第44話 Vtuberの在り方 @6


《空からの警告》が、僕に危機を伝えてきた。



「……は?」


 8人分の銃口が、僕らに向いていた。


 何が起きたのか理解できない。

 何が起きているのか理解できない。


 偶然、全く同じタイミングで、四つの部隊が僕らに銃口を向けた?


 有り得ないだろ。


 打開策は?

 射線を切れる場所は何処だ?


 無い。


 ヤバい。

 逃げ場がない。

 詰みだ。


 理不尽すぎる、突然の死。

 

「……?」


 キョトンとした顔のイノリちゃんが、僕を見ていた。


 最善手を考える時間すら与えられなかった僕は、本能に従って動く。


――『イノリちゃんを守れ』


 それが一抹の勝利に繋がるかなんて分からない。

 ただ脊髄が反射的に導き出した答えがそれだった。


 咄嗟に右手に握っていた『スフィアシップ』を放り投げ、その手をイノリちゃんに向ける。


 肩に、触れて。

 思い切り突き飛ばした。


 危機的状況に至ったせいか、時の流れが遅く感じる。

 状況を察したイノリちゃんの顔が、ゆっくりと青ざめていくのが、鮮明に見える。

 

――そして同時に、銃声が聞こえてきた。


 放たれた弾丸の一発目は、イノリちゃんを突き飛ばすのに使った、僕の右手に命中。

 シールドによる紫色のエフェクトと、「痛覚あり」状態の場合のみ発生する、赤黒い光が迸った。


 凄まじい衝撃が走るが、痛みはない。

 シールドが僕を守ってくれた。


 二発目は僕の脇腹へ。

 これも、シールドが防ぐ。


 だが三発目。

 ここでシールドが限界を迎えた。


「……、」


 《空からの警告》が僕に伝えてくる。

 ここからが本番だ。弾幕が始まるぞ、と。




 痛覚100%解放が、僕に牙を剥く。


「――ッ」


 不味い。

 激痛が、来る。



「あ」


 右肩に、不思議な感触があった。

 身体の中を、風が吹き通るような。


 だがそれが何による物なのかを理解するより先に、幾つもの銃声が合わさった轟音が、僕の耳をつんざいた。



 風が、無数に増えて。

 妙に涼しいな、と。



 感じた――数瞬後。






「う”ぐぁ、……があ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”あ”!?!?」


 本物の、地獄を見た。





☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡




 

 星乃さんの悲痛な叫びに、私は足が竦みそうになる。反射的に駆け寄って、星乃さんを抱きしめそうになる。

 でもそんなことをしている場合ではないと、理性が私を叱りつける。ここで立ち止まるのは、敗北を認めるのと同じだった。


――逃げなきゃ……ッ!


 諦めた訳ではない。私は勝利の可能性を取り戻すために、全力で逃げ出した。


 私一人で8人を相手取るのは、絶対に無理だ。勝てるわけが無い。

 故に私は、死んだ星乃さんが送られた『収容所』へと向かう。僅かな可能性を探るなら、何がなんでも星乃さんを復帰させる必要があった。


 私は振り返らない。星乃さんがポリゴンになっていく光景を見終えることもなく、一心不乱に飛び出した。


 駆けて、駆けて、駆けて。


 雨のように降り注ぐ弾丸を必死に避ける。転がって、飛び込んで、がむしゃらに突き進む。


 星乃さんの顔を思い浮かべて、きっと星乃さんなら勝ってくれると信じて、一抹の諦めも抱かずに走り抜けた。


 しかし、『収容所』を目前にしたところで。


「――悪足掻きも、ここまでのようだね」


 完全に捕まった。少し離れた家の屋根の上から、須田の声が聞こえてくる。


 数多の銃口が私に向き、そのうちの一人は目の前に立って私の額に銃を突き付ける。少しでも動いた時点で私は撃ち抜かれるだろう。


 星乃さんならこの状況からもどうにか出来るのかもしれないが、しかし私にはもう何も思いつかなかったのだ。


「……」


 ここにいる全員が、私よりも強い。


 全員が全員、恐ろしいまでのエイム力を持っていて、一対一でも勝てるイメージが湧かなかった。

 驚いたのは須田すらも、プロの人達と遜色ない力量を誇っていたこと。


 単純な撃ち合いではプロゲーマーに軍配が上がるのだろうが、しかし戦略や立ち回りといった点で、補ってあまりある能力が見て取れた。


「……チーミング。これは流石に、汚くありませんか?」


 私は須田を睨みつけながら、嫌悪の感情を思いきりぶつける。


「この勝負で数億単位の金が動くんだ。システムに縛られていない、そんなルールを気にすると思うか?」


 しかし飄々と返されたその言葉に、罪悪感というものは一切感じられなかった。

 

