第38話 ママも悪くないかなって @7


 ここまでの流れは順調と呼べるだろう。

 僕の母性溢れるママムーブによって、ミーシュちゃんは一歩一歩着実に幼児退行しつつあった。


 無意識なのかは分からないが既に僕の呼び方は「カナエはん」から「ママ」へと変わり、また僕に身体を預けることへの抵抗も薄まってきているようだ。


 しかし、まだ足りない。


 僕はミーシュちゃんをカナエ無しでは生きられないほどメロメロにし、そして唯一無二のキング オブ ママにならなくてはならないのだから。


 ただそれでも、勝負をかけるには十分な信頼関係を築けたのではないか、と僕は判断した。


 勝負――即ち、背後からのハグで繋ぐ絞め殺しだ。


 改めて言葉にすると、これやっぱバカだよ、と僕ですら思えるが、今の僕に選択肢などある筈もない。


「ねぇ、ミーシュちゃん」


 僕は覚悟を決める。


「――僕が椅子になってあげるから、足の上に座っていいよ?」


「わぁ、うちそれやって貰いたかったんやぁ」


 作戦はこうだ。


 地面に尻をついた僕の身体を背もたれにして、ミーシュちゃんに座ってもらう。

 そして後ろから抱きしめる。


 以上。


 単純明快であまりにもシンプルな作戦だが、一番の問題はここに到れるだけの好感度を稼ぐことだった。

 つまりその目的を果たした以上、複雑なルートを辿る意味などない。


 素直に攻め込むのが正解だ、と僕は考えた。


「……っと。はい、どうぞ」


 僕はわざとらしい程に優しく微笑みながら地面に座り、足を伸ばしてミーシュちゃんを受け入れる姿勢を整える。

 これは座ったら最後、僕をオンリーワンの保護者だと認めるまでは決して離さない、終わりを告げるトラップだ。


 いや、もし認めてもキルまでは持っていくので離しはしないけれど。

 

「〜♪」


 しかし僕のそんな考えにも気づかずに、ミーシュちゃんは嬉しげに僕の股の間へと収まった。

 鼻歌交じりに幸せオーラを漂わせるミーシュちゃんを見ていると、あまりの愛らしさに20歳である事実を忘れてしまいそうになる。


 だがそんなことで情に流される訳にもいかない。


 僕はゆっくりとミーシュちゃんを包み込むように、両手を――


「……うち、決めたわ」


――回そうとするが。


 その声を聞いて一度止めた。


 決めたとは何の話なのだろう、と僕は続きが気になってしまったのだ。

 僕は耳を澄ませて、その言葉を待つ。


「……うち、これからはママにだけ甘える。カナエはんが、うちの唯一のママや」


「……え?」


「うん、箒――ああ、さっきの男の名前な。あの子はもうええわ。元から、からかっとっただけやしな」


「……う、うん?」


 おかしい。

 僕の予定では、その言葉はハグしている最中に言ってもらうつもりだった。


 具体的には、


『ふっふっふっ、さぁミーシュちゃん!僕をママと認めるんだ!』

『きゃあ、こんな強くハグされたら我慢できまへんわ!』


 ……的な。


 どうしよう。

 想像よりも遥かにミーシュちゃんがちょろかった。

 どちらかと言えば、思っていた以上に箒君への執着が薄かったと言うのが正解かもしれないが。


 収容所での箒君の失言から判断するに、箒君とミーシュちゃんは10年以上前からの幼馴染だ。

 するとミーシュちゃんにとっての箒君は、本気でパパだのと甘えたいような対象ではなく、本来は一人の弟のような立ち位置であった、と推測するのが正しいのではないだろうか。


 とはいえ拍子抜けといえば拍子抜けな展開ではあった。

 僕がミーシュちゃんをハグで殺す理由の半分が消えたことになり、同時にキルを狙う手段をハグに拘る理由も消えたのだから。


 こうなると、勝てないまでも正々堂々と正面から戦うべきではないかと思えてくる。

 

「……そんなに軽く決めて良いの?」


 僕はミーシュちゃんに、確認するように問いかけた。

 今更ではあるが、僕の手によって二人の関係を組み替えたことへの罪悪感が生まれてしまったのだ。

 

「ええのええの。……ぶっちゃけるとうち、を相手にパパ呼ぶのも流石になんかなぁ思ってたんや」


 ……??んん???

 

「ごめんねミーシュちゃん。実は僕とても凄くめっちゃ耳が遠くて、どっかの誰かさんが彼女持ちだとかいう聞き間違いをしちゃったんだけど……」


 箒君が、彼女持ち?

 いやそんな訳ないじゃん、あんな悪い顔した不良ブサイクに彼女なんて出来る訳ないだろ。


「……あぁいや、まだ彼女ちゃうか」


 良かった。もし箒君に彼女なんて居たのなら、僕は箒君を――


「明らかに箒のこと好きな女の子が何人かおるけど、まだ誰とも付き合ってへんかったわ」


――殺す。


 クラスメイトの皆に相談して、処刑の計画を練らないといけないな、と僕は判断した。


 クソが巫山戯んなよ、あの野郎ハーレム作ってやがったのか。やはり頭が良いとモテるのか?僕がモテないのは頭が悪いせいなのか?


