第54話 僕らのライバル的な何か @1
翌日。
徐々に身体の調子が戻ってきた僕は、カナエとしての活動を再開した。
左腕の違和感が抜けきらないため、LoSの試合に参加するのはまだ難しいが、しかし簡単なゲーム程度なら問題はない。
僕は音沙汰なしに過ごした三日間を挟んで、カナエのアバターを身に纏うことになった。
久しぶりの配信は「体調崩しちゃった」という趣旨の話を視聴者の皆に伝え、軽い雑談を挟むだけにして終える。
時間にして小一時間くらいだが、内容はそれなりに濃かったように思う。
「…………」
さて。
少し話が変わるが僕は今、この場から一歩も動けない状態にある。
全く動けない訳では無いけれど、動けないと説明しても語弊はない程度には動けなかった。
怪我によるものではなく、それは痛みもない軽い拘束。
でも流石にここまでの長時間に及ぶと、少し辛くもなってくる。
「ねぇ、そろそろ離して欲しいかな……」
「嫌です」
膝の上に乗せられて、後ろからハグされる形。
まるで人形みたいな扱いである。
僕の背中にはイノリちゃんの胸部が強く押し付けられて、何やら柔らかい感触が伝わってきていた。
もし祈祷さんにこんなことをされたら、僕は鼻血を噴いて倒れるだろうが、しかし相手はイノリちゃん。
この僕がイノリちゃん相手に劣情など抱くはずもなく、ただひたすらに死んだ瞳で解放を要求し続けていた。
「はなせー……」
「あと10分……っ」
「それ三回聞いたよ……」
文字通り、終わりが見えない。
もしかして一生このままなのかなぁ、なんて頭に浮かぶ程度には、僕は絶望の淵に立たされていた。
「……あー、なんでこんなことに……」
それは僕が配信を終えた直後だった。
まるで僕が自由になるのを待ちわびていたかのように、不安げな足取りでイノリちゃんが現れたのだ。
そしてイノリちゃんは僕と顔を合わせた途端、泣きじゃくりながら僕に謝罪の言葉を繰り返した。
酷いことを言ってごめんなさい、と心細げな子供のように呟き続けていた。
確かにあの瞬間は傷ついたけれど、しかし理由を知っている僕がイノリちゃんに怒りを覚える訳もない。
僕はあっさりとその謝罪を受け入れ、僕らは無事に仲直りを果たした。
するとイノリちゃんは安堵のせいかより激しく泣き出してしまい、僕はえらく慌てたものである。
もしかしたらイノリちゃんは、僕に完全に嫌われて二度と友人には戻れない、なんて想像をしていたのかもしれない。
イノリちゃんはわざと嫌われるつもりで言った、なんて話していたし、そんな不安を抱くのも不思議ではなかった。
「……で、これはその反動?」
「何か言いました?」
「いや、別に……」
さっきから僕の髪の毛の匂いを嗅ぎながら「カナエネルギー補充……」とか言ってるし、多分相当に瀕死だったのかなと思う。
末期だよ末期。
というかなんだよカナエネルギーって。
もし僕の復帰がもう一日遅れていたら、きっと髪の毛をしゃぶられていたのではなかろうか。
そんな光景など思い浮かべたくもないが、しかし今の様子を見る限り、有り得ないとも言いきれないのが恐ろしかった。
というかそれはそれとして、ボディタッチも少しずつ激しくなって来ている気がする。
あとその撫でるような触り方、凄くエッチだからやめて欲しい。
「……ねぇ、今さりげなく僕のおっぱい揉んだよね」
「気の所為ですよ」
いや明らかに手のひらでガッツリいったやんけ。
これは女の子同士のスキンシップとしては普通の枠組みに収まる物なのか?
それとも何か、僕のおっぱいは握っても気づかんサイズだとでも言いたいのか?
