第35話 ママも悪くないかなって @4
静寂。
それは銃が存在しないという、特殊な戦場である故に生まれた珍妙な奇跡だった。
向かい合う『拳神』とその妹は、そんな雑音なき世界を存分に活かし、耳を澄まして互いの初動を見極める。
服の擦れる音、地面を踏みしめる音……視界のみでは得られないその情報の全てが、二人にとっては探り合いの武器。
「先」と「後」――そのどちらを選ぶかが勝敗を決めるとばかりに互いが垂れ流す殺気は濃密で、動きが無くとも致命の一撃を繰り出しあっているのだと、素人の僕ですら一目で分かった。
「――――シッ」
そんな中、まず仕掛けたのはシロエちゃんだった。
空気を貫く呼吸音。
同時に二人の間を切り裂くが如く、一息にして距離を詰める。
消えた、ように見えた。
いや、ゲーム内でそんな現象は決して起こり得ない。システムの縛りが彼女らに限界を与えている。
おそらくゼロから最速に至るまでの緩急が、常識的なそれを遥かに凌駕した故の錯覚なのだろう。
そして続くのは、大気を裂く甲高い音。
シロエちゃんの選択した初撃は、頭部を吹き飛ばさんとする神速の上段回し蹴りだった。
膝から先が霞んで見えるほどに加速したそれは、人体を切断するに十分な威力を持っているように思える程。
そんな一撃を。
ミーシュちゃんが難なく躱したがために発生したのが、今の高音の正体である。
ほんの僅かに身体を反らした姿勢のミーシュちゃんと、振り切った右足を軸に変えて左足による二撃目を構えるシロエちゃん。
両者に隙は無く、動作には無駄も無い。
「……すぅ……、…………ふっ、…」
「――シッ!」
僕にも分かる明確な二人の違いは、呼吸だった。
シロエちゃんが鋭く叩きつけるように息を吐くのに対し、ミーシュちゃんのそれは一切乱れぬ凪のよう。
烈火の如く攻め立てるシロエちゃんとは対照的に、ミーシュちゃんは最小限の動きで回避と攻撃を両立させるのだ。
逸らし、躱し、流す――が、決して受け止めない。
なるほど『拳神』。
これほどまでに分かりやすい最強はそう居ないだろうな、と僕は思った。
「すっごいねー……」
「ですねー……」
【パネェ……】
もう次元が違いすぎて大した感想も出てこない。
【つかシロエちゃんも何者だよ】
それな。
血筋じゃないかな?と思うが。
なんて僕らが喋っているこの瞬間にも、二人の攻防は幾度となく繰り返される。
明らかに僕の知る人間の枠を超えた彼女たちの戦闘は、周囲にも影響を与える激しさへと至っていた。
どちらも尋常ではなく強い。
「まだまだやなぁ白江ちゃん。それもこれも妹なんて立ち位置に満足しとるからや。はよママに甘える良さを知ったらええのに」
「うる……っ、さい!!妹が一番幸せなの……っ!」
だが明らかにミーシュちゃんが格上であるのは間違いなかった。
シロエちゃんの乱打は一つとしてミーシュちゃんには届かず、逆にシロエちゃんのHPゲージは徐々に削られていく。
このままでは恐らく、シロエちゃんが負けてしまうのも時間の問題だろう。
「んー……」
とはいえ僕としてはやはり、仲間であるシロエちゃんに勝って欲しいという思いがあった。
この戦場は僕の得意とするものではないが、しかしそれでも試合に参加した以上、全力でチームの勝利を狙いたい。
一人の仲間として、僕にも出来ることを探すべきだ。
これは一対一の闘いではなく3人1チームで勝利を奪い合う争いである為、人数有利を活かすことに卑怯も何もない。
「…………」