「……下衆」


「はは、怖い顔だね」


 悔しい。

 こんな男に、私は『イノリ』を奪われるのか。


「さて。この試合で残っているのは、僕らとイノリ君だけだ。もう終わらせてもいいのだが……、イノリとして最後に言いたいことはあるかい?時間をあげよう」


 ニヤニヤと、私を小馬鹿にしたような笑みだった。

 勝ち誇った余裕の表情。


「……ありません。わざわざ貴方を楽しませる趣味はないので」


 せめてもの抵抗だ。

 私は毅然とした態度を貫いて、決して涙を見せない。


 しかしそんな私に、須田は気にした様子もなく。


「そうか。まぁそれならそれで構わない。なら最後にこちらから、君から『イノリ』を受け取ったあと、どのようにプロデュースしていくつもりか教えてあげよう。君には知る権利がある」


「……?」


 興味ないです、と私は告げようとするが。


「私は、君の築いた交友関係を徹底的に利用したいと考えているんだ」


「――っ」


 その言葉に、息を呑んだ。


「イノリ君はゼロライブのメンバーともそれなりに絡んでいたね。勿論、その関係は続けさせるよ。……あとはクオン君や――」


 やめてくれ。


「――カナエ君、とも。是非とも仲良くして貰いたい。再生数が取れるんだ」


 見たくない。


「ああ、心配はしなくていい。十分に演技指導はさせるつもりだ。決して変化がバレたりはしないよ」


 嫌だ。


「君は外から応援してくれていればいい。――新しいイノリが、彼女らと仲良く活動していく姿をね」


 脳裏に浮かんだ、そのイメージで。

 足から力が抜けていくのが分かった。


「…………」


 膝をついてしまった。

 心が耐えきれなかった。


「……?どうした、イノリ君」


 無遠慮に踏み荒らされる。

 私の大切なものを壊されていく。


 零さないと決めた涙が流れ出すのを感じながら、私は俯いたまま言い返す。


「……き、気付かない筈はありません。カナエさんは絶対に気付きます。……私たちは、そんな薄い関係じゃない」


 きっとカナエさんなら。

 私を見抜いてくれる、と。


 根拠の無い、ただの願望を口にした。


「そうだろうか?人は案外疑わないものだよ、外見さえ伴っていれば。そもそも、そんな技術があることを彼女は知らないからね」


「……っ」


 どうしてこの男は、執拗に私を追い詰めようとしてくるのだろう。

 無意識なのか、故意なのかすらも分からない。



 そしてついに須田は、イノリの一番大切な思い出すらも踏みにじる。


「一叶君だってそうだ。どうせ一ヶ月もすれば、新しいイノリを応援しているさ」


 もしも、本当に。

 イノリの心を最も大きく占める、『一叶』さんすら奪われたら。


 一体、私に何が残るのだろう。







 限界だった。



「……嫌、もう嫌……」


 前が見えない。


「イノリ、イノリは……、どうして、私、こんなに頑張ってきたのに……」


 涙を堪え切れない。

 嗚咽が止まらない。


 今までの思い出が一気に蘇ってくる。


 楽しかった記憶も苦しんだ記憶も、全部が私の宝物なのに。


 一つ残らず奪われて、利用されるんだ。





 

「……一叶さん」


 不意に口からあふれたのは。

 イノリの、大好きな人の名前だった。








「…………助けて」


 無理だと分かっていても、声に出さずにはいられなかった。





☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡




「はぁ……っ、はぁ……っ」


 気がつくと僕は、収容所にいた。


 完全に死んだことで全身に風穴を空ける痛みは消えていたが、しかし記憶には十分に染み付いた。


 被弾の恐怖――その痛み。

 想像の範疇など、遥かに超えていた。


 僕は自分がどれほどの時間、その激痛に気をやってしまったのか分からず、今の状況がまるで理解できていない。


 死んだ直後なのか、それとも何分間も放心していたのか。

 試合が終わっていない以上、そこまで長時間は経っていないだろうが、しかし絶望的なのは間違いなかった。


 僕が死んだことで、イノリちゃんは一人きりとなったのだから。


「……」


 僕は慌ててホログラムを開き、イノリちゃんの状況を探る。

 

