第45話 Vtuberの在り方 @7


 僕の視界の端に記された、残存人数の欄の数字は「9」だった。


 僕とイノリちゃんで2人。

 そして須田の陣営が7人。


 たった今、僕が一人の敵を倒したことで、残されたプレイヤーの数は奇数になったのだ。


 僕は光となって消えたプレイヤーが落とした『スフィアシップ』を拾いながら、周囲の状況を把握していく。


 見える範囲には5人の敵が居た。


 まず僕の真正面に建てられた民家の屋根に、須田ともう一人が立っている。

 そして右手の枯れ果てた木々の中に、二人の敵。

 一人は僕の左側に転がる、大きな岩の裏から僕を見ていた。


 またイノリちゃんが座り込んでいるのは僕の背後で、その更に奥が、僕が飛び出してきた収容所である。


 つまりは収容所を背にして、180度を敵に囲まれているのが現状だった。

 

「……フゥー……」


 僕は失った左腕が喚き立てる激痛を、必死に意識の外に飛ばしながら、全方位に神経を張り巡らせる。


 今でこそ連中は、僕が「一人で収容所から抜け出した」という事実に驚いて銃を下ろしたままだが、それでもいつ撃たれたって不思議ではない。

 アイツらが自分たちの絶対的優位を確信しているからこそ、僕らはまだ撃たれずに済んでいた。


「……か、一叶さん……それ、は」


 ふと、後ろからイノリちゃんの声がする。


 驚きと嗚咽が混じったように震えていて、込められた感情は悲痛そのもの。

 振り向く余裕は無かったが、しかしイノリちゃんの言う「それ」が何を指しているのかは簡単に分かった。


「……うん。これ以外に思い付かなくてさ。でも大丈夫、戦えるから」


「いや……大丈夫って、そんな……、だって、痛覚……。い、痛くないんですか……?」


「…………。まぁ正直……痛い。死ぬほど痛いね」


 本音を言うのなら「全然平気だよ」と見栄を張りたい気持ちもあったが、しかしこの真っ青な表情を隠しきる自信はなくて、僕はさっさと白状することにした。


 顔を見ただけで見破られる嘘に、気を回せる状況でもない。


「……幾ら何でも、無茶し過ぎですよ……。どうしてそこまで……」


 それは先程までとはまた違う、僕を心配するような涙声だった。

 

