第59話 僕は男で姉は兄 @4
「――女の子同士のボク達が、男同士でイチャイチャ出来る極レアイベントの邪魔をしないでくれないか!?!?」
ダメだやっぱり意味分からんわ。
クオンちゃんは瞳を大きく見開きながら、強い――それはもう此方に頭痛を与えてくるくらいの強い意志を込めて、声を上げるのだった。
不思議な感覚である。
彼女が話しているのは本当に日本語なのだろうか、と疑問が浮かび上がる程度には、僕の脳ミソはその言葉の受け入れを拒むのだ。
平静を取り戻すべく空を見上げたい気持ちになるが、しかし今のクオンちゃんから目を離すのは不安に過ぎる。
何されるか分からない。
というか何されてもおかしくない。
具体的には服を剥かれたりとか、物理的に舐め回されたりとか。
いやVR中で強引に服を脱がせるなど決して出来るはずもないけれど、それでも尚、クオンちゃんは僕に恐怖を抱かせるには十分過ぎる圧力を放っていた。
「ク、クオンさん、一回落ち着こう。別に僕らは男同士じゃないから」
――僕は男だけど、とは勿論言わない。
しかしそれはそれとして、冷静になって貰う必要はあった。
「いや。
「ねぇ僕に何するつもりなの?」
メス堕ち的な?オス堕ち?やめてよマジで。
クオンちゃんの瞳が狂っていることに、今更になって僕は気づく。
どのタイミングからかは分からないが、彼女の視線は僕を「食べる」ような意志を放っており――端的に言えば犯されそう、とでも言い表すべきだろうか。
足が震える。
どストレートに生命の危機である。
助けてイノリお姉ちゃん。
ここまで強く人に助けを求めるのは、僕の人生においては初めてかもしれない。
「カナエさん、逃げてください。……ここは私が」
「イノリ……、お姉ちゃん……っ」
あまりにも頼りになり過ぎるその雰囲気に流され、つい無意識に僕の口から飛び出たお姉ちゃん呼び。
「ん、んふ……っ。ちょ、ちょっと今はやめてください」
しかしイノリちゃんはあまり嬉しそうでは無かったので、止めておくことにした。
ふと正面を見ると、鼻息を荒くしながら徐々に体勢を低く変えていくクオンちゃんの姿に気づく。
誰がどう見ても走り出す直前の構えである。
悠長に話している時間は無さそうだ。
「――さぁカナエさん、走って!!」
「……うん!」
僕は二人に背を向けて、全力で駆け出した。
全てのプレイヤーが等速と言われる「全速力」で、思い切り地面を蹴り抜くと、硬い感触が足裏に伝わるのが分かった。
そして二人との距離が一気に開き、彼女らの声が遠くなる――
『待ってくれカナエくん!!』
『ここは通しませ――って、え!?貴女なんか足速くないですか!?ちょ……っ、待ちなさい!!!』
――遠くなる、ことはなく。
むしろ迫られていた。
「な、な……!?」
僕は言葉を失い、驚きを零す。
LoSの中で「僕よりもクオンちゃんの方が足が速い」、という事実は僕の理解を超えていた。
誰もが同じ速度でしか走れない、なんてことは全てのプレイヤーにとって常識であり、距離を詰めるために必要なのは「キャラクターコントロール」と「地形の理解」、この二つだけの筈だ。
しかし間違いなくクオンちゃんの移動速度は、通常のそれより遥かに速い。
「な、なんで……っ!?」
僕は自慢のキャラコンでどうにか距離を維持するものの、これでは掴まるのは時間の問題である。
「カナエくんカナエくんカナエくんカナエくん!!!!!」
「ひぃ!?」
走れ走れ殺される。
あそこに居るのはクオンちゃんじゃない。きっと悪魔の成れの果てか何かだ。
そして、どれだけの時間を逃げ回ったか――或いは数秒の可能性もあるが、とにかく時間感覚が無くなってきた頃。
「――よっと。この辺か?速度上限を大幅に超えてるプレイヤーが検出されたのは」
星屑 箒。
唐突に彼が現れた。
「箒君!?」
「ん、おう。カズ――カナエか。どうしたこんなとこで」
「い、いやそれはこっちのセリフだけど……」
箒君はキョロキョロと周りを見渡しながらも、僕との会話を継続する。まるで何かを探しているかのようではあるが、僕にはその目的までは分からない。
というかさりげなく全力疾走の僕と並走している辺り、箒君も相当にLoSをやり込んでいるのだなと理解した。
「俺はまぁ……大した用じゃねぇんだけど、ちょっと人探してんの。この辺でやけに足の速い奴見なかったか?」
「足が速い人?それなら僕らのすぐ後ろに居るんじゃないかな」
「……ん?あぁ本当だ――ってマジで滅茶苦茶に速ぇななんだあの化物!?つか顔こわっ!」
「い、一応配信中だから化け物呼ばわりはやめてあげて……。クオンちゃんのファンが怒りかねない」
「お、おう。悪い気をつける。……つかなんであんなのに追われてんだお前。リアルの知り合いか?」
「いやリアルは知らないよ、Vtuber友達。追われてる理由は僕もちょっと分からない。というかきっと誰にも分からない」
「……大変だなVtuberって」
そんな慰めの目で見るなよ、一応楽しんでやってるんだから。今の状況は地獄だけども。
「まぁいいや、俺は俺の用事を済ませてさっさと帰る。カナエはカナエで頑張れよ」
「え、この状況を見て助けてくれないの?放置?」
友達だろ僕たち。困った時はお互い様じゃないか。
