第五話[戦士の出陣覚悟]2
──作戦会議終了から翌日の昼。エモンとアシェリーは勝家の部屋へと向かい、そしてノックして入室した。
「エドモンドさん、アシェリー教授、どうぞそちらへ履き物をお脱ぎになって」
部屋の真ん中には深緑色の畳が敷かれ、その上には臼緑色の着物姿の勝家が、杓子の置かれた釜の傍らに正座していた。
「失礼いたす」
「おう、失礼するぜ……」
アシェリーは戸惑いながらも、ハイスクール時代にエモンに誘われ勉強した茶道の動作を思い出しながら、エモンと共に畳に正座し部屋の景観を眺めた。部屋には掛け軸が飾られていて、山と河川が描かれている。
アシェリーは茶道を気に入っていた。慣れてしまえば、決められた動作に従って茶を嗜む一連の流れに、数式のようなスッキリした居心地を感じるからだ。
そして作動には、正座する身体全体、リラックスする己の気持ちに活力をみなぎらせる効果がある。アシェリーはそれを実感しながら、勝家とエモンが茶道を好きな理由を、武に関わる者として感じ取った。
湯が杓子からすくいあげられ、茶器の底の茶と茶筅でかき混ぜられ──滞りのない流れ
で、エモンとアシェリーは勝家から出来た茶を受け取る。深緑の畳の上、二人は茶器を見回して一口飲む。
「うむ。まろやか、美味だな」
「ありがとう、エドモンドさん」
勝家は棗を手に取り、中から茶杓で次の茶の準備を始めた。その為エモンと顔を合わせないが、彼の言葉は気持ちを茶道を通じて受け取っていた。
「私からも、貴殿方に感謝したいことがある」
「何をだ? 救援、遠征なら、地球防衛連邦として為すべきことだからな」
「違う、貴殿方があえて言及しなかったことだ」
勝家は茶器の底の茶の固まりを、茶杓で潰し広げていく。彼はエモンに顔を向き直した。彼が統べるこの部屋の空気の中では、もう隠し事は許されない。
「オーガロイドがアースセイヴァーを目標にする理由……単純に、アースが脅威だからじゃない筈だ」
「おい、エモン」
アシェリーはエモンに判断を委ねた。彼の足の傍らに置いたタブレットには、真実のデータが入力されている。
「アッシュ、アースセイヴァーのデータをミスター・本多に」
「……あぁ、了解した」
一瞬の間を置いて、アシェリーは頷きタブレットの画面を勝家に見せた。
「……なっ!? そうか、そういうことだってのか……日々乃は分かっているのか?」
「それは知らん、感じ取ってるかもしれない。もしくはだ……」
アシェリーは口を閉ざす。口の悪い彼でも、言葉に詰まることはあるのだ。
「彼が気づてないのだとしたら、アースセイヴァーと心身を一体化している可能性がある」
エモンの間髪入れない鋭い発言に、勝家は思わず息を呑んでしまった。衝撃に次ぐ核心を突いた発言は、ベテランの勝家であっても思わず胸を突かれるようなものであった。
エモンの発言は続く。
「アースセイヴァー……その設計構造、いや生態的な解析結果は……アースセイヴァーにはオーガロイド由来の技術が使われている。奴らの狙いは、アースセイヴァーの機構そのものだ。日々乃君にも、その影響が表れてるかもしれない」
勝家はこの真実に絶句した。薄々感じてはいた、だがあまりにも衝撃的な真実には、思わず杓子を落としそうになる程に自身の身体を震わせた。
「……貴殿が日々乃を連れていくのは、日々乃をオーガロイドの囮にする為か」
勝家は平常心を直し、最も知りたいことをエモンに問いかけた。
「それはどうしたって変わらないことだ。アースセイヴァー自体が奴らのターゲットであり、そして奴らが今最も恐れる存在だ」
エモンは勝家と目線をしっかり合わせる。その蒼い瞳は、人びとを守る戦士としての気高さで満ちていた。
「その上でだ、私が彼を誘ったのは、彼に戦士としての強さを感じたからだ。彼には今、アースセイヴァーとして戦う覚悟が出来た」
エモンが思い出すのは、エモンのスカウトを承諾したときの日々乃の真っ直ぐな瞳。
「私は、彼の覚悟の力になりたい。スカウトしたのが先だが、今の私には日々乃が人々を守ることの支えになれることを、己の武士道に誓っている」
勝家はエモンの返した思いに、ゆっくりと顔を頷かせ、杓子で釜から湯をすくいあげた。
「エドモンドさん、この町を脅かす侵略者の打倒、日々乃の支えになることを頼みます」
「うむ、勿論だ」
勝家は杓子で茶器に湯を注ぎ、再び茶をかき混ぜた。茶は朝日に照らされた葉の如く、爽やかさを感じさせる色合いへと変わっていった。
──煌露日自衛隊の敷地では、暑い気温に身を焼きながらアッシュガル第54部隊の面々や日々乃が腹筋を行っていた。
「ふんっ!! 俺たちっ!! 最強の戦士なりっ!!」
日々乃は白地のスポーツTシャツとミリタリーズボンの衣装で、太陽に照りつけられ息を切らしながら、日々乃達は腹に力を込めて、エモン作詞の曲を唄っていた。
訓練の目的は、基礎体力の更なる向上、そしてアッシュガル部隊との連携能力を得ることだ。
「おいヒビノ、戦闘中の張りはどこにいったオイっ!!」
腹筋を行っている彼らの横を、アッシュガル第54部隊の副長である風・愛が見下しながら歩いていた。左手で鞘に入れたナイフを指回し、右手で7キロのダンベルを持ち上げトレーニングしていた。いつものショートズボンの上は、健康的で鍛えた肉体が艶かしく浮かび上がるタンクトップだ。
