第43話 Vtuberの在り方 @5


 僕らは今、飛行船の中にいる。

 大きく開かれた飛び降り口は僕らに青い空を見せ、そこからは強く風が吹き込んでいた。


 そんな肌を撫でる風は普段よりも心地良い。

 これが痛覚100%の影響か、と僕は理解する。


 戦闘開始は目前。


 僕の準備は万端で、今すぐ空中に叩き落とされたとしても完璧な降下を決める自信があった。


 しかし僕の横に立つイノリちゃんを見ると、その表情は若干の緊張に染まっていることに気づく。


 この試合に賭けているものを考えれば当然ではあるが、それが原因で負ける訳にも行かないため、開幕と同時の戦闘は避けるべきかもしれないな、と僕は判断した。


「今回は慎重に行こう。フィールドの隅の方に降りて、確実に装備を集めたい」


「……そう、ですね。特に一叶さんが一発の被弾も許されない以上、私もそれが良いと思います」


 着実に勝利を狙おう、と。

 それが僕らの方針となった。



――しかし須田の汚さを考えるのなら、僕らは初手で奴に襲い掛かるのが正解だった、と後の僕は後悔する。




☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡




「……敵だ」


 目の前の森を見据えながら、僕は小さく呟いた。


 僅かに聞こえた地面に落ちる葉を踏みしめる音が、僕に彼らの居場所を伝えてくる。


 念の為に『コネクト』の敵感知が可能なアクティブスキル――《星見の言伝》を利用したところ、奥に見える木々のうち二本の木の裏に、それぞれ一人ずつが隠れていることが分かった。


 彼らの一歩も動かず気配を消している様子を見るに、恐らく僕たちに気づいている。


 後の不意打ちを警戒するのであれば、このタイミングで奴らを倒すべきだと僕は判断した。


「挟み込むよ、イノリちゃん」


「……はい」


 僕の声を聞いてイノリちゃんの顔付きが変わる。

 装備を漁る時間を通して、彼女も幾らか落ち着いたようだった。


 僕らは左右に別れ、駆け抜ける。


 今、僕の手に握られているのは、ハンドガン『スフィアシップ』と、『ジャック・リープ』と呼ばれるナイフ。


 もう一丁の『スフィアシップ』を見つけ次第『ジャック・リープ』はすぐにでも捨てるつもりだが、しかしそう運良くは進まない。

 なかなか『ジャック・リープ』を手放せず、ついにはそのまま戦闘に突入してしまった。


「……銃口、二つ検知」


 敵を正面に右手へと突っ込んだ僕に対して、二人分の銃が向けられる。

 その敵の姿は目視でも確認できるが、同時に《空からの警告》が僕の身体に危機を伝えてきた。


 左頬と、脇腹。

 奴らの構えた銃は、僕のその部位を狙っているらしい。


「……やっぱり違うな、『一叶』は」


 『カナエ』のときよりも、遥かに精密に起動した《空からの警告》を感じて、僕はそう呟いた。


 VRにおいて、多くの人が「リアルの姿」を弄ることなく、そのまま用いるのには理由がある。


 それはただ単純に、物凄く動きやすいからだ。


 リアルの容姿から離れれば離れるほど身体の構造の差に違和感が生まれ、ゲームをする上ではひたすらに不利になっていくのは、今の時代の人間には当たり前の話。


 その影響はアバター生成の制限内であっても相当に大きく、はっきり言ってゲームを純粋に楽しむ上で容姿を変えるメリットは全く無かった。


 にも関わらず『カナエ』は、アバター生成制限ギリギリの「身長-7センチ」で作られている。

 操作性の話をするなら、最悪の部類になるだろう。


 つまり何を言いたいか、というと。




「――今の僕は、『カナエ』の倍は強いよ」




 この戦闘は、ただの蹂躙だった。




……

…………

………………





「……本当に、強いんですね。一叶さん」


 イノリちゃんは、僕の戦いを見てそう呟いた。


 それはカナエとして接しているときにも何度か言われた言葉だったが、今の声色はそのどれとも違う。

 ただの驚きを飛び越えて、頬を引き攣らせたような話し方だった。


「あはは……。まぁこれでも一位だからね」


 僕は少し照れながら、その賞賛を受け入れる。


 しかし今は試合中。

 そんなこそばゆい感覚に身を置く余裕がある訳でもないので、僕はささっと話を変えた。


「それで……この人たち何か使える装備は持ってた?」


「はい。こちらの人がLv.3シールドを持っていましたよ」

 

