第46話 Vtuberの在り方 @8
『残りの二人はきっと、遠くから僕を狙ってる。……イノリちゃんには、どうにかそいつらを倒して欲しいんだ。二人とも僕に意識を向けている筈だから、不意を突けると思う』
『……っ。本気ですか?それは私が敵のもとに着くまで、一人で七人を相手するということに……』
『大丈夫、僕を信じて。そう簡単にはやられないよ』
『……、分かりました』
『それに急いで二人を倒そうとする必要は無い。一人でも減らしてくれれば――というか交戦して時間を稼いでくれれば、それだけでも僕に勝ち目はある』
―――。
私は星乃さんに伝えられた言葉を思い出す。
今は星乃さんの力を借りて、どうにか須田たちのもとから逃げ切った直後だ。
私は少しでも星乃さんの助けになりたい、という一念で、最善を尽くすべく思考張り巡らせていた。
「イクシード――《太陽の瞳》」
まず私が行ったのは、キャラクター『ヒミコ』の持つスキル、《太陽の瞳》の発動である。
その効果は、「発動から10秒間、太陽の光に照らされている全プレイヤーの位置を把握する」というで、LoS唯一のマップ全域索敵を行える能力だ。
イクシードであるため気軽には使えないものの、屋外にいる敵であればほぼ間違いなく検知し、その検知時間の長さ故に進行方向まで把握することが可能な優秀なスキルだった。
目的は勿論、二人のスナイパーを見つけ出すこと。
星乃さんは急がなくていいと言っていたが、しかし無駄に探し回る時間を過ごすつもりは一秒としてない。
七つの銃口に晒されて、余裕などあるものか。
星乃さんの目を見て、彼が私を気遣っていることはすぐに分かった。
――今度は、私が星乃さんを助ける番です。
目を閉じて、全力で《太陽の瞳》に意識を集中させた。
脳裏に作り上げたフィールドに、8人の姿が映り込む。
ホログラムのマップで確認することも出来るが、慣れるとこの方法が早いのだ。
「離れた場所にいる敵は……丘上に一人と、遺跡跡地に一人」
そのどちらも、星乃さん達の戦いを一望することの出来る高台だ。
私は《太陽の瞳》の導きが間違いでないと確信して、まずは現在地から近い遺跡跡地へと向かうことに決めた。
「急ぎましょう……っ」
駆ける。
前傾姿勢になりながら、思い切り地面を踏み込んで。
もっと速く足を回せと己を叱りつけながら、一歩一歩突き進んだ。
目的の場所までの直線距離は
普段なら気にならないオブジェクトが、邪魔に感じて仕方がなかった。
速く進みたい。
そんな想いだけが、私を置いて先にいく。
「……っ、……」
薄く水の張られた川に、足を叩きつけた。
水飛沫が高く舞う。
蹴り上げた砂が風に消える。
背後からは密集した銃声。
正面からはスナイパーライフルの音。
しかし私はその全てを気にも止めずに、前だけを見続けた。
前へ、ただ前へ。
それが星乃さんを助ける、ただ一つの手段だと理解していたから。
――そして私は、遺跡跡地に辿り着く。
「この辺りに、きっと……」
《太陽の瞳》の示した座標を思い出しながら、私は周りを見回した。
つい先ほど遺跡跡地から響いた銃声は、『ディズア』という「
それはフィールドにドロップすることは決してなく、「宝物庫」でのみ拾える特殊な武器。
頭に当てれば相手がどのシールドを身につけていようと確定で一撃死をもたらす、言わば災害のような特殊兵器である。
弾薬もまたフィールドから得ることは出来ず、備え付けの弾薬を撃ち終わればただの鉄クズと化すのも、「
しかし当然ながら、その性能は他のスナイパーライフルと一線を画している。
私は『ディズア』の銃声を聞く度に、星乃さんが殺られたのではないかと寒気が止まらなかった。
足音を消し、付近の気配を探る。
もう一度銃声が鳴れば、それで確実に居場所を知ることは出来るのだが、しかし『ディズア』の弾薬制限のために慎重に発砲しているのか、なかなかその音は聞こえてこなかった。
耳を澄ませながら、ゆっくりと進む。
ところが銃声どころか、呼吸の音すらしてこない。
既に移動した後なのかと不安に思えてくる。
「居ない?いや、そんな筈は……」
風だけが空気を震わせる中を、私は丁寧にクリアリングしながら――
「!?」
――超至近距離に。
『ディズア』を構え、伏せている女がいた。
一瞬、頭が真っ白になる。
私はしっかりと警戒していた。
一切の情報を見逃さないように集中していた。
なのに、すぐ真横に立つまで気づけなかったのだ。
「――っ!」
私は慌てて手に持っていたSMG『C-
「……おろ?もしかしてイノリちゃん?」
えらく、気の抜けた声。
そんな声色で名前を呼ばれたせいで、私はつい身体を止めてしまった。
