第40話 Vtuberの在り方 @2


 これは子どもの頃からの癖、なのだが。


 本当にどうしていいのか分からなくなると、僕は道幸に助けを求める。


 高校生にもなって一人の友人に頼りきりな自分に情けなさを感じつつも、事実として今までに何度も助けられたせいか、心が折れそうになると、つい道幸の顔が頭に浮かぶのだ。


 僕は一体、イノリちゃんに何をやらかしたのか。


 幾ら考えても答えの出ないその問いに、僕はずっと頭を抱えていた。


 今は深夜。


 僕は電気の消えた部屋の中、ベッドの上で横になりながら天井を見上げている。

 かなりの時間をそうしているが、しかしイノリちゃんの言葉が脳裏で反響し続けて、眠れる気がしなかった。


 僕は携帯を開いて、道幸に電話をかけた。


 普通であればこんな時間帯に通話など常識外れな行為であるが、道幸であれば間違いなく起きているだろう。

 迷惑を掛けることに申し訳なさを感じてはいたが、それでも僕は今、アイツと話したかった。


 カメラはオフにし、此方こちらの顔は隠している。

 泣いてはいない筈だけれど、酷い顔をしている自覚はあったから。


 ――。


 そして三度のコールの後、道幸の声が聞こえてきた。


『なんだよ。もう寝るとこなんだが』


「ごめん」


『…………。一言目が謝罪ってお前、らしくないにも程があるわ。暴言吐けよ』


 お前は僕にどんなイメージを抱いているんだ。


「そうかな?遅い時間だし、僕だって普通に謝るよ」


『それがお前らしくないっつってんの。……死にそうな声してる自覚ないのか?』


「えー……。僕、そんな声してるかな」


『小学生の頃、お前の飼ってた犬が死んだときと似たような声してる』


「うわぁ。また懐かしい話を覚えてるね」


『そりゃな。やつれてるお前は珍しすぎて記憶に残るんだよ』


「そっか」


 少しの間。


『……で、本題は?なんかあったんじゃないのか?』


 真面目な声色で、道幸が問いかけてくる。


 僕はイノリちゃんとの会話を思い出した。

 詳しく説明する訳にもいかず、なんと話すべきか少し悩むけれど、大事な部分は変わらない。


「……友達に嫌われた。それなりに仲良いと思ってた友達」


『友達?俺の知らない奴?』


「……うん」


 道幸はイノリちゃんを知っていた気もするが、そういう話ではないことは僕にも分かる。


『ふーむ。詳しいことは話せないの?』


「まぁ、……そうだね」


『じゃあ仲直りを直に手伝うのは無理だなぁ』


「そこまで期待してないよ。……ただ、僕ってどんなときに人を怒らせちゃうのか聞きたくて。自分じゃ分からないからさ」


 きっと僕がイノリちゃんを怒らせたのだろう、とは思うが結局その理由は不明のまま。


 無意識のままイノリちゃんの逆鱗に触れるほど、ガサツな接し方をしていたつもりは無かったけれど、可能性はゼロとは言えなかった。


 何にせよ原因は僕にある筈だ。


『まずお前、原因は100%自分にあるとか思うのやめろ』


「……っ」


 丁度考えていた内容を否定され、僕はビクリと震える。

 道幸がやけに鋭いのは昔からだが、こう軽い拍子に見抜かれると流石に驚いてしまう。


『いいか、よく聞けよ一叶』


「……う、うん」


『お前はバカなのは今更言うまでもないが、実はお前はお前が思っている以上にバカだ』


「おい」


 僕は暴言を吐かれたくて電話した訳じゃないぞ。


『まぁ最後まで聞け。で、どのくらいバカかって言うと――「見栄を張る」ってことを知らない程にバカだ』


「知ってるよ」


『いいや、知らないね。お前は絶対に見栄を張らない。初対面だろうがなんだろうが、お前はいつも素だ。面白半分なそれは別として、本気で好かれる為に自分を隠したりはしない。というか出来ない。バカだから』


「……」


『要するにお前は、第一印象から相手に、お前の中のド底辺イメージを与えてんのさ。普通なら多かれ少なかれカッコよく見せたがるけど、お前は初対面からダッサイ自分を晒してんの』


「……だから、なにさ」


 何を言いたいのか、見えてこない。


『まだ分かんないか?初っ端でそんなもん見せられて、それでも一度友達になってくれた相手だろ?』


 呆れたような声。


『そんな奴がお前の無自覚な行動如きで、お前を嫌う訳ねぇんだよ。そいつはお前の本性を見て、仲良く出来ると判断したんだから』


 ――――。


『いいか、一叶』


「……うん」


『自分を疑うな。お前は無自覚で嫌われるほど、複雑な性格をしていない。嫌われるとしたら、絶対に何かをやらかした後だ。何か思い当たるか?』


「……ううん」


『なら心配するな、お前は悪くない。必ず他に原因がある』


「うん」


『だからまずは他を疑え。その友達の周りで何かあったんじゃないのか?お前を嫌いにならなきゃいけない理由があったんじゃないのか?――そもそも、本当に嫌われてるのか?……ってな』