二人の戦いは、誰にも邪魔できないと表現出来るほどにハイレベルではある。
が、しかしこれがLoSというゲームである以上、僕が彼女らに介入する余地は十分にあった。
LoSには各キャラに「パッシブスキル」と「アクティブスキル」、そして「イクシード」と呼ばれる三つの特殊能力が存在する。
当然、僕の使う『コネクト』というキャラにもその三つは存在し、それを発動させることでシロエちゃんの助けとなれると考えたのだ。
僕は『コネクト』のスキル説明が書かれたホログラムを開く。
―――――――――――
・パッシブスキル
《空からの警告》*銃口を向けられると違和感を感じ取ることが可能。一定重量を超える武器を持つと全身に震えが走る(デメリット)。
・アクティブスキル
《星見の言伝》*自身を中央に、半径75m以内の敵を感知する。(
・イクシード(必殺技)
《箒星》*15m以下の距離に限り、超高速移動が可能。敵をキルするとイクシードゲージがMAXまで溜まる。
―――――――――――
ちなみに僕が『コネクト』を好んで使う理由は「パッシブスキル」の《空からの警告》にあった。
《空からの警告》はデメリット――武器重量制限があまりにも厳しく、それ故に『コネクト』が最弱と呼ばれることも多い訳だが、しかし「銃口を向けられると違和感を感じ取る」という能力が物凄く僕のプレイスタイルに適していたのだ。
どれだけ『コネクト』を使い慣れているかによって、得られる情報の程度は変わるけれど、何にせよ便利な能力ではある。
「……まぁこのルールでは完全に腐ってるけどね」
銃を向けられると分かる、という能力は、そもそも銃が存在しないこの戦場では無駄すぎた。
「で、それよりも」
今重要なのはシロエちゃんの助けになるのはこの三つの内のどれか、という話である。
使い物にならないスキルのことを考えても仕方はない。
ただその答えは僕の中ではとっくに出ており、そしてそれは『イクシード』の《箒星》だと考えていた。
15mという短距離に限り超高速移動が可能となる《箒星》。
そのスキルで一瞬にしてミーシュちゃんに飛びかかろう、という作戦である。
いや作戦と呼べるような戦法でもないが、しかし純粋に強すぎるミーシュちゃん相手ともなると、純粋にアホみたいな速度で挑む以外に方法はなかった。
このスキルの説明に記された「超高速移動」とは文字通りにマジな超高速なので、いくらミーシュちゃんと言えども反応できない……、と思う。
ちなみに《箒星》を使うと、あまりの速度に己の位置を見失いかねないので、基本的には緊急回避技として扱われている。
「……ふむ」
――と、僕はここまでとても真面目に、シロエちゃんを助けることを考えてきたが。
実はもう一つそれとは別に、僕の脳裏をチラつく思考が存在した。
それは誘惑。
それは裏切り。
ダメだと己に言い聞かせても、頭の隅でその魅力に取り憑かれてしまっている僕がいたのだ。
僕はシロエちゃんの味方なのだから、本当はこんなことを考えてはいけない。
でも、それでも。
「……ミーシュちゃんのママ。ありだなぁ……」
耐え難い本能の暴走が、そこにはあった。
初めはミーシュちゃんの20歳という情報を許容しきれず、僕の理性が仕事をしていたのだが、間を置くことで別にそれはそれで良い気がしてきたのだ。
というか、むしろアリな気もしてきた。
シロエちゃんは、僕の為に戦っている。
僕が姉に奪われたくない、なんて一心で格上相手に抗っているのだろう。
