第39話 Vtuberの在り方 @1
「どうした一叶、悩ましそうな顔をして。また祈祷さんのことでも考えてんのか?」
「……え?あ、うん。よく分かったね道幸」
「そりゃ分かるに決まってんだろ」
「あはは……だよね、僕ら付き合い長いもんね。やっぱりこう
何年も一緒にいると、何を悩んでいるのかも通じ合え――」
「お前の小さい脳みそだと、悩み事なんて一つしかストック出来ないじゃん」
「――ぶっ飛ばすぞ?」
僕は新しい悩み事が増える度に、古い悩み事が記憶から消えていくとでも言いたいのかお前。
「特に最近なんて、祈祷さんのことで頭の九割は埋まってるだろ?ただでさえショボイ思考力が一割しか使えないなんて、致命的にも程がある。……1+1は出来るのか?」
「本気で不安そうに聞くの止めてくれない?」
というか脳の一割使って1+1が出来なかったら、十割使っても掛け算付近で詰むだろうが。一体僕を何だと思ってんだこの野郎。
「……ちくしょう、人が真面目に悩んでるのに」
僕は道幸を軽く睨む。すると流石に満足したのか、或いはからかい過ぎたと思ったのか、道幸も姿勢を直して僕へと向き直った。
「まぁまぁ、そんな顔すんなよ。ちゃんと相談には乗ってやるからさ」
「……そう?なら良いけど」
僕は道幸の方へ、ずいっと身体を近づける。これは僕らが小声で話し合うときに取る姿勢だった。
「前にさ、箒君の実験に付き合った日のこと覚えてる?」
「勿論。酒に酔う奴だろ?」
「それそれ。実はその日から祈祷さん、少し様子がおかしいんだよね」
「……んん?具体的には?」
「ホログラムでメールか何かを見て、その度に思い詰めたような顔をするの」
「マジか。……いや、言われてみれば確かに」
どうやら道幸にも見覚えがあるらしい。祈祷さんの変化を気のせいだとは思っちゃいないが、それでも異変を確信できるのはありがたかった。
「直接聞いたりはしていないのか?」
「実験の日に聞いてはみたよ。……でも僕にはあんまり話したくないのか、誤魔化されたんだ。困っているのは間違いないと思うんだけど、祈祷さんが隠そうとしている以上、余計な手を出す訳にもいかないし」
「それでどうしたら良いか分からないって?」
「うん、そういうこと」
どうにか助けになりたいが、しかしそれを他ならぬ祈祷さんに拒絶されたら何も出来ない。相談されるまで待とう、なんて思ったりもしたが、それが果たして本当に正しいのかも僕には分からなくなっていた。
「……そうだなぁ。あの日からは結構経ってるし、俺も一応聞いてはみる。だがそれでも隠すようだったら、気にしないでやるのが一番かもな。多分俺たちじゃ何の力にもなれない内容なんだろうよ」
「そっか……」
本当にそれで良いのか、なんて不安もあるけれど。どうしようもないのも事実なので、僕らは少し様子を見ることにした。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
白色の壁に白色のベッド、そして白色の衣服。
何処に目をやっても私の視界の大部分を埋めるのは汚れ一つない白色で、挙句ホログラムとして映し出されるそれすらも淡色だ。
ここは病院の一室。
幼い頃から何度も訪れた場所ではあるが、それでもやはりこの鼻に付く消毒液の香りは好きになれなかった。
私――
「……ねぇ神子」
「何?お母さん」
「私、貴女の彼氏が見たいわ」
「居ないよそんな人……」
急に口を開いたと思えばこれである。
やれ付き合っている人はいないのか、好きな相手はどうだと、世の母親とはこんなにも娘の恋愛事情に口を出したがるものなのだろうか。
私は今まで一度も誰かと付き合ったことがない、とは何度も伝えているのだが、それでも頻繁に聞いてくるあたり、私をからかっているだけな気もしている。
いや、好きな人は……いるけれど。
しかしわざわざ報告することでもないので、私はいつものように軽くあしらった。
「折角可愛く産んであげたのに本当に勿体ないわ。告白とかされないの?」
「お母さんには関係ないでしょ、別に」
「愛想の無い子ねぇ。幾ら顔が可愛くてもそれじゃ彼氏が出来ないのも無理ないわ」
「大きなお世話です」
私はムッとしつつも言い返す言葉が思いつかなくて、ただただ不満を伝える。
そんな私の様子を見てか、母は呆れたように口を開いた。
「もう。せめて私が死んじゃう前にはちゃんと連れてきなさいよね?何も孫の顔を見せろと言っている訳じゃないんだから」
その言葉は軽い口調で、特に深い意味が込められている訳でもなかったが、しかし「死」という単語が私の耳に残る。
「……止めてよ。そういうの」
冗談になっていない冗談に、私はついキツい口調になってしまうのが分かった。
「あらら……。怒らないで、神子。本気じゃないわ」
「……。別に怒ってない」
怒ってはいない。本当だ。
私は怒っている訳では無い。
「でも、……やっぱり止めて」
ただそれは、心の底から聞きたくない言葉なのだ。
「……」
私の母は、相当に身体が弱い。
私が小学校に上がる前に一度目の入院をして以来、無事退院したと思ったらまたすぐに倒れて病院へ、なんて生活を繰り返している。
苦痛に喘ぐような姿を見たことはないが、しかしどんな私服よりも馴染んでしまった白の入院着は、母の印象をより儚いものに変えていた。
余命の宣告はされていないけれど、いつ死んだっておかしくない、というのが医師から受けた診断だ。
病名不明。
原因不明。