「……助け、なぁ。取り敢えず少し待てよ」
何を待てと言うのだろうと僕が疑問に思っていると、箒君は駆けながらクオンちゃんの方に振り向く。
そして、
「――特殊コード《
と、配信が拾わない程の小声で何かを呟いた。
すぐ横にいた僕ですら聞き取れないくらいだった為、きっと誰かに向けた言葉ではないのだろう、と僕は理解する。
「今、なんて言ったの?」
「あー?気にすんな。……って、おぅマジか。あれチートじゃねぇのか……」
「?……どういうこと?」
「……。俺はこのゲームの攻略班的なこともやってんの。グリッチの調査とかな。今回は新しいチート野郎かなー、と思って此処まで来たけど、違ったわ。帰る」
「え」
「じゃあなー」
「え!?……ちょちょちょ待ってよ!!結局助けてくれないの!?せ、説明!説明が足りない!」
僕は箒君の足に縋り付き、死に物狂いで救いを求める。せめて僕の盾になって死んでくれ。
箒君はめちゃくちゃ嫌そうな顔で僕を見るが、しかし唐突に現れて唐突に帰る、という行為自体にある程度の申し訳なさを感じ取ってくれたらしい。グチグチと文句を垂れながらも、ゆっくりと口を開く。
「……しゃーねぇな。あの女が、どうやって速度上限超えてんのかだけ教えてやるよ」
「わ、分かった」
元からクオンちゃんとは無関係の箒君に求めるラインとしては、ここらが妥協点だろうと僕は判断。それ以上は諦めることにした。
「……つか俺もあんなのと関わりたくねぇんだよ。なんかあの女、見覚えがある気もするし」
「何か言った?」
「別に」
ふと微かに聞こえてきた言葉につい疑問を挟むが、しかし箒君の「それじゃパパっと説明するな」という言葉を聞いて、頭を切り替えることにする。
「まずこのゲーム――LoSが、どうやって全員の速度を揃えてるか知ってるか?」
「知らない」
「だよな。まぁ簡単に言っちまうと、ログインの度に『プレイヤー毎のリアルの足の速さ』を計測して、それに合わせた調整を掛けてんだ。理由とかの説明は飛ばすが、とにかくその方が身体を動かすときの違和感が少ないんだよ」
「……へぇ」
「当然、誤魔化したりは絶対に出来ねぇ。VRに入るときには身体情報と、脳の浅層情報が必要になるからな」
なんとなく言いたいことは分かった、が。それがクオンちゃんの現状とどう関係するのか、僕にはイマイチ見えてこない。
「は?何ポカンとしてだよ。まだ伝わんねぇのか?」
「え?どゆこと?」
箒君は溜め息を吐く。
「お前、100m何秒で走れる?」
「100m?……えっと、11秒くらいかな」
「マジかお前。こんなゲームしてないでアスリート目指した方が良いぞ」
「LoS面白いし止めれない」
「……そうか?へぇ、そっか。ほーん」
「これ何の話?」
「……いやすまん、脱線した」
一瞬、箒君が珍しく嬉しそうな表情を浮かべたように思えたが、勘違いだろうか。
「話を戻すが、お前いきなり『じゃ次は9秒で100m走ってねー』って言われて実行できるか?」
「無理に決まってるでしょ。世界記録だよ」
「お前の場合はそうだが……。とにかく、練習も無しに急にタイムを何秒も落とせって言われて出来る奴がいると思うかって」
「それは無理……でしょ。気合いで誤差くらいは変わるかもしれないけど」
「そうだな、俺もそう思う。――ちなみに後ろのあの女は気合いだけで3秒くらい縮めてる訳だ。……お前、何したんだ?」
「……男装?」
「いや本当に何してんだよ」
なるほど、やっと僕にも理解出来た。つまりクオンちゃんは僕を追い求めるあまり、文字通り「限界を超えた」のだと。
『カ”ナ”エ”ぐぅぅぅん!!!!!』
そう聞けば、あの鬼のような形相も致し方なしと思えてくる。
「……もう捕まってやれば?」
「僕に死ねと?」
優しさを履き違えてはいけないし、その優しさの果てに待ってるのは僕の絶望だけである。
「じゃ、あとは頑張れよー」
「ちょ、待っ――」
そう言うと、無常にも箒君は僕の目の前から姿を消すのだった。
結局状況は、最初と何も変わらない。
あいも変わらず、僕、クオンちゃん、イノリちゃんの順で街を全力疾走である。この辺りは人通りが少なく、他人に迷惑を掛けずに済んでいるのが不幸中の幸いではあるが、ベースの不幸が壊滅的過ぎた。
「くそっ、何か打開策……っ!!!そうだ、コメ欄!」
【無理】
【無理】
【無理】
【無理】
「満場一致やめろボケ!!」
ダメだ、今のコイツらは使えない。きっと僕が捕まるのを期待してやがるんだ。
いや、何割かは真面目に考えた上で「あのクオンから逃げきるのは絶望的」と判断した可能性もあるが。
とはいえ実際のところログアウトすれば良いだけの話だとは分かっている。しかし僕は視聴者の皆に、「18時から20時まで配信するよ!」と宣言したのだ。
その約束を破るなんて、Vtuberの意地にかけて決して出来はしない。
「畜生……!だ、誰か……っ、僕を助けて……」
半ば諦めの混じった心からの叫び。
あぁ僕は心も身体もオスにされちゃうんだと、そんな悲しみに溺れる中――
「何してるのカナエ。鬼ごっこ?私も入れて?」
突如。
LoS最強の一角。七夕 氷が現れた。
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