彼女はスコープを覗き込んだまま、此方に目をくれることもなく私の名を言い当てる。
残存メンバーを考えれば、私以外に選択肢などないことは簡単に分かるが、しかしそれでも目も合わせずに名を呼ばれるのは、不気味な気分だった。
土気色の短い髪をした女は『ディズア』を握ると、立ち上がって此方に向いた。
視線が交差し、私の背筋には寒気が走る。
不意打ちのチャンスを失ったことを理解して、絶望的な焦りが私の中に満ちた……
「うっわマジでイノリちゃんだ。すご本物?いや本物に決まってるわ。すげー……、めっちゃ髪キレー……すげー」
……のだが。
想像の遥か上を行くノリの軽さに、顔をしかめてしまった。
彼女に向けるべき感情が分からなくなる。
間違いなく私の敵だ。
しかし憎悪を燃やすべき対象なのか判断がつかない。
「あなたは……?」
「ウチ?ウチはね、……えと。なんだっけ?……あ、そうシャルだシャル。シャルって言うんだ」
私はその言葉を聞いて、ただひたすらに虚しさを感じた。
自分の名前を答えようとして、「なんだっけ」などというセリフが出てくるものか。
私は本当の『シャル』を見たことがある。
全くの別人だった。
彼女はこんなに喋らない。
恐らくは須田の言う「演技指導」とやらを経ていないのだろうが、そのおぞましい程の違和感は、遊園地で着ぐるみが頭部だけを外して歩き回るそれに近い。
唐突すぎる人格の変化とは、ここまで気色悪いものなのか。
そんな私の思考を知ってか知らずか、『シャル』はキラキラとした笑顔で私に話しかけてくる。
「ウチ、めっっっちゃイノリちゃん大好きなんだよね!目もパッチリしててさ、チョー可愛いし!あ、ファンです!あとでサインください!」
「……え、え?」
「足長いなぁ、、あーもうチョー羨ましいなぁ!」
『ディズア』を抱え、身体をクネらせながらその子ははしゃぐ。
その発言に、嘘は無かった。
今までに何度も言われたことのある、ファンです、という言葉。それを聞けばどの程度、私を好いてくれているのかくらいは察しがつくのだ。
彼女の瞳に偽りはなく、本気で私に好意を抱いているのだと分かった。
ならばどうしてこの子はこの試合に参加したのだろう、と私は疑問に思い始める。
彼女が私のファンなのであれば、私から『イノリ』を奪い取るのに協力する理由が分からない。
『シャル』は言葉を続けた。
「うん、近くで見ると凄い……っ。やっぱチョー好きだ、イノリちゃんの
しかし、ふと。
何かズレを感じた。
「おっぱいの大きさも丁度いい感じだし?」
それは致命的な。
「落ち着いた声もモロ好み……っ!」
価値観の相違。
分かった。
理解してしまった。
ああ、なるほど。
この子は――
「ウチ、『イノリちゃん』の中に入ってみたいんだよね!……うーん、須田さんにお願いしてみよっかな?」
――『イノリ』だけが好きなんだ。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
一叶を中心とする大乱戦から、遥か離れた丘の上。
イノリが向かった先とは逆方向の高台。
そこには一叶にスコープを向ける、イブキの姿があった。
「……。これが、世界最強」
高所から俯瞰しているが故に理解出来た、その次元違いの立ち回りにイブキは唖然とする。
相対する五人の立ち位置を完全に把握しているだけではなく、コントロールし続けているのだと分かった。
一叶の立ち回りは、「
そんな理解も及ぼない独裁的な手段によって、勝負を均衡させていた。
「……多分あの五人は気づいてない」
自分が選択したつもりの行動が、一叶によって選ばされたものであるなど、想像出来るはずもない。
イブキ自身、己がこの事実に気づけたのは、自分の立ち位置が幸運であったからだと思っている。
遠くから見ていたからこそ、どうにか知れた「最強の本質」に、身体が震えるのを感じた。
イブキはスコープを覗き込み、トリガーに指を構える。
「……、」
一叶の強さを理解しながらも、それでも確実にこの弾丸を当てられるタイミングがあることを、イブキは知っていた。
「向かいの子の……『ディズア』。その射線を、強引に切るとき」
一叶はおそらく、ある程度の被弾を覚悟している。
故に、向けられた射線に優先順位をつけているのだ。
つまりは決して食らってはいけない『ディズア』の存在によって、イブキの射線に対して甘くならざるを得ない瞬間があった。
「尊敬するよ、『一叶』。……でも流石に、七人は無理じゃない?」
そう呟きならがら、イブキは。
一叶の足を撃ち抜いた。
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