第47話 Vtuberの在り方 @9
舐めていた。
並のプロゲーマー七人相手なら、僕はそれなりに時間を稼げる自信があった。
事実として対面する五人と僕とでは、そのくらいの実力差は存在している。
しかし予想外だったのは、次元の違うプレイヤーが一人混ざっていたこと。
「イブキ……ッ!!!」
300m先から僕に銃口を向ける化け物の存在が、致命的に僕の戦況を悪化させていた。
端的に言って、当てすぎである。
遠距離での撃ち合いという一点に絞れば、僕でも敵わないと断言出来た。
障害物の隙間を駆け抜けるほんの一瞬を、予測だけで合わせるなど、はっきり言って人間業ではない。
距離から考えると、発砲から着弾まで約0.3秒はかかる筈。
一体彼女には何が見えているのか。
加えて言うなら、このレベルの狙撃技術には覚えがあった。
日本人、女性。
それだけでも、正体を知るには十分過ぎるキーワードとなり得る人物だ。
「昔キルされた覚えがある……、これ
二人のスナイパーのうち、どちらかがイブキだということは分かっていた。
しかし撃たれることで、イブキのいる方向だけではなく、その正体にまで気づけるとは思わなかった。
須田が横に付ける人物としては、十分すぎるほどの実力の持ち主である。
それは日本人女性で、唯一世界に通用すると言われるLoSプレイヤーだ。
狙撃の名手として名を知らしめた生粋のスナイパーで、曰く敵の動きを予測する能力がずば抜けているのだと聞く。
正直、こんな不利すぎる状態で相手に出来る人物ではなかった。
「イノリちゃんに任せたのは不味かったか……!?」
もしイノリちゃんがイブキのもとに向かっていたのなら、確実に勝てない。
イノリちゃんも相当な実力者なのは間違いないけれど、しかし七夕さんが相手となると流石に相手が悪過ぎた。
本来マップを見れば仲間の位置は分かるのだが、どういう訳か僕のマップにはイノリちゃんの居場所が記されない。
推測するに、僕が非正規の手段で「収容所」から抜け出したために発生したバグだろうと思われるが、そのバグのせいでイノリちゃんがどの方角へ向かったのか、僕には判断が付かなかった。
不安が募る。
「ガエン、右から回れ!」
「わぁってるわ!!」
が、そんなことを考えている場合でもなく。
僕は僕の出来ることを、全力で行うしかなかった。
「させるか……っ!!」
須田の出す指示は適切で、詰将棋のように僕を追い詰める。
僕の選択肢をイブキが消し飛ばしていくせいで、対等な戦略戦にもなりはしなかった。
僕を挟みこもうとする赤髪の男――ガエンとやらの胴を撃ち抜く。
牽制程度にしかならなかったが、僕が移動するには十分な時間を稼げた。
「――ッ!!」
瞬間、『ディズア』の弾丸が僕の脇腹の横を通り抜ける。
僕は『ディズア』の射線に対してはほとんど隙を見せていない。
それでも僕の背筋を凍らせる程ギリギリに弾丸を通すあたり、この人物も相当な腕を持っているのだと分かった。
このままだとダメだ。
「もっと想像しろ……、七人全員の視界を……!!」
脳が沸騰しそうになる。
まだ一分も耐えていないのに。
しかし。
「ぐっ……」
――足を、撃ち抜かれた。
既にシールドはイブキに剥がされていた。
激痛が走る。
一瞬、足を止めてしまった。
そしてその場所は、『ディズア』が射抜く直線上だった。
「ヤバい……!」
死の臭い。
予感。
外してくれと、ただ祈った。
「……?」
ところが、『ディズア』の弾は飛んでこなかった。
僕は再び駆け出しながら、理解する。
寸前のところで救われたのだと。
「助かった、イノリちゃん……っ!」
恐らくイノリちゃんは、『ディズア』の主と対面している。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
イノリとシャルは、障害物を挟むことなく向かい合っていた。殺そうと思えば、互いにいつでも殺せる位置関係にある。
理屈でいえば、イノリは問答無用で手に持った『C-88』を発砲するのが正解だし、卑怯だの汚いだのと言っている余裕なんてあるはずも無い。
しかし己に警戒心を向けないシャルの姿を見て、決断しあぐねていたのがイノリの現状だった。
そんなイノリに対して、シャルは思い出したように声を出す。
