第56話 僕は男で姉は兄 @1
あれ、どうしてこんな状況になったんだろう?なんて思考が生まれたときには、もう手遅れだった。
今の様相を端的に示すなら、両手に花――もとい両手に美男子。
僕は
やめて僕の為に争わないで、というセリフを吐くべきタイミングとしてはまさに今である。
ともすれば少女漫画によく現れるこの修羅場、憧れを持つ女の子も多いのではなかろうか。
しかし見た目こそ女の子である僕だが、その精神には日本男児が宿っているわけで、従ってイケメンに奪い合われる現状に幸せを見出すのは難しい。
僕としてはこの役目を誰かに代わって欲しいくらいではあるが、勿論そんな望みが叶うはずもなかった。
「カナエさん、私が貴女を幸せにしてみせます。――私の人生、全てを賭けて」
「どうかボクを選んで欲しい。絶対に後悔はさせないよ、カナエくん」
男服を身に纏う二人に左右それぞれの手を握られ、そして膝をつかれながら、僕は言い寄られる。
まるで告白現場のようですらあるが、もう言ってしまえばその通り。
僕は二人のイケメン――男装したイノリちゃんとクオンちゃんに、僕は結婚を前提にしたお付き合いを求められていた。
ああ本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
LoSの街中を、
このゲームの街並みは定期的に様相を変えるため、周囲を眺めて動き回るだけでも中々に飽きない。
ここはただでさえ一つの街として成立している、果てしなく広大なマップである。
ある程度の転移地点が用意されているからこそストレスなく遊べているが、もし全て徒歩で移動しろなんて言われたら、試合に参加する前に疲れ果てるのは目に見えていた。
そんなマップがちょくちょく姿を変えるのだから、全容を把握するだけでも中々に骨が折れる。
曰く数千人がプログラムを弄り回しているなんて噂すらもあるが、その真偽を判断する術を僕は知らないし、同時にどうでもいいかなぁというのが本音であった。
さてそんな馬鹿にみたいにデカいフィールドであるが、あてもなく歩いているとは言ったものの、意味もなく歩いている訳では無い。
「え、あんな建物あったっけ。いつ追加されたのかな?」
【かなり前だよ。season3にはあった】
「ホントに?全然気づかなかったなぁ」
それは散歩配信。
言ってしまえばただの雑談と大した違いはないのだが、カメラ代わりとなる光の玉と一緒に歩き回ることで、画面の向こう側の人たちからすると、まるでデートをしている気分になるらしい。
光の玉は僕の声を聞き取り適切な視野操作を行ってくれるため、相当にリアリティある擬似デート配信を演出してくれるのだ。
「……ん?」
そんな訳で僕はLoSの街並みをふらふらと巡っていたのだが、ふとある人物を見つけて足を止める。
僕と同じように光の玉を浮かせており、 配信者であろうことは一目で分かった。
どうやら僕と同じく散歩配信の最中のようで、その人物はのんびりと歩きながら、真横で浮かぶ光の玉に向けて話しかけていた。
恐らく男、である。
そしてその容姿は美男子と評しても、誰一人と文句は言わないだろう程に整っており、男である僕でもほうと息を吐くレベルだった。
ただ何故かその立ち振る舞いに見覚えがあり、僕は「はてあんなイケメンの知り合いなど居ただろうか」と不思議に思う。
しかし一歩一歩と近づくうちに、僕は徐々にその正体に気づいていった。
「あれは……クオンちゃん?」
通称「カナエの二人目のお姉ちゃん」である。
服装こそ男物ではあったが、一ミリも「クオン」を隠すつもりのない立ち姿で、正体はすぐに分かった。
『さて、何処か行きたいところはあるかい?ボクがエスコートしよう』
クオンちゃんの声が僕に届く。
光の玉をかなり意識して会話する様子から考えるに、シチュエーション系のデート配信なのだろう。
