一話〔目覚める力〕2
「ただいまー」
一階から、若い女性の声が響いた。日々乃は自分でも分からないが何故か慌てふためき、ベランダの端で身をうずくまって、じっと静かになる。
「おおーい“少年”、一緒に飯を食おうぜ!」
明は何故か日々乃の名前を意図的にぼかし、彼を昼食に誘った。
少年はおずおずとリビングに降りる。
リビング――営業時でも食卓に使うその場で、一人そわそわした様子で座っている少女がいた。眼鏡をかけ、おっとりとしていて優しそうな瞳の少女だった。
ふと、少年と少女の眼が合う。
「……日々乃!?」
少年を見て、少女は驚く。
「あなた、日々乃!?」
「お前は……望?」
日々乃もまた、望という少女と再開に驚く。いや、突然思い出した記憶に驚いていた。和町といえば、目の前にいる幼なじみの名字だった。
「叔父さんが連れてくるっていった少年って……やっぱり日々乃だったの?」
少女はとても動揺した。日々乃も目を丸くする。
「泊まり込み先の宿舎って……望の家?」
「二人共。ま、そういうことだ」
叔父は二人にピースサインを送った。
「ちょうど人手が少なく、そんでもって空いてる部屋も多いから、働くという条件で泊めることにしたんだぜ!」
「ちょっ!……え、ええ……えええ!?」
「えっと、じゃあ……新橋日々乃です、よろしくお願いします」
日々乃は首をかき、二人に礼をした。
和町宿のベランダにて、緑茶を注がれたカップ2つと、焼きそばを盛った皿がテーブルに置かれた。その席についた日々乃と望の鼻孔に、紅茶の甘い香りが入ってくる。明が気を利かせて──というより、面白がってお節介をかけて──差し入れたものだ。
「ひ、日々乃くん……えと、元気にしてた?」
久しぶりに会った幼馴染の日々乃に目を向けられず、望は俯いた。
「あぁ、うん……望、いや、和待は?」
日々乃も、幼なじみとの再開に平静を装いながらも戸惑っていた。今自分が座っている場所が、初めて訪れた女子の家であるという事でも、彼は落ち着かなくなった。
「まぁうん、元気だよ……久しぶり、昔から変わってるね」
紅茶を口にしながら、望は日々乃の広い肩幅をじっと見つめた。
「あー、身長は爺ちゃんが測ってくれてたなぁ……去年で確か、163センチだったかな」
日々乃は肩を回し、望の視線に目を向けた。望は頬を赤くし、日々乃の顔へと咄嗟に目線をあげる。
「昔はチビで泣き虫だったのに、けっこう背が伸びてる……」
「ん? そりゃ、9年も経てば……」
日々乃は、傷跡のある目元に手をそえた。
「そうだ、島の生活はどうだった?」
俯きかけた日々乃の心情に気づき、望は話題を変えた。
「あぁ、何から話そうか……特訓は厳しいし、英語の勉強はよく分からねぇし、動物は生き物の友達がたくさんいて楽しかったし……」
日々乃の手が傷から頭へと移り、髪をかきはじめる。望はその様子を微笑んで見つめた。
「和待は、今までどうしてた?」
「ふふっ、望でいいよ」
望は微笑み、ベランダから見える町の景色を見渡した。
「あれから色々あってね、この町に戻ったの。伯父さんの手伝いとかしたりしてね……最近だとね、これでも子供たちに勉強教えてるんだ♪ 子供たちに、この町の歴史とか、散歩しながら教えたりしてね。この町には思い出たくさんあったから、少しでも町の助けになれたらなって……」
二人は町の景色を眺め続けた。あの頃から変わった場所は色々あれど、この瞬間、二人でよく遊んだ仲に戻れた気がした。
望とこれまでの生活を語り合い、時刻は13時となった。望は買物があるからとあたふたして宿を出る。後ろを振り向き、はにかみながら手を振って走る望に、日々乃も玄関で手を振り、彼女の姿を見送った。
「日々乃くんはどうする? 暇なら、俺がドライブに突き合わせるぜ」
「あ、ありがとうございます」
「おう! 身支度用意しな!」
日々乃はこうして市一帯を回った。かつて市に住んでいた記憶の風景が、風に当たるボックスカーの窓から見わたせる。