 どうして、とは。


 あんなに何度もファンメッセージを送ったのに、それでも僕の想いは伝わらないのか。

 それとも、イノリちゃんはもう忘れてしまったのだろうか。


 僕は改めて告げる。


「そりゃ僕が、イノリちゃんのファンだからだよ。『推しの為なら死ねる』ってよく言わない?」


「……ほ、本当に死なれたら、私だって困ります」


 その返事を聞いて僕は、確かに、と小さく笑った。


 でも僕の考えは変わらない。


「とにかく、僕は君のことがそのくらい好きなんだ。君の為なら、なんだって出来る」


「……っ」


「……?イノリちゃん?」


「い、いえ……別に。星……、一叶さんが私のことを好きだってことくらい、ず、ずっと前から知ってますし」


「あ、もしかして僕の送ったメッセージ覚えてくれてたの?」


「え?メッセージ?…………あ。……も、勿論です。そうです、その話です」


 最後に送ったのは随分と昔だったから、忘れられていても仕方ないと思っていたけれど、やはり覚えていて貰えると嬉しいものである。


 場違いながらも、僕は少し穏やかな気分になった。


 しかしそんな僕とは対称的に、イノリちゃんからはムスッとした声が聞こえてくる。


「……でも一叶さん。もう長いこと送ってくれてないですよね、メッセージ。私、寂しかったんですけど」


「え、そうなの?沢山貰えるようになったみたいだったから、古参は少し自重した方が良いものなのかと……」


「そんな訳ないでしょう。ずっと、楽しみに待ってたんですから」


「そっかー……」


 ファンとしては冥利に尽きる言葉だ。


「じゃあこの試合が終わったら、また送るよ」


「この試合が終わったら、なんて随分余裕ですね。負けたら私はお終いですよ。もしかして私じゃないイノリに送るつもりですか?」


「まさか。僕らはここから勝つんだ。負けるつもりなんて毛頭ないよ」


 コイツらを薙ぎ倒して、僕らは日常に戻る。

 さぁ、ここからが本番だ。


 勝つ為の手段だって思いついている。


「イノリちゃんに頼みがあるんだ」


「頼み、ですか?」


「うん。それは……、―――――――」


「……っ。本気ですか……」


「大丈夫。僕を信じて」

 


 人数不利?

 痛覚がある?

 片腕が使えない?

 


 それがどうした。



「行くよ、イノリちゃん」


「……はいっ」



 僕ら二人に喧嘩を売ったこと、後悔させてやろうじゃないか。





☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡





 不思議だった。


 僕はあれほど怒っていた筈なのに、イノリちゃんと話しているだけで、いつの間にか落ち着いてくる。


 怒りの感情の中心が「イノリちゃんの為」だからなのか、それとも僕がイノリちゃんを怖がらせたら元も子もないと、無意識に理解しているからなのか。


 そんな冷静な心は僕の思考を冴え渡らせて、自分でも驚く程に視野が広がっていた。


 僕は、屋根の上から僕を見下ろす須田に目を向ける。


「わざわざ僕らに話す時間をくれるなんて、随分優しいんですね。須田さん」


「いやいや、構わないよ。私は無駄な時間を過ごすのは嫌いだが、他人が無駄な時間を過ごす姿を見るのは好きなんだ。……それで、無駄な作戦会議は終わったかい?」


「無駄、ですか。それ多分後悔しますけど大丈夫です?」


「は、君たちを囲う五人が見えないのか?この状況から何が出来る」


 須田は嘲笑うようにそう告げた。


 一切余裕の表情を崩さない須田に、僕は。


「……そうですね。確かに僕でも、五人を同時に相手するのは辛い」


 悔しそうに。


「だろうね。幾ら世界最強とはいえ――」


「――せめて四人だったら、全員まとめて瞬殺出来たのに」


 悔しそうに、そう言った。




 瞬間。


 須田を除く、四人のVtuber達の雰囲気が変わる。


「……舐めてんの?」

「聞き間違い、スかね 」

「……?」

「調子、乗りすぎだぞテメェ」


 やはり腐ってもプロゲーマー。

 プライドは人並み以上に高いらしい。


 だが僕は、そんな彼らの反応を意に介すこともなく、さらに言葉を続ける。


「ホントのことを言ってるだけなのに、何を怒ってるんですか?四人くらいなら片手で十分ですよ。……まぁ文字通り、右手だけで相手するんですけどね」


 と、さらに挑発。


 それによって一人の男の顔が真っ赤に染まり、怒鳴り声が聞こえてきそう……、というタイミングで。


 僕は話を変える。


「……ところで。今からイノリちゃんが逃げ出すんですが、誰か追いかけます?」


「あ”?テメェ何言ってんだ」


「いやだから、今からイノリちゃんが逃げ出すんですって。要するに二択ですよ。イノリちゃんを見逃して五人で僕と戦うか、それともイノリちゃんに人を割り振るのかっていう」