治療法も不明。
そんな状態で何年も生きているものだから、むしろ変に錯覚してしまうのだ。
ずっと傍に居てくれるのではないか、なんて。
「神子」
「なに」
「彼氏はともかく、友達は大事にしなさいね」
「……うん」
「――――イノリちゃん?……イノリちゃん?」
「……え?」
カナエちゃんの声で、私は意識を取り戻した。
気づくとカナエちゃんが私の目の前で手を振っていて、不安げに私の顔を見つめている。
「大丈夫?今日はずっと上の空って感じだったけど」
「あぁ……いえ」
そうだ。今は配信をしている最中だった。
つい今朝の母との会話を思い出して、集中を途切れさせてしまったらしい。
私としたことが……、と後悔しつつ慌てて光の玉を探す。
しかし何処にも見当たらない。
「……あのカナエさん、配信は?」
私は覇気の無い瞳で、カナエちゃんを見つめながら問いかけた。
そんな私の言葉を聞いてか、カナエちゃんはより不安の色を強めながら、私の問いに答えを返す。
「配信はもう終わったよ。……ホントに大丈夫?もしかして体調悪かった?」
「……。平気です」
想像以上に長い間、私はぼうっとしていたらしい。配信中にこんなこと、初めての経験だ。
「……」
ただその原因は分かっていた。
気が散り、周りが見えず、カナエちゃんに迷惑をかけてしまった原因は、私自身がしっかりと理解していた。
私は虚空を見つめながら、ただ声だけをカナエちゃんに向ける。
「……カナエさん」
「うん?」
私が、こんな状態である原因。
それは。
「私たち、今日でお別れしましょう。……一緒に遊ぶのも、今日が最後です」
言わなくてはならないこの言葉が、ずっと私の頭を支配していたからだ。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
「私たち、今日でお別れしましょう。……一緒に遊ぶのも、今日が最後です」
感情の見えない、冷え切った声だった。
「え?」
いきなり叩き付けられたその言葉に、僕は身体が強ばるのが分かる。
どうして……だとか、そんな冷静な思考は働かなくて、それどころか何を言われたのかすらも脳が読み取れなかった。
「……え、どういうこと?今日はお別れってこと?」
「違います」
「また明日会おうね、ってことじゃないの?」
「違います」
「いや、違わないって。疲れてるんだよイノリちゃん。言ってる意味が分からないもん」
「……違います」
イノリちゃんはただ頑なに、違うとだけ繰り返す。
僕の目を見てくれない。
「……もしかして僕、怒らせるようなことした?」
「…………」
「理由があるの?」
「…………」
「……ごめんねイノリちゃん。僕バカだからさ、言ってくれないと分からないんだ」
僕は申し訳なさで、目を伏せたくなる。
でも今イノリちゃんから目を離したら、もう二度と顔を合わせられないような気がして、口を強く結びながら必死に堪えていた。
イノリちゃんの瞳に光はなく、何を考えているのか分からない。
ずっと仮面みたいな無表情を貼り付けたままだった。
「嫌だよ。……せめて理由を教えて貰えなきゃ、そんなの嫌だ」
少なくとも、僕はイノリちゃんと友人であると思っていた。
それが一方通行の想いだったなんて考えたくない。
「……理由、ですか」
僕の言葉に反応して、イノリちゃんは口を開く。
そして無理やり口角を上げて、明らかに作り物の微笑みを浮かべながら、僕に告げた言葉は。
「元から、私たちが一緒に配信すること自体おかしな話なんですよ。……登録者の数だって桁違いじゃないですか。実際のところどうです?私と一緒に過ごし始めてから、登録者の数が一気に増えたんじゃないですか?」
「……え?」
「正直、利用されてる気分で不快だったんですよ。私は一人の力でここまで頑張ったのに。カナエさん、今までに苦労しましたか?してないですよね。私のおかげで、あっという間に有名人じゃないですか」
「そんな、つもりは……」
初めて明かされたその心の内を聞いて、瞼が熱くなるのが分かる。
柄にもなく、泣きそうになってしまった。
胸が苦しい。
「もう、十分ですよね?」
イノリちゃんはそう呟きながら、メニュー画面を開く。
そのホログラムに何度か触れて、最終的に映し出されたのはフレンドリストだった。
「……え、いや、待ってよ」
彼女が何をするつもりなのか、僕は一瞬で分かった。
指を向けているのは『カナエ』の名前。
並ぶ削除の文字。
「お願い、待って」
僕の声は届かない。
気にも止めてくれない。
どうしてこんなことに。
「……さよなら」
「待ってってば!!!」
小さな効果音が、僕の元にまで響いた。
何かを削り取るような、耳障りな音だった。
その事実を信じられなくて、僕は急いでフレンドリストを開く。
無かった。
一番上にあった名前が、消えていた。
「嘘、なんで、そんな」
VR内でしか出会わない僕らにとって、それは唯一の繋がりなのに。
連絡手段は他にない。
もし今イノリちゃんがログアウトしたら、もうそれで僕らの関係は終わりだ。
二度と会えない。
「お願い待って。違うんだよ、僕はホントに……」
イノリちゃんは僕に背を向ける。
「イノリちゃん!イノリちゃんってば!!」
無視しないでくれ。
こんな別れ方、絶対におかしい。
「――――ぁ」
その姿は光になって、僕の前から消えた。
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