ブウォォォォン……
しかし、後ろで拡性兵の駆動音が鳴り響く。その音は、日々乃の思い出から炎の匂いを感じさせた。
知ってるような、だけどやはり知らない人たちの顔も日々乃は逐一目で追った。彼の記憶にある知り合いで、この町に残っている人数がどのくらいか分からない。
子供を連れた買い物帰りの母親の姿が目に写る。和待・望は浜辺で子供達の世話をしているらしい。
和待望は昔から世話焼きだった。誰も引き受けない掃除や大人や神社の手伝い役割を自ら引き受け、困ってる人物がいれば見過ごせない、ヒーロー遊びをよくする少年に対しても、“あの少女”と一緒にいてくれた……。
「少女……確か……」
ボックスカーが、神社の前で止まった。
「こっから先は【ゲート】があって通れねぇ。山も同様だ、この先は立ち入り禁止区域だ。この辺りを通る理由なんて神社の参拝ぐらいだけどよ、一応覚えておきな」
この先には行けない。この先は──
「あれ……確かここは……」
日々乃はこの先に何があるかを知っていた。
この先の山のふもとには、かつて皆で遊んだ小屋があったハズだ。
「僕……の名……」
その時、日々乃の目の前に人影が見えた。長髪の、日々乃と同じぐらいの背だ。
日々乃は何故か、その後ろ姿に既視感を覚えた。
「あのー……」
日々乃はつい声を出してしまった。
人影はハッとしたように山奥を走る。
「あ、待って!」
日々乃はつい追いかけた。
「おい、日々乃!? 一人でどうした!? そっから先を行くんじゃねぇぇぇ!!」
「すぐ戻ります! すみません!」
日々乃は後ろを振り返らず、山を駆けあがった。
「ハァ……あの顔……」
一瞬振り返りコチラを見た顔、日々乃はその顔を知っていた気がした。
少女を追いかけ山を登った日々乃は、森を抜けた先の光景に言葉をなくす。
まるで抉られたように、日々乃の立つ崖から先は地平線だった。かろうじて建物らしきものが、遥か向こうの土煙の中から見える意外は全くと言っていいほど、何もなかった。
「ここから先が……オーガロイドの支配する世界……」
ふと、日々乃は地平線の先に光が起きるのを見た。
それが爆発だと気づく前に、日々乃の目の前が影に染まる。
「あ」
そしてその瞬間、日々乃の体は下に落ちた。
日々乃が最後に見たのは、巨大な怪獣であった。
「オーガ……ロイドォォォォォ!」
──爆炎に包まれる港町──
──炎の中を暴れまわる怪獣──
──ソイツらは共通して、鬼の如く大きな角が生えていた──
──ウガアアアアアアアア!──
日々乃は目を覚ます。
土の中でではない。どうやら生き埋めにはならなかった。
「ここは一体……俺は確か土砂崩れに巻き込まれて……何で土砂崩れが……」
日々乃は思い出す。あの時、山を通り過ぎた巨大な存在を。
「そうだ! 皆に知らせないと! アイツらが、俺たちを壊したアイツらが!」
同じ失敗は繰り返したくない。そう思い、日々乃は外に出れる場所を探そうと周りを見わたす。
辺りは暗いが、日々乃の目は徐々に慣れてきた。どうやら倉庫らしい場所のようだ。それも、ただの倉庫でないらしく、天井の間隔が遥か上だった。
そして目の前のモノに、日々乃は気づいた。
「これは……!?」
それはロボットだった。正座で座り、巨大な腕はだらりと下がっている。
「拡性兵……!?」
拡性兵と、日々乃はそう仮定した。
だがその姿は、拡性兵に全く詳しくない日々乃でも、異質であると感じた。
ここはどこで、この拡性兵は何なのか。
拡性兵らしきロボットに、日々乃は近づく。言い知れぬ迫力と力を、ロボットに近づくにつれ日々乃は感じ取る。
──同時刻、オーガロイドが5体、煌露日市に侵入した。
拡性兵の進軍するゲートを猛スピードで突入、内3体を倒したものの、重傷を負わせた拡性兵の部隊を背にし、残り2体のオーガロイドが、市に鳴り響く警報と共に破壊を開始した。
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