第48話 Vtuberの在り方 @10


 イノリちゃんのお陰で、僕に向けられる銃口が六つへと減る。動ける範囲が一気に広がり、行動の選択肢が数倍に増えた。


 僕の残りHPは34。

 常に銃を向けられ続けるこの状況に、回復する隙などある筈もなく、確実に削られつつあった。


 撃ち抜かれた箇所は悲鳴を上げ、確実に僕から集中力を奪い去る。

 気を抜けば意識を失いそうになる。


 でも、耐えろ。

 歯を食いしばって立ち向かえ。


 血など出ていない。

 身体機能に影響もない。

 痛いだけだ。


 だから、意思で捩じ伏せられる。


「……イノリちゃんの為だろ」


 僕はこのタイミングで、立ち回りを変えることに決めた。

 生き残る為の立ち回りから、倒すための立ち回りへ。


 今から僕は、イブキの銃口を捌きながら、この五人をぶっ倒す。


「――覚悟決めろよ僕……っ!」


 ここからはこっちの番だ。


 ―――。


 神経を張り巡らせる。


 今この瞬間、六人全員が何処にいて、何を考え、どう銃を構えているのかを把握するのは、として。


 僕が観るべきは五秒後の世界。


 僕の行動によって、何が起こるのか。

 どの敵が何処へ移動し、何を狙うのか。


 僕に開かれた選択肢の全てに対して、あらゆる未来の構図を作り上げなくてはならない。


 限界を超えろ。

 まだ行ける。


「いい加減に諦めたらどうだ一叶君……ッ!!」


 やや頭に血を上らせた、須田の声がした。

 

 不正をして大人数で襲いかかっても尚、僕を殺しきれずにいるこの状況にイラついているのだろう。

 須田にしてみれば、数秒で終わる筈だった戦いが、分単位に突入するという展開だ。


 まさに「無駄な時間」という奴である。


 しかし僕は、負けを認めるつもりなど微塵もない。

 左腕を失い、全身が激痛に襲われ、HPは残り少なく、圧倒的な数の理不尽に見舞われようとも、僕は決して折れはしない。


 これ以上イノリちゃんを、泣かせられるか。


 心を燃やせ。


「諦めるわけ、ないだろうがッ!!!僕は助けるって決めたんだよッ!!」


 僕の頭部を貫かんとする、フルオートでばら撒かれた弾丸を、身体を傾けて躱しつつ――


――須田の右目を、撃ち抜いた。

 

 シールドが剥がれる音が響く。

 怒りによって須田の頭には、太い血管が浮き出ていた。


「生…意気を言うな……ッ、ゲームが上手いだけの糞ガキがッ!!」


 予測しろ。

 全員の動きを読み切れ。

 須田の激情すらも計算に入れて。


 戦況を操れ。


「くそ……ッ!!一発でも喰らったら下がって回復しろ!!絶対に一人も死ぬな!!」


「了解。悔しいけどそれが正解らしいね」


「……チッ」


 須田たちの立ち回りは、確実に少しずつ僕のHPを削り切る方針にあった。

 この均衡は六人揃っているからであり、一人でも落ちたら僕の勝ちが決まることを、連中は理解しているのだ。


 僕にとっては致命的に辛い。

 このままだと、ジリ貧で負けるのは明白だった。



――でも焦るな、落ち着け。



  


 これはそこに辿り着くのが先か、僕が死ぬのが先かというレースだ。

 断じてジリ貧のまま負けることはない。


 弾幕を見切り、身を捻る。

 木の幹を蹴り、跳びはねる。


 宙返り。

 側宙。 


 あらゆる手段で強引にエイムをズラし、嵐の中に隙を作った。


「んだよアイツ、当たらねェ……ッ!!」


 そして生まれた一瞬の空白の中で、僕は『ジャック・リープ』を構えて再び木を切り倒す。


 二本目の倒木。


 これは射線を遮る目的ではない。

 終わりに繋ぐ為の布石だ。


 一筋の勝ちを手繰り寄せるべく、僕はフィールドを作り変えていた。

 状況が悪過ぎるのなら、自分で都合の良い環境を生み出せばいい。


 あらゆる物を、利用しろ。

 