「うん」


『しっかりと相手と話せ。で、自分の外でも原因を探せ。……もしかしたら、お前に助けを求めてる可能性だってあるぞ?知らんけどな』


「……分かった」


 言ってみれば、道幸のそれはただ現実逃避を促すような言葉ではある。


 でもなんとなく、焦点が定まっていく気がした。

 それが正しい道かは分からないけれど、立ち止まっているよりは絶対にマシだと思えた。


 道幸の溜め息が聞こえてくる。

 これは言いたいことを言い終わった後の、道幸の癖。


『はい、終わりだ終わり。正直、質問が抽象的すぎてこれ以上言うことはない。……もう寝ていいか?』


「うん、ありがと。……ホント、助かった」


『そりゃ良かった。まぁ頑張れよ』


「もちろん。……おやすみ」


『おう。じゃーな』


 そして僕は携帯を閉じた。

 機械的な光が途絶えて、再び僕の部屋は暗がりに包まれる。


 でも今度は先とは違い、星明りが差し込んでいた。




☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡




 窓から入り込む日差しを見て、僕は夜が明けたのだと理解する。

 ベッドに潜ってから、ずっと眠れなくて唸っていたにも関わらず、道幸に相談した後はあっさりと意識を手放したらしい。


 目を覚ました僕は、携帯を手に取りQtubeを開いた。

 探すのはイノリちゃんの配信だ。


 道幸との電話を終えたあとから、僕はイノリちゃんが配信を始めているのを見つけたら、カナエとして容赦なく突撃すると決めていた。


 常識的にダメだとか、もっと関係が悪化するかもしれないとか、そんな不安のせいで踏み出せずにいた手段だが、でも道幸のおかげで覚悟が決まった。


 無理やりにでも会って、話す。

 カナエとして配信に映る分には、視聴者側にとってもそう大きな問題にはならない。


「イノリちゃん……っ」


 一度眠ることで、かなり気分は晴れた。

 仲直り出来ると信じて、前に進めるだけの気力はある。


 イノリちゃんが配信中ではないことを確認した僕は、SNSや他配信者の発言を元にして仮想世界を探しまわった。


 LoS内での目撃情報や、他ゲーで話題に上がっていないかなど、ヒントになりそうなものは片っ端から調べていく。

 半ばストーカーみたいな行為をしている気もするが、今ばかりは躊躇せずに電子の世界を駆け回る。


 しかし。


「……全然ダメだ。もしかしてログインすらしてない?」


 価値のある情報は、何一つとして見つけられなかった。

 時間ばかりが過ぎていく。


 今、僕は『一叶』のアカウントでLoSを歩いている。

 イノリちゃんの情報を掴み次第『カナエ』に切り替えるつもりではあったが、探す最中は目立つべきではないの考えたのだ。


 QtubeやTwiterのウィンドウを開き、それと並行して自分の足でも情報を得るのが、最も効率が良いと思っていたのだが。


 そして、ついに昼を回ってしまった頃。


「……メール?」


 僕の元に着信が入った。

 ゲーム内のチャットではなく、リアルから届いたそれだ。


 見ると送り主の名前には「星屑 箒」の名前が記されており、題名には「至急開け」の文字。


 なんのこっちゃと思いながらも、僕はその指示に従ってメールを開いた。


 中身は非常にシンプルなもので、「ここだ」という一言とLoSの街の隅を示した位置情報のみ。

 そこは普通にゲームをプレイするだけでは、決して行く機会などない路地裏の奥の奥だった。


 実際、その場所に何かある訳でもないため、僕も尋ねたことは一度もない。

 やや不審に思う僕だったが、しかし他に目的の場所がある訳でもなかったため、取り敢えず行ってみることに決めた。


 箒君が行けと言うのだから、もしイノリちゃんと関係の無い話だったとしても、きっと行った方が良いのだろうと僕は思う。


 メールに添付された地図を見ながら、僕は駆け出した。


 そして、幾らか経って。


「……なんだろう、ここ。薄暗い」


 指示された地点に近づくにつれ、雰囲気がジメついたものへと変化していった。

 人の姿もほとんど見えず、空から入る光も不十分で、まるで廃墟を歩いている気分になる。


 たまに見える何かの店も、活気があるようには全く見えず、中のNPCも暇そうに空を見つめていた。


 ふと、前から歩いてくる二人組に気づく。

 大柄な男と小柄な男。


「……?」


 それ自体は不思議なことでもなかったのだが、ただその二人の足取りがふらついて見えたのが、僕は少し気になった。

 顔も赤く染まり、まるで酔っ払いのように見える。


 仮想世界で酔える技術、と言えば箒君の実験を思い出すが、しかしそんなつい先日完成したばかりの技術が、もうLoSに導入されているとは考えづらい。


 一応、「酒の味がする飲み物」自体は昔から存在しているため、おそらくは思い込みか雰囲気に酔っているのだろう、と僕は推測。


 僕はそのまま、二人の横を駆け抜けた。


「……酒の匂い。こんなにリアルだったかな」


 すれ違いざまに漂ってきたその匂いに小さな違和感を感じるが、今は気にしないことにして、僕は先を急ぐ。


 そして更に奥へと進み、より終末感を増す景色を辿っていく中、僕は箒君に示された建物へと到着した。

 それはこの辺りの建築物としては比較的マシな――とはいえオシャレとは程遠い、寂れたカフェのような一つの店。


 いや、気にすべきはそこじゃない。

 店の風貌なんてどうでもいい。


 それよりも。


「イノリちゃん……、とゼロライブの代表にイブキちゃん?……なんでこんな所に」


 僕は、遂にイノリちゃんを見つけ出した。

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