第四話〔拡醒の技〕1
サムライアッシュガルに運ばれ、アースセイヴァーは駐屯地へと戻った。
駐屯地へ入り、日々乃はアースセイヴァーから転げるように落ちた。
「はぁ……はぁ……」
激しく疲労し、アースセイヴァーの足元に倒れかかるように座った日々乃の正面に、同じくサムライアッシュガルから降りたエモンがヘルメットを外して近づいた。
「大丈夫か新橋くん、非常に疲労しているようだが……」
「はぁ……俺は……まだ大丈──」
「大丈夫じゃねーよ、テメーも、このアースとか呼ばれる機体も」
日々乃とエモンは同じ方向に顔を横に向けた。アシェリーがアースセイヴァーを険しく見上げている。
「本当にテメーだったのか、このワケわからんだらけ機体のパイロットは」
手に持った書類をはためかせながら、アシェリーは端整でありながら険しい顔と日本語で二人に向かい合う。
「おおアッシュ、我がサムライに保存された戦記を回収か?」
「そうだなエモン、お前がボロボロにしたフレームの回収にな!……それとだ、俺はこのガキに用がある。整備と、研究でな」
「整備……研究……!?」
「最初に言っとくが、テメーの戦闘データを一丸から見たもので調べたが……何なんだあの戦闘手段は?」
アシェリーは非常に理解しがたいという顔でアースセイヴァーの装甲に触れながら言い放った。日々乃はまるで自分の皮膚が撫でられるような感覚をもった。
「マニュピレータで直接殴ったり、近距離で鬼化の攻撃を何度も受け関節部を多数損傷しながらも戦い抜くったぁ……そうなるはずだってのに、記録じゃあ間接部に傷はまるひとつ見当たらねぇ。それだけ“頑丈”か、あるいは信じられねぇが“再生する装甲”なのか」
アースセイヴァーの手首から脚関節にアシェリーは視線を動かし、そしてうつむいたアースセイヴァーの頭部と視線を向かい合わせた。
「何よりさっぱりなのは、それだけ無茶苦茶すぎる戦闘におけるタフネスとエネルギー放射量……エネルギーに関しては最早──」
アシェリーは書類を一枚掲げて見せた。書かれていたのは、アースセイヴァーのエネルギー周波数データと、オーガロイドのエネルギー周波数のデータであった
「見れば分かるが、この機体のエネルギー量はオーガロイドと並ぶほど桁違いだ。現時点で存在する世界各国のエネルギー回路を大幅に上回っている」
日々乃はその事実に驚き、そしてアースセイヴァーを操縦しているときの溢れる高揚感を思い出す。
「何だと! この機体にそれほどの力があるとは」
腕を組みエモンは渡された書類をパラパラとめくり、そこに書かれた数値に舌を巻いた。
「俺はそのエネルギーの正体を研究し解明する。故にガキ、テメーには協力をさせるぞ」
アシェリーはうつむく日々乃に慇懃無礼な日本語と表情を向けた。
「オーガロイドについて更に分かることがあるかもしれない……新たな戦闘手段を生めるかもしれない……コイツが発見された場所にも行きたい、一体どうして一世代機と同じような構造でここまで動けるか……そういうことだから! お前の協力あれば新たな技術に科学が開けるんだぜ! さぁ!」
「興奮しすぎるなアッシュ、口が悪くなっているぞ……だが、君がそこまで入れ込むとは、久しぶりの光景だな」
エモンは読み終えた書類をアシェリーの握った手に差し出しつつ、彼の言動に注意をした。
「うっ……捲し立ててすまない。協力してくれ、えぇと、名前は」
「彼の名前は新橋・日々乃。互いに知り合ったのだから、名前を覚えようじゃないか」
エモンはバツが悪そうな二人に目を向け、そして二人に向けてウィンクをした。爽やかな笑顔でエモンは、日々乃に安心感を与えた。
「ありがとうございます……その、さっきの話って……?」
日々乃はしかし、気になっていたことを質問した。
「私はまずこの地で、この駐屯地の皆と交流の一環として整備をしようと考えている」
エモンは真剣な眼差しで答えた。アシェリーが軍手をつけ、アースセイヴァーの損傷具合を確認する。
「研究はひとまず置いて、まずは整備をしないといけない……それに分からぬ機体に触れる者同士、意見交換と協力を進めればいいと考えている」
エモンの考案しているこれからの共同内容を、日々乃は真剣に聞いた。
「こういう計画だが、これでOKかな?」
含みのない笑顔で、エモンは日々乃とその真剣な眼差しを合わせた。
「……分かりました、アースの整備は任せておきます」
日々乃の目は、信用をおける人物を見ていた。
「整備……か。それはつまり、お前がまだアースのパイロットでいるってことか」
「っ!?」
アシェリーの言葉に、日々乃は絶句した。脳裏には先程の戦闘が鮮明に映し出される。
「新橋くん、我がアッシュガル部隊に協力するかどうかは君次第だ。すぐでなくていい、時間を置いてリラックスしながら考えてくれ、疲労をとるためにも」
「僕は……僕……」
