第57話 僕は男で姉は兄 @2
僕は男だ。
カナエだの美少女Vtuberだのといっても、結局のところ僕の正体は男なのだ。
好きな相手は女の子だし、その子と二人きりになれば緊張だってする。
加えて言えば、同性愛の素質は一ミリ足りとも持ち合わせていないと断言出来るし、とはいえ男同士の友情って奴は知っていると思う。
今までに何度道幸を見捨ててきたのか、そしてどれだけ箒君を殴り飛ばしてきたのか覚えていないが、とにかく友情は存在するのだ。
「失恋の傷を癒すため」という、冷静になればよく分からない理由で始めた、この美少女Vtuberカナエ。
勢い九割で開始したのは間違いないけれど、しかし僕はカナエを生み出したことを後悔してはいなかった。
なんだかんだと言いつつも、やはり可愛い可愛いと持て囃されるのは、不思議な感覚ながらも楽しめているのだと思う。
画面の向こうにいる僕のファンが、果たして男か女かすらも分からないが、それはそれとして僕の何かしらの欲求を満たしていたのは否定しようもなかった。
だがしかし、である。
再度繰り返すが、僕は男だ。
女の子としてチヤホヤされるのも嬉しいが、男としてチヤホヤされるともっと嬉しいのだ。
つまり何が言いたいかというと、「可愛い」よりも「格好いい」と言われる方が、僕は好きなのである。
もう少し分かりやすくいえば、「カッコイイ素敵大好きー」というコメントを見たいんだよ僕は。
ここで改めて、僕は僕の現状を見直してみる。
男らしい金色のショートヘア。
紛れもない男服。
完膚無きまでの男装。
アバターパーツはカナエのまま弄っていないし、髪色もカナエであるため、『一叶』そのものにはならないが、しかし普段の僕にそこそこ近い姿だった。
これはチャンス。
僕が僕として――要するに男としてチヤホヤされる、一世一代のチャンスなのだ。
決して失敗は出来ない、と僕は思う。
と言っても、大した不安を感じている訳ではなかった。
何故なら
めちゃくちゃ可愛い
そんな自信を胸に抱きながら、僕は堂々たる出で立ちでメイキングルームを後にし、転移を用いて元いた場所へと戻った。
男装版カナエのお披露目だ。
僕は光の玉にキリッとした視線を向ける。キメ顔。ウィンク。etc。
さぁ僕を褒め讃えるんだ視聴者達よ。
「カッコイイ!」とか「イケメン!」とか、そんなコメントを期待しながら僕は――――
【あれ?なんか微妙】
【可愛さを中和して微妙な感じになったな】
【そこそこ整ったモブ】
【誰だお前】
【クオンの引き立て役にはなれそう】
「……は?」
――予想と異なる反応に、呆然としてしまった。
しかし僕が固まろうとも、容赦の無い言葉の暴力は止まらない。
【カナエ、男の才能ないな】
「おおお男の才能がない!?」
コイツとんでもねぇこと言い出しやがったぞ。
それ男である僕に言うセリフではなくないか。
それともなんだ、僕が生まれ持った性別を間違えたとでも言いたいのかお前。
生まれた瞬間から人生の選択を間違えたみたいな言い方やめろよ。
「いやいや……どうしたのさ皆。いつもみたいに褒めてくれて良いんだよ?」
【自分に嘘はつけない】
【別にブサイクではないよ】
【仄かに可愛い感じはするけどな】
「ま、待っておかしいでしょ!美少女が男装したらイケメンになるって相場で決まってるじゃないか!」
【俺もそう思ってた】
【なんか地味なんだよ】
【クラスに一人は居る感じ】
【すれ違っても絶対に気づかない】
「くそ、言いたい放題だなお前ら……っ!いくら僕が温厚でもそろそろ怒るぞ!?」
【良いからさっさと元の格好に戻ってよ。何が好きで画面越しにモブキャラ見なきゃならんのさ。時間の無駄】
「てめぇコラ
僕の男姿を否定するのは、要するに僕本来の存在を否定するようなものだ。
ちくしょう、文句言った奴全員許さねぇからな。
「……っ、でも、納得せざるを得ない……っ」
僕はそんな怒りに身を焦がしながらも、しかし同時に現実を理解しつつあった。
何故ならリアルの僕は、別にモテたりしないから。
今までに容姿をバカにされたことは無かったが、しかしカッコイイと褒められたことも無かった。
告白された経験など一度もないし、人生でたった一人にだけ向けた告白も無惨に断られている。
もし僕が男として魅力的な面構えをしているのであれば、もう少し順風満帆な恋愛ライフを送れていたのは間違いないし、またそもそも失恋なんて経験をすることもなかったのだ。
……そっか。
どうあっても僕はイケメンにはなれないのか。
【いやそんな泣きそうな顔すんなよ……】
【雰囲気は悪くないって】
【服装がカナエに合ってないだけかもしれん】
「急に慰めないでよ!!むしろ傷つくんだよそれ!!」
いっそ貶せ。