「ふんっ!! ふんっ!! すみませんっ!!」
「何がすみませんだぁっ? お前の気合いは、訓練では萎えるようなもんだってのか民間人っ!!」
風副長は日々乃の目と腹を鬼の形相で睨んだ。女子らしい可憐さは微塵もなく、屈強な男性陣に囲まれても一際引き立つ威圧感であった。
他の隊員は腹筋と歌唱を続けながら、副長に苛められはじめた日々乃に甘い同情心を向ける。
(風副長は恐ぇからなぁ。こりゃ一日目はピィピィ泣いて終わるか? おぉぅかわいそう、
かわいそうに)
「ジャン、顔がニヤけているなぁ? 顔をふぬける訓練でもしてるのか? オイっ!!」
ジャンの腹に、風副長の細くしなやかな肉付きの足が力を込めて踏まれた。
「ふぅっ!! すんません、サーッ!!」
「それでも戦士かニヤけ猿っ!! ワンセット追加だ!! おいミシェル、お前もそのママ譲りの甘い顔で逞しくなれると思うか?」
「サーッ、俺の顔はママ譲りで、ふんっ!! それ以外は父親譲りです、サーッ!!」
そう答えたミシェルの腹筋にも、風副長の足が踏みかかる。
「譲りとはなんだっ!! お前の身体はお前のものあって譲られるものじゃないっ!! 人任せにするなベイビィフェイス!!」
隊員一人一人に風副長からの罵声と足踏みがお見舞いされる中、日々乃の視界は陽炎で揺らめき、空から降り注ぐ太陽光に身体を焼かれ、意識が限界へ倒れようとしていた。
「おぉい民間人? こんな訓練には気合いが出せないか?」
日々乃の頭の傍らに、風副長がしゃがみこんで彼の息が絶えそうな顔を覗き込んだ。
「4度の死地を乗り越えただけで、もう一人前の戦士気取りか? 戦闘で活躍できれば十分だって考えるのは、いかにも民間人のガキだな?」
「ふんっ!! 俺たちっ民の為の刀剣なりっ!!」
「その歌の意味が伝わるか? 隊長がお前に求める戦士としての意識を、フラフラな意識の民間人ごときが、気合い込めて歌えるのか?」
日々乃の首筋に、風副長のナイフの鞘の先が添えられた。
「ボタンを押す程度の力で、今お前の命を散らせるぞ。どうだ、気合い入るか?」
風副長が鞘からナイフを抜こうとし、隊員達が驚き固唾を飲みながら腹筋を続ける中で、日々乃は無言で腹筋を続けた。
「ふんっ!! ふんっ!! ふんっ!! ふんっ!!」
「おいヒビノ、どうして黙る?」
「ふんっ!! 脅されて歌わされる戦士なんてこの場にいませんっ」
日々乃の記憶に、オーガロイドに生身で立ちはだかったエモンという戦士の姿が思い出される。
「名誉とか名声とかじゃない、俺にあるのはエモンさんの背中に誓った戦士としての覚悟です! ふんっ!! その為に訓練に参加させていただいてるんです!! サーッ!!」
日々乃は上半身を起こし、風副長と顔を向かい合った。
風副長の鋭いナイフのように突き刺さる視線と、日々乃の真剣な眼差しがぶつかり合う。
「すげぇぜあの少年! ふんっ!! 副長と真正面から向かい合ってやがる!!」
隊員達は腹筋を続けながら、二人が顔を見合わせてる状況を見守る。隊員達は既に、日々乃の覚悟を認めようと思っていた。
「みんな、まだ特訓の最中か?」
そんな彼らの元に、エモンが歩いて入ってきた。照りつける太陽の下で、彼は屈強な隊員達に負けず逞しい、そして日本刀のような美しさを放つ上半身の筋肉を露出していた。ズボン一丁の腰に木刀を携えているエモンの格好に、風副長は顔を向けて惚けた。
「エモン隊長!? はい、ただいま訓練中であります! 隊長は素振りの訓練後ですか?」
副長はナイフを腰に携え、エモンに向けて敬礼した。
「素振りはこれからここで行う。道場よりも、熱気上がるこの場が身体に鍛えられるからな」
エモンは木刀を両手で構え、その場に腰を下げて素振りの体勢に入った。
「なので私はここにいる、終わったら私に言ってくれ」
「は、はい! 了解ですエモン隊長!」
「ところで、日々乃君」
エモンは目だけを日々乃に向けた。
「戦意の決まった目をしてるな。君をスカウトして私は良かったと思っている。より励んでくれ」
エモンの目は、日々乃の瞳の奥を見据えていた。彼の目線を、日々乃はしっかり受け止めた。
「町を守り、皆を守る為です! なので俺は鍛練を頑張ります!!」
日々乃の中に、疲れよりも訓練に努める気持ちが上回り、荒い呼吸が落ち着き腹筋を再開した。
「アッシュガル部隊、今回の作戦の要はアースセイヴァーだ。だが、それを支える我々も遅れを取ることは出来ないな……更に、己の身を練り上げるぞ!!」
「お前ら、聞いたな。エモン隊長と肩を並べて戦う為だ、ランニングを追加だ!!」
風副長の勇ましい表情と赤く染まった頬で指示を飛ばし、彼女を先頭にして、高揚と疲労の混じった表情の隊員達と日々乃は、ランニングを開始した。
「少年一人に負けてられない……ヒビノ、強気な割に遅いな!!!」
日々乃の背を、風副長が叩いて追い抜かす。その手からは、日々乃を認める気持ちが感じられた。
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