 分かりやすい話でしょう、と繋げながら――


「――もっとも、一人でも抜けたら10秒も掛からずに、この戦闘は終わりますけどね」


 薄ら笑いで、そう言い放った。



 同時に、イノリちゃんは僕の右後方へと走り出す。

 即ち、宣言通りの逃走である。


「須田さん、早く決めた方が良いですよ。僕の言葉、ハッタリだと思いますか?」


「……」


 須田からは小さな逡巡が感じ取れる。

 恐らくその思考は「明らかに嘘だが、嘘だと断言できない」、といったところだろうか。


 僕は静かに須田の顔を見つめる。


 そして奴が決断をし、その口が開き始める様子まで僕は把握出来ていたが、しかしそれよりも早く声を出した人間がいた。


「テメェ、馬鹿なのか?このゲームには銃があんだぞ。追わなくたって殺せるだろうがあんな雑魚」


 赤毛の男のVtuber。


 つまりは、追わないが逃げられる前に撃ち殺す、という答えだった。


 その男の言葉を聞いて、それが正解かもねと僕は思う――けれど。

 残念ながら、それは条件付きである。


「……僕が相手じゃなければ、正解だった」



 赤毛の男は、イノリちゃんにアサルトライフルを向ける――


「!?」


――が、それよりも、早く。


 僕は赤毛のアサルトライフルを撃ち抜き、その銃口を跳ね上げさせた。


 僕の視界の中にいて、好き勝手に銃を扱える筈がないだろうが。

 頬を引き攣らせる赤毛を片目に見ながら、僕は全員に告げる。


「僕さっきって言いましたよね。話、聞いてました?」


 有利なのは僕の方だと言い聞かせてやるように、堂々と言葉を紡いだ。


 僕の鳴らした銃声だけが響く。

 誰も喋らないせいか、いつも以上に遠くまで響いたような気がした。


 須田の目付きが変わる。


「……。イノリ君は後でいい。例えハッタリだとしても、あの女程度ならどうにでもなる。まずはこの男を殺す」


 狙い通りに状況が進んだことを理解して、僕は僅かにほくそ笑みつつ、イノリちゃんが無事にこの場から去ったのを横目にした。


 そして手に馴染むほど使い込んだ『スフィアシップ』を、右手で握りしめる。


 瞬間、空気が張り詰めて。

 五人の銃口が僕だけに向いた。


 《空からの警告》が伝えてくる、それらの着弾地点は全て僕の頭のド真ん中。

 その時点で全員がトップクラスのプレイヤーなのだと理解する。


 このまま突っ立っていたら、僕は一秒後には死ぬだろう。


 そんな絶体絶命な状況で、僕は。


 足下に転がっていたフラッシュグレネードを蹴り上げ――


「……ここは障害物が足りないね」


――ピンだけを弾丸で撃ち抜いた。



 閃光。



 僕含む全員の視界が潰される。

 僕は目を固く閉じていたため重症ではないが、それでも強すぎる光は僕の瞼を貫いた。


「……あの野郎のデスドロップか……っ!」


 誰かが何かを口にした気がするが、しかしフラッシュグレネードの爆心地に誰よりも近かった僕だけは、耳も全く聞こえない。


 見方によっては不利になったと捉えることも出来るが、今回に関してはメリットの方が遥かに大きいだろう。

 唯一爆発を知っていた僕は、周囲の光景を予め記憶していたから。


 視覚と聴覚を失ったまま、僕は枯れ木の森へと駆け抜け、歩数を数えながら狙ったポジションへと移動する。


「ここ、かな」


 ゆっくりと視界が戻り、そして僕の周りに広がったのは想像通りの光景だった。


 僕の正面には最初に枯れ木の裏に隠れていた、無口そうな緑髪の女の子が驚いた顔で立っている。


「……で、他の連中からは僕が見えない」


 地面から生える三本の枯れ木が、他の四人からの射線を完璧に切っていた。

 一歩でもズレたら穴だらけにされる、点として成立する綱渡りのポジション。


――3秒間だけ、1v1一対一だね。


 緑髪の少女は尋常ではない反射神経を見せる。

 僕にSMGサブマシンガンのエイムを合わせる速度も神がかり的だった、が。


 既に僕は、その少女の頭を撃ち抜いていた。


 100ダメージ。

 青の光が散り、シールドの剥がれる音がする。


「……ッ!?」


 僕はそのまま二発目を狙うが、しかし緑髪の少女は迷うことなく木の裏に姿を隠した。