その気持ちはシロエちゃんの姉として、凄く嬉しい。嬉しい、けれども。
ミーシュちゃんのママも兼任したらダメかなぁ、と僕は思う訳である。
正直、ミーシュちゃんにママって言われたい。
僕の頭の中では、僕とミーシュちゃん、シロエちゃんが三人で幸せに暮らす家庭が思い描かれていた。
そこにイノリちゃんとクオンちゃんも含めたら、もう幸せ指数が高すぎて死んでしまいそうになる。
やっぱアリだよ、ママ。
時代はカナエママなのかもしれない。
「……カナエ、さん?あの、今なんて……?」
イノリちゃんに声をかけられ、幸せの絶頂にいた僕は目を覚ます。
見ると、信じられない言葉を聞いた、という顔を僕に向けているイノリちゃんが立っていた。
一体何故イノリちゃんがそこまで驚いているのか僕には分からないが、しかし「今なんて?」と問われたのだから、もう一度同じ言葉を繰り返す他あるまい。
「うん、ミーシュちゃんのママになるのもありだなって。ミーシュちゃん可愛いし」
「え、え……?でも、あれ?、彼女……20、え……?……え?」
あまりにも挙動不審なイノリちゃんに、僕は少し不安になる
「どうしたの?」
しかし僕がぽかんとした表情で問いかけると、途端に何かを理解したようで、イノリちゃんはゆっくりと平静を取り戻していった。
「あ、いえ別に。(…………なるほど、カナエちゃんは黒河さんを知らないから、ミーシュちゃんの年齢を疑ってないんですね………。相手が20歳だと分かった上で、ママになりたいなんて言う筈がありませんし。カナエさんはそんな変態ではないですよね)」
「?……何をそんなに考え込んでるの?」
「気にしないでください。カナエさんは私が助けますから」
「???」
果たして何から僕を助けるつもりなのか。
本当に意味が分からなかった。
しかし助けられて困ることもないのでそれはそれで良いか、と気にしないことにし、僕は件の幼女大戦に再び目をやることにする。
すると二人は丁度初めと同じように距離を取っており、また互いに見合うという状況にあった。
シロエちゃんの残りHPは八割程度。
致命傷はまだ一度も受けていないようで、絶望的な体力差ではないが、やはりピンチはピンチである。
このままだと敗北は必至だろう。
「助けに入るか、入らないか……」
理想を言うなら、シロエちゃんを勝たせて、その上でミーシュちゃんのママになりたい。
だがもしシロエちゃんが勝ったのであれば、きっとシロエちゃんはそれを認めないし、ミーシュちゃんも僕をママと呼びはしないと思う。
はてさて何か良い手段はないだろうか。
そんな風に僕が悩んでいると――
「おい、ミーシュ!俺が戦ってる最中に勝手に移動すんの止めろよ!……くそ、やっと追いついたぞ」
――ふと、男の声が聞こえてきた。
凄く、聞き覚えのある声。
というかよく知っている声だ。
僕は、嘘だろと思いながら、その声のした方へと振り向く。
そして、そこに立っていたのは。
「なんでこんなところに……っ!?」
僕の友人、
今、奴は間違いなくミーシュちゃんの名を呼んだ。
つまりミーシュちゃんの言っていた、「もう一人の仲間」とは箒君のことを指していたのだろう。
マジか、お前ミーシュちゃんと知り合いだったのか――
「あ、パパ。遅かったどすなぁ」
「だからパパって呼ぶのやめろ。本当に気色悪いんだっつの……」
…………パパ?
さらっと飛び出たミーシュちゃんの言葉が、僕の耳にへばりつく。
ミーシュちゃんが、パパと呼んだ?
パパ?箒君がパパ?
箒君がパパで、僕がママ?
