第50話 Vtuberの在り方 @エピローグ


 LoSの街並み、その路地裏。

 相変わらずそこに人の気配は無く、喧騒も遠かった。

 大通りからの話し声は僅かに届いてくるが、それも周囲の金属壁に溶け込むように、あっという間に消えてしまう。


 どうして運営はこんなスペースを作ったのか、と頻繁に話題になる程には、ここは誰も利用しない空間である。


「ああクソ、『一叶』……ッ!」


 しかし今その場には、珍しく一人の男が立っていた。

 酷く苛立った様子で額を抱えながら、壁を叩きつける。


「何の為にあんな大勢を集めたと思ってるんだ、あの雑魚ども……っ!どうしてあれだけ有利な状況から負けなくてはならない……!!」


 周囲に誰も居ないのを良いことに、男の独り言は止まらなかった。

 

 須田 達一。


 一叶とイノリに敗れたこの男は、堪えきれぬ怒りを存分に吐き出している最中である。


 だが既に幾らか騒いだ後なのか、その熱は下火へと向かいつつあった。

 本来冷めた側面の強い須田の怒りは、そう長くは続かなかったらしい。


「くそ。……どれほどの損失だ?やはり今回は『イノリ』だけで手を引くべきだったか」


 考えるのは今回の結果と、それを踏まえたこれからの行動。

 須田の「Vtuberの中にプロゲーマーを入れる」という指針自体に、変化はなかった。


 あいも変わらず須田の思考は薄汚く染まっており、手段に拘るつもりも無いように感じられる。

 須田は濁った瞳で笑う。


「いや。そもそも、今回の勝敗は特に気にするものでもなかったな。……記録にも書面にも残っていないただの口約束な以上、わざわざ守ってやる義理もない。また準備を整えてから、奪いに行こう」


 あの二人のガキ共が、あのときの会話を記録しているとも思えない、と。

 簒奪の方法を、再び練り直すのだった。


 くく、っと下衆のような笑い声を洩らす須田の表情に罪悪感は見えず、ただ己の思い描く未来に想いを馳せていた。


 だが。


「――んなことだろうとは思ってたけどなぁ……。マジのクソ野郎だな、須田さん」


 突如、正面から現れた男の声に、須田は目を覚ます。

 近づいてくる足音は二つだった。


 声を発した男に加えて、一人の女。

 どちらも高校生程度の容姿である。


「……誰だ」


 この場に居るのは己だけ、と思い込んでいた須田には警戒の色が見えた。

 須田と向かい合う、不良顔の男は呆れたように返事をする。


「誰だ……って。お前も一応、VR分野の研究者の一人なんじゃないの?俺の顔くらい知らねぇのか?」


 その言葉を聞いて、須田はハッとしたように目を見開いた。

 

「……っ。星屑、箒。……何故こんなところに居る」


「そりゃあんたに会いに来たからだよ」


 須田の推測は正しく、その男の正体は星屑 箒である。


 まだ二人は大して会話もしていないが、しかしこの時点で箒の立場が須田のそれより上である、という雰囲気が流れていた。

 事実、研究者としての箒の立ち位置は最上位に存在し、須田もまた相当に優秀ではあるものの、箒には遠く及ばない。


 須田は睨みつけるように箒を見つめ、警戒を強める。


「……私に会いに来た?何の用だ」


「タイミング考えりゃ一択だろ。見てたぞお前らのチーミング」


「……っ」


 驚きと困惑。

 どうして知っている、と須田は箒の目を見つめた。


 大会における試合を除き、基本的には第三者が試合を観戦する方法はない。

 部屋主が許可を出すことで観戦自体は可能になるが、しかし今回の部屋主は須田である。


 許可を出した覚えなど須田にはなかったし、まして不正するつもりで始めた試合で、観戦の許可を出すはずもなかった。


 箒がプレイヤーとして参加したという可能性はあるが、須田が集めたメンバーと一叶、イノリ以外は全て野良。

 偶然入り込んだと考えるには、あまりにも確率が低すぎた。


「まぁチーミング自体は構わねぇけどな。好き勝手に遊ぶ為に作ったカスタムマッチで何しようが、わざわざ俺が口出すつもりはない。……もし公式戦でやったら速攻でアカウント停止にしてたが」