――。


 イノリちゃんは両膝をついて、地面を見つめていた。


「……なんだよ、これ」


 イノリちゃんのすぐ目の前には、銃を構えた一人の男。

 ゼロライブのVtuberで、僕も見たことだけはあった。


 その銃口は俯いたイノリちゃんの後頭部に向けられており、引き金を引くだけでイノリちゃんは死ぬ、という状況にある。


 ただの詰みの状況といえばそれまでだが、その二人を囲うように民家の屋根の上や木の上から眺める複数の人物の存在が、異様な光景であることを強調していた。


「コイ、ツら……っ!!!」


――チーミング。


 敵同士であるにも関わらず徒党を組むという、バトロワにおいては論外とも言える不正行為だと僕は気づいた。


 イノリちゃんの周囲に居るのは、須田と何処かで見た事のあるVtuber達。

 証拠なんて要らないくらいに、あからさまなチーミングだった。

 

 須田の言葉を信じるなら、恐らくその中身は全員プロゲーマー。

 一人一人がイノリちゃんより格上で、ランキングの上位を走る人物たちであると推測出来た。


 さっき僕らに向けられた銃口の数が8つであることを考えると、少なくともそれだけの人数がイノリちゃんを追い詰めているのだと分かる。


「クソ……!!クソッ!!!」


 冷静に考えれば、おかしな話では無い。


 須田の下劣さなら手を出しても不思議ではない行為――むしろ、手を出して当然の不正だった。


「初めから警戒しておくべきだった……っ!!なんで僕はこんなことにも気づけないんだよ……っ!!!……くそッ!!!」


 僕とイノリちゃんなら、分かっていればやりようはあった。


 完全に姿を隠し、Vtuberと思われるアバターから一人ずつ倒す。

 もしくは連中が集まる前に、須田を探し出して勝負を決める。

 