分からんけど不快だから怒るぞ。
「ふへっ、へ……」
位置関係的にイノリちゃんの顔は見えないが、涎でも垂らしてそうなニヤケ声が聞こえてくる。
それは少なくとも、僕にとっての憧れのアイドルに出して欲しい声ではなかった。
そしてそんなセクハラが続き、また幾らか時間が経った頃。
僕ら二人だけの空間に、新たなる人物が現れた。
二人組である。
「ふふふ、やーっと見つけましたねぇ!!でかしましたよ
「これは二人の成果。私を褒める必要は無い。むしろ貴女が頑張った。偉いねイブキ」
「そうですね!確かに私も偉いのかもしれません!」
あまり人通りの多くない、LoSの街並みの片隅。
そこに置かれた一つの長椅子の上で、僕らの情事(笑)が行われていた訳なのだが、ついに第三者の介入が入った。
白い髪を長く伸ばした女の子と、黒髪ショートの女の子。
聞き間違いでなければ、二人は互いを「イブキ」と「氷」と呼びあっていた。
ともすれば、「イブキ」と「七夕 氷」が仲良くしているように見える光景ではあるが、これは一体どういう状況なのだろう。
僕とイノリちゃんは、突如現れた二人にポカーンとした視線を向ける。
何と声を掛けるべきか悩むが、しかし無視する訳にもいかずに僕はとりあえず話しかけてみた。
「えと、……イブキちゃんと七夕さん?」
「はいイブキです!猫です!」
「うん、七夕だよ。よく知ってるね。君はプロゲーマーに詳しいのかな?」
どうやら二人の正体に間違いはないらしい。
色々と聞きたいことはあるが、カナエとして問う訳にもいかずにもどかしさを感じる。
カナエは今回の須田の件について、何も知らないのだから。
二人は僕に返事をすると、すぐに視線をイノリちゃんへと移した。
初めから分かってはいたけれど、やはり彼女らの用があるのは僕ではなくイノリちゃんのようだ。
「私、イノリちゃんにお礼を言いたくて探してたんですよ!」
「私は貴女に謝りたくて探してた」
唐突に伝えられる、それぞれの要件。
「「本当に、ありがとうございます!(ごめんなさい)」」
「え、え?……あ、はい」
息ピッタリのようなそうでもないような、器用な言葉の被せ方をしてみせた二人は、対称的な表情をしていた。
イブキちゃんは笑顔で、七夕さんは申し訳なさそうな顔。
イノリちゃんもイノリちゃんで、それぞれに向けるべき顔の差異が激しすぎるせいか、よく分からない顔になっている。
「私のアバターを
「実はイブキとして戦っていたのは私なの。あのときは軽い気持ちで受けた仕事だった。……でも
「お礼にシュークリームあげます!美味しいですよシュークリーム!」
「土下座する。頭踏んでいいよ」
「待ってください、色々と待ってください。一人ずつ話すのってそんなに難しいですかね?温度差が凄すぎてリアクション大変なんですよ。あ、シュークリームありがとうございます。土下座は止めてくださいね、踏みませんから」
怒涛の如く言いたいことを言いまくる二人を前に、困惑するイノリちゃんだが、それでも一応は捌ききる辺り、流石はナンバーワンVtuberといったところか。
そんなことを思っていると、僕はイノリちゃんに両脇を抱えて持ち上げられて、ストンと横に座らさせられた。
結果イノリちゃんと並んで長椅子に座る感じに。
本当に人形扱いで悲しくなる。
どうやらイノリちゃんは真面目に会話をするつもりのようで、未だ土下座したままの七夕さんと、嬉しげに狸耳をピョコピョコとさせるイブキを交互に見つめていた。
イノリちゃんは両手を膝に置いて、ゆっくりと口を開く。
「ただ、その。私にお礼をするのも謝罪をするのも構わないのですが、それは私よりも『一叶』さんに伝えるべきでは……?」
突然に名前を呼ばれ、僕はついビクリと震える。
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