「……?何を、言っている?」


 まるで己がアカウント停止――BANを行う権限を持っている、とでも言いたげな箒の言葉に、須田は怪訝そうに眉を寄せる。


 この「Law of Stars」というゲームは、運営が不明であることが何よりの特徴だ、とよく言われていた。

 「運営元」の情報は、何億ものプレイヤーが調べても明らかにならない秘匿性を持つ。


 それを踏まえた上で、唐突すぎる箒の言葉を真に受けるほど、須田は純粋無垢ではなかったらしい。


 ふと、箒の横に立つ少女が口を開いた。


「師匠、…さっさと……終わらせ、ましょう?私…早く遊びに、行きたい……です」


「ああ分かった、急ぐ。……急ぐけど、人前で俺を師匠って呼ぶのは止めろ陰雪」


「あ……、、ごめん、なさい」


 幽霊のように影が薄い、波打つ黒髪を伸ばした少女は、箒の叱責を受けて反省したように目を伏せる。

 そのオドオドとした反応を見れば、まるで箒が女の子をイジメているようにすら思えるが、その実態は全く違った。


「……ところで、。この人には…バレても、良いんですか?」


「???」


 陰雪という名の少女は、一ミリも気にしていないし反省もしていない。

 再び師匠と呼ばれた箒は、日本語が通じていないのかと首を傾けて、陰雪と顔を合わせる。

 

「?……師匠?」


 しかし陰雪のキョトンとした表情を見て、箒は色々と諦めるのだった。

 箒は話を戻して、陰雪の「バレても良いのか」という質問に答えることにする。


「……須田にバレんのは許容してる。こればっかりは仕方ねぇからな」


「了解、です」


 箒と陰雪の間には何かしらの理解が生まれるが、しかし須田には当然何も伝わらない。


 須田は苛立つように、もう一度箒に問いかけた。


「だから、君たちは何の話をしているんだ」


 その声を聞いて、箒と陰雪の二人は揃って須田へと視線を向ける。


 無機質な二組の眼光に須田は一瞬身じろぐが、しかしこういった場では堂々としていた方が有利になる、と須田は知っていた。

 須田は負けじと二人を見つめ返す。


 そんな須田に対して、口を開いたのは箒だった。


「……取り敢えず要件から話すと、これ以上『一叶』と『イノリ』に手を出すなって話だ。負けたんだろ、お前。大人しく手を引けよ」


「……」


 一体この男は何処まで知っているのか、と須田は考えるが、その答えは出ない。

 とはいえ何処まで知っていたとしても、須田の返事は決まっていた。


「……何故、君に口を出されなければならない?負けたのは事実だが、これは私と彼らの問題だろう。そもそもアカウントの移譲に関する規約もないのだから、誰に何を言われる筋合いもない」