「さっきから痛くないんスか、アンタ。さっさと死んで楽になれば良いのに。……僕だって、アンタを苦しめたい訳じゃないんスけど」


 黒髪の女が、可哀想なものを見る目で僕を見ていた。

 銃を向けながら、憐れみを向けられた。


「痛いからって諦められるほど、軽い気持ちでファンやってないんだよ僕は。……舐めるな」


「いや諦めろって。ホント何なんスかVtuberって。ただのアバターじゃんこんなの。そんなに大事?分かんないよ僕には」


 それは嫌味とかではなく、明らかに本心からの困惑だった。

 僕が死に物狂いになればなるほど、きっと彼女のその疑問は深まっていくのだろう。


 そして同時に、僕は気づいた。


「……そっか。君らは見たことないんだね」


 彼ら彼女らは、悪意を持ってそのアバターを身に纏っている訳では無いのだと、気づいた。


 恐らく知らないんだ。

 自分たちが動かしているアバターに、どれだけの想いが籠っているのかを。

 どれだけ大切にされていたのかを、知らないんだ。

 

 そりゃそうだ。

 全員が全員、僕みたいにVtuberを応援している、なんてことはないだろう。

 僕と同じ想いでVtuberを見ているとも限らないだろう。

 楽しみ方は人それぞれにある。


 僕は中に人間が居ることを受け入れて楽しんでいるが、Vtuberをキャラクターとして楽しむ人だっている。

 人形を愛でるように、見た目だけを楽しむ人もいる。


 そもそも彼らはプロゲーマーであって、Vtuberのファンではない。故にそのアバターの価値を知らない。


 むしろゲーマーの世界に身を浸している連中が、アバターやアカウントに愛着を持つだろうか。

 サブアカの話題なんて、幾らでも出てくる世界だ。


 重視するのは己の実力で、アバターは替えのきく物だと認識していて何がおかしいというのか。


「……なら、仕方ないのかな」

 

 僕は僕の価値観をもって、イブキ達に怒りを覚えていた。

 気安くそのアバターに触れるな、なんて勢いでイラついてもいた。


 でもそれは少し独善的だったのかもしれない。

 僕が大事に思う物を、全ての人間が大事に思うとは限らないから。


 例えば名前も知らない男の人が、何かを「母の形見だ」と大切にしているとして。

 僕はそれの本当の価値を理解出来るだろうか?

 大切な物なのだなとは思うだろうが、それ以上の想いを感じ取れるだろうか?


 無理だ。

 知らない相手への感情移入には限界がある。


 僕は複雑な心境の中で、全員に問いかけた。


「皆はそのアバターの持ち主が、どんな人か知ってるの?それを無理やり奪った時、どんな反応だったか見てたの?」


 結局、僕の怒りの矛先が何処へ向かうかは、それの答えに尽きる。


 人の想いを踏みにじっているのは誰だ、と。


 乱戦の中。

 銃声の合間から聞こえてきた。


「知らねェな」

「興味ないね」

「……さあ?」

「僕も知らないっスね」


 ……そうか。


 僕が本当に心を燃やすべきは。

 この憎悪をぶつけるべき相手は。


「はは、どいつもこいつも喚いていたよ!グズグズと抵抗しやがって鬱陶しかったね……ッ!」


「――やっぱり、お前なんだな……ッ!!」


 あまりの救いようの無さに、失望すら覚えた。


「無駄話してないで撃てよお前ら!さっさとこの男を殺せ!」


 須田の怒声。

 弾幕はより一層熾烈になっていき、危機的状況は続く。


 だが僕は、決して負けられない。


「僕にお前をどうこうする力は無いけどな……っ」


 せめて、僕の手が届くものだけは――


「イノリちゃんにまで、手を出せると思うなよ!!」

 