視聴者一人一人を彼女として扱うかのように、クオンちゃんは言葉を紡いでいた。
元来女性ファンの多いクオンちゃんではあったが、やぁなんとも納得のいく配信形式だなと思う。
コメ欄の人達もクオンちゃんに気づいたらしく、話題もそれに沿っていった。
【イケメンは滅べという感情と、ボーイッシュ美少女最高という感情が入り交じってとても複雑】
「難儀だね」
言いたいことは分かるけども。
僕は王子様然と微笑むクオンちゃんを見ながら、話しかけていいものかと少し悩む。
本音としては一緒に遊びたいところだが、配信の邪魔をしてしまうのも申し訳がないと思ったのだ。
特に今回に限っては雰囲気を重視する、シチュエーションを練られた配信。
画面に映り込むことすら抵抗を感じていた。
「うむむ……。どうしたものかな」
【配信終わるの待てば良いんじゃね?あのタイプの配信はそんなに長時間やらねぇよ】
「へぇ、詳しいんだね」
【そりゃお前、俺はイブキの200万人の彼氏の一人だからな。常連よ】
「……あぁ。イブキちゃんもシチュ系やってるのか」
遠回しに伝えられた思わぬ情報に僕は苦笑いする。
光の玉を彼氏と見立てて一挙一動を組み立てるなど、僕には到底できそうもなかった。
そもそも僕は男だから、そんなことしたくもない、なんて気持ちが強い訳だが。
しかしそんな僕の思惑に反して、コメ欄の話題はズレていく。
【カナエさんにも今度やって欲しいです】
「えぇ……。いや、えー……」
本当に乗り気ではない僕だが、コメ欄はその一言を皮切りに盛り上がりを見せる。
【やるなら自宅デートかな】
【デートっていうか家で妹とイチャイチャする感じ】
【やっぱカナエは妹シチュだよ】
【いい子いい子されたいです】
「うえー……」
みんなの欲望の発露に、僕はややげんなりとする――が、まだまだ序の口だったらしい。
【俺の股間をスフィア・シップでぶち抜いてくれ】
「やめろ」
【痛覚オンで】
「死ぬよ?」
僕に睾丸を差し出して一体何するつもりなんだよ。
とんでもねぇ勇者の出現と共に性癖暴露大会が始まる予感がしたので、僕は話を戻すことにした。
「……で、クオンちゃんのことだけど。少し待っても良いかな?」
【いいよー】
【どうせ暇を持て余して見てる俺らだからな】
【散歩配信なんて、元から目的とかないですし】
寛容な視聴者の反応を見て、僕はファンに恵まれたなぁなんて思うが、同時にとんでもねぇ変態も引き寄せてしまったことを後悔していた。
そんな風に大多数が許容を見せるコメ欄だが、しかし僕はその中から一つ色の違うコメントを見つけ出す。
【カナエも男装すれば、雰囲気壊さずに突撃出来るんじゃね?】
「……っ!!」
それは画期的なアイデアだった。
僕が「雰囲気を壊すかも」と考えた理由の大半は、僕の姿が女の子であることに由来する。
彼氏とのデート中に、知らない女が会話に混じってきたらそりゃ鬱陶しいに決まっているだろう。
だがしかし、もし僕が
それは彼氏の友人参入という、特殊イベントへの突入にほかならない。
「……それ、ありだね」
【ありなの?】
【落ち着けカナエ】
【ありじゃないから】
【意味わからん】
しかも僕の本来の性別は男。
カナエとして過ごすために幾らか顔のパーツを弄ってはいるものの、ベースはそのままだし、身体の使い方も男のそれだ。
きっと違和感なく溶け込めるに違いない。
男なのに美少女化してからの男装とかいう意味不明の奇行ではあるが、今この瞬間に限って言えば合理的な判断なような気がしないでもなかった。
「それじゃ男装してくる!!!」
【待てカナエ】
【マジか】
【ええ……】
【クオンの女性ファンはヤバいって】
そして僕は髪型と衣装を変えるべく、メイキングスペースへと瞬間移動するのだった。
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