「だよなぁ。そう言うと思ってたけど」


 箒は面倒そうに溜息を吐く。


 VRで使用するアカウントは、基本的にどのゲームにおいても同一の物になる。

 つまりアカウントとアバターはゲーム毎に作るのではなく、全てのVR世界で利用出来るのだ。


 どのゲームに参加しようが『一叶』は『一叶』だし、『イノリ』は『イノリ』。

 それはゲーム側が関与できるものではなく、VR全体のルールに従う必要があった。


 そしてそのアカウント利用の規約に、移譲を禁止する文面は存在しない。

 それはアカウントの移譲が許されている、という訳ではなく、作った本人以外にそのアバターは操作できないという常識があるからだ。


 不可能なことを、わざわざ禁止にする理由はない。

 その穴を突いたのが、今回の『イノリ』を狙った騒動となる。


 ゼロライブメンバーのアカウントに関しては、そもそも所有権がゼロライブに帰属しているため、規約に明記されていたところで何の問題にもならないが。


 箒は頭を掻きながら、ゆっくりとした口調で話し出す。


「須田さんの作ったVR機……誰のアバターでも操作できるって奴、あるよな?」


「……それがどうした」


 箒が何を言おうとしているのか推測するように、須田は目を細めた。

 だが須田が答えを導き出す前に、箒は最後まで告げる。


「それLoSでは使えないようにするわ。別人が中に入ってた場合、チートと同じ扱いにして弾く。だからこれ以上アイツらのアバター狙っても無駄ってこと」


「……は?」


 須田は言ってる意味が分からない、という様子。

 しかし数瞬の間を置いた後、箒のその言葉を間抜けな脅しだと理解した須田は、箒を小馬鹿にするようにして笑った。


「君は本当に何を言っている?ハッタリにしても、もう少しマトモな物を思いつけないのか?君にどんな権限があってそんなことが出来るというんだ」


 一体何様のつもりだ、といった口調でそう語る。


 これに対して驚いたのは箒。


「……?須田さん、少し察しが悪すぎないか?もしかして現実逃避でもしてんの?」


 ハッキリ言わなきゃ分からないんだな、と小さな困惑を浮かべながら、箒の続けた言葉。


 それは。


「――俺が、LoSの運営者なんだよ」


 世界中の人々の、ほとんどが知らない事実を明かすモノだった。


 LoSは仮想世界の中心とも呼べる立ち位置にある。

 それはアバターを持っていて、LoSに足を踏み入れたことのない人間などほとんど居ない、と言えるほどの知名度。


 クオリティがずば抜けて高く、かつ遊びの幅も果てしなく広いLoSは「プレイしない理由がない」のだ。

 大半のゲームの上位互換として扱われ、またその性質故にプレイ人口も果てしない数字を誇る。


 そんな「Law of Stars」における、謎の運営者。


 その正体は、星屑 箒だった。


 動揺が収まらないのは須田である。

 全く信じられないが、しかし箒ならば有り得ない話ではないという心理。


「―――っ。う、嘘をつくな……、星屑 箒。いくらお前でも、そこまでのことを出来る筈がない」


 嘘であってくれという願いを込めて、須田は否定をすることにした。


 もし事実であれば、須田の計画は終わりを迎える。

 LoSを一切プレイしないVtuberが成功するのは至難であり、そもそも中の人間として須田が集めたのは「LoSのプロゲーマー」である。

 全てが破綻すると言っても過言ではなかった。


「……嘘、ねぇ」


 独り言ひとりごちながら、箒は何かのウィンドウを開いた。

 それは特殊なディテールの凝られた、須田にとって見たことのないウィンドウ。


 LoSの中で、一般のプレイヤーが見ることの出来ないウィンドウを開く、という行為の意味を理解できない程、須田は馬鹿ではなかった。


 須田は息をのみ、身体を震わせながら箒の様子を伺う。

 

 そして箒の手が止まり、小さく口が動いた。


「イクシード――」


 須田は耳を疑った。


 非戦闘エリア、それも街中で「イクシード」なんて単語が聞こえてきたことに。

 たとえ唱えたとしても、何も起きる筈がなかったから。


 しかし、それは。


「――《傲慢な惑星》」


 完璧に発動した。


「うぐ!?」


 須田は地面に手をついて堪える。


 それは『グラビティ』と呼ばれるキャラの持つ、イクシード。

 「一定範囲の重力を1.5倍にする」という効果を持った、行動阻害系スキルだった。


 本来は敵味方問わずに影響を及ぼすスキルなのだが、箒が何かを弄ったためか、その効力は須田にしか及ばない。

 倍率もまた、明らかに1.5倍を超えていた。


「――なんだ、これ、は……ッ!!」


 立つことすら出来ない高重力に、須田は膝をついたまま苦痛の声を洩らす。

 顔を持ち上げることすら出来ないその拘束は、痛覚を切っていても尚、不快さを伝えてきた。


 だが須田は肉体的な苦痛以上に、理解したくない事実を理解させられていくことに、苦しみを覚えていた。

 己の野望が遠のいていくのが分かるのだ。


 箒は跪く須田を見つめながら、口を開く。


「正直、俺は迷ってたんだよ。お前の作ったその技術を、受け入れるかどうか」


「……ッ」


「俺はLoSを、『公平な世界』を目指して創った。……まぁ公平っつっても色々あるが、俺のそれは生まれた瞬間に基準を置いてる。だから声も見た目も、現実から大きく欺くことを許すつもりはなかった」


 ぼそりと「……裏声はギリ許す。それも自分の能力だ」と呟いたのは、誰にも届かない。


 箒はすぐに意識を戻して、言葉を繋ぐ。


「そう、許すつもりはなかった……が。俺はお前の作ったVR機も、エンターテイメントとしては正解だと感じた。Vtuberの中にプロゲーマーを入れる行為が、100%間違いだとも言い切れねぇ」


