。

「勝家達も行かせた。あとはもう、俺らには祈るしか出来ねぇ……」

明は、歩行補助を助けとする右足を久しぶりに無念と感じた。

「叔父さん、あそこにいるのは、他にエモンさんの部隊と、アースセイヴァーです」

望はラジオを、それが流す戦況に、願いを託した。

「日々乃君達なら、絶対に勝ちます。勝って平和が戻るのを信じ続けることが、今大事なんです!」

望の思い、そしてラジオを囲う一同が抱く希望を、遠く離れた戦場でアースセイヴァーは一身に背負っていた。


 ──《行くぞ、皆のもの!!》

 そして、午前10時、各隊の合図で鬼ヶ城攻略作戦が開戦された。

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