第五話[戦士の出陣覚悟]3

 ──戦闘や兵棋演習を3日経って、自衛隊基地近くの宿舎にて。

 「ではこれより、遠征必勝を祈願し、出陣式を執り行う!! 乾杯だ!」

 「「「乾杯!!」」」

 宿舎一階の広間にて、アッシュガル部隊一同、自衛隊一同、町民幾名が集まり出陣式が開かれた。

 「あれ、皆も来てるんだ……なんだか、ありがとう」

 日々乃が宿舎の広間に向かうと、そこにはアッシュガル部隊や自衛隊だけでなく、町の人達が何人かキッチンに集まっていた。

 「お、おうさ日々乃、お前たちが遠征に行くことに、勝利を持たせたいからな。縁起が良く、美味しい飯もあるし!」

 「日々乃お兄ちゃん、コレ!」

 手伝いに来ていた子供から、日々乃は赤飯で出来たおむすびを渡された。

 「おむすびもあるぞ! 赤飯だ!」

 赤飯はアッシュガル部隊の隊員一人一人に配られていた。隊員達は初めて見るおむすび、それも赤飯を物珍しげに、そしてその食材に込められた思いを受け止めるようにじっくり見回していた。

 「感謝する、町民の皆さま方。これがセキハンか……!」

 エモンも赤飯むすびを一つ受け取っており、薄紫の米の握りを興味深く手で回し、嬉しそうに見ていた。

 「確かコレ、お祝いの時に食べるんじゃねぇの? いいのか?」

 ジャンはそう言いつつ、赤飯を一つ食べ、二つ目にも手を出そうとしていた

 「赤は縁起がいい、厄除けとして我らの遠征の手助けとなる。であれば、このときに食べるのもいいだろう」

 「お、詳しいねエモンさん」

 日々乃を島に運んだ漁師──沖上・沢武郞がテーブルの上で赤飯を炊きながら、エモンに声をかけた。

 「ULSを通じてこの国のことを学んできた。この国のめでたい料理を食することが、私の夢の一つであったからな」

 沢武朗はエモンにウィンクする。それに対しエモンは一礼で返した。

 「上手そうであり、とてもありがたいご飯である……込められた思いと機体に、我々は応えよう!」

 赤飯を片手に、もう片手に日本酒を携え、エモンは広間の真ん中に立ち、日本酒を掲げて宣言を始める。

 「我々は明日よりこの区域を荒らす鬼の根城……旧都市を叩く!」

 エモンは日本酒の鯉口の先を山の向こう、敵拠点の方角に向けた。

 「この町に襲いかかる鬼の根城を叩き、この町に平穏を取り戻す……我々と、アースセイヴァーの力で!!」

 広間に歓声が上がり、アッシュガル第54部隊と、自衛隊と、町人達と、日々乃の気合いの歓声が、広間に響き渡った。

 

 出陣式の料理は、集まった町人達が日頃の漁で捕れた魚などの海鮮料理であった。コンブ、アワビ、タイ、カツオなど、方々から仕入れた海鮮料理の大船盛。隊員達はご飯を手に抱え、ひんやりした海の刺身をトングで掴み白米にのっけてスプーンで食す。ホカホカの白米と海のように冷たく滑らかなネタに隊員達は舌鼓を打つ。

 「旨いな、“Susi”!」

 通信兵のベックが、ネットで聞き齧った単語を口に出す。

 「別にSusiじゃぁねぇ、“丼”だ……うん、うめぇな。そういや、エモンや日々乃はどこいった?」

 アワビ焼きを箸でとりながら、アシェリーは辺りを見回した。

 「隊長とヒビノは外にいる。二人とも主役だ、すぐに戻るだろう」

 風副長はタイを箸で食しながら、窓の外に目を向けた。


 ──日々乃はベランダに立ち、山のふもとを眺めていた。明日、あの山を越え、怪獣がする地に向かうとなると、緊張はするし不安も多少訪れてきそうであった。ふと人の気配に気づくと、食器を並び終えた望が並んで立った。