「な、なら……っ」


「だから悩んだんだよ。LoSの運営者として技術の発展に歩み寄るか、それとも最初の信念を貫くか」


 箒は、須田に近づいていく。


「……結論から言えば、俺は自分で決めれなかった。だからあんたらの勝敗に任せることにした」


 箒が何を言いたいのかを、須田は理解した。


 箒はゆっくりと、近づいていく。

 そしてワナワナと震える須田の目の前で、立ち止まり。

 見下ろしながら。




 高圧的に、告げた。




「――お前、負けたよな?」


 


 空気が凍る。


 決して負けてはならない勝負に負けたのだと、須田は知った。

 後悔が渦巻き、同時に一叶への怒りが再燃する。


「……っ、……」


 あまりの感情の奔流に、須田は吐き気すら催した。

 箒とその後ろに立つ陰雪は、そんな須田の姿を、冷めた目付きで静かに見つめていた。


 須田の零す恨み節だけが、小さく二人の耳に届く。


 そんな会話の途切れを僅かに挟んで、箒は再び口を開いた。


「……と、ここまでは運営としての俺の話」

 

 ふと、箒から強い感情が見えた。

 ずっと隠していただろうそれは、より重いものとして現れる。


 雰囲気が、変わる。


「こっからは星乃と祈祷あいつらの友人として、お前に用事だ」


 それは紛うことなき、怒りだった。


 箒はしゃがみ込む。

 そして須田の髪を掴み上げ、強引に顔を合わせた。


「よくもまぁ好き放題に虐めてくれたよな。お前、祈祷あいつのこと何回泣かせた?それだけでも俺がキレるには十分過ぎるが……」


 色濃く、感情が溢れ出す。


「挙句、痛覚有りだと……?お前、巫山戯てんのか?」


 大きく膨れ上がった瞳孔からは、その激情の程度がハッキリと窺えた。


「痛覚100%で身体に穴空けられるって、どんくらい痛いか知ってんの?」


「……くっ」


「知らねぇよな?知らねぇからあんなこと出来んだろ?」


「……離、せ」


 須田は睨み返す。

 箒は気にも止めなかった。


「……。教えてやるよ」


 そう言って手元に映し出したのは、先程までとはまた違う一枚のウィンドウだった。

 何かのパラメーターのように見える。


「これ、何か分かるか?お前の痛覚設定だよ」


「……ッ!!」


「このゲーム始めるときの規約の中にあっただろ?『痛覚設定へのアクセスを許可しますか?』って」


 本来の用途はプレイヤーがよりゲームを楽しむ為の、運営側による微調整である。

 土を踏む感触や、風の流れをよりリアルに感じられるように、といった意図で使用するのが基本。


 つまりこれは、完全なる悪用だった。


 箒はそのパラメーターを少し上げる。


「まずは30%から行こうか。そこそこ痛いぞ」


「ま、待て……ッ!」


 無視。

 箒は《傲慢な惑星》の倍率を一気に上げた。


「がっ……!?」


 須田の身体が地面に勢いよく沈み込む。


「痛いか?」


「あ、が……」


「じゃあ次は50な」


 容赦なく。

 箒は須田の髪を掴み、無理やり頭を持ち上げた。


 そして、地面に顔面を叩きつける。


「やめ……、い、痛い……っ!」


「まだ余裕そうだな。70%」


 叩きつける。


「ぐ、ごぁ…」


「80%」


 叩きつける。


「ひぎぃ!?」


「90%」


 叩きつける。


「い”、あ”ぁ」


 仮想現実だからこそ、その顔には傷一つ無いものの、涙と鼻水でグチャグチャになっていた。


 箒は微塵も気にしない。


「で、これが――」


「……ま、まっへ」


 思いきり、持ち上げて。


「100%の痛みだ!!!!」


「あ”あ”ぁ”ぁ!?!?」


 全力で、叩きつけた。


 地面にめり込んだままの須田を放置して、箒は立ち上がる。

 その瞳から怒りが消えることはなかったが、しかし幾らか落ち着いたのは間違いない。


 箒は涙を流す須田を一瞥すると、陰雪に視線を送る。


「陰雪、あれ出して」


「了、解……です」


 箒の言葉を受けた陰雪は、手元にウィンドウを開いて何かの操作を始めた。


 その陰雪の様子を見ながら、箒は《傲慢な惑星》を解除する。