 二人の敵をキルしたことで、僕らの周囲には二人分の装備が散らばっている。

 武器、弾薬、回復、など彼らがストレージに仕舞っていたものが、全てばらまかれたのだ。


 その中からイノリちゃんが見つけ出したのが、「Lv.3シールド」――水晶型の防御アイテムである。

 この水晶をストレージに仕舞うことで、光の粒を身体の周りに纏わせ、肉体へのダメージを肩代わりさせることが出来た。


 基本的にシールドによる光の粒は見えないが、身につけたタイミングと攻撃を食らった瞬間のみ、Lv.1は白の光、Lv.2では青の光、Lv.3では紫色の光を輝かせる。


 Lvが高いほど多くのダメージを防ぐことが可能で、Lv.1から順に50、75、100の耐久力を持っており、これに肉体のHP100を合わせた数字が、回復無しで耐えられる限界ダメージだ。


「お、Lv.3シールドはいいね。これで二人ともLv.3だ」


「そうですね」


 よって、防御面に関してだけ言えば、僕らの用意は完成したことになる。

 これ以上に体力を増すことは出来ない。


 あと僕が欲しいのは、もう一丁の『スフィアシップ』のみだ。

 通常ダメージが25と単発武器にしては物凄く低い代わりに、HSヘッドショットが四倍の100となるこのピーキーな武器を、二丁構えて一瞬で200を削り取るのが僕の戦闘スタイル。


 HSヘッドショットを外した時のリスクがあまりにも高すぎる為、この戦法を使っている人はほとんど見たことはないが、僕のお気に入りの戦法ではあった。


「それにしても一叶さんと一緒に戦ってると、カナエさんと遊んでいるときを思いますね。二人とも『スフィアシップ』使いだからでしょうか?」


「…………。……、、。……へぇー」


「え?どうして私から目を逸らすんです?」


「……別に逸らしてないけど?あっちの方から敵の気配がしただけなんだけど?まぁめっちゃ遠いけどね?」


「ほ、ホントですか。全く気づきませんでした……っ!」


「まだまだ甘いよ、イノリちゃん」


「精進します!」


 真面目に意気込むイノリちゃんに対して、ひたすら罪悪感に苛まれる僕だった。

 ごめん、その方向には絶対に敵なんて居ない。


 どんな顔をしたら良いのか分からない僕は、そのまま数秒ほど誰も居ない方角に向け、「さぁ、いつでも掛かってこい」みたいな雰囲気を出していた。


 しかしチラリとイノリちゃんの様子を見て、僕はそのふざけた態度をすぐに止める。


 イノリちゃんはふと何かを思い出してしまったように、暗い表情を浮かべていたのだ。


「どうかしたの?」


「あ……や、いえ。今の会話で、ついカナエさんのことを思い出してしまって。……知ってます?カナエさん」


「え?えーと……。……一応知ってる、かな。よくイノリちゃんの配信に映るから」


「ふふ、そうですよね。私の配信を見てくれてるなら、知ってますよね。……カナエさんとは沢山、遊びましたし」


 その声は、進むごとに小さくなっていった。


 笑顔の中に見える陰。

 そこからは後悔と悲しみが見て取れる。


 イノリちゃんは僕と目を合わせると少し悩むように眉を歪ませて、そしてゆっくりと口を開いた。


「わざわざ今、話す内容でもないんですけど。……実は私、カナエさんに結構酷いこと、言っちゃいまして」


「……」


 あのときの話か、と僕はすぐに思い至る。


「あの子が二度と私と会おうと思わないように、本当に酷いこと言ったんです。……それこそ、本気で嫌われるつもりで」


「……。……どうして、そんなことを?」


 僕は問う。


 これを『一叶』として尋ねるのはズルい気もしたが、しかし偶然転がってきたイノリちゃんの本心を聞くチャンスを、棒に振る気にもならなかった。


 イノリちゃんは苦笑いと共に答える。


「……恥ずかしいので普段はこんなこと言わないんですけどね。私、カナエさんのこと大好きなんですよ。妹としても友達としても、心の底から大事に思ってるんです」


「そ、そう」


「……だからこそ。カナエさんが、私じゃない『イノリ』と仲良くしてる姿を想像したら、どうしても耐えられなくなっちゃって。もしカナエさんが今までと同じようにイノリに笑いかけているのを見たら、きっと悲しくて泣いちゃいます」


「……」


「それで、つい。……ただの我儘ですけどね」


 自虐気味に、目を細めていた。


 そんなイノリちゃんを前にして、なんて言葉を返そうかと悩む僕だが、しかしその考えが纏まるより先に、イノリちゃんは目を見開いて僕に一歩近づく。


「で、でも一叶さんのお陰で、カナエさんと仲直りするチャンスが生まれました!この勝負に勝ったら、意地でもカナエさんを探し出して謝るつもりです……っ!」


 珍しく興奮気味なイノリちゃんを見て、慰めの言葉は必要なさそうだ、と僕は思う。


 だから僕は、代わりに優しく微笑みながら――


「僕も、全力で手伝うよ。絶対に勝とうね」


「はいっ!」


――強く、勝利への想いを握りしめた。










 途端。






 《空からの警告》が、僕に危機を伝えてきた。










「……は?」


 8人分の銃口が、僕らに向いていた。

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