諦めもつくから。
両手両膝を地面につきながら、ズーンなんて効果音を響かせるように僕は絶望に浸る。
もしかすると美少女Vtuberは僕の天職だったのかもしれないな、なんて思考がぼんやりと浮かんでいた。
ふと、僕の正面から一人分の足音が聞こえてくる。
その音は徐々に大きくなっており、恐らくは僕に近づいてきているのだろう。
「カナエくん……?」
それはクオンちゃんの声だった。
一心に地面のシミを数えていた僕の頭上から、困惑混じりの呼び掛けが落ちてくる。
その声の中に疑問の色が見えるのは、間違いなく僕の服装のせいだろう。僕はこんな格好を他の誰に見せたこともないし、男装するなんて宣言したことも無かった。
僕は呼び声に応じて、ゆっくりと顔を持ち上げる。
そこには当然のように、
「……不公平だ」
「い、いきなりそんな親の仇みたいな瞳で見つめないで欲しい。ボクもどんな顔をしたら良いのか分からない」
ごめんね、クオンちゃんに罪はないけどやっぱり本能が拒絶を叫ぶんだ。
「クオンさん、その格好ではあんまり僕に近づかないでくれると嬉しいかな。……比べられる」
「何の話だろう?胸のサイズかい?」
追撃やめてよ。違うけどそれも正解だわ。
男としてもだけではなく女としても敗北してるんだぜ、と高らかに宣言されたらもう生きていける気がしない。
涙を必死に堪えながらクオンちゃんの様子を伺っていると、その周囲に配信用の光の玉が見えないことに気づいた。
どうやらクオンちゃんの配信は既に終わっているらしい。
つまり結果論ではあるが、僕は無意味に男装して勝手に自滅した、ということになり特に何かを得る訳でもなく心の傷だけを負った、と。
なんて不毛なのだろう。
「ねぇクオンさん。僕のこの格好……、どう思う?」
「……え?いや、驚いた……かな。同好の友人を見つけられて嬉しい、という気持ちもあるけれど」
「そういう話じゃなくてさ。
「……」
「クオンさん?」
「……。……あ、ああ。カナエくんはどんな服だって似合うよ」
「そっか。じゃあ僕、これからの配信はずっとこの服装で――」
「絶対にダメだ!!!」
「!?!?」
恐ろしい程に鬼気迫る表情で拒否された。
【必死だ】
【いつも余裕を崩さないクオンが全力だ】
【余程嫌なんだな】
「あ、……いや。すまない。ボクとしたことが……」
「別に……気にしてませんし……」
そんなにダメだろうか。
男としての僕はそこまで魅力が無いのか、と僕は虚しさを感じ始めていた。
「ち、違うんだカナエくん。これは普段のキミが可愛すぎるという話であって、今の姿だって十分に魅力的だよ。そう……例えるなら、ドレスを纏ったシンデレラとボロ布を身につけたシンデレラを比較するような……」
「ボロ、布……。これボロ布……?」
「あ、や、待って……違う……。そうじゃなくて……っ」
【クオンさんがワタワタしてるの初めて見た】
【珍しく意味分からないこと言ってるし】
【素材は良いって言いたいんだろうな多分】
クオンちゃんは誤魔化すように手を振りながら、どうにか言葉を選んでいる様子だ。
僕としてもクオンちゃんを困らせたい訳では無い為、この辺りで元の衣装に戻るべきかもしれない、と思いつつあった。
しかしメイキングルームへ転移する直前。
「そ、そうだ。ボクがカナエくんをコーディネートするというのはどうだろう?これでも男装に関しては精通しているつもりだ。少しは力になれると思う」
クオンちゃんから、一つの提案を投げ掛けられた。
その言葉を聞いて、ふむ、と僕は悩む。
正直に言って、可能性を感じる提案ではあった。
僕は男として生活していくことを若干諦めかけていたが、しかしクオンちゃんにアドバイスを貰えるのであれば、まだワンチャンあるのではなかろうか。
クオンちゃんのセンスに関しては疑いようもないし、その力に頼ればこんな僕でも多少はマシになるのかもしれない。
またリアルでの服選びの参考にもなりそうだし、僕にとっては利益だらけの話だ。
【……ん?これ実質カナエの着せ替えイベント?】
【色んな衣装を見れるのでは?】
【待ってください。それはズルいです】
【神回の匂いがする】
逆にクオンちゃんにメリットなんて無さそうに思えるが、甘えてしまってもいいのだろうか。
「ほんとに?迷惑じゃないかな?」
「迷惑だなんてとんでもない。是非ともボクに任せて欲しい」
なんて優しい姉なのだろう。
いや今ばかりは兄と呼ぶべきか。
配信直後の疲れているだろうタイミングで、クオンちゃんの時間を奪うことに申し訳なさを感じるが――
「――お願いします!僕をカッコよくしてください!」
僕は
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