第55話 僕らのライバル的な何か @2
「ただ、その。私にお礼をするのも謝罪をするのも構わないのですが、それは私よりも『一叶』さんに伝えるべきでは……?」
突然に名前を呼ばれ、僕はついビクリと震える。
それは別に厳しい口調というわけでも、冷たい声色というわけでもなく、ただ純粋に「そうした方が良いかも」という気遣うような言い方であった。
僕としては「そんなの必要ないよー」、という答え以外に思いつくセリフもないのだが、しかしてやはりカナエとして口にする訳にもいかず。
とりあえず「イノリお姉ちゃん、何のお話をしてるのー?」と妹っぽい感じで切り抜けることにした。
イブキちゃんは、頬を掻きながら身体を僕らに向き直す。
「いや、……あはは。それは私も思ったんですけどね?……実は私、男の人と直接お話するのがそれはもう苦手なんですよ。つい余計なこと口走りそうで、恩人の方と顔を合わせるのはちょっとて感じでなんです。嫌な気分にさせてしまいますよ恐らくきっと間違いなく」
「苦手、ですか」
「……ええはい、お恥ずかしながら。何かお礼はしたいと考えてるんですけど、如何せん社交性が雑魚でして。住所でも分かれば、大量のシュークリームを送りつけるのですが」
「ふ、普通に怖がると思うのでやめてあげてください」
若干引き気味のイノリちゃんだった。
というかどうしよう、ホントに大量のシュークリームが届いたら。
甘いものは嫌いではないけど、冗談抜きに食べ切れない数のシュークリームが届きそうで恐ろしい。
イブキちゃんとは軽く話しただけではあるが、僕は既に常識がズレている雰囲気を感じ取っていた。
「……ん、……一叶さんの住所、ですか」
ポツリと、イノリちゃんが呟く。
そもそもイノリちゃんが僕の住所を知っている筈などないのだから、大量のシュークリームを恐れる必要などなかったな、と少し遅れて思い至る。
「ちなみに私は、近いうちに一叶に会いに行こうと思ってる」
「「え?」」
七夕さんが軽い拍子で話したその言葉に、反射的に驚いたのは僕とイノリちゃん。
まるでリアルの僕の居場所を知っているかのような言い方だった。
「あ、会いに行くってどうやって……?」
「…………秘密」
怖っ……。
一体どんな手段で僕を見つけ出すつもりなのか――もしくは既に見つけているのか。
イブキちゃんに僕の住所を教えないあたり、そこまではバレていないようだが、しかし何とも背筋が冷える。
どういう訳か、七夕さんの言葉を聞いてイノリちゃんも頬を強ばらせていた。
「ま、まぁとにかく私は気にしていませんよ。イブキさんが許したのであれば、私が何かを言う必要もありませんし」
「イノリはとても寛容なんだね。私Vtuberの中じゃ、あなたのことイブキの次に好きかもしれない。イブキとは圧倒的な差はあるけど、それでも二番目にはギリギリ入ると思う。ギリギリ」
両手を合わせてイノリちゃんをジッと見つめながら、半ば挑発にも聞こえる褒め言葉を口にする七夕さん。
二人は目を合わせたまま数秒の沈黙に呑まれる。
そしてその空気を破るように、イノリちゃんが――
「……なんというか、程よくムカつきますね。余計な言葉が多いというか」
――とんでもねぇ本音をぶちまけた。優しい笑みを浮かべながら。
七夕さんは落雷に打たれたような、絶望的な表情でイノリちゃんを眺めている。
イノリちゃんってば、割と思ったこと言っちゃうタイプだったなぁ、と僕は思い出すように苦笑いした。
本質的な部分で、イノリちゃんと七夕さんの相性は良くないのかもしれない。
「……イブキ。私ってムカつかれるタイプ?直した方が良いのかな?」
「大丈夫です!氷はそんなところも可愛いのですから!」
「イノリ。私は悔い改めない。こういうところが可愛いので私」
「やっぱり
「……っ!?」
この二人、絶対に喧嘩しない代わりに絶対に仲良くはなれない気がした。
仲が悪いわけではなさそうだけど、なんというか和気あいあいとしている姿は微塵も想像出来ないのだ。
「それで……その、そちらの用事は終わった、んですかね?」
なんというか会話に混じりづらくて黙りがちだった僕ではあるが、七夕さんの癖が思った以上に強く、このままだと話が進まないと判断して介入することに決めた。
僕の質問を聞いた七夕さんは、目をぱちくりとさせつつ改めて話し出す。
「いや。うん。忘れてた。もう一つ言いたいことがあった。大事なこと」
「え?何を言うつもりなのですか?私、聞いてませんよ氷」
「気にしないでイブキ、これは私が言いたいだけ」
「?」
なんだろう、と僕は七夕さんに注意を向ける。
イブキちゃんすらもキョトンとしていて、状況が掴めていない様子。
七夕さんは僕ら三人の視線を一身に集め、いわば僕ら四人の中心となった。
そんな中、七夕さんはムフンと鼻を鳴らし、洋々と――