 「日々乃君、なんだか久しぶりだね! え、えと……訓練は、大変だった?」

 ここ最近全く話せていなかった日々乃に、望は緊張して他愛なく接することで精一杯だった。

 訓練の苛烈さを望は感じ取っている。最初に会ったときより、日々乃の筋肉はよりしなやかに固く、手には多くのマメが出来ていた。

 「委員長、久しぶり。まぁ大変だったけど……何とか、ついてこれたよ」

 日々乃の望に向けた笑顔には、疲労を一切感じさせなかった。

 (日々乃君、これから戦いに向かうんだ……そうだよね、大変とか、そう言う場合じゃないよね)

 「委員長、昔から俺のことを心配ばっかしてるよね」

 「だ、だって昔から危なっかしくて、それなのにこんな、色々な仕事を率先してやってばっかで……」

 日々乃じゃなくても、いいはずなのに──その言葉が望の口から出せなかった。望の目の前の日々乃は凛々しく、迷いなく、戦士として覚悟を決めていたからだ。

 (何も出来ないのかな、日々乃に対して私は……)

 望は俯き、無力感に涙が溢れそうになった。

 「委員長、俺が帰ってくるまで子供たちとかよろしく」

 「えっ?」

 「委員長達がいる場所を、俺は守るから。鬼を叩き潰したら、そのとき安心して帰って来れるような、そういえるこの町で皆で待っててくれ。必ず勝って帰ってくるから!」

 「う……うぅ……うん!!」

 「じゃ、委員長は町のことを思っててくれ! それじゃ!!」

 涙が溢れそうになるのを堪え、望は笑顔で了承した。

 その顔に日々乃は気恥ずかしくなり、心が揺れ動く前に宿舎へと戻っていった。

 望は目頭を拭き、9年前のあの頃と違う、逞しくなった幼なじみの背中を見送った。


──「宿舎長殿、美味しい海鮮料理(シーフード)をご馳走になりました」 

 広間の片隅で、山をぼんやり眺めている明へと、エモンが日本酒の小瓶を持ってやってきた。

 「いえいえ、明日からの御武運になってほしいですから、エドモンド隊長達の」

 明はエモンと盃を交わしあった。

 「私のことはエモンと呼んで構いませんよ。お気に入りの渾名(ニックネーム)です」

 「ではエモンさん、日々乃のことは頼みましたよ」 

 「あぁ、宿舎長殿が保護者代理でしたね……彼の家族は?」

 一口盃を飲んだエモンは、明の横顔へと顔を向けた。

 「アイツはここ生まれなんだが、両親をオーガロイドで亡くしてな……その襲撃で、島の子も何人か死んだ。日々乃の友達も中にはいただろう」

 明は盃を飲み干し、一息ついた。外を見つめるその横顔には悲壮な思いが現れていた。

 「あの日以来、優しく気弱な日々乃は引き込もってな……身寄りもないから、離れ小島に住んでいる彼の祖父の所に預けたんだ」

 「そうでしたか、それが彼の源流か……日々乃君の祖父ですが、格闘家(ファイター)か何かですかな?」

 エモンは目を細め、日々乃の祖父に興味を惹かれ尋ねた。

 「確かそうだったかな……そりゃ、あんなに素手で戦えるわけだ」

 明はズボンの裾を捲って右足を見せる。彼の右足は肉を抉ったような傷痕が残っていて、歩行補助用のパワードレッグに支えられていた。

 「俺も9年前まで乗っていたから分かる……拡性兵ってのは、搭乗者の能力がダイレクトに反映される。アイツの強さは機体以前に、アイツ自身の拳法が由来だな」

 明はそこまで言うと口を結び、エモンに身体を向きなおす。

 「先ほど頼みますと言った……日々乃はまだ戦い始めたばかりだ……アイツは戦い、生きることが出来ると思いますが……どうか、あの子を頼みます」

 「宿長殿。日々乃は心身ともに、私が思う以上の戦士として力を成長させています」

 エモンの脳裏に、日々乃の覚悟を宿した瞳を思い出す。

 「そこに先程の原動力がある限り、彼は覚悟と共に在り続け、我々も彼と協力し戦いの挑みます。彼への援護、彼からのサポートがあれば、この戦に勝機を見出だし、帰還できます。なので、心配はいりませんよ」