 重力の束縛から逃れた須田は、呻きながらもゆっくりと顔を上げた。


「はい……どう、ぞ」


「サンキュー」


 一枚のウィンドウを陰雪から受け取った箒は、再び須田へと近づいていく。


「おい、これ見ろ」


 そしてそのウィンドウを、須田の目の前に突きつけた。

 須田はその内容をゆっくりと理解する。


「……こ、これ、は」


「分かるか?お前がゼロライブの代表にのし上がる為に使った不正の証拠だよ」


「……、ど、どうやって……、そんな」


「そこの女がそういう天才なんだよ。運が悪かったな」


「え、へへ……。褒められ、た」


 絶望の最中にいる須田と、未だに収まりきらぬ怒りを抱えた箒……、そして嬉しそうに笑う少女。


 それぞれの抱える感情の差があまりにも顕著で、ある種不気味な空間ではあった。


「とにかく、これでお前はお終いだ。元の代表に戻るんだか、また別のが入るのかは俺の知ったことじゃないが。――なんにせよ、お疲れ」


「……あ、あぁ……」


 茫然自失とはまさにこのこと。

 須田にはもう抵抗する気力すらないようで、ただ目の前に浮かぶウィンドウを見つめていた。

 

 すると箒と陰雪の間に、そろそろ帰ろうか、という雰囲気が流れ始める。

 須田も須田で絶望しながらも、この痛みから解放されることに安心感を覚えていた。


 が。


「それじゃ最後に、死んでけよ」


「……え?」


 笑いながら箒に告げられたその言葉に、須田は再び固まった。


「えーっと、……『ディズア』は……あった」


 箒がホログラムを幾らか弄ると、唐突に箒の手元に光が集まって、『宝物庫』にしか出現しない筈の『ディスア』が現れた。


 それは一撃で相手に死を与える武器。

 痛みの程は、計り知れない。


「今からこれで、お前の頭に穴を空ける。覚悟は良いか?」


「い、嫌だ……、やめろ……」


 須田は腰が抜けていた。


「あぁ、ついでに実験に付き合っていけよ。――痛覚1000%」


 箒は須田のパラメータに触れ、そう言った。


「せ、……は、え?……や、やめ、いやだ……」


 それは汗と涙と鼻水が混ざり合い、もう何の液体だか分からない有様。


「100%でもリアルに影響出るらしいが……、1000%だとどうなるんだろうな?マジで死ぬのか?」


「……ッ!?!?!?や、やべてぐだざい、ごべんなさい!!!ゆるじでぇ……、ゆるじで……っ!もう、もうじないから……!!!」


「はは、一叶にも見せてやりたかったな」


「そ、そうだ……ろ、ろぐあうと!!ろぐ、あう……と……」


「出来るわけねぇだろバカ、とっくにロック掛けてるっつーの。大人しく覚悟決めろ」


「あ、ああ、……、あ、ご……、が……」


 箒は須田の頭に銃口を向ける。


「じゃあ行くぞ。遺言とかあるか?」


「……いやだ……ごべんなさい……、ごべん、なさぃ……」





 箒は優しげに、ニコリと笑った。

 余りにも似合わなすぎて、恐怖を煽る以外の効果などない。


 そして。


「死ね」


 と、その言葉を最後に。


 銃声が響いて。

 須田の頭を、貫いた。


「あ、ひ……」


 須田は失神して、強制的にログアウトしていった。

 姿が消えて、二人だけが残される。





 何秒かの沈黙が続いた、後に。


「ふ、くふっ……」


 陰雪が笑いだした。


「な、なんですか、1000%って……っ!ふっ、ふふ、子供、ですか……っ!そんなの、無いのに……っ」


「うるせぇ、良いだろ何%でも」


「あの人も……どうして、あそこまで……信じちゃうんですかね……?」


「さっきの状況なら、割と誰でも信じるんじゃねぇの?」


「そういう、もの…ですか?でも最後、0%に、する必要は…なかったのでは?」


「あそこまでビビらせれば十分だ。マジで死なれたら洒落にならないしな」


「……たし、かに」


 そして二人は、大通りへと向かっていった。


 この後、箒はゲームの運営に戻る。

 たった一人でこの巨大な世界を回し続ける箒に、時間の余裕は多くない。

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