「あっ……。イノリちゃんに会えてつい興奮しちゃったけど、そういえば試合中だったし。話しかけてごめんね?」
「……いえ、そんな」
LoSでは試合中は不用意に敵と会話しない、という暗黙の了解のようなものがある。
チーミングの原因になったり、もしくは他プレイヤーにチーミングを疑われる原因となるからだ。
謝罪するシャルは口を
「うーん、、完璧ウチのせいだぁ……。今から急に撃つのはズルいし、かといってわざと負けるのも違うじゃん?」
少し悩む様子のシャル。
しかしその結論はすぐに出た。
「よし。じゃあこうしよイノリちゃん」
「?」
「ウチが空高くにグレ投げます!……で、それが爆発したら銃撃っておけ!的な。武器を仕舞ってる状態から始める、タイマン練習でよくやるアレね。どうでしょう?」
要するに、バトル開始の合図をグレにしようという話である。
実際にイノリも知り合いとの練習で使うことはあったが、試合の中で行うのは初めての経験だった。
立ち回りよりも、エイム力と一瞬の駆け引きが重要となる勝負。有利か不利かの判断はしづらいが、その他に良い方法も思いつかない。
「分かりました。……それで戦いましょう」
イノリは同意することにした。
その言葉を聞いて、シャルは嬉しそうに笑う。
「おっけー!んん、チョー楽しみ……っ。イノリちゃんとタイマンかぁ。負けないかんね!」
純粋にそのゲームをゲームとして楽しもうとするシャルに対して、イノリの表情は固かった。
シャルの雰囲気こそふざけた調子ではあるが、しかし彼女もまた須田に選ばれたプロゲーマーの一人なのだということを、イノリは理解していたのだ。
不意打ち以外に勝ち目などないと考えていたのに、気づけば戦略も何もない真っ向勝負。
はっきり言って、順調とは程遠い状況であった。
「……っ、でも。負けません」
この試合に賭けられているのは『イノリ』だけではなく、一叶の人生そのものも含まれている。
イノリにとって、負けられない理由としてはあまりにも大きすぎた。
勝負内容を決めた二人は、それぞれ後退して少し距離を取る。
「心の準備は平気?さっそく行くよ?」
その声を聞いて正面を見ると、既に『ディズア』をストレージに仕舞い、手にグレを構えたシャルがいた。
イノリもまた『C-88』をストレージへと移し、そのグレへと視線を向ける。
この勝負は一瞬で決まるだろう、とイノリは予想する。
障害物の一つもないこの環境では、「如何に相手よりも多くダメージを与えるか」という戦いに他ならなかった。
避けて、当てる。
考えるべきは、それだけで十分だ。
そして。
「――ほいっ!」
グレネードは、宙を高く舞った。
目を惹くには十分過ぎるほど、高く飛んだ。
しかし二人は目もくれない。
二人の視線の先は互いの瞳。
耳を澄ます。
弦を張るように、集中していた。
今か今かとピクリと震える指先を抑えて。
――――爆発。
「「――っ!」」
まず競うのは反射速度。
二人は指を二本立て、空を切る。
それは先頭にしまった武器を一瞬で出現させる為の、ショートカットコマンドだ。
シャルの手には『C-88』。
イノリの手にも『C-88』。
両者、同武器。
だが早かったのはシャルだった。
「うらー!」
その銃口は、完璧にイノリの頭部を捉えている。
イノリに対して横に駆け出しながらも、その先端にブレはなかった。
「……ッ」
イノリの目が細められる。
LoSにおいて、一つの武器のワンマガジンで敵の体力を削り切るのは、非常に難しい技術となる。
シールドのレベルにもよるが、Lv.3シールドを装備した総HP200の状態の敵相手となると、二つ目の武器に持ち替えてトドメを刺すか、もしくはリロードを挟むのが基本的な戦法とされていた。
しかしこの二人のレベルとなれば話は別。
ほぼ全弾当てて、一瞬にしてそのHPバーを溶かしきるのが常識に変わる。
互いに一つの武器で終わらせることが出来る、故に。
「先に銃を向ける」ことが勝利への重要なファクターとなっていた。
ところがイノリは反射神経でシャルに劣った。
つまりこの時点で既に、シャルの有利は確定する。
が、それは無策で挑んだ場合の話。
――そんなの初めから分かってるんですよッ!!