「…………え、無理」
僕の思い描いていた家族団欒が、崩落していく。
理想の楽園が土足で踏みにじられ、終焉の鐘の音が僕を嘲笑うかのように鳴り響いた。
キモい。
「おぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「え、え?カ、カナエさん!?カナエさん!?!?大丈夫ですかカナエさん!?!?」
全く大丈夫じゃない、死にそうだ。
なまじリアルな幸せ家庭映像を脳内再生していた分、そこにあのクソ野郎が割り込んできてダメージがデカすぎた。
VRだから吐かずには済んだものの、もしここがリアルだとしたら、間違いなく胃の中の物を全てぶちまけていただろう。
「くそ、くそ……っ!!どうしてこんなメンタル攻撃を喰らわなきゃならないんだよ……っ!!」
「メ、メンタル攻撃……?ほs――あ、あの男の人に何かされたんですか?私にはまるで分からなかったのですが……」
「アイツは僕の大事なものを奪いやがった……っ!!絶対に殺す!!!」
「え、えぇ……?」
銃がない?知るか。
この胸に燃ゆる怒りがあれば、拳だけで十分だ。
てめぇはあの世で悔い改めろ。
僕は箒の奴に目を向けて、必殺の拳を構え、吼えた。
「イクシード――《箒星》パンチ!!!」
「ん?なんだ――ふべらごふぅ!?」
僕はミーシュちゃんに使おうと考えていた『イクシード』を迷うことなく用いて、光の速さでクソ野郎の顔面に拳をぶち込んだ。
ちなみに「イクシード《箒星》」まで発言すればそれで『イクシード』は発動するので「パンチ」という単語を声に出した意味は特にない。
「え!?カナエさん、今それ使っちゃうんですか!?またゲージが溜まるまで時間かかりますよ!?」
「コイツを殺せばすぐに溜まるから大丈夫」
「た、確かに『コネクト』はそうですけど……っ!」
今ばかりは、《箒星》のだけの特徴である「敵をキルするとイクシードゲージがMAXまで溜まる」という文言に感謝せねばなるまい、と僕は思った。
なぜなら僕は間違いなく奴を殺すから。
僕は、僕の拳で吹き飛んで倒れた箒君に近づいていく。
「くっ……!ふ、不意打ちにだって程があんだろ!?誰だお前!?」
「僕はカナエ。貴様に家庭を壊された者。――そして貴様を葬る者だ」
「い、いや意味分かんねぇよ。何言ってんだお前ちょっと待てマウントポジションとって殴るのは止めろぐふっ!?おご!!!がは!?ぶご!?」
【こわ、何あの人】
【俺らあんな化け物みたいな奴のファンだったの?】
【カナエ[ビーストモード]】
【殺戮の権化】
【破滅の象徴】
【来世への案内人】
「あの皆さん、カナエさんに変なあだ名つけるのは止めてあげてください……」
僕が拳を振り下ろす度に、ごすっ、ごすっ、と鈍い音が響き渡る。
さぁ、あの世で存分に罪を償ってくるといい。
罪状は「パパ罪」といったところか。
コイツが光となって消滅するまで、僕はこの手を止めるつもりは無かった。
しかし。
「ぐがっ……らぁ!!」
箒君は、僕の手を掴んで止めてみせた。
そして僕を睨みつける。
「舐めんな、クソ女……っ!!」
「くっ……、しぶとい奴め……っ!!少し頭が良いからって調子乗るなよ……!!」
「なんの、話だ……っ!!まるで俺のことを知ってるみたいな口ぶりじゃねぇか……!」
腕力は拮抗。
僕らは互いに腕を押さえつけ合う。
さっさとぶち殺したいのに……っ!!という僕の思いは空回り、膠着状態が続く。
僕は少しでも早くコイツを叩き潰すべく、次の一手を考えていた。
だがそんな戦況を変えたのは僕ではなく、箒君の言葉だった。
「……ん?
その呟きを聞いて、僕はギクリと身体が震える。
いや、幾ら箒君が天才だと言っても、その情報だけで僕の正体を暴くのは――
「つーかこのノリ、アイツに似てるような……。それにカナエって名前――もしかして「叶える」が由来か?安直だがあのバカなら有り得る」
おい、嘘だろお前。
「あと横の銀髪女が浮かせてた光の玉……あれ配信用のだよな。ってことはコイツらVtuberって奴?……あぁ、そういや前の実験でそんな話してたか」
ダメだろ、お前それはダメだ。
「アイツの身長は165の筈だが、この女は約158。差は7cm……アバター創造制限ジャストか。限界まで小柄にしたと考えれば辻褄は合うか……?よくよく見りゃ顔立ちも近いな」
ヤバい。舐めてた。僕はコイツを舐め過ぎていた。
この男は僕の思っていた以上に、天才だった。
箒君は僕の腕を掴んだまま、ニヤリと笑みを浮かべる。
そして。
「おいカナエさんとやら。お前――」
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
___________
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