 エモンの言葉と熱い目付きに、明は心配することを止めて彼に一礼し、日々乃を託した。

 

 宿舎のベランダにて、日々乃とエモンは鉢合わせになった。

 「やぁ、日々乃君」

 「エモンさん……」

 「少し夜風に当たりたいと思ってな……あの山の向こうから流れる風だ。砂漠地帯特有の、涼しい風……」

 日々乃脇をエモンは通りすぎ、ベランダから山を眺めた。

 「砂漠……俺は以前、山を抜けて見たことがあります。ただ広くて……何もなかった」

 「君が見た景色、それはオーガロイドの侵略痕だ」

 「な!? 元々あの景色じゃなかったんですか!?」

 日々乃は驚愕し、エモンと目線と同じ方向に顔を向けた。 

 「砂漠化はオーガロイドの引き起こしたものだ。民家を壊し、自然を崩させる……奴らの通った先に、一草の生命もない。山を抜けた地も、かつては田畑が敷かれた自然豊かな山岳地帯であったらしい」

 「そんな、そんなことって……」

 日々乃の身体は震えた。オーガロイドにそれほどまでの、暴虐的な力があるなんて。

 同時に日々乃は再確認した。オーガロイドの侵略を阻止せねば、次に砂漠となるのはこの煌露日町だと。

 「今は奴らの根城を叩き、影響を食い止めているに過ぎない。真の敵城を叩かねば、この地球は砂地に荒れ果てる」

 「そんな、じゃあオーガロイドの大元ってどこだよ!? 叩けないのか!?」

 エモンが日々乃に振り返る。

 「かつての大戦で落とした鬼ヶ島。アレは最も大きな城……ただのそれだけであった。奴らがどこにいるか、それは未だ不明なのだ」

 エモンは日々乃と、前回の戦闘と同じ姿勢で再び向き合う。


 宿舎の広間にて、出陣式は陽気になった隊員や町人達で盛り上がっていた。

 「皆さま方には、出陣前にこうしてお集まりいただき、とても感謝いたします」

 市長である和待巌滋郎(望の祖父)が、マイクを持って室内全員に顔を向けた。

 「この島は、既に一度壊滅しています。それから9年、またも鬼化の襲撃に4度見舞われた。しかし、9年前と同じく、ここの駐屯地の方々に我々は助けられ、そして“あーすせいゔぁー”なる白い巨人に建物を守られました」

 エモンに病院を守られた院長、和町未音(望の母)はその時のことを思いだし、安堵した表情となる。

 「そしてこの度、鬼化の根城に立ち向かう海の向こうの方々達に、我々は感謝と無事、武運の願いを込めて、彼らを送りたいと思います」

 その言葉に、宿舎内から拍手が巻き起こり、宴は継続した。


「異国の住人の我々に、こうして丁寧にオモテナシしてくれた。素敵な町だ」

エモンは日々乃の頭越しに、宿舎の中で人々が賑わう様子を愛しく見つめた。

日々乃はエモンの傍らに立ち、彼と共に人々を見つめた。

「日々乃君、アースセイヴァーはオーガロイドに対する我々人類の切り札となれる存在であり、人々の希望の象徴になる……日々乃君、君が乗ることでな」

「俺が、乗ることで……?」

「アースセイヴァーを解析した結果を見て私が思ったことだが……アースセイヴァーは、パイロットに呼応するように力を発揮する」

「呼応する……」 

「どの戦いでも、君は人々を守るという思いからオーガロイドを倒してきたのだろう。君の意思、力を生み出す思いが、今の我々に必要だ」

エモンは握り拳を自分の心臓に当てた。

「オーガロイドに勝つぞ、日々乃君」 

「はい、エモンさん」

日々乃とエモン、二人は守るべき者達が集う、崩れかけた町に目を向けた。

町に住む人々を守りに、これからの激闘を戦い抜く決意を、二人は賑わう宿舎を背負うように誓った。

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