実力不足で先手を取れないなら、初めから後手で勝つ手段を探れば良いだけのこと。
相手が強者であると知っているからこそ、不利を見越して次の策を予め練るのだ。
イノリもまたシャルと鏡写しになるように、横に駆け出す――フリをして。
深く、しゃがみ込んだ。
これは賭けだ。
シャルが頭を狙うか胴を狙うかの、二択を予想する賭け。
頭を狙うのであれば、瞬間的なしゃがみ込みは最大値の回避効力を発揮する。
逆に胴を狙われたのであれば、自ら頭を射線に放り込むことになり、敗北は必死。
イノリは100%勝てない勝負を、確率の勝負に持ち込むつもりだった。
そして、結果は。
――当たり……!
ヘッドショット狙い。
数発の弾丸が、イノリの上を掠めていった。
同時にイノリの放つ弾丸が、シャルの身体を貫く。
そのときに生まれたエフェクトは「青」。
シャルが身につけているのは、計175の耐久を得ることの出来る、Lv.2シールドだった。
「へぇ……っ!」
しかし、シャルはエイムの合わせ直しもまた早い。
イノリは低い体勢のまま、すぐに横へと回避行動を取るが、それでも相当な数の弾がイノリに命中していた。
そして互いにワンマガジンを撃ち終わる。
イノリがシャルに与えたダメージは160。
対して、受けたダメージは186。
賭けに勝っても、なお追いつけない実力差が二人の間に広がっていた。
だがイノリにとって、被ダメージの数値自体は関係ない。重要なのは初武器の撃ち合いで、生き残ったという事実のみだった。
イノリがそう判断した理由は、各々が持つ二つ目の武器にある。
イノリのストレージに仕舞われた二つ目の武器は、『ルールメイカー』――近距離で力を発揮するショットガン。
そしてシャルの二つ目の武器は、遠距離で本領を見せるスナイパーライフル『ディズア』。
超至近距離ならいざ知らず、今のイノリとシャルの距離感は、『ディズア』を命中させるには難易度が高過ぎた。
圧倒的な武器有利。
――勝てる……っ!
イノリは目前に迫る勝利を掴み取るべく、両足に力を込めた。
先に撃ち始めたのはシャル。
先に打ち終わったのもシャル。
従って、先に二つ目の武器を構えるのもシャルだ。
「
一発発砲するごとに重いコッキングを要求する、ボルトアクション方式の『ディズア』に二発目はない。
――躱せば……っ!これを躱せば勝ち……!