「これは宣戦布告。私がイブキをプロデュースして、イノリを超える世界一のVtuberにする。この世で一番可愛いのはイブキなの。覚悟してねイノリ」
――これまた、とんでもねぇことを言い出した。
イブキちゃんは寝耳に水とばかりに、目と口とをあんぐりと開く。
まるで「え、なに?一体なにを言ってるのですか?」、なんて声が聞こえてくるようだった。
ところがそれはそれとして、一番不味いのはイノリちゃんの反応だ。
「……は?今なんて言いました?」
余裕でガチギレ。
僕ですら未だかつて見たことが無いほどの激おこであった。
先程まではムカつくと言いながらも朗らかであり続けたのだが、今のそれは感情の爆発と表現しても問題ないだろう。
その額には青筋が浮かび、瞳孔も完全に開ききっていた。
僕とイブキちゃんはただひたすらにガクブルと震え、子鹿のように頼りない膝を押さえ付ける。
しかしイノリちゃんが怒るのも当たり前の話。
イノリちゃんが世界一のVtuberと呼ばれるまでに、一体どれだけの苦難を乗り越えてきたかを、七夕さんは知らないのだ。
そんなイノリちゃんを超えるなどと軽々しく口にして、イノリちゃんの逆鱗に触れないはずがない。
「この世で一番可愛いのはイブキさん……?」
皆まで言わなくとも分かる。
要するにイノリちゃんはこう言いたいのだ。「私がイブキさんに負ける訳がないだろう」と――
「世界一可愛いのはカナエさんなんですけど!?」
――違った。全然違ったわ。
「カナエ……、この子?」
七夕さんが僕を見る。
なんか知らんけど、こっちに矛先が向き始めた。
本気でやめて欲しい。
僕を巻き込むな。
勝手に二人で最強決定戦やっててくれ。
「うん。確かに可愛い……けど――」
七夕さんは僕を見定めるように、僕の頭の先からつま先まで視線をなぞらせていく。
そして。
「――イブキの方が可愛い」
「はぁ”??」
一層険悪な感じになっちゃった。
もうイノリちゃんてばヤクザみたいな睨み方してるし、この空間嫌だ帰りたい。
「いや、いやいやいや。絶対にカナエさんの方が可愛いですよ。お目目腐ってるのでは?」
「そんな貧乳じゃ限界が来る。時代は正統派美少女」
「貧乳に限界なんてありませんけど?むしろ無駄な要素を削ぎ落とした理想的な形ですが???」
「揉めば分かる。イブキのおっぱいが黄金比だってことが」
「カナエさんの胸を揉んだこともない癖に、生意気に黄金比を語らないで貰えます?むしろ大衆受け狙った中途半端なバストサイズに、今さら価値なんてないんですよ」
「草」
「は?」
「なに?」
「やめてってばお願いだからさぁ怖いんだよ君ら!!!というかイノリちゃん、さらっと僕の胸を揉んだこと認めたよね!?『揉んだこともない癖に』ってそういうことでしょ!?」
「え、私も氷に揉まれたことあるんですか!?そんな覚えはない――ってもしかして私の身体に入った時!?勝手に揉んだんですか!?」
「「少し黙ってて(貰えます?)」」
「「何故!?」」
まるでこの世の理不尽を煮詰めたような二人の暴挙に、僕とイブキちゃんは揃って絶望に陥る。
「私のおっぱいがフリー素材にされてしまいました……。もうお嫁にいけませんよ、どうしましょうカナエさん」
「僕も知らないよ……。でもフリー素材にはされてないからね別に……」
その後も僕とイブキちゃんのどちらが可愛いか、という言い合いを延々と続ける二人だが、当の僕らは蚊帳の外である。
「カナエさんの白パンツも見た事ない癖に!!凄く大人のパンツ履いてるんですからねカナエさん!!」
「!?」
意味の分からない飛び火が僕を襲う。
「露出で人気を狙う時点で程度が知れる。……次のVtuber人気投票を楽しみにするといい。イブキが一位になるから」
「舐めないでください。カナエさんが頂点取りますよ。断トツで」
「イブキちゃんはともかく、僕は絶対に無理だと思うよ……」
「私だって無理ですよ……。前回の結果、とんでもなかったじゃないですか。ぶっちぎりの一位でしたよねイノリちゃん……」
確かにイノリちゃんの投票数は凄まじかったけれど、イブキちゃんのそれも尋常な数字ではなかったと記憶している。
本人はこう言ってはいるが、前回三位という結果だったイブキちゃんであれば十分に可能性はあった。
ちなみにクオンちゃんは七位である。
「断言します。カナエさんには私の十倍の票が入りますよ」
「イブキはその十倍入る」
「それ日本の人口で足りる?」
「足りませんね」
その後も二人の喧嘩?は続き、ついでとばかりに僕とイブキちゃんの赤裸々な秘密が暴露されていくのだった。
謎すぎる深刻な被害を受けた僕とイブキちゃんは、何故か互いに親近感を抱き、結果的に少し仲良くなれたように思う。
こんなことで親近感など感じたくなかった、というのが本音であるが。
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