 判断の速さもトップクラスか。


 あわよくば一人目のキルを決めたかったけれど、相手はそこまで甘くないらしい。


 両手で『スフィアシップ』を構えていれば、今の一瞬で確実にキルまで持っていけたのだが、しかしそもそも左腕がなかった。


 僕は頭を切り替える。


「――次」


 僕は一歩だけ、後ろに下がった。


 そこは一秒前であれば、二つの射線が通った場所だ。

 緑髪の少女と、もう一人の男に同時に撃たれていただろう。


 しかし緑髪の少女が身を隠した今、その位置もまた僕の領域である。

 僕に向けられる射線は一つだけ。


――もう一度、1v1。今度は2秒かな。


 今度は僕は、気だるげな紫髪の男と目が合う。

 間髪入れずにその頭に穴を開けた。


「……マジかぁ。すげぇなお前ぇ……」


 紫髪は目を見開いて僕を見ているが、その手はしっかりと行動を起こしていた。

 奴が手にしていたのはグレネードで、僕の元へと投げ込むつもりのようだった。


 恐らくは僕に撃たれることによる、死を覚悟しての投擲。

 グレネードを投げ込まれるより先に殺すのは無理だ。


 そのグレを無視して二発目の弾を放つことも出来たが、しかしその場合は不用意な回避行動をせざるを得なくなる。


 グレの爆発を回避する為に障害物から顔を出すことで、他の連中に撃たれる結末が目に見えた。


「『ジャック・リープ』……っ!!」


 僕は一瞬でストレージに『スフィアシップ』を仕舞い、同時に宙に『ジャック・リープ』を出現させる。


 そして落ちてゆくそのグリップを握ると同時に、すぐ脇にある枯れ木に向けて一閃を薙いだ。


 ナイフが枯れ木をすり抜ける。


 すると枯れ木は滑るようにして倒れ――


「ホントに出来た……」


――人工的に、横長の障害物を完成させた。


 これは最近ネットで話題の、刃物を用いた戦法の一つ。

 事実かどうかは怪しくも思っていたが、箒君の「斬れないものは無い」という言葉を信じて賭けに出たのだ。


 結果は成功。

 箒君には感謝せねばなるまいな、と頭の片隅で思う。


 僕は須田たちとの間に生まれた「樹木の壁」を辿りながら、紫髪の男へと一気に距離を詰めていき、同時に武器を『スフィアシップ』に入れ替えた。


 片手であるために、武器を変える度に曲芸じみた手業をせねばならないのが非常に煩わしいが、慣れるしかないのが結論である。


 投げられたグレは僕の頭上を飛び越えて、遥か後方へと落下。

 またグレを投げた構えのまま動けずにいる紫髪の男は、文句無しに隙だらけだった。


――行けるか?


 今の僕にとって1キルは余りにも大きく、喉から手が出るほど狙いたいものではあったが、少しでも無理をすれば即死に繋がる。


 駆けながら悩み……、そして。


「……喰らえ」


 攻めるべきだと判断して、僕は強引に紫髪の男に射線を通した。

 

 男の顔は凍りついている。

 他の四人に僕の姿は見えていない。


――貰った。


 と。


 そう思ったのだが。




 《空からの警告》




 あらぬ方向から、スナイパーライフルが向けられた。



 遥か遠くからスコープ越しに、二つの殺意が此方に向けられている。

 北と南、真逆の二方向から差し込まれる射線は、僕の安全地帯のほとんどを奪い取っていた。



 1v5ではなく――1v7。




 躱せない。



「あ、がっ……っ!?」



 僕の脇腹に、シールド越しの鋭い衝撃が叩きつけられる。


 僕を囲う五人に加え、二人の敵が何処かに隠れているのは分かっていた。

 しかし「撃つ瞬間までスコープに僕を映さない」という手段を取られたために、その場所までは判断がつかなかったのだ。


「あぁ痛い……。まぁ居場所が分かっていたとしても、どうしようも無かったんだけどさ」


 7つの射線は、僕の管理出来る限界を超えている。

 被弾ゼロは初めから不可能だと理解していた。


 だからこそ。


「その二人は頼むよ、イノリちゃん」


 僕は、イノリちゃんを逃がしたのだ。

 

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