――絶対に守る。



 身を屈めて、足に力を込めて。

 射線を縫って銃を構える。


 僕の貫かれた身体の箇所が、赤黒い雷のエフェクトを走らせていた。

 言ってしまえば、これは激痛の証。


 それは常に小さく迸り、無理に身体を動かす度にその光は強さを増す。

 駆けると足が、銃を構えれば腕が。

 左腕の切断面については言うまでもないだろう。


 現実なら足に穴が空いたら動けなくなるだけだが、仮想現実この世界では違った。

 武器欠損が発生しない限り、身体性能は微塵も低下しない。

 例え穴だらけになろうが、一切の影響を受けることなく走り続けられた。

 

 だからこそ。


 死にかけの身体で走り回るという、リアルを超えた痛みが僕に襲いかかるのだ。

 

「でも、知るか……、そんなの……ッ!!!」


 僕は死ぬまで止まらない。

 まして死ぬつもりなんて1ミリもない。


「う……らぁ!!!」


 再びナイフを振り、切り倒す。


 樹木の上にまた別の樹木が重なり、フィールドをより複雑なものへと変えていく。

 

 武器の切り替えは一瞬。

 目視で捉えられる速度は超えていた。


「さっきから何のつもりだ!木を切り倒しても、イブキからの射線が通りやすくなるだけだぞ!」


 その言葉は正しい。


 でもリスクは承知の上だ。

 僕は進む。


 手段に拘るつもりはなかった。


「そんなことよりさっさと僕を倒してみろよ!ホントにみんな弱いなぁ!プロゲーマー!?本気で言ってるの!?」


「テッメェ……っ!!」


 挑発。


「というかさ、君らほとんど僕にダメージ与えてないよね!?これイブキしか仕事してないんじゃない!?」


「……ッ!」


 挑発。


「悔しかったら当ててみろよ!もしかしてまともにエイムも出来ないのか!?」


「……」


 挑発。


「せめて何か言い訳くらい言ってみたら!?『あいつラグいんだよ』とかさ!!お前ら得意だろ、そういうの!!」


「こっ、の……ッ」


 挑発。


 もっと僕に近づいてこい。


 此方に向けられる銃口を正確に撃ち抜く。

 撃たれるより早く、その銃口の先を狂わせる。


 僕はイノリちゃんを逃がすために使った技術を、幾度となく繰り返していた。


「悪足掻きで無駄な時間を使わせやがって……っ、貴様はコイツらの登録者数が増えていくのを黙って見ていろ!整った容姿に「強さ」を兼ね備えたら、それだけで人気は出るんだ!邪魔をするなッ!」


 須田が吠える。


 言いたいことは、僕にも分かる。

 容姿も強さも、人気になるための重要な要素だ。

 実際『カナエ』だって、ゲームの実力で人気が出たのは間違いない。


 でも、僕は否定した。


「違う!!アバター自分を愛してない奴が、誰かに愛して貰えるわけないだろ!成り代わった身体にファンはつかない!」


 イノリちゃんを思い出しながら、僕は叫んだ。


「初めてファンになってくれた人を覚えているか!?そのときの喜びを覚えているのか!?」


 僕は彼女の、あのときの笑顔を今でも鮮明に記憶している。一生忘れないと言い切れる。


 そんな彼女の抱いた感情一つ一つが。

 そんな成長の軌跡が、彼女の魅力そのものなのだと。


「想いが欠けてるお前らじゃ、絶対に自分を愛せない!!!だから誰にも愛されない!!」


 格が違うんだよ、お前らとイノリちゃんとでは。


「――本気で来いよ偽物共!空っぽなお前らに倒されるほど、僕の彼女への想いは軽くない……ッ!!」


 全員にナイフを向けながら、僕は声高に宣言した。


 斬って斬って斬りまくり。

 そして周囲には数多の倒木。

 それらは重なり、複雑な地形を生み出した。


 近付かなければ射線が通らない――そんな戦場を、僕は作り上げたのだ。


 そんな環境の中で、僕は五人全員の立ち位置を操り続けた。


 戦闘において、立ち位置を変える理由は無数にある。


 僕の射線を切るために。

 僕に射線を通すために。

 僕を挟み込むために。

 回復するために。

 リロードするために。


 もしくは、トドメを刺すために。



――あと、一手。


 初めから見据えていた、終わりの形。

 勝利の形。


 全員があと一歩、僕に近付けば完成する。







「――――ッ!!!」


 須田の銃撃を、右手と脇腹で受けた。


 あまりの激痛に『スフィアシップ』を落とした。


 視界がチカチカと輝いて、僕はふらついた。


――残りHP 3



「距離を詰めろッ!!!殺せ!!!」


 ぼうっとする頭の中で、須田の声が響く。


 銃弾を食らったのはだ。


 でも武器を落としたのは、演技ではなかった。

 ふらついたのも、気力が限界だったから。


 しかし、この後の行動は決めていた。


「…………はっ」


 一人ずつキルするのは無理だった。

 相手にそういう立ち回りをされたから。


 なら、どうすれば勝てるのか。


 簡単な答え。


――全員同時に殺せばいい……ッ!!



「……イクシード――――」


 その距離15m

 全員の敵が、縛られた直線で繋がる。


 このイクシードの、敵をキルすると使という特性、故に。


 僕は幾度も繰り返し、星になる。



 敵から敵へと繋がる閃光を、脳裏に描いた。


 僕は倒れ込みながらも、『ジャック・リープ』を取り出す。

 想いだけで身体を支え、鋼の意思で顔を持ち上げた。

 

 須田と目が合う。

 何かに気づいた様子。


 でも、もう遅い。




 身体中に、血色の雷が迸る。





「――――《箒星》ッ!!!!!!」



 


 僕の姿は掻き消えて、光を纏う星と化した。

 光粒の尾を引いて身を焦がす、それはまさしく等身大の流れ星。


 それは僕自身の視界すらも霞ませた。


 制御不能の移動スキルは、勘と記憶で操作する。

 斬ろうと考えて斬るのではなく、予め斬ると決めた場所を斬り裂くのだ。



―― 一人目


 まさに地を這ういかづちの如く。



―― 二人目


 空に向けられた一筋の光と共に。



―― 三人目


 宙を斬り、雲を割る閃光として。



―― 四人目


 大地を抉る天罰のように。





 ほぼ、同時。

 四つのアバターの消える音が響いた。



 彼らは死んだことにも気づかない。


 残る一人は須田だ。


 須田は凍りついた顔で、僕が始めに居た場所を見つめていた。

 

 奴には、今、僕が何処に居るのかすら分からない。

 認知を超えた速度を生み出すのが、《箒星》というスキル。

 使用者である僕ですら、始点で決めた道筋を辿っているだけで、何が起きているのかを知ることは出来ないのだから。


 それでも《箒星》を繋ぐ、僅かに止まる瞬間だけは少しだけ周りが見えた。




 須田の首筋が、僕の視界に映る。


――これで、終わりだ……ッ!!


 勝利を確信した。

 これが最後の《箒星》。


 僕は『ジャック・リープ』を握り締め。

 地面を強く蹴り抜いて。




 しかし。




 その刃は、空を切った。




「…………え?」


 届かなかった。


 16m。

 それは《箒星》の射程距離の外。


 僕は、須田の1m手前でナイフを片手に停止した。


 目算を間違えた。

 完全なる無防備。


――負ける。


 須田はスナイパーライフルを手にしていた。

 メインとして持っていた、アサルトライフルのリロードが間に合わないと判断して、咄嗟にそれに持ち替えたのだろう。


 1mの超至近距離で、その弾丸が外れるわけが無い。


 僕のHPは3。




 この時点で絶体絶命、なのに。




「――――ッ!!」


 《空からの警告》が示したのは。


 遥か遠くから差し込まれた、イブキからの射線だった。


 

 ニヤけた面の須田が、ゆっくりと僕に銃を向けようとしていく。




――これは、無理だ。

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