無力感、絶望感、己はこの機体を満足に操縦できないという己への失望に日々乃は顔を曇らせた。
「……すみません!」
ダッと日々乃はエモンとアシェリーから顔を背けて走り去った。
「……ガキには重たい質問じゃねぇか?」
アシェリーは頭をかきながら、前を向かずに走り去る日々乃を呆れながら見送った。
「だが、今の質問はいずれせねばならぬこと、彼のこれからを決める重要なことだからな……」
腕を組ながら、真剣な目つきで日々乃見送るエモン。
「ところでアッシュ、”例”の観測は?」
「済んだぞ、すぐにでも作戦会議にて伝える……だが問題は作戦だろうな」
アシェリーは軽く頷くと共に溜め息をついた。
「ま、作戦は作戦会議で話し合えばいいだろうがな、まずは観測結果を報告しなければな」
「それもまた、これからの皆の指針を決める大事なブリーフィングだ──」
「あ、あの! 先程のアッシュガルのパイロットは貴方でしょうか?」
エモンが己を呼ぶ声に振り向くと、そこに望が緊張しながら立っていた。
「こ、これを!」
望は両手で一枚の紙をエモンに差し出した。
日々乃は坂道を駆け上がっていた。
「俺は……俺に、何が出来る……」
日々乃は拳を力強く握った。だが、その力は何の意味もないのかと自問自答し、答えを出せないでいた。
(簡単な話だ……向こうにアースセイヴァーを置いたらいい。俺よりも、ああいった人の方が、あの力を上手く使える……)
日々乃は坂道の休憩所にたどり着き、そこから煌露日町を眺めた。壊された家屋、瓦礫で通り抜けられない道路。
「俺ではアースセイヴァーで……町を守れない!!」
日々乃の手から力は抜けた。そのまま力を崩し倒れそうになる。
日々乃は坂道へ駆け戻る。目からは涙がこぼれ、日々乃を頬を伝い流れていった。
『近年、オーガロイドの活動が活発化してきている』
通信画面に映るのは初老の男性。
それに対して直立不動の体勢で立つのは本多勝家。
『”第二次鬼化島攻略作戦”から早17年』
17年という言葉に、勝家は眉を閉じた。
『あの作戦が成功して以降、地球上でのオーガロイドの活動数は減少を辿っていた──』
初老の男性は腕を組み手に顎を乗せて、モニター越しに勝家と向かい合う。
『だがこの数ヵ月、妙にオーガロイドの動きが激しくなってきている。 一年程前ならばヤツらは各地の鬼化城を守るので精一杯、しかもそれでも城を破られている程の弱体化をしていたというのに……』
初老の男性は何かを案ずるように目を下に向け、改めて勝家と向かい合った。
『幸いここ数年で、各地への拡性兵の移動は非常に楽となり、各国の新型を交渉を通して行き来できる。今回のように、救援によって難を逃れられる』
勝家は悔しさに顔を滲ませた。本土から遠いこの町、拠点ではないため優先が低く物資も少ない。加えてこの数年はバリケードに防御を任せていたのが仇となり、バリケードを破壊されると簡単に攻めいられることとなってしまった。
あの白い拡性兵がいなければ、今頃自分達は……
(だが白い拡性兵……アースセイヴァーと命名した機体も、どうやら運用するには不安定すぎるらしい……あの場にエドモンド隊長がいなければ……)
アースセイヴァー、優秀な戦士……それらの要素が、勝家の頭の中で繋がる。
「やはり向こうの目的はアースセイヴァー……その為にこの港町に、あれほど優秀な部隊を寄越してきたのか……」
『……エドモンド・J・ユースタス』
初老の男性は、その優秀な部隊の隊長の名を読み上げた。
『かの撃滅魔王”キース・J・ユースタス”の息子にして、第二次鬼化島攻略作戦におけるヤマト英雄”キューゾー・ジョースター”の唯一弟子、わずか17の歳で並いる兵士のみならず隊長クラスすら上回る操縦技術をもち、20の歳にして一部隊を任された希代の“サムライ”……破天荒過ぎる性格で難ありだが、一般的な兵士のそれよりも遥かに戦闘能力は高い』
エモンの驚異的な経歴を、初老の男性は読み上げた。
『彼以外にも、”鬼化の特殊脳波による交信能力”という題材を出して各国学会から注目を集める“アシェリー・イェーガー”氏など、向こうは本腰を入れて未確認拡性兵を調べたいようだ』
初老の男性は溜め息をついた。
『ULSによる状況のダイレクト報告は各国と繋がっているのも難点だ……くれぐれもこれ以上各国に未確認拡性兵の力をを見せるなよ』
「了解です」
「フッ…そしてこれが最も大事な情報だ、そちらの拠点の山場を超えた先に、新たな鬼化城が建てられたという情報が観測された」
「やはりですか……」
「ULSを通じてすぐに情報が行き渡るだろう、作戦はその時に決めよ、後は貴官に一任する」
「ハッ!」
通信が切れ、モニターが消えた。
「我々に課せられた苦難は大きいな……」
勝家は一人、天井を仰いで見た。
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