 勝ち筋なんて、どこからでも手繰り寄せられたのに。


「でも、もうどうしようもない……っ」


 ここは収容所。

 仲間の助け無しには、何も出来ない場所だ。


――ふとホログラムに映る景色を見て、僕は気づいた。


 イノリちゃんが膝を着いたそこは、僕が閉じ込められている収容所のすぐ目の前だと。


 そして僕は、僕が放心している間に一体何が起きていたのかを理解する。


「……イノリちゃん。僕を、助けに……」


 イノリちゃんは、遥か格上のプロゲーマーたち大勢を相手にしながらも、一切諦めることなく僕を助けに来た。

 僕ならこの状況を何とかできると信じて、圧倒的な絶望に抗いながら、ここまで駆け抜けてきたんだ。


 己の無力さが悔しくて、涙が零れた。


「ごめん……っ、ごめん……っ」


 システム的に破壊不能な壁と、鎖。


 何も出来ない。

 助けに行けない。


「くそ……っ!!!外れろよっ!!」


 無駄だと知りながらも、僕は鎖を叩きつける。


 今すぐに収容所から飛び出して、イノリちゃんの元へと駆け出したかった。


「なんで……っ!!何か無いのか!?ここから、僕らが勝つ方法……っ!!」


 誰よりもこのゲームをやり込んだ僕だからこそ分かる、「無理だ」という答え。

 でも考えずにはいられなかった。


「嫌だ……っ、嫌だ!!イノリちゃんだって諦めなかっただろ!?僕だって諦めるなよ!!!」


 必ず守ると誓っただろうが。

 助けるんだよ、この終わりかけの状況から。

 全部引っくり返すんだよ。


 ガシャンガシャンと腕につけられた鎖の音が響く。


 これが。

 この決して壊れない鎖が、僕の行く手を阻む。


「ちくしょう……っ!!!」


 イノリちゃんと須田が、何かを話している。

 話の内容は分からない。


――でも、イノリちゃんが泣いているのは分かった。


「須田……っ!!須田ぁぁぁあ!!!お前!!……絶対に、絶対に許さない!!!!」


 泣かすな。

 イノリちゃんを、泣かすなよ。


「すぐに行くから……っ!絶対、そいつは僕がぶっ殺すから……っ!!」


 荒れ狂う感情に流されて、思い切り鎖を引っ張った――そのとき。


 まるでような痛みが走った。


「……っ!」


 不意に僕は、箒君の言葉を思い出す。


――『この世界に、刃物で。……破壊不能オブジェクトを除いてな』


 鎖は決して壊せない。

 その事実は変わらない。


 でも、僕の腕はどうだ?

 この左腕は、切り落とせないのか?


「……、……」


 僕はストレージを開く。


 そこに入っていたのは、僕が死ぬ瞬間に左手で握っていた『ジャック・リープ』だった。


 呼吸が荒くなる。

 見えた小さな希望と、身が凍る程の恐怖に。


「ハッ……っ、……ハァ……っ」


 身体を穿ち抜いた、無数の弾丸による痛みを思い出す。

 きっとこの痛みは、そんなレベルではない。


 LoSでは特殊条件下で発生する『部位欠損』。

 痛覚をオフにしていても、拭いきれない違和感に苦手意識を持つ人も多いという、それを。


 痛覚100%で、自ら、起こす。


「……イノリちゃん…を、守れ」


 彼女は泣いていた。

 僕が傍に居たのに、その涙を二回も見た。


「フー……ッ、フー…………」


 負けてイノリちゃんが失うのは、全てだ。


 思い出せ。


 彼女の歩んだ軌跡、思い出、その苦労。


 上手くいかなくて、悔しそうにしている姿を見た。

 僕らに見えないように、試行錯誤を繰り返していることを知っていた。


 登録者数が百を超えて、千を超えて、万に達して。

 その度に僕らに感謝を伝えて、楽しそうにはしゃぐんだ。


 今に至るまで、一歩一歩必死に進んできた、この道のりを。


「それを……、こんな簡単に奪って良い訳が無いだろうが……っ!!」


 覚悟を決めろ。

 全てを差し出せ。


「……っ!!」


 左腕に、刃を構える。

 視野が急激に狭くなる。




 怖い。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。







 不意に。

 ホログラム越しで。

 小さく聞こえた。





『…………助けて』


 



 僕は。


 イノリちゃんの為なら。






☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡






 星乃さんにだってどうしようもないことは分かっていた。もう詰んでいるのだと理解していた。

 でも、助けて欲しいと願わずにはいられなかったのだ。


「……こんなの、嫌ぁ……」


 星乃さんの顔が脳裏に浮かぶ。

 無駄だと知りながらも、諦めきれずに涙が零れた。


 でも、そのとき。


「……お前ら。イノリちゃんに何してるの?」


 声がした。


 苦悶に耐えるような声。

 怒りに震えるような声。


「もう、いいよ。……チーミングだろうとチートだろうと好きにやれよ。僕は何も言わない。……全部纏めて叩き潰してやるから」


 私の知らない声だった。


「でも……その子を泣かせるのだけは、ダメだろ」


 その目は、ゾッとするほどに真っ直ぐで。冷たくて。そして、奥底だけは燃えていた。


「――イクシード」


 それは叶うはずのない私の祈りを、力ずくで叶えに来たかのように。不可能を貫く意志の声。


 気がつくと、収容所の扉は開いていた。その腕には枷も無くて……否、腕すらも無くて。星乃さんは、既に不可能を越えた先に立っていた。


「……一叶、さん?」


 私は夢でも見ているのかと呆然とした。しかしそんな不安は、直後の強烈な光で消し飛ぶことになる。


「――《箒星》!!!!」


 夜空に煌めく閃光が迸った。


 その眩さに、私はつい目を閉じてしまう。

 何が起きたのか分からない。


「……遅くなってごめんね、イノリちゃん」


 目の前から聞こえてきた、聞こえるはずのない声に驚きながら、私はゆっくりと瞼を持ち上げる。


 私に銃を向けていた男の首を、星の速度で切り裂いて。

 ナイフを振りきった姿勢のまま。

 


「一叶、さん」


 初恋の人が、立っていた。



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