 一人の彼女ならまだ許せ――る訳でもないが、それはそれとして、いくら何でもハーレムは犯罪指数が高すぎる。

 一体どんな処刑方法を選べばその罪の禊を済ませられるのか、僕一人では考えつかなかった。


 とにかく地獄見せてやる。


 奴を一番苦しませる方法とは、一体何なのだろうか――


「――――ママ?……ママ?どないしたん?返事してや」


 ……っと、いつの間にか処刑法について深く考え込んでしまったらしい。


 気づくとミーシュちゃんか僕に呼びかけていた。

 このミーシュちゃんの口調からすると、既に何度か僕を呼んだ後なのかもしれない。


 僕は今の考察の中で思いついた「お前の股間に釘バット ~タマタマさよならホームラン~」を処刑法フォルダに保存して、何事も無かったかのようにミーシュちゃんに目を向けた。


「ごめんごめん、大丈夫だよ」


「もう、心配させんでや」


「あはは……。それで何の話だっけ」


「うちのこと、殺すつもりでハグして欲しいって話どす」


「いや絶対に嘘でしょ」


 折角僕が自重したのに、どうしてそうなるんだよ。

 配信中だぞ。欲望を抑えろ。


「はよ、うちを愛して?」


「???」


 ミーシュちゃんはキラキラとした純真な瞳で僕を見つめてくるが、愛とは一体何なのか、僕にはもう分からなかった。


 なるほど、どう足掻いてもこの結末からは逃れられないのだなと僕は悟る。


「……ほんとはリアルでやって貰いたいんやけどな」


 寒気がした。


 本当にリアルでやられちゃ敵わないと考えて、少しでもミーシュちゃんの欲求を満たしてあげるべく、僕は実行への決意を固めた。


「えと、うん……。はい。ではいきます」


「わぁ……、わぁ……っ!楽しみやなぁ……!」


 要望と行動が常軌を逸しているにも関わらず、それでも心底喜んでいると分かるのが、こちらの心情としては複雑である。


 僕は一度は引っ込めた手を再び構え、ミーシュちゃんに思い切り抱きついた。


「……(がしっ)」


「わ、わ……?」


 それなりに強く抱きついてはいるが、まだ不満そうな様子。


 少し力を込める。


「お、おわ、……あ……は」


 するとやや恍惚とした顔に。


 僕はミーシュちゃんを抱きしめることで、その身体の線の細さを実感した。

 もっと本気で行かねばならないとは分かるが、しかし本当に折れてしまいそうな気がして、つい尻込みしてしまう。


「……もっと、……、もっと……っ」


 う、うむ。まぁそう言うなら。


「あ、あは、……う、肋骨に……力…もっと、……ん……」


 うっす。


「折って……っ!そのまま……っ!」


 いや、その……。はい。


「あ、あぁ……もう逝く……っ!!……うち、逝っちゃう……!!」


 少し言い方を考えろ。


「逝く逝く逝く逝く逝く……っ!!あっ、……んんん!!!」


「ちょ子供も見てんだからなこの配信!?」


 そうしてHPを全損させたミーシュちゃんは、光の粒になって僕の腕の中から消えていった。

 代わりに僕に残ったのは、虚無感と謎の倦怠感。


 僕は一体何に付き合わされたんだろう、という虚しさを胸に抱き空を見上げるが、そこに広がっているのはいつも通りの青色の景色だ。


 それを見て、あぁ、そういえば前にイノリちゃんに振り回されたときも同じように空を見たな、なんて思い出す。

 もしかして僕は現実を受け入れきれなくなると、空を見上げる癖でもあるのだろうか。

 

 そんな新たな己への気づきと共に、僕の心を満たす思いはもう一つ。


「……ミーシュちゃんのママは、流石に早まったかもしれない」


 少しだけ苦い、後悔だった。


 僕は溜め息をつきながら、コメント欄に目を向けてみる。

 その行為自体に大した意味は無かったのだけれど――


【うおぉぉぉぉお!!!!!】

【勝ったぁぁぁ!!!!!】

【拳神を倒したぞ!?!?】

【カナエすげぇぇぇぇ!!!!】

【最強!!最強!!!】


 ……なんだこれ。


「カナエさーん!!」


「カナエお姉ちゃーん!!」


 遠くからイノリちゃんとシロエちゃんが、僕の方へ向けて駆けていることに気づいた。

 気のせいか、二人の瞳には涙が浮かんでいるように見える。


 そんな全速力の二人は、幾ら僕に近付いてもそのスピードを落とす気配は全く無く――


「ごふっ!?」


――そして、そのまま僕に飛びついて来た。


「カナエさん……っ!私……っ、感動しました!!」


「ほ、ほんとにミーシュちゃんを倒すなんて!!シロエ信じられないよ!!」


 ……なんだこれ。


 イマイチ状況が掴めないが、もしかして僕が実力で『拳神』を倒したことになっているのだろうか。


 どうしよう。


 とにかくまずは誤解を解くしかないなと判断した僕は、二人を落ち着かせるべく口を開く。


「いやあのね、実は――」

「カッコよかったですよ!カナエさん!!」


「うん、ありがと。でもそうじゃなくて――」

「一生着いていく!!シロエ、カナエお姉ちゃんに一生着いていく!!」


「待って、あの――」

「「カナエさん(お姉ちゃん)、最強!!!」」


 ダメだこれ。もう無理だ。


 うん、何かどうでも良くなってきたし、そういうことにしよう。

 もしミーシュちゃんと戦うことになったとしても、後ろから抱きつけば抵抗されないし多分勝てる。


 大丈夫、きっとなんとかなるさ。


【カ・ナ・エ!!カ・ナ・エ!!】

【最強!!最強!!!】

【お前がLoSの頂点だ!!!】

【世界一!!カナエがこの世界のトップや!】







 ……ホントになんとかなるのかな。


 この日、僕は『幼き神を堕とす者エンドロリータ』という二つ名を手に入れたのだった。

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