この距離で『ディズア』を当てるのは無理だ。
スコープを覗き込むにはあまりにも近過ぎるし、腰に構えた撃ち方で当てられる程に近距離でもない。
外す。
彼女は絶対に外す。
シャルがスコープを覗かないと予測した上で、少しでも回避率を高めるべく、イノリは全力で後ろに跳ねた。
そして『ディズア』から放たれた弾丸は――
「……………………」
――イノリの頬の、1ミリ横を掠めた。
背筋に寒気が走った。
イノリは今、なんとなくシャルがスコープを使わない気がして、後ろに跳ぶことを選んだ。
だがもし、前を選んでいたら。
「……負け、てた?」
読んで字の如く、紙一重。
イノリは震える手を隠しながら、ゆっくりと『ルールメイカー』をシャルに向けた。
イノリの勝利が決まる。
「くぅ、外したぁ……。ウチ近距離苦手なんだよもう……っ!悔しいなぁ」
攻撃手段を全て撃ち尽くしたシャルは、頭を押さえながら敗北を認めている様子。
シャルが射撃を行うには『C-88』のリロードか、『ディズア』のコッキングが必要だった。
対してイノリからしてみれば、『ルールメイカー』の拡散弾のうち数発当てるだけでお終いだ。
『ディズア』の弾がイノリの脇をすり抜けた時点で、勝敗は完璧に決していた。
不意に戦場に生まれた、相手の命を握るという不思議な状況の中、イノリは恐る恐るシャルを声をかける。
ノーマナーと知りながらも、最後の『ディズア』の一発を見て、イノリはシャルに問いたいことがあった。
「あの、シャル……の、中の方」
「あい?なんでしょ?」
「どうして最後『ディズア』を撃つとき、頭を狙ったのですか?私の体力を考えれば、胴体で十分だった筈です。……というか貴女のエイムなら、胴体には間違いなく当てられていたのでは?」
顔を掠めたあの精密な一撃。
あれがもし胴体に向けられたものだったら、私は死んでいたのではないか、とイノリは思う。
「……ん〜?あれはまぁ……。ポリシー的な?ウチの相棒だからね、
シャルは言葉を選ぶように、空を見ながら。
「――プロでスナイパー名乗る上での、信念、なのかなぁ?『ディズア』を持ったら頭を狙うっていう」
そう、答えた。
イノリは目を丸くしながら、シャルと顔を合わせる。
「撃たないの?イノリちゃんの勝ちだよ?」
「……あ、はい。そうですね。……ごめんなさい」
『ルールメイカー』を構えながら、イノリはシャルに一歩近づいた。
「あの……、最後に、貴女の名前を教えて頂けませんか?」
「え、名前?だからシャルだって」
「いえアバターの名前ではなく。……出来たら、貴女の名前を。嫌なら構いませんが」
シャルはキョトンとした顔を浮かべる。
「別に良いけど……どして??」
シャルの問いかけは至極当然のものだった。
もしここに第三者が居たとしても、その人物もまた首を傾げていたのは間違いないだろう。
イノリは微笑みながら、シャルに告げる。
「……貴女と同じように。私にも一つ、信念がありまして」
「へぇ、なにそれ」
「――死ぬ気でファンを大切にする、です」
今度はポカンとした表情の、シャル。
ワンテンポ遅れて、言葉の意味に気づく。
「……?え、もしかしてウチも入ってる?ウチってばイノリちゃんに結構酷いことしてない?」
「まぁそうなんですけども。でも貴女も私のファンなんですよね?」
「そりゃもう大好きです。あ、見た目ね?」
「なんだっていいですよ。むしろ何から何まで私のことが好きだ、なんて人は一人も…………。一人くらいしか居ませんし」
「なんで今、赤くなったし?」
「なってませんけど?」
「あれ?」
閑話休題。
「と、とにかく貴方も私の大切なファンの一人です。早く教えてください名前。……もう全員は無理ですが、今もまだ少しでも多くの人を覚えようとはしてるんです」
「なにそれ偉い。チョーいいじゃん」
シャルの中の人はイノリに笑いかける。
そして自身の名を明かした。
「……
「馴染さん、ですね。これでコメントに流れたとき気づけます」
「ホントに?まだコメントしたこと無かったけど、今度してみよっかなぁ」
「はい、待ってます」
「ねぇねぇあとさ、今度一緒に遊ばない?キャリーしてあげるから」
「ごめんなさい、それは無理です。特定のファンの方と仲良くするつもりはないので。どうしてもと言うのであれば、企画の際に是非」
「プロ意識高すぎてチョーうける」
「ではそろそろ撃ちますね」
「唐突で草」
イノリの目は冗談のそれではなく、本当にこの流れで撃つつもりのようだった。
馴染も馴染で、苦笑いするのみである。
「だって、一叶さんが待ってるんですよ」
「それな。……まぁウチの言えたことじゃないけど、頑張ってね」
「はい」
響き渡る発砲音に紛れて。
アバターの消える音が鳴る。
最後に馴染の小さく呟いた、「……この仕事やめよ」という言葉